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第二話

馬の蹄と共に現れたのはシュリの想像していたオンボロな荷馬車なんかでは全然なく、それはもう絵に描いたような立派な人の乗る馬車だった。


外装は白く陶器のようにツルツルした壁で、淵を彩るのは本物の金だった。派手にゴテゴテ飾ってあるわけではないが、控えめに、でも品よく綺麗に飾ってある馬車はどこからどう見ても裕福な人々の為のものだ。

昔のシュリのように、お金に余裕があって衣食住以外にもお金をかけても構わない、そういう人間の乗る馬車だった。

だからその馬車がシュリの真後ろで止まって、シュリは一瞬息をするのも忘れた。あんぐりと口を開けて呆けて馬車を見つめてしまった。

なぜ自分の真後ろで馬車が止まるのか、さっぱり理解できなかったのだ。



「…突然の訪問をお許し下さい」



馬車から白髪の老人が現れて深々と頭を下げるのを、まるで夢でも見ているようにシュリはただただ眺めていた。

絹の上等な服をきている老人は身分のある人物だろう。その物腰は柔らかいが、有無を言わさない雰囲気もある。

彼は顔を上げ、シュリに微笑んだ。

「勝手に頭を上げる無礼をご容赦ください。…私は、北の新興国デルタから参りました。イール=ナグレストと申します」

老人イールはもう一度礼をする。

「………はぁ…どうも…」

状況についていけずシュリはなんとも歯切れの悪い返事を返す。イールはそんなシュリを最初と同じ穏やかな瞳で見つめていた。

「レジャーベル王女シュリ様で間違いございませんね?」

「……その名はとうに捨ててあります」

イールの確認にシュリは嫌悪感も露に顔をしかめた。

どこでどう聞いたのか、ここに住み出した当初はよくこういう人物が現れたことを思いだしシュリは溜め息をつく。

みんな城を追われて田舎に引っ越した可哀想で惨めなお姫様を庇護する建前でやってくるのだ。

本音は権力も金も地位も名誉もないただの立場だけの姫を操って自分のいいように振る舞いたいだけだ。

その本音に気付かない程、シュリは馬鹿ではないし、気付いて利用できる程の強さとしたたかさもシュリにはまたない。だからその全ての申し入れを断り、シュリは一人で暮らしてきたのだ。そして、その暮らしにも馴れた。

最近はそんな輩も来なくなり、シュリ=ハルロング王女は忘れ去られた過去の遺物になったと思っていたのに。

まさか、国外からやって来るとは…。

余程暇なのかと、もう一度シュリは深い深い溜め息をついた。

「私は、今や何の価値もないただの小市民です。どうぞお引き取りを」

一礼をしてシュリはイールに背を向ける。また洗濯物に手を伸ばしていく。

そんなシュリをイールは相変わらずにこやかな笑顔で見つめていた。

「…シュリ様、是非お話しをお聞き入れ頂きたく存じます。私も立場上、このまま引き下がれませんので」

「私には貴方の立場は一切関係ございません。お引き取り下さい」

「そう申されましてもお聞き下さるまでこちらで待機する他ありません。…何日も居られて困るのはシュリ様も同じでございましょう?」

にこりと笑顔を崩さずイールはシュリを眺めている。その胡散臭い笑顔をじっと見つめてシュリは憎々しげに短い舌打ちをする。

「……今、舌打ちしましたね?」

「…えぇまぁ。もう舌打ちも板につくくらい立派な庶民なものですから」

しれっと答えるシュリにイールは深い溜め息とともに頭を左右に振る。

「嘆かわしい…大国レジャーベル王女ともあろうお方が舌打ちなど…」

額に手を当てるイールをシュリは横目で眺めて嫌そうに眉を潜めた。

「だから、その名前と肩書きはもう捨ててあります。あまり聞きたくないものなの!」

キッとイールを睨んでシュリはがしがしと頭をかく。諦めの混じった溜め息をついて洗濯物の篭を抱えた。

「…とにかく、お話だけは聞きますから、どうぞ」

ちらりとイールを見遣りシュリはすたすたと歩き出す。その背を小さな溜め息と共に眺め、イールはシュリを追っていった。



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