第29話 - オルベアの災禍 始 -
必要以上の調度品も無く整頓の行き届いた室内は、
部屋の主がどの様な人物であるか示すものだった。
この部屋の主は、ジルムベイグの領主がこの町へ派遣した代官であり、
目覚しい発展を続けるオルベアの町政を取り仕切る、町の代表者でもある。
代官の名をニケル・マーブロスといい、
領主の肝いりで始められた人材育成計画の、栄えある第一期首席卒業者でもあった。
商家の次男として生まれたニケルは、十代前半で新設された教育機関にその身を置き、辺境に置いては革新的ともいえる教育を受ける。
以来十数年、行政と政務のいろはを学び、地道に下積みを重ね、
驕る事無く謹厳に、任された職務を果たして来た。
30手前で代官という栄職を得られたのは、その実績もさる事ながら、
次代に続く後輩たちの目標となれ、そんな意味も多分に含まれている筈である。
赴任した先の、現場主義一辺倒で話が通じない守備隊長に悩まされてはいるけれど、
負けてやるつもりは全く無い。
そんな想いを胸に秘めながら、日々の政務に当たっていたニケルの所へ、
未曾有の天災とも呼ぶべき異常事態が降りかかってきたのである。
それは一通の手紙の形をとっていた。
通常の書類とは別に届けられたそれは、中央大陸の貴族を名乗る者が差出人だった。
手紙には正統な形式に則った署名と、
貴族にだけ許された印を押し付けた封蝋が施してある。
まさかと思いながらも念入りに調べ、再三に亘り確認し、改めてニケルは愕然とした。
本物である。
偽造という可能性も頭をよぎったが、貴族の印を偽造などすれば、
あらゆる手続きを飛び越えて、関係者一同が問答無用で死刑に処され、
その一族郎党にまで罪が及ぶ程の重罪だ。
どんな企みがあったとしても、とてもではないが割に合うような事はないだろう。
だからといって、すんなりと納得できる訳でもない。
辺境の貴族が領主の下を訪れる事すら無いというのに、
中央大陸の貴族などという雲の上のさらに上といった存在が、
どうして辺境の町の一代官に手紙を出すというのか。
とは言え、どれだけ理屈をこね回してみてもどうしようもないのである。
ニケルが出す事の出来る結論は一つだけだった。
翌日、昼食前後の予定を全て他所へと追いやったニケルは来客を待っていた。
昼食は喉を通らなかったので食べていない。
件の手紙を受け取ってからの丸一日、頭と腹が交互に痛みを訴えている気がする。
手紙を開封した後はそのまま領主の下へ送り今後の指示を仰ぎはしたが、
返事が届くのはどれだけ早くとも数日後になるだろう。
そして、手紙の主が訪れる予定は泣こうが喚こうが、変更される事はない。
手紙には翌日の昼過ぎ、つまりこの日この時に来訪する旨が書かれており、
それ以外は簡単な挨拶の文言だけで、来訪の目的などには一切触れられていなかった。
こちらが断る事など考えていないのだろう。
返信先の住所すら書かれていない手紙からは、
ニケルが貴族へ抱く印象に違わぬ傲岸さが感じられた。
こんなものは偽者だと断じて無視する事が出来るなら、どれだけ気楽である事か。
しかし、その判断が間違っていた時の事を考えれば、決して出来ない選択である。
それによってニケルが貴族からの不興を買おうものなら、
代官への問責など通り越して領主、領地の存続が危ぶまれる事態へ発展する事だろう。
貴族の持つ権力や影響力とは、それ程に大きなものであり、
ニケル一人の判断で大恩ある領主へ累が及ぶなど、決してあってはならない事だった。
「なんで、なんで私の所にこんな厄介事が……」
何度も繰り返した嗚咽のような呟きが終わるか終わらないかといった時、
廊下から来客を告げる声がかけられ、ニケルは弾かれたように立ち上がった。
執務室に入ってきた青年は見慣れぬ身なりをしていた。
布地に光沢があるようにも見えるのは、信じ難い程きめ細かい織目のなせる業だろう。
そのほんの一片であってもニケルの月収を超える値段がするはずだ。
そんな生地を全面に使った上下は、無駄なく洗練された意匠で統一されている。
体の線に沿った輪郭は凄みを覚える位に整っており、
直線と見まごうような襟から胸元への線や、完璧に誂えられた袖口は元より、
僅かな挙動に合わせて生じる皺の一つ一つまでが計算し尽くされて見える程の逸品だ。
それは貴族社会でのみ見られる会食服などと呼ばれる簡易の礼服なのだが、
辺境で生きる者にとっては目にする機会など皆無である。
ニケルも祝祭の折に、領主が似たような造りの礼服を着ていたのを見て、
