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第18話 - 若い二人の町歩き -

 人の言葉には耳を傾けてみるものである、ティグはそんな事を考える。その後で自分は思いのほか現金な性格なのかもしれないと呆れてしまった。

 家に帰り、家族との再会を果たした翌日、午前中からクリスと連れ立って町に出たティグは、簡単に町の要所を見て回っていた。

 真新しい発見こそなかったが、3年という空白を挟んでも、以前と変わらず隣を歩いているクリスとの間に、旅先では得られる事のなかった落ち着いた時間を感じられた。

 そんな静かな時間を過ごした後で、二人は城壁内の市場を訪れる。

 そこに並ぶ商品の種類の豊富さ、質の高さは、間違いなく一見の価値があるだろう。当初の予定通り工房に篭っていたならば、これらの品々を見逃す事になっていた訳だ。

 壁で隔てられた町の外側にも雑多な市が立っており、数日の滞在中にそれらを見て回っていたティグは、あえて時間を割く程の事もないと見切りをつけていた。

 その見立ては完全に的外れなものだったらしい。この町に集った商人達が本腰を入れて商売をするのは、この中央市場に他ならないのである。

 商人達は持ち込んだ名品・珍品・希少品の類をこの場で売り捌く。その代金で町の特産である魔力鉱石を満載し、中央大陸の貴族の元へと持ち込むのだ。そうするだけで、道中の危険や費用を考えても、それらを大きく上回るだけの利益が得られる事になる。

 必ず儲かるなどというのは、まともな商人からすれば眉唾物の話でしかないのだが、そんなものが実際に存在しているのだから、人も集まろうというものである。

 数年前に自分の工房を建てた折、ティグとしては入用だと思われる物は大方揃えたつもりでいた。事実、それで十分に実用に足る刀を打ち上げる事が出来た訳だ。

 しかし、以前と比して遥かに規模の大きくなった町の市場である。少し見回しただけでも、手に入る鉱物の種類から、良質な燃料やちょっとした小物に至るまで、思いつく限りの品が並んでいる。

 そんな中でも、町の職人達を相手にする商人が集まる一角では、痒い所に手の届きそうな逸品が、探せば探しただけ見つかりそうな品揃えになっていた。

「その鉱石、一山いくら?そっちの合金は?その道具、使い方聞いてもいい?」

「おい兄ちゃん、見るのも聞くのも結構だが、ちゃんと金はあるんだろうな?」

 あれこれと興味を示すティグに対して、露店の商人が面倒臭そうに応じてきた。

 それもそのはず、いくらティグの体格が良いとはいっても、顔を見ればせいぜい十代半ばにしか見えない若造だ。それがめかした格好をした少女と連れ立って歩いているのである。職人相手の市場では、冷やかし以外には見えなかった事だろう。

「まあ、おじさんとこの商品買い占められる位はね」

「はっ、そりゃ景気のいい話だ。ま、好きに見ていけばいいけどな」

 冗談とでも受け取られたのか、あしらう様な態度を取られてしまう。用意しようと思えばその位の蓄えはある訳だが、むきになって主張するほどの事でもない。

 その後もその商人と暫く問答を交わしてから、品物の購入といった段まで話が進み、ティグが懐からまとまった額の入った財布を取り出す。

 それを見て、面倒臭そうに対応していた商人の目つきが変わった。実際に買う気のある客ならば、若造だろうが女連れだろうが関係ないのだ。

「それじゃ、これ頭金ね。物は後で取りにくるから、代金はその時に」

「……兄ちゃん、どっかの工房の見習いさんかい?」

「駆け出しの魔工で冒険者だよ」

「あぁん?」

 いまいち要領を得ないといった顔の商人を残して、ティグは別の店へと移動する。

 と、先ほどまではティグに見向きもしていなかった周りの商人達が、今度はあちらからこちらから、ひっきりなしに呼び込みの声をかけて来た。今しがた買い物をした所を見ていたのだろう、れっきとした客と見れば態度も変わってくるらしい。

 目敏いものだと思いはするが、別に不快なわけでもない。むしろ、存分に見て回りたいと思っているティグとしては望むところといった反応である。

 そんな折にふと