樹里の偏見
一週間が経った時、鳥居の外から賑やかな声が聞こえた。鳥の声だ。
「…凪、帰ってきてたんだ」
「あぁ、嬢ちゃん」
留守中何もなかったかい?と聞かれ、私はうん。と頷いた。本当はあったけどね。
「約束通り、俺の仲間を連れてきたぜ。こいつら祀り事好きだから積極的に来てくれたよ」
凪の隣に居るもの達は、確かに人間ではなかった。
雀はもちろん、ツバメやウグイス、カササギ、鷹や鷲まで連れてきた。ざっと見たところ30羽くらい居る。めっちゃピーピー鳥の声するんだけど。
「人間も来る場合は、木の方に居てね。お願いします」
「よっしゃー任せな姉ちゃん!神を祀ればいいんだろ?で、神はどこに?」
鷹はキョロキョロと周りを見渡す。ま、まあ。私人間だし、私が神だなんて思わないよね。まだまだ修行が必要だよな。
「いや、待て…姉ちゃん。アンタ、人間と違う匂いさせてんな」
クンクンと私に近寄って匂いを嗅ぐ鷲。
普通に聞けば失礼な言葉だが、私にとっては嬉しくて自然と表情が明るくなった私を見て、凪は「よかったじゃねーの」と笑う。
「紫鷲さん、よくわかったな」
「凪、俺は目だけじゃなくて嗅覚も効くんだぜ?」
「でも、残念だな。コイツは人間だよ」
鳥の皆は驚いたように一斉に私を見てくる。いや、凪何言ってんの?
「嬢ちゃんは、人間である神なのさ」
「なんだそりゃ、聞いたことねぇぞ」
「いや、つかおばば様がそうだったんじゃね?あんな逸材の人間そうそういねぇっつーのにまさか樹里ちゃんがなっちまうとはな。たまげたわ」
まだ修行中だけどね。
「じゃ、祀りの時来るからよろしくな」と言って、鳥達は大空へと飛び立っていった。
凪は疲れたと溜息を吐きながら、森の方へ戻っていった。そりゃ、あんだけ大勢連れてくれば疲れますわ。
再び一人になった私は、社の中に入り、神術を覚えることに専念した。もうかなり覚えてきて、一週間だというのに80条は全て暗記し、言えるようになった。術式は全てで100条。しかし、その肝心の100条目がそう簡単に行くものではなくて神術で空中移動するというものだ。
果たして人間がこんなこと出来るだろうかと冷静に思った。
「空飛ぶって…」
ファンタジーか何かか。
よく子供の夢に大きくなったらお空飛びたいってなるよね。でもそれってだいたいパイロットになるとかそういう事であって、空を飛ぶ(物理)を叶えようだなんて誰が思うだろうか。
空を飛ぶと言っても、正確には神術に乗せて飛ぶの方が正しい。神気を足の裏に集中させて重力関係なく、自由に移動するという方法だ。…まあ、出来ればとても便利だろう。
そして99条も難しい。目で情景を見ることだ。何言ってんだこれってなったのは言うまでもないが、瞼を閉じても、人間と言うものは目そのものを閉じることはしない。瞼を閉じても目は開いている。
実際は人間はそれで十分なのだが、神というものは瞼を閉じても状況把握出来るようにしなければならない。面倒くさすぎて投げ出したくなった。
とまあ、80条以上からは暗記してもそれが出来るとは限らないものが出てくる。それを後一週間でどうにかしようと私はお茶を飲みながら渋々と考えた。
考えても出てこない。
「やっぱり体で覚えるのが一番だよね」
次の日からは社の外へ出て、緑豊かな森付近で修行をしてみることにした。一日、一日が時間が掛けているかのように過ぎてゆく。
森の中、小鳥の囀りも風の囁きも聞こえない芯の部分で、私は目を閉じ、神気を集中させる。
私の背からは神気の塊が集中し、まるで龍の無き翼が幻となって生えたように現れる。目は閉じたまま、的の位置を正確に割り出す。暗黒だった閉鎖の世界は少しずつ光が生え出す。
弓をゆっくりと力を入れ、引き、狙いを定めた。