第21話 - おせっかいコウトとシンシな策士 -
「これはまた、なんというか、酷いですね」
「そうなんだよ、酷すぎるっていってもいい、ここまで保ってるのが不思議なくらいだ」
とある昼下がり、オルベアの宿の一室でエイダムとコウトが額をつき合わせながら、互いにしかめっ面を披露しあっていた。
この場は、コウトが行っている情報収集の経過報告のために設けられた席なのだが、本来ならもう一人ここにいるはずのディマスの姿が見られない。それは、コウトの要望により、この話し合いが元々の予定よりも数日の前倒しをする形で行われているからであった。
そのせいで、単身野盗討伐の依頼を受けて出払っているディマスの帰還が間に合わず、この場に居合わせられなかったというわけだ。
とはいえ、ディマスはこういった場で頻繁に意見を出す質ではないし、なによりも、コウトが緊急に談議を行わなければならないと判断したためでもあった。
ディマスに対しては事後報告となってしまうけれど、その程度の事で不満を抱くような男ではないという認識は、ここにいる二人が共有する所である。
そんな風に予定を押してまでコウトが求めた議題というのが、この町に着き、オーグ達と再会を果たしてからの一週間程で調べた、警備体制を中心とする治安に関した諸問題についてだった。
辺境の各地を巡り、方々の町で同じような事柄を調べてきたコウトではあったが、このオルベアにおける警備体制の状況は、先ほどエイダムと二人で確認しあったように、あまりにも酷いという一言に尽きるものであった。
町の規模に対して守備隊の人数は明らかに不足しているし、そこを補強するための施策はおざなりであり、最新の募兵の告知に別の張り紙が上張りされているのが放置されていたり、かと思えば数年前の募兵の張り紙が撤去されずに残っていたりもする。
試しに守備隊への参加を役場へ問い合わせてみても、こちらで受付は行っていない、守備隊の本部を訪ねろなどと言われ、言われた通りにそちらへ行ってみても受付の人員が配備されていなかったりした。
また、人手が足りていないせいで、事前の防犯までに手が回らず、必然的に対症的な緊急出動が増え続け、事態の軽重を判断する余裕も失われつつあるように見える。
更には、守備隊に支払われる給与が滞ったりする事があり、そのせいで隊を離れる者が出たりするといった噂なども聞こえてくるのだ。
治安維持に対応するオーグを始めとした各個隊員の活躍は多々耳にするのだが、裏を返せば守備隊の一部が奮闘しているだけで、守備隊という組織に対する評価や声望は極めて低い状態にあると言えた。
そんな中にあっても町の治安がギリギリの所で維持できているのは、一部守備隊の活躍もさることながら、今のところ不正の陰も見えない生真面目そうな代官の手腕と、ちょっとした問題ならば押し流してしまうこの町の勢いの成せる業なのだろう。
しかし、それは、絶妙で奇跡的な均衡の上に成り立っているものであり、どれか一つでも欠けてしまえば、その瞬間にも破綻を招きかねない状態にあった。
そして、増え続ける町の人口に対応しきれていない守備隊の現状こそが、まさしく直近に迫ったオルベアの危機と言えたのである。
「これは、ちょっと名の知れた盗賊団にいくらか計画を練って襲撃されれば、
やりたい放題された上に、必要以上の被害が出るんじゃないですかね」
「不吉な亊言わないでくれ」
「実際、私に指揮をとらせてもらえれば、一月で町を半壊に追いやれる気がします」
「だから、嫌なこと言うんじゃねえって言ってんだろ。
……確かにあちこち穴だらけだけどさ、オーグさんだってがんばってるんだから」
「頑張っている結果がこれでは、何の救いにもなりませんよ。
それに、町の盛況ぶりを考えれば、既に目を付けられていてもおかしくない」
まったくもっての正論に、ぐうの音も出ないコウトである。
それでも、これがどこか他所の町での出来事ならば、品行方正とは言い難い話ではあっても、事態の推移を見守るなり、混乱に乗じるなりといった対応になるのだが、それで割を食うのが身内となれば、コウトとしても事情は変わってくる。
「身勝手な話なのは解ってるけど、なんとかしたいんだ」
コウトの言葉に対し、エイダムがその目を少し細めたのが分かった。品定めでもされているような気がして、心持ち表情が固くなるが、コウトは更に言葉を繋げる。
「この町が危なっかしい状態にあるのは解るし、自分でどうにかしたいと思うけど、
情けないことに俺の力じゃどうしようもないのも判っちまう。
けど、あんたならどうにか出来ると思うんだ、だから……力を貸して欲しい」
「構いませんよ、コウトがそう望むなら、助力を惜しむ気はありません。
ただし、了承はして貰いますよ?」
意外にすんなりと得られた協力への言質だが、その後に続いた思わせぶりな台詞に、コウトは素直に喜びを表わすことが出来ない。
「了承って、何の話だ?」
「この事でタダ働きはしないって話ですよ」
淡々と答えたエイダムに、コウトは嫌そうな顔を見せる。
「うっ……また俺になんかやれって話か、別にいいけどさ」
「何筋違いな事を言ってるんですか、今更条件をつけて仕事なんて頼みませんよ。
