第十話
突然現れた豪華な馬と明らかに市民とは違う人種にじろじろと視線が集まる。その視線に慣れているグレンとイールは堂々としたもので、シュリの目の前に立っている。
一方のシュリはその沢山の視線にいたたまれない思いを抱いていた。王宮を去って3年、人々の注目を集めなくなってそれに慣れるには充分な時間だった。
「……よくここがわかったわね…」
呆れた表情でシュリは呟く。どうあっても放っておいてくれる気はないのだと、溜め息をつかずにはいられなかった。
「旅券、持ってきてくれた訳じゃないんでしょ?」
「当たり前だ。欲しいなら城に戻るしかないぞ」
「…脅しのつもり?」
じろりとグレンを睨んでシュリはイールに視線を移した。
「…そんな目で見られましても…私も旅券は持ってきておりません」
責めるような恨むような視線にイールは溜め息をつく。その不満げな顔のままでシュリももう何度目かの溜め息をついた。
「…いつもそう。私の都合なんか考えたこともないんでしょ?」
「考えなかったわけじゃない」
「うそ。ちょっとでも考えたらわかるでしょ?…私が何を望んでいるのか、本当にわからないの?」
じっとシュリはグレンを見つめる。
その視線を真っ正面から受け止めてグレンはその場に膝をつく。そうしてシュリが叩きつけてきたガラスの靴を足元に差し出した。
「…わかってる。シュリがこの3年間で得たものを俺は取り上げる」
シュリが作り上げてきたであろう人間関係も生活様式もその中での幸せも漸く見つけた生きる意味も、シュリがデルタに来ることになればそれは無駄になる。
「それでも、俺は何度でもシュリにプロポーズするよ」
シュリの足元でガラスの靴は七色に輝く。その美しい光の反射と自分の足元に方膝をつくデルタの王をシュリはじっと見つめた。
「…シュリ、俺はお前から何もかも奪うけど、必ず幸せにする。ここで、俺の側でもう一度王女として生きて欲しい」
自然にシュリの手を取ると、グレンはシュリと視線を合わせるように立ち上がる。
「俺と一生を共にしてくれないか?」
すっとグレンの指がシュリの目元をなぞる。
「…あ」
そこで漸くシュリは自分が泣いているのを認識したのだ。
「…私、なんで泣いてんの?」
「…感動の涙じゃないのかよ?」
「……感動…」
そうだろうかと、シュリは首を傾げてしまう。
嬉しいような気もするし、残念な気もする。もっと言えばこの状況にシュリは戸惑いと困惑を隠せない。それでも、不思議と嫌悪感も不満もなく、満たされた気分でシュリはグレンを見つめた。
「これが、感動かはわからないけど…不満はないわ」
困ったようにシュリは笑う。
「私、その言葉が聞きたかったのかしれない」
だからなんだかんだ言いながらもデルタまで赴いたのだと今更ながらシュリは気づく。
要するに、単にグレンに会いたかったのかもしれない。
認めるのが悔しくてつっけんどんな態度をとっていただけなのかもしれない。そう思った途端にシュリの瞳から涙が溢れてくる。塞き止める暇もなくぼろぼろと溢れる涙を止めようとシュリは顔を両手で隠す。その手をグレンが柔らかく包んでいく。
「…シュリ、これから先はずっと側にいる。一人で泣く必要なんてないから」
ゆっくりとグレンはシュリを抱き寄せる。反抗しないシュリはそのまますっぽりとグレンの腕の中に収まってしまう。温かな体温を直に感じてシュリは嗚咽を漏らす。
「遅くなって悪かった」
抱き締める腕にこもる力が微かに強くなる。
会えない間にいつの間にかシュリよりも逞しくなった身体をシュリは恐る恐る抱き締めていった。
それから3カ月後、暖かな春の日の光の中でデルタ国王とレジャーベル王女の結婚式が厳かに行われた。
国民からの祝福を受け、実に幸せそうに二人は誓いのキスをした。
完
ここまで読んで頂いて本当にありがとうございます。拙い小説ですが、無事に完結しました。
感想等頂ければ幸いですが…お手柔らかにご指導等お願いします。
改めて重ねて感謝申し上げます。