いたく感心した覚えはあるのだが、こうして本物を目の当たりにしてみると、
あの時の領主の服装が出来の悪い模造品であった事を思い知らされる。
そんな辺境の一町村には甚だ場違いな事この上ない格好を、
臆面もなく完璧に着こなす様な人物が偽の貴族であるとは思い難い。
「初めまして、貴方がこの町の代官ニケル殿ですね。
私はアンティート伯爵家当主オルハス伯爵とケイルノック家の第三男
エイダム・アンティート騎士爵と申します。
エイダムと呼んで下されば結構です」
滞る事無く一息で吐き出された一連の自己紹介は、
エイダムの来訪が公式のものでは無い事を告げていた。
これが公式の訪問であったならば今の自己紹介に、
父親と本人の役職、母親の名前、母方の親の爵位が追加される、
というのがニケルの予習しておいた貴族の慣例である。
「よ、ようこそおいで下さいました、ニケル・マーブロスです。
碌なおもてなしの用意もなく痛恨の極みではありますが、
どうぞ時の許す限りおくつろぎになっていって下さい」
自らの官職を名乗る事も、来訪の目的を問う事も不敬、
それもまた「貴族への対応」が記された数少ない資料に記載されていた事柄である。
その資料がいかに古く、実際に使われていたかどうかも定かではないとしても、
今のニケルには唯一無二の縋るべき拠り所であった。
辺境を巡り歩き、行く先々の町で有力者の身辺や人となりを調べた上で、
それぞれに応じた手段を講じて有利な関係を築いていく。
それはエイダムが十年近い時間を費やして行ってきた下準備の一環であり、
このオルベアにおいても同様である。
真面目で実直、仕事は出来るし人品も良く、融通の利かない所はあるが、
それだけに些細な汚職であっても手を染めるような事はない。
領主の子飼いという立場を揶揄されがちではあるが、
それにも誇りを持って職務に励んでいるという。
こういう人物は他所の町では見た事がない、
それがオルベアの代官ニケル・マーブロスを調べたコウトの評である。
言われてみれば辺境で見かける機会の無い類の人間かもしれない。
しかし、エイダムにとってはよく覚えのある、馴染み深いといってもいい人種だ。
主に忠義を抱き、清廉を以って尊しとする者達、いわゆる騎士という人種である。
貴族に仕える本物の騎士のように、
産まれた時から徹底した教育を受けた訳ではないだろうが、
それなりの思想教育を仕込まれていると見て間違いないだろう。
利益誘導や裏金でなびく事は無いし、脅しや弱みにつけ込むというのも難しい、
常套の手段では取り付く島のない厄介な人物だ。
そこをどうにかする為にかかる手間と、現在のオルベアの価値とを天秤にかければ、
急いで関係を築く必要も無いと判断する所である。
しかし、今回は事情があるのだから仕方ない。
そんな訳で、荷物の奥で眠っていた一張羅を引っ張り出す次第となったのだ。
「というわけで、今は冒険者の真似事をしながら遊歴している最中なのです」
「な、なるほど、左様でありますか」
適当にでっち上げた経歴を鷹揚な態度で語るエイダムに、
ニケルは当たり障りのない相槌を返すしかない。
ニケルが恐れるのは自分の主である領主に累の及ぶ失態であり、
それは領主への忠心と、貴族の持つ圧倒的な権力に対する畏れに起因する。
エイダムはそこにつけ込むようにして、尊大で世間知らずな貴族を演じていた。
相手の気持ちや都合など考えず、自分の言動が最優先される事を疑いもしない、
辺境の民が貴族に抱く極端な印象を体現して見せているのだ。
自分が何をしに来たのかも知らせず、旅先での自慢話や体験談などを語っては、
時折貴族社会の常識を知らない事や、出された茶の味にダメ出しをしたりする。
その度にニケルは、興味の無い話題であっても熱心に感心してみせたり、
必要以上に恐れ入って必死に平謝りしたりと、
見ているだけで気の毒になってくるような有様だ。
だからといって、ここで手を緩めては何の意味もない。
エイダムは心を鬼にしてニケルをいびり倒す事に専心する。
ここまでしなくてもいいのではないかと思うくらいに追い込んで、
息継ぎをする間もない程に絶え間なく重圧をかけ続けた。
それからしばらくして、ニケルがいい具合に憔悴し、
虚ろな目でどこか遠くを見つめるようになって来た頃を見計らい、
エイダムは用意しておいた餌を撒く。
「おや、そういえば私がここに来た用件などは、もうお話ししていたでしょうか?」
「はい、あ、いえ!そういえば、まだ、お伺いしておりませんでしたな!
