神になるために
「とりあえずさ」
今まで黙ってたアーサがいきなり喋りだしたので、私はそちらに視線を向ける。表情は至って普通だった。
「樹里さ、とりあえずこの神社の神になりなよ」
「はい?」
何を言い出すんだ、この猫は。
「おばば様もそうだ。神だけど本当の神じゃない、人間の神にだよ」
「天皇みたいなもの?」
「権力の問題じゃないよ、神の力を持つ人間ってこと」
いや、どうやってなるんだよそんなもん。まだ天皇目指したほうが、現実ありそうだわ。
「神術を覚えればいい。それと、神無月である10月は神たちの集会に参加すること」
「えぇぇえ?あの出雲大社に…?」
ってか人間参加出来るのか…?いくら神の力を持った人間だとしても、人間であることに変わりはないことだし、参加していいのか?
「そんな細かいことはいいでしょ」
「よくねぇよ」
全然よくないよ!?神様集まる中に人間一人居るって明らかにおかしいでしょ。ダメでしょ、ルール違反じゃないの?
「おばば様は神様みたいな格好して神に見事に化けてたから多分大丈夫だろ」
「軽いな、おい」
多分って根拠ないじゃん。私おばば様じゃないのに、どうすんのさホントに。
「そんなこと言われてもさ…」
「大丈夫だ、おばば様から習ってた難しい術式あるでしょ?」
「…ああ、あの。頭付いて行かなかったヤツか」
「あれ、妖術じゃなくて神術だからさ」
「…ってことは、おばば様はこの事予期してたってことか…。おばば様天才すぎるでしょ…」
「普通に上級の神にはなれただろうな、おばば様だったらね」
「まさに神業だね。じゃあ私はこれからあのクッソ難しい術式を覚えていかなきゃいけないってことなの?」
うん。と頷いたアーサに項垂れた。
しかもあれ、まだ一割くらい。と言われ、思わず膝を床に付きそうになってしまった。
あんだけ覚えたのにまだ一割とか、もう死ねる。
「とりあえず、祀りをするために人とか霊とか集めるかー。俺知り合い連れてくるよ。凪、峰木爺にも伝言頼んだぞ。新米神主さん、祀りはいつに?」
「その呼び方やめてよ、なんか嫌だわ。…どのくらいで集まりそうかな…?」
「俺はざっと一週間ちょっと。妖界に変えるなら満月待たなきゃだし」
「俺も一週間くらい掛かるかねー。嬢ちゃんのとこの方が心配だよ俺は」
友達が居ないだなんてと嘆く凪にイラッと来たのは言うまでもない。
何回も掘り返すなよその話。
チッと舌打ちすると、凪は微妙な顔をしてこちらを見た。
「なんか、嬢ちゃん変わったよな。こう、ふわふわしてたのがギザギザしたっての?」
「それオブラートに包んでるつもりなの?え?」
「おっかねぇ、おばばさんの若い頃にそっくりだ。まあ、嬢ちゃんらしいってことさ」
「友達も作らずに神社で黙々と修行してたら誰だってこんな性格になるよ」
「…そんなもんかね」
凪はあんまり納得のいっていない表情だった。
そりゃそうかと自分も納得してしまった。なんか馬鹿らしい。
とりあえず、祀りは二週間後にしておいた。
その間、私は神術を大量に取得しなければならないし、神は厄除けの舞いも披露しなければならない。
何と面倒なことか…と溜息を吐いた。
まだ神につける座には力が無いため、当然ながらこのまま出雲大社に行けば即バレることだろう。
私は一応、天和見龍姫神と名付けられた。
何故龍なのだろうと思うのだが、付けたのはアーサなので責任は全部アーサということで片付けた。ちなみに全責任ということは本人は知らない。
「問題があるんだけどさ」
私は神術がびっしりと書いてある分厚い本を左手に、右手で妖術の分厚い本を持ったまま背後にいるであろうアーサに視線を向けず、返事だけする。
「正式に天和見神社の神になるには、一度出雲大社にある神樹で検査受けなきゃいけないんだよね」
私は目で追っていた字を一点で止めた。
そしてゆっくりとアーサに振り返ると、彼は大変申し訳無さそうに眉を下げていた。
「じゃあ、今まで私がしていたことは?」
「い、いや。方法が無いわけじゃないよ。落ち着いて」
その本の角で殴らないでと両手を前に出して、やめてポーズをする。
「おばば様もこの神樹は通過していたから、きっと樹里も大丈夫。ただ、本当に神のように神気を出せるようになる事と、神術を覚えること。それさえ出来ていれば、問題はないと思うよ」
神術はいいけど、神気ってどうやって出すんだ。そう言えば、アーサはニコニコと笑って大丈夫だよ。と親指を立てる。