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第九話

『チャラチャラしてんじゃねーよ!』


見事な捨て台詞を残し、颯爽とデルタ王城を後にしたシュリは最近の注目株である。

新聞にはシュリの経歴とつい最近までの暮らし、そしてあの台詞が写真と共に掲載され、飛ぶ鳥を落とす勢いで人気を集めている。

曰く、『身分に跪つかない亡国の姫』『真実を恐れない美女』『気の強い正直者』新聞には様々な文字が踊っている。それを眺めてグレンは不機嫌にイールを見返した。

「この、『真実』と『正直者』っておかしくないか?まるで本当に俺がチャラチャラしてるみたいな…」

「事実でしょう?日頃の行いの結果では?」

日頃の落ち着いた様子と変わらず淡々とイールは答える。それにますます顔をしかめてグレンは反論する。

「俺がシュリに一途なの、知ってるだろう?」

「勿論ですとも。しかしながら、常日頃から偵察と称して城下に降りては若いお嬢さん方と楽しくお話している姿も私は存じておりますが」

「…向こうが話しかけてくるんだ。それはやっぱ無下に断れないだろ?」

「ではやはり、身から出た錆、火のない所に煙はたたない、というやつでしょう」

「……そうか…」

深々とグレンは溜め息をつく。額に手を添えると、ガーゼに手が触れた。

シュリが投げつけたガラスの靴は本当に見事に、その踵のピンヒール部分が額に命中した。グレンの額からは少量の血が流れ、顔には綺麗に靴の痕がついた。顔の痕こそ消えたものの、未だに傷は残っている。

「…で?シュリの居場所は?」

「判明致しました。国境に検問を敷いたお蔭か、幸いシュリ様は未だ我が国に滞在していらっしゃいます」

「場所は?」

「国境間近のタンゴダでございます」

「…タンゴダか…」

デルタの国境近くにある田舎町のタンゴダは緑豊かな長閑な村である。いかにもシュリが好きそうな穏やかな田舎町に宿泊できる所などない。眉を寄せたグレンにイールは淡々と告げる。

「来る途中にも寄りました家にでございます。そこの老夫婦とシュリ様は随分仲良くなっていらっしゃいましたから」

「……昔っから大人受けいいんだよな…」

優等生で可愛らしかったシュリは同じ年頃の子供にも受け入れられたが、大人にも可愛がられていた。

「それはよくわかります」

「だろう?………さて、行くか」

溜め息と共に椅子から立ち上がるとグレンは机の上にこれ見よがしに置いてあるガラスの靴を手に取った。

これからシンデレラの王子様のようにシュリの元へこの靴を届けに行くのだ。

王子様がシンデレラを見つけて求婚をするように。











長閑な田舎町には穏やかな空気が流れている。澄んだ真っ青な空に白い雲が風にゆっくりと押し流されていく。遠くでは鳥が鳴いて、子供達が高らかに声を上げて駆け回っている。洗濯物が風に揺れて微かに石鹸のような匂いが漂ってくる。

ここはまるでレジャーベルのあの田舎の家のようだと、シュリは安堵と懐かしさと後悔の入り交じった複雑な溜め息を溢した。

「…いつ帰ろうかしら…」

国境には検問が敷かれていた。通る為には自身の身を示す必要があるが、その為の旅券はデルタ王城にそのまま置いてきてしまっている。グレンにガラスの靴を命中させてそのまま出てきてしまったのだから、帰る為にはデルタ王城に戻り旅券を取ってこないといけない。が、そんなことできる筈もなく、また旅券無しで強行突破するにはあの屈強な検問を倒す必要がある。どちらもシュリには不可能としか思えず、途方に暮れているのだ。

幸いこの家の老夫婦は気の良い老人達でシュリを孫のように可愛がってくれている。

この片田舎に見事なドレスで真夜中にやって来たどう見ても曰くありげで訳ありの少女を匿ってくれるくらいに。

「……」

老夫婦のことを思うと自然に溜め息が出る。老婦人が用意してくれた村娘の服は彼女のもう嫁いでいった娘のものだという。白いブラウスも赤色のスカートも庶民用の安い生地でてきていたが、シュリには安心できる着心地だった。

風にそよそよとはためくスカートの裾を眺めていたシュリの耳に田舎には似つかないざわめきが聞こえてきたのはその時だった。

人々の注目を集めているのは恐らく馬の蹄の音だろう。パカパカと小気味いい音は次第に近づいてくる。まるでレジャーベルの片田舎にイールが現れたあの空気に似ていることにシュリは深い溜め息をついていた。




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