第28話 - 守備隊長と権力争い -
エイダムがオーグとの面会の場を得られたのは、コウトの報告を受けてから2日後の事だった。
昼食を終えてから守備隊の詰め所へと足を運び、受付へ用件を告げる。
申請した翌日に町の要人、守備隊長であるオーグと面会が叶ったのは、それなりの伝手を通してねじ込んだおかげである。
しばらく待たされた後、奥にある執務室へと案内される途中で先客とすれ違う。
エイダムの後にも面会を求めている者達がおり、多忙である事は間違いないらしい。
執務室に入るとオーグが待ちうけていた。
「ああ、エイダムってのはやっぱりお前さんか」
「先日は食卓にお邪魔させていただき、ありがとうございました」
「ティグ達の仲間なんだから気兼ねしなくても、いつでも訪ねてくれればいい。
今日にしたって、俺に用があるなら家に来てくれれば良かったのに」
冗談や社交辞令ではなく本心なのだろう、オーグの言葉に他意は感じられない。
エイダムと面識があるという事もあるのだろうが、冒険者から取り立てられただけあって形式に拘らない性質であるのが解る。
個人としては付き合いやすいし好感の持てる所ではあるのだが、これだけ大きな町の守備隊長という立場になると話は違ってくる。
「そう言って頂けるのはありがたいのですが、
今日の用件を考えればこちらに来るのが適当と考えました」
用件という単語を聞いたオーグが、改めて机の書類に目を落とす。
「町の治安に関する提言、って事らしいが、ここじゃなきゃダメなのか?」
それを世間話と大差ない程度であると認識しているあたり、問題の根は深そうだとエイダムは苦笑いを噛み殺した。
この町が抱える治安の大きな問題点は、守備隊に余裕が無いという所だ。
今の所は場面場面での場当たり的な処方で対応できているようだが、一度大きな問題が起こってしまえば、それを皮切りにして町全体が恐慌状態に陥ってしまう可能性すら考えられる。
こんな事になってしまった原因は、守備隊と町政の対立、というより、治安を担う守備隊長と町政を仕切っている代官の対立にある。
「いやいや、ちょっと待ってくれ、確かに仲良くしてるとは言わないが、
対立してるなんて大げさな話じゃないぞ?
向こうも俺も仕事の邪魔だとか妨害だとかは一切してないってのは断言できる」
話を聞いていたオーグが慌てて釈明する。
その言葉は真に迫ったものであり、何かを隠し立てしている訳ではないのだろう。
「確かに邪魔や妨害は無いのでしょうが、対立は対立です。
あなたにその辺りの事をしっかり認識して頂かないと、事態は改善に向かいません」
ぴしゃりと言い切られてしまい返す言葉のないオーグだが、その頭上には疑問符が浮かんでいるようだった。
エイダムは改めて現状の説明を再開する。
オーグは気付いていない、と言うか気にしていないようだが、今現在の守備隊と町政は半ば断交状態にあると言っても過言ではない。
最低限の情報交換だけを行い、互いに一切の口出しや干渉をしていないのだ。邪魔や妨害はしていないけれど、連携や協力もまた存在していないという訳である。
通常であれば在って然るべきものが存在していない、しかもそれが意図的に行われているとなれば、まさに対立と言う言葉が相応しい。
「意図的にって、そんなつもりは全然ないんだけどな。
俺が守備隊長になってから今日まで、やってる仕事の内容は変わってないし。
そりゃまあ、仕事の量が増えてるのは確かだが、あくまでそれだけだよ」
エイダムの評価を受け止めるオーグは困惑気味だ。
「貴方がそのつもりでも、相手がそれを額面通りに受け取っているとは限りません。
なにより、町の規模が大きく変わっているのに、
仕事の内容が変わっていないという事も問題の一つなんです」
オーグのそんな事考えてもいなかった、という驚いた様な反応もエイダムの予想通りのものだった。その辺りの考え方の違いが、巡り巡って歪な現状を生み出したのだろう。
