第六話
眩しいシャンデリア、華やかな音楽、美味しそうな料理…
目にも楽しいダンスホールで様々なドレスが行き交う。赤、青、黄色、緑、紫…沢山の色はきらびやかにホールを埋めつくし、女達の艶やかさは競うように派手派手しい。
その中をシュリは一人いたたまれない気分で歩いていた。部屋で着替えた時は思わなかったが、シュリのドレスはシンプルすぎた。地味過ぎて逆に目立ってしまう。行き交う人々の視線が痛くてシュリは壁を目指して歩く。せめて目立たないように壁の花にでもなろうと思ったのである。
本当はグレンに文句の一つも言いたいがこの状況ではそれは不可能に思えた。
沢山の美女達に囲まれながらグレンは辺りを注意深く窺っていた。グレンにとって今日の目的はたった一つだ。
「……居ないな…」
自身を囲んでいる女達の中に目的の彼女は居ない。
わざわざイールに他国まで迎えに行かせた姫、シュリ=ハルロングの姿はまだ見つからなかった。 そもそも一応レジャーベル王女としてここに来た筈なのだから、シュリがグレンを探し出すべきだろうとグレンは一人腹をたてる。実際は立場としては同じ王族なのだし、どちらが上も下もないのだが、ずっとシュリに会えるのを楽しみにしていたグレンは八つ当たりにも近い思いを持っている。
グレンは昔からシュリの事が好きだった。
だから毎年レジャーベルに行ったし、用事もないのにシュリにまとわりついていた。わざと嫌味を言ったり突っかかったりしたのは、愛情の裏返しである。
そしてグレンがデルタ国王になったのだって、そもそもはシュリを手に入れたかったからだ。
グレンの生国ナーガではグレンが国王になることは難しい。上に兄が3人いるからだ。ついでに姉も2人いる。グレンは末っ子で、生まれた時にはもう既に長男が国王になることは誰もが認める事実だった。しかもこの長男は優秀で、グレンが兄の代わりに国王になることは不可能に近い。せめて上の兄達が皆無能ならナーガで国王になれたのにと思った事もある。だが実際国王になった今は長男の苦労が理解でき、その重圧に同情を感じてしまう。今では長男はナーガ国王として、兄として、よき相談相手である。
そして、シュリの弟、テイトもお互いの苦労を話せるよき理解者である。レジャーベルに行って同い年の少年、しかも立場も似ているテイトとは自然に仲良くなった。悪戯も沢山したし、よく遊んだ。グレンの唯一無二の利害無しの同い年の友人と言ってもいいかもしれない。そのテイト曰く、『姉上の結婚相手は国王じゃないと無理』らしい。テイトとシュリの父、つまり前国王がそう宣ったとのことだから、それは覆らないだろうとグレンは確信していた。そして、自分はナーガでは王にはなれない。その事実を理解した彼はそれならばと、わざわざデルタ国を起こしたのである。全てはシュリを妻にするべく一念発起したのだ。
だが、グレンが国王になる為奮起している間にレジャーベルの状況は変わった。前国王は実の息子によって倒れ、その娘は弟によって田舎へと押しやられた。
状況だけ聞けばテイトは酷い王子のようだが、その背景、長く続いた悪政を断ち切る為の行動として考えれば、これは確実に必要なことだった。
だから、テイトからシュリの処遇を聞いてもグレンにできることはなかった。
せめてデルタ国をきちんと興して軌道に乗せていれば、そうそうにでもシュリを妻として迎え入れることができたかもしれない。しかし実際にはその時、グレンは国興しの真っ最中で、金もなければ、暇もない。加えて余裕だって毛の先ほどもなかった。
そんな中でシュリを迎えることはできなかったし、したくもなかった。
だからこそ、早く国を纏めようとやる気がでたのも嘘ではない。結果としてはデルタ国を興す為に行動し始めて5年、レジャーベル国王が変わって3年経って漸く今日を迎えたのである。勿論、テイトにはその間、シュリが嫁に行かないように釘を刺していたが、実際本当に嫁に行かなかったのは奇跡に近い。
王城を追われた姫の行きつく先は結局のところ尼か、嫁かのどちらかしかないのだから。