第一話
あらすじにも書いてある通り、個人的な勝手な解釈に基づいたシンデレラの話ですので、ご容赦下さい。
激しい炎が辺りを包んでいく。熱い空気と詰まるような臭い、燃えて灰になる建物の一部があっという間に崩れていく。真っ暗な闇に浮かぶその火炎は留まるところを知らず未だに膨れ続けている。豪奢な城は今は炎に呑まれ辺りの黒に幻想的に写し出されている。
たくさんの怒号がその場を騒がしくしている中で睨み付けるようにその景色を僅か16才の少女は見つめた。
まるでそれが彼女の罪でもあるように。
傍らにいる彼女の弟を振り向き、声が震えないよう気を張ってその唇を開いた。
「…お前、王になりたいの?」
声は思ったよりも硬く、緊張した色を滲ませる。
傍らの少年はにこりと頷いた。
「まぁね。なってもいいかな」
まるで仲間内のリーダーでも決めるかのような弟の軽い答えに彼女は唇を噛み締める。
悔しげに弟を睨み、そのエメラルドの瞳に少しの悲しみとそれを差し引いても余りある憎しみを宿して彼女は持っていた短刀を引き抜いた。
長くたゆたう美しい黄金の髪を短刀で引き裂く。
そして頭部から離れて自由になった髪をずい、と弟に突き付けた。
「…これで、私を見逃せ。大国レジャーベルの一姫シュリは死んだ」
短くなった髪を熱気に煽られながら、少女はくるりと背を向ける。そのまま彼女は真夜中へと姿を消して行った。
その夜から早3年。
かつての最大に腐敗した大国レジャーベルは、今や飛ぶとりを落とす勢いで急成長している。経済は上向きその恩恵を迎えて国民も豊かな生活を送り、貴族も役人も正しい生活を送るものが、日の目を見る。それはそれは理想的な国営をしていると言っていい。
そしてその国を仕切る人物が、あの日彼女を追い出した張本人、レジャーベル国王テイト=ハルロングである。
テイト=ハルロング。ハルロング王家の長男として生まれた彼は腐敗しきった国政に思いきったメスを入れ、大胆な改革とその手腕であっという間に国を向上させた。それは3年という短い間に多くの争いと戦を繰り返した結果でもある。流した血は雨より多いと言われるほどにテイトは力で制圧し、知能と才能で人々をまとめあげた。
御年17才の若き王はその恵まれた容姿と達者な口で国民の人気も高い。
雨血王と渾名される一方で、だ。
今や遠い異国の新聞にさえ、その名は知られているそうだとか。
「…雨血王、貴族への税金の値上げ政策を打ち出す、か…」
新聞の見出しにでかでかと書かれた文字を読み上げて、かつてのレジャーベル王女シュリ=ハルロングは机の上のパンに手を伸ばした。ロールパンを千切りもせずそのまま口に突っ込んでいく。3年前ではありえない行動である。
3年前まで、シュリは王女として充分な知性と教養を兼ね備えていた。
レジャーベルのシュリ王女と言えば大国の花、至高の宝玉とさえ噂される程だった。
もともと見目も良いし、頭も悪くなかった彼女は、ただ一つ、結構な浪費家だった。それが、シュリが城を追われたたった一つの理由である。
が、城を追われて3年。その間今までの贅沢な暮らしから離れれば自然と質素倹約も身につくというものである。今では朝食がロールパン一つでも充分満足できる程である。
かつての豪華絢爛な衣装がなくても、快適な家具類も、何もかもやってくれる侍女がいなくても、シュリはもう一人でよかった。それで充分だった。
それなのに。漸く馴れたこの生活は呆気なく失われてしまうことをまだこの時、シュリは知らない……
昨日までの嵐は過ぎ去り、本日はすっきりと晴れ渡った青空と眩しい朝日が降り注いでいる。
朝食を終えて洗濯物を干し出したシュリの耳に遠く馬の蹄の音が届く。馬車なのかガタゴトと荷台を引っ張る音も続けて聞こえてくる。
どうせ近くを通るただの荷馬車だろうと気にもとめずにシュリは洗い物を篭から引っ張り出した。石鹸の軽やかな香りが鼻をくすぐる。爽やかな青空ともマッチして気分はすこぶる良い。鼻歌でも歌いたくなるくらいだ。穏やかな一日が始まる気がしてシュリはてきぱきと洗濯物を干していく。
そんな彼女の耳に先ほどの馬車の音がだんだんと近付いてくる。
パカッパカッガタンガタン
小気味いい軽快なリズムは一定の速さを保ちながら徐々に大きくなる。もうすぐそこまで来て、シュリを通り過ぎるだろうと思う場所で、突然音が消えた。
「……ん?」
突如無くなってしまった音に違和感を
感じてシュリは洗濯物を手にしたまま動きを止める。
きょとんと後ろを振り返った彼女の目に映ったものにシュリはあんぐりと口を開けていた…。