「権力争い、というものに興味はありますか?」
「全然ないな。現状で家族を養っていくには十分だし、これ以上なにを望むってんだ。
まあ、強いて言えばもう少し余裕が欲しい所だけど、これって権勢欲なのか?」
「いえ、妥当な望みだと思います。
しかし、現状で貴方のやっている事は、その望みとは相反する事なんです」
「んん?そうなのか?いや、よく分からんな……説明して貰えるとありがたいが」
「ええ、喜んで。
しかしまあ、先に結論を言わせて頂くと、貴方のやっている仕事の何割かを、
代官の方に押し付けて差し上げればいいだけの話なんですよ」
「……それは、余計に嫌われるんじゃないのか?」
オーグが本気でそれを言っているのだろう事を見て取り、エイダムは心の内で胸を撫で下ろしていた。
口で何を言おうとも、内心で権力に執着を持っていたりしたのなら、話はこじれてしまった事だろう。
「順を追って話して行きましょう」
そんな前置きをして、エイダムの説得が始まった。
事の始まりとも言うべきは、予想を超えていた町の発展にあるだろう。
普通であれば2、3年も採掘を続けていれば枯れてしまう筈の鉱床が、未だに現役で魔力鉱石を吐き出し続けており、おかげでオルベアの町は現在も成長を続けている。
それ自体は良い事に違いないのだが、急激で留まる事のない発展に対して、町の体制が追いついていかなかったのだ。
2年ほど前の段階で鉱床が枯れて町の発展が頭打ちになっていたなら、あるいはオーグか代官のどちらかが相手の事を理解し、それに合わせる器用さを持っていたならば、エイダムの出る幕などは無かった筈である。
「領主から派遣されてきた代官という立場の者が貴方を見た時、
一体どの様に映っているのかを考えた事はありますか?」
そう問われてオーグは、両の掌を見せるようにして首を横に振った。
町に来た代官は当年とって31歳という若さであり、オルベアが魔力鉱石を産出する有望な土地である事を考えれば、要職に抜擢されたと言っていい。
そんな人物が赴任した先にいたのがオーグである。
立場的には自分の下であるものの、年上で現場の実績によって守備隊長という地位を手に入れた人物だ。
代官が派遣されるまでのオルベアは、領主が遠方から大まかな指示を出して、細かい部分は町の役人がそれぞれの裁量で処理をするという形をとっていた。
そんな中、現場で実質的な指揮権限を持っていたのが町の守備隊長である。
町で起こる問題を速やかに収める為には、守備隊という明確な抑止力が不可欠であり、それを編成し運用する権限を有しているのだから、当然その影響力も大きくなる。
その上で、守備隊長本人が町の英雄であり住人からの人望も厚いとなれば、下手な扱いを出来るはずも無い。
それでも何か一つくらい後ろ暗い点でもあれば、つけ入る隙も見出せたかもしれないのだが、現場では十分に有能であり不正に手を染めている訳でもないのだ。
そんな人物を相手に、守備隊長の持っている権限の一部を頭ごなしに奪い取るなど、まともな神経を持っている者に出来る事ではないだろう。
「ちょっと買い被り過ぎてんじゃないか?」
こらえ切れずといった感じで口を挟んだオーグに対し、エイダムは当然の事を諭すようにして淡々と応じる。
「当人に確認した訳ではないですから、確かに推測ではありますが、
他所者の私が集めた情報から感じた印象で、贔屓目で見たつもりはありません」
「権限云々にしたって、俺に直接言うのが気になるって言うなら、
領主を通して言ってくれればすむ話じゃないのか?」
「若くして重要な町の代官を任されたという自負があるでしょうからね、
領主に泣きつく形になるのは避けたいと思ってもおかしくはないかと」
「そういうもんなのか……にしても、どうして今みたいな事になるんだ?」
「貴方にボロを出して欲しかったんでしょうね。
