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第七話

透き通る空気に夜空の星がキラキラと輝く。冷たい夜風はシュリの身体にまとわりついた新参者を値踏みする視線と、敵対視する同性の視線、獲物を狙う異性のベタベタした視線、その他諸々の嫌な視線を拭き取るように絶え間なくシュリの四肢に吹いてきていた。短く纏めることのできない髪をふわりとかき揚げて風は部屋へと入っていく。地味な白いドレスの裾をひらひらと揺らし心地好く吹く。

久しぶりに出た夜会では、ここが一番シュリにとって居心地が良い場所である。願わくは、ここで誰にも会わず、夜会が終わるのを待っていたい。

そう思っていたシュリの耳に懐かしい声が降ってきた。


「…ずっとここにいる気か?」


以前よりは幾分か低くなったような気がするが、最後に会った時と変わらない声にシュリはくるりと振り向く。

前よりも大人っぽくなった懐かしい顔をじっと見つめた。

「……久しぶりとか、こんばんは、とかないの?」

「今、言おうと思った。久しぶりだな」

「…ご無沙汰してます。いえ、デルタ国王としては初めまして、か」

溜め息と共にシュリは呟く。それからもう用はないとでも言いたげにまた向きを変え、グレンに背を向けた。

「…おい。お前こそもうちょっとなんかないのか…?」

「ない。…というか、私は今誰にも会いたくないし、話したくない。要するに、邪魔しないで」

「……相変わらず引きこもりだな」

呆れて溜め息をつくグレンを振り返ることもせず、シュリはバルコニーから広がる庭園を見つめた。昼間ならば、緑鮮やかな芝生と、葉の生い茂る木々が美しくその姿を晒す庭も、夜の漆黒の中にその色を潜めている。代わりに月光に充てられて淡い濃淡を造り上げていた。それはそれで綺麗に見えるし、昼間とは違って妖しげに潤って見える。

デルタ国王は気に入らないが、この城中も庭園もシュリの趣味にあっている。つまり、シュリは気に入っているのだ。このグレンが建てた城を。

「…この景色、割りと好きなの。一人で見ていたいの」

囁くように呟けば、いつの間に近くにいたのか、グレンに腕を取られて向かい合う状態にされてしまう。

「………なに?」

月光に照らされる僅に幼さの残る顔を見つめてシュリは瞬く。

グレンはこんな顔だっただろうかと、記憶を辿るが、思い出すのは幼い子供の姿ばかりである。こんな大人っぽい、一人の男みたいな、そんな感じの顔じゃなかったと思った。じっと見つめるシュリをグレンも見つめ返していた。

「…久しぶりによく顔を見たな。相変わらず綺麗だ」

「……………気持ち悪ッ」

思わず身体を震わせてシュリは一瞬で巻き起こった鳥肌のたった腕を両手で擦った。

「キモい上にクサイ!あんた、毎回そんなこと言ってんの!?」

眉間に深い深い皺を刻んでシュリはグレンを見上げた。

「…………は?」

「そんな柄じゃなかったでしょ!?なんなの、その王子様みたいな阿呆みたいな台詞!変!」

「………お前…モテなかっただろ…」

呆れを通り越して憐憫さえ感じさせる視線でグレンはシュリをまじまじと見つめた。確かに結婚しないようにグレンもテイトに釘を刺していたが、それでも他の男に言い寄られるくらいはあるだろうと思っていたのに。

この小娘みたいな言葉と反応。

これは明らかに言い寄られ馴れてないし、場数も踏んでいない。

シュリを上から下までもう一度眺めて、グレンは口元に手を宛てて考え込んでしまう。

「………見目はいいんだけどな…」

シュリは美人だといっていい。大きなエメラルド色の瞳に、真っ白な肌。確かに年より若く見られる童顔は否めないが、それも可愛らしい印象を与える。普通ならモテる方だと思う。

「…やっぱ性格的な問題かなぁ…?」

この、昔から変わらないよく言えば素直な、思った事をそのまま言ってしまう馬鹿正直な反応。これをいいか悪いか、それは人によるだろうが、シュリのオブラートにくるまない言葉は時に人を怒らせ、傷つける。

「……お世辞にも愛嬌があるとは言えないもんなぁ…」

うーん、とグレンは首を傾げてみせる。その心の底から思っていることが思わず出てしまったような雰囲気にシュリは眉間に皺が寄るのを止められなかった。

「…そっちこそ相変わらず失礼なのね…!嫌味しか言えないの!?」

「嫌味じゃなくて事実だろ?シュリ、付き合ったことないんだろ?」

「………なっ…なによ?悪かったわね!どうせ私はモテないしずっと独り者よ!」

「…落ち着けって」

きっ、とグレンを睨んでシュリは喚く。レジャーベルを含む諸国の結婚適齢期は16才前後なのだから、シュリは確かに適齢期を過ぎて若干年増のレベルに入る。加えて王女であったならば、16才になる前か、なってすぐに結婚するのが慣例的である。普通はそれまでに婚約くらいはするものだが、シュリにそういった話は出てこなかった。王城を去ってから来た結婚の話と言えば、どこぞの貴族の70過ぎの老人の後妻やら、馬鹿貴族の愛人やら、シュリを使って政治権力を得ようとする成金やらといった頼まれてもお断りする話ばかりである。

そしてあとはこのグレンだけだ。

シュリとは昔馴染みで嫌味で我が儘なグレンが自分で呼びつけたのに。

「……ありえない…。わざわざ来たのに…あの平凡だけど穏やかな暮らしに水を刺しておきながら…!」

「でも来たのはシュリだろ?俺のせいにばっかりするなよ」

「…はぁ!?もういい!帰る!」

確かに来たのはシュリだが、それはイールが入り浸って変な噂がたったからだ。居心地の悪さから逃れたかったのもあるが、なによりグレンに腹がたったのが、一番の理由である。急にシュリの前に現れて安定したシュリの心を掻き乱す。その行動がどれだけシュリの迷惑か、会って直接いい募ってやろうと思ったのに。

グレンは悪びれもせず、シュリ本人も悪いという。

「…やってられないわ!この馬鹿!」

「……はぁ!?なんで俺が馬鹿なんだ!」

「馬鹿じゃなきゃ何なのよ!もう知らない!」

大声で喚いてシュリはグレンの横を過ぎる。鮮やかな金の髪が揺れるのを一瞬見送って、やや送れてグレンはその後ろを追ったのだった。






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