これは私も気が回らず、大変失礼いたしました!」
白々しくも今思い出したかのようなエイダムの言葉に、ニケルは全力で食いついた。
言葉とは裏腹に身を乗り出さんばかりの勢いである。
用件が終わらねばいつまで経ってもエイダムは帰ってくれないが、
自分から何をしに来たのかを問う事も出来ない。
そんな、延々と神経を削られ続けているような中で、
ようやく出口が見えたのだから、当然の反応といえるだろう。
「実は私の冒険者仲間がこの町の出身なのですよ。
それで偶々近くまで来たのだからという事で、町に立ち寄ったという訳です」
「なるほど、そういったご縁でしたか。
エイダム様と引き合わせて下さったそのお仲間には、感謝せねばなりませんな」
「ええ、それでその彼のご家族に挨拶がてら食事でもご一緒にと思ったのですがね、
彼のお父上にその旨を話した所、お叱りを受けてしまいました」
「お叱り、って、エ……エイダム様に向かってですか、それは、あの……」
「いえいえ、その事に関しては私に非がありましたから当然なのです。
お父上にも立場という物があるのに、そういった事も考慮せず迂闊なお誘いをして、
危うく必要のないご迷惑をかけてしまう所でした。
それでまず、手順を踏んだ上でと思い立ち、こちらを訪ねたのです」
「て、手順といいますと……あの、つかぬ事をお伺いして申し訳ないのですが、
お仲間のお父上というのは、なんという御仁なのでしょうか」
「はい、この町の守備隊長であるオーグルド・ホグタスク殿ですね」
涼やかな笑顔と共に伝えられた名を聞いて、ニケルは卒倒しそうになった。
貴族を叱り付けるなど、一歩間違えれば大問題に発展しかねない事案である。
厄介な人物だとは思っていたが、ここまでとは思っていなかった。
何の恨みがあってここまで自分に仇をなすのか。
確かに水面下での対立はあるにせよ、やっていい事と悪い事があるだろう。
次から次へと浮かんでくる守備隊長への文句や恨み言が脳内で反響を重ねる中、
それでもニケルはエイダムへの注意を怠らない。
散り散りの心を繋ぎ止め、エイダムが語る一言一句を聞き逃さぬように苦心する。
「オーグ殿は仰いました。
いかに息子の友人であるとは言え、守備隊長である自分が代官殿の了承も得ずに、
貴族という立場の私と会食の場を持てば、無用の誤解を産むかもしれない。
以前に不心得な言動で代官殿の不興を買ってしまった自分であるから、
これ以上同じ様な轍を踏むわけにはいかないのだ、と」
それはニケルにとって、耳を疑うような文言であった。
あの代官に対する配慮など全く顧みないような守備隊長が、
そんな殊勝な事を言おうなどとは驚く他ない。
確かに圧力をかけていたのはニケル自身なのだが、
それに屈するどころか黙々と任務をこなし続ける姿勢を見て、
もしかしてこちらの意図や敵愾心が伝わっていないのではないか、
そんなあり得ないような可能性まで頭をよぎっていた所なのである。
「守備隊長がそんな事を……」
「ええ、そしてオーグ殿は一つ私に頼み事を託してくれました。
よければ、意地を張ってこじれてしまった代官殿との間を取り持って欲しい、と。
そして、これを機に守備隊に関する幾つかの業務を代官殿に取り仕切って欲しいとも」
「なんとも、それは……」
願ってもない、と言いかけたニケルだが、上ずった声が漏れる寸前で何とか自制する。
ここはあくまで粛々と、エイダムの顔を立てる形で引き受けねばならない。
「どうでしょう、差し出がましい事とは思うのですが、
オーグ殿の頼みを引き受けた私に、格好の一つも付けさせては貰えませんか?」
「エイダム様がそう仰るのでしたら、私に否があろう筈もありません。
万事はお心のままに運ばせて頂きたいと存じます」
「おお、それはありがたい!」
無邪気に喜ぶエイダムを見て、ニケルは胸を撫で下ろした。
この傍若無人で世間知らずな貴族の青年に振り回されはしたものの、
数年越しの懸案事項がこのような形で決着するのであれば、
散々に苦労した甲斐があったというものだ。
帰ったら祝杯の一つでも挙げたい所である。
「ところで、私からも一つお話があるのです」
「はい?」
「この町に来てから少々時間がありましたので、
手の者に町の情勢など調べさせていた所、看過出来ない点がありましてね」
「え、と、なんの事でしょうか」
「オーグ殿の言っていたこじれに端を発するのでしょうけれど、
町の防備という点で、かなりの無理が生じているようにお見受けします」
「それは……あの、いや……」
不意に振られた話題は、浮かれきっていたニケルの心胆を、
一瞬で凍りつかせるのに十分なものだった。
直接的ではないにせよ、ニケルのして来た事を見る者が見れば、
裏にある意図を見通すことは難しくない。
それでも、たとえ領主からその点を指摘された時の事を考えて、
言い訳が立つ程度の用意はしてあったのだが、
守備隊長に親近感を抱いているらしいエイダムに対しても、
同様の言い訳が通用するかと言うと、難しいと言わざるを得なかった。
「私としては友人の故郷がかような状態にある事を考えると、
率直に言って悲憤を禁じえないというのが真情です」
ここまで穏当とは言えないまでも、不快感を示す事のなかったエイダムが、
ここに来て明確な言葉で懸念を表明している。
しかも、その原因がニケルの私情も絡んだ政争にあるとなれば気が気ではない。
「その件につきましては、私としましても、はい、早急に対策を立てて、ですね」
「ほう、それは良かった。
私の見立てでは、今なにか大事が起こってしまえば、
手に負えない事態に発展しかねないと心配していたのですが、
貴方には早期に解決できる具体的な見通しがあるという訳ですね」
その言葉にニケルは即答できなかった。
なかなか折れなかった守備隊長と、半ば意地になっていたニケル、
その間で長引いてしまった確執は、一朝一夕では解決できない禍根を産んだ。
軽々しく見通しがあると答えた上で、具体的な方策を聞かれれば手詰まりである。
答えに窮したままのニケルに、エイダムが笑いかけた。
「失礼、少々意地の悪い物言いでしたね。
私としても今日明日中にどうにかしろ、などと無理を言うつもりはありません。
しかし、とてもではないですが気長に待つという気持ちにはなれませんし、
ましてや知らぬ顔をして見過ごすなど出来ない事も、ご理解いただけるでしょう?」
「はい、ごもっともな話であります」
「よかった、貴方がそう言って下さって。
これで私の手回しも無駄にならずに済むというものです」
「手回し、ですか?」
「ええ、個人的な伝手を頼り、方々から人手を募っておいたのです。
まだ正確な人数は聞いていませんが、百名前後になるでしょう。
遠からず町に集まってくると思いますので、受け入れの態勢を整えておいて下さい」
「ひゃ、百名、ですか、いや、ありがたいのですが……」
「もちろん彼らの身元は私が保証しますし、
貴方が面接した上で素行不良の者がいれば除いて頂いて構いません。
私が何より望むのは、早急で確実な治安対策だという事は、ご理解頂けるでしょう?」
百名という人数を受け入れれば、守備隊員は約4割増という事になってしまう。
その管理運営を考えれば、おいそれと受け入れられる数字ではないのだが、
同時にそれは町の治安維持に必要な人員であり、