負担を増やしていけば何かしらのミスは生まれてくる、そうなったらそれを口実にして、負担の分散という形で権限の移譲を提案するつもりだったのだと思います」
「随分と回りくどい話だな」
オーグは呆れた様に苦笑いをして見せる。
エイダムも同感ではあるが、代官の心境も理解できなくはない分だけ複雑だ。
「生粋の事務屋と元冒険者では、常識や考え方が全く違うという事ですよ。
そんな中、貴方が相手の思惑を超えてがんばっていたおかげで、
そういった目論見が実を結ぶ事もなく今日に至ったというわけです」
手に負えない事態が起こらなかったのは、オーグの実力が高かったおかげか、それとも運が良かっただけなのかは解らない。
どちらにせよ結果として何事も無いまま町は発展を続け、ぎりぎりに張り詰められた糸には、更なる負荷がかけられていったのだ。
「あー、それで俺の仕事を押し付けてやればいい、って話になるのか」
「渡すのは人員の採用と、給与や査定の権限といった所ですね。
窮屈になるとは思いますが、貴方にかかっていた負担は格段に軽減されるでしょう。
そして、これまで拮抗していた権力争いは、向こうの勝利という形で決着します」
「そんな事してたつもりは無いんだがなあ」
オーグは遠い目をしてつぶやいた。
自分の知らない所で興味も無かった争いに巻き込まれ、その余波で必要の無い苦労を背負い込んでいたというのだから、その心情は推して知るべしといった所だろう。
「そこで提案なのですが、私は明日、代官と会う予定になっています。
許可をいただけるなら、その席で、誤解の解消も含めた、
問題の総括的な解決をさせて貰いたいと考えています」
さらりと申し出たこの提案こそ、エイダムが今日この場を訪れた目的であり、後に続く目的のために欠かす事の出来ない一手であった。
今後の展開を考えれば、多少の無理をしてでも押し通さねばならず、心の内では臨戦態勢が敷かれている。
「……そりゃなんともありがたい話だが、ちょいと親切過ぎやしないか?」
それらの全てを見抜かれていた、という訳でも無いだろうけれど、やはりオーグから即答での快諾は引き出せない。
立場を考えれば軽々に任せて貰えるような事案ではないのだから当然ではあるが、言下に断られていない事を考えれば、そうそう悲観する必要も無いだろう。
「仲間の故郷ですからね、これぐらいの事は当然ですよ」
オーグはこちらの真意を、エイダムは事の妥協点を探り当てる。
そんな腹の探り合いは、オーグの破顔一笑によってあっさりと放棄されてしまった。
「はははっ、冒険者ってのはそうだよな、ああ、それっ位の方がいい。
なあに、若い奴の野心に水を差すなんて野暮な事はしないさ。
解った、お前さんに任せる、いいようにやってくれ」
放言とも取れそうな言葉で肩透かしを食らってしまったエイダムは、オーグの評価を定め直す事にする。
どうやら思っていた以上に忠勤とは程遠い性格であるらしく、これでは生真面目さが透けて見える代官とは上手くいかないのも当たり前なのかもしれない。
そんな事を考えながらも、わざわざ口に出したりはせず、殊勝な態度を心がける。
なんと言っても、エイダムからすれば容赦をしてもらった事に違いないのだ。
「恐縮です。
それともう一つ、こちらは噂話程度に聞いておいて貰えればいいのですが」
「まだなにかあるのか」
「コウトに探って貰っているのですが、町によからぬ影が差しているかもしれません。
今の所、私の立場から明言できる段階ではありませんが、できればご留意下さい」
オーグのような立場の者に対して、冒険者であるエイダムが証拠も無く同業者への嫌疑を直訴したりすれば、間違いなくややこしい事になってしまう。
確信にも似た思いはあるものの、それを表明する訳にはいかないのだ。
「ふむ、まあ覚えておく事にする」
はっきりと伝わったのかどうかは解らないが、現段階でなら十分な所だろう。
こうして、エイダムが満足のいく結果の下、オーグとの会談は幕引きとなった。