私が助力を惜しまないように、コウトだっていちいち断ったりしないでしょう?」
「うん?あれ、そういう事、なんだっけ?」
「ええ、もちろんそういう事ですよ、私達は仲間でしょう。
今後とも大いに協力しあっていこうじゃないですか」
少しばかり芝居がかったようなエイダムの台詞は、もしかしたら照れ隠しの一種なのかもしれないと思いながら、あえてコウトは白け気味の視線を浴びせておいた。
「なんか白々しいんだよな、エイダムのそういう言葉って。
まあ、それはいいけど、それじゃ了承ってのは何だよ、分かるように言ってくれ」
重ねて真意を問われたエイダムは、真面目な表情を作り直しながら口を開く。
「この町に、私の爪が深く食い込むという事です」
「それは……」
ふざけたような態度から一転したエイダムの宣言は、不吉なものを孕んでいるかのように感じられ、コウトは言葉に詰まってしまう。
そんなコウトが新たな問いをぶつけるのに先んじて、エイダムは自身の本意を静かに語り出した。
「これだけ大きな町で、ここまで悪化している状況を、こちらの望む流れに変えようというのなら、小手先の手段をいくら重ねた所で、なんの効果もないでしょう。
大事を成すには、こちらも相応の力、相応の札を切る必要があります。
何の見返りもなくそんな事をすれば、私が手持ちの札を失うだけの話です。
具体的な事を言えば、ここ一年分程の積み重ねが消えてなくなる事になりますね。
ですから、そんな札を切るのならば、最低でもこの町で同程度かそれ以上の成果を得なければ、有り体に言って割りに合いません。
そして、この町で成果を得られれば、いずれ私はそれを手札として扱うでしょう」
「この町を、巻き込む事への、了承って事か」
エイダムの話は理解できる。確かにオルベアの現状は、ちょっとした提案や小細工で乗りきれるような段階を通り越していた。そして、そんな状況であっても、やろうと思えば問題を解決することは可能だという自信もあるらしい。
「ここはあなたの故郷で、家族が暮らす町です。
確かに魅力的な町ではありますが、コウトが望まないのであれば、
無理に利用しようとは思いません」
それは、真摯な言葉に思えた。
そもそも今回の事は、コウトの個人的な感情から出た話である。オーグやエリシアに助けを求められた訳でもなく、この町の平穏を守る義務がある訳でもない。
例え大きな混乱が起きたとしても、本来ならそれはこの町の住人が解決すべき問題であって、コウトが出しゃばる筋合いは無いとすら言えるだろう。
そんなコウトの感傷を見越した上で、エイダムはこの町を特別扱いしても構わないと言っているのだ。
エイダムがその気であれば、これから起こる町の混乱に乗じてより多くの利益を手にする事が出来るだろうし、辺境に新たな国をという大望を思えば、そうする方が間違いなく近道と言えるだろう。
その上でコウトに対し、今回の問題に手を出さない代わりに、将来的にこの町との関わり方に明確な一線を設けるという選択肢を提示しているのだった。
「なんていうか、おとぎ話の悪魔を思い出したよ」
「願いを叶える替わりに~ですか、なんとも心外ですね」
憎まれ口を受けたエイダムは少しだけムッとした表情を作った。誠意の言葉に対する返事がそんな形だったのだから、いくらか気分を害するのも仕方ないだろう。
とはいえ、コウトがそんな態度を取ったのにもそれなりの事情というものがあった。
普段から事ある毎にからかわれたりあしらわれたりしている相手が、突然仲間としての立場と、内心の繊細な部分を尊重するような態度を見せたのである。
そんなものに対して、素直に喜んで見せてしまったのでは、如何にも浅薄そうで格好がつかないし、なにより照れくさくて仕方がないのだ。
だからコウトは、悪態で覆った返答で、さも対等であるような体裁を装う事にした。
「まあ、悪魔より幾らかマシと思うことにしとこうか。
町の事、よろしく頼むよ、エイダム」
今の時点では妄言にも等しいと思えるエイダムの野望が、もしも現実のものとなるのなら、その時は既存勢力との軋轢が生じる事は避けられないだろう。
その軋みが多くの混乱を生み、いずれは避けられぬ動乱となり、無数の人々を巻き込んでいく事は想像に難くない。
そんな善良でも正道でもない道の一端を担う事を、既にコウトは受け入れていた。
途方もなく、そして碌でもない夢物語でも、事の首謀である二人の傑物と共に行けるのならば、これ以上は望めない生き方であると嘯けるのだ。
エイダムとて、悪意に根ざして事を成そうというのではない。その根底にあるのは、少々子供じみているとはいえ、彼の誇るべき理想の世界なのである。
巻き込むという言葉の表層だけをなぞり、それで失うものばかりを数えるのは、同じ道を行く仲間としてはいささか信義に欠けていた。
悪いようにはしないだろう。そう考えられる位には、エイダムを信頼できるのだ。
「……頼まれました、できる限りの手を尽くしましょう」
軽口に隠した本心が、どれだけ見透かされたかは分からないけれど、口元に軽い笑みを見せたエイダムは、頼もしい言葉と共にコウトを見返していた。