普通に募集していてはどれだけ時間がかかるか見当もつかない所である。
その上これが貴族からの申し出であり、原因の一端がニケル自身ある事を踏まえれば、
疲れ果てたニケルに抵抗できる余地も余力も残されていなかった。
「エイダム様のお心遣い、大変に痛み入ります。
この上は粉骨砕身を以って、この問題の解決に当たらせて頂く所存です」
言葉の裏や相手の心理を推し量る事を放棄したニケルの言葉は、
目の前の傍若無人な貴族から逃れたい一心から出たものだった。
しかし、この時のニケルは気付いていない。
今回の申し出を受けたという事が、
その傍若無人な貴族との間に、分かち難い縁を結んでしまった事に他ならないと。
少々興が乗りすぎて長引いてしまった感はあるけれど、
大過なく一仕事を終えたエイダムは、最後に代官と必要な情報の受け渡しをしながら、
今日の総括を考えていた。
オーグと代官の関係修復は概ね叶ったと見て良いし、
エイダムの息のかかった人員をこの町に送り込む事にも成功した。
何の手も打たずに百名という数を守備隊に入れようとすれば、
その異様さは隠し切れないだろうし、代官からの嫌がらせで手一杯だったオーグに、
その受け入れ作業を任せてしまっては混乱が増すばかりである。
そんな所を恩を売るような形で業務を代官側に押し付け、
オーグの顔を立てながらその負担を軽減し、
そこに乗じて都合のいい流れに誘導する事ができた。
悪くない出来ではあるが、貴族の立場を使ったのだから当然だろう。
しかし、威圧を意図しての手段ではあったが、どうも薬が効きすぎたようで、
目の前にいる代官には悪い事をした様な気になってしまう。
実際の所は、オーグという仲間の家族であり、元冒険者としても尊敬できる先達を、
誤解からとは言え数年間いい様にこき使っていたのだ。
今回その報いが巡って来たのだろうと結論付けて忘れる事にした。
エイダムがそんな事を考えていた折、ふとした拍子に思考がずれる。
やはり、強引過ぎたのではないだろうか。
他に手段がない訳ではなかったのだ。
ただ早急に手を打つという一点で選択した手段だった。
コウトに前のめりと指摘されて、意固地になっていたのだろうか。
やり方が間違っていたとは思わないが、最善と言えるものでもない。
悶々と絡みつく疑問の渦に心をゆだねる寸前で、エイダムは迷妄を振り払う。
原因と言えるものは解っていた。
ただ、目を向けようとしなかっただけだ。
長年の相棒であり、エイダムが抱く野望の起点となった男との衝突。
些細な事だと軽んじていたそれが、思いの他に気にかかっていた。
そのディマスとの一件を解決するために、自分は性急な手段をとったのだろう。
エイダムは一連の煩悶をそう帰結させた。
どれだけ偉そうに振舞っていても、見返してみればその程度の話である。
面目もない話で誰に語る気もないが、十分に自省はできた。
素直に仲違いを清算するべきという事である。
近い内にディマスと酒でも飲もう、などと一人落ち着いた辺りで、
エイダムは現実に引き戻された。
役場の職員が血相を変えて執務室へと駆け込んで来たからだ。
「来客中の報告は後に回せと言っておいただろう!」
代官の一喝に怯みはしたものの、職員の服務意識は報告を優先させたらしい。
そこには危急を告げねばならないという義務感と、
一刻も早く厄介事を上役に押し付けたいという思いがあったのだろう。
そして、報告の内容は、確かに緊急を要するものであった。
オルベアの原動力である北の鉱床に、超大型の魔獣が襲来し暴れ周り、
鉱床は半壊し人的被害も甚大である。
この報告は、そのままこの日の会談の幕引きを告げる言葉となった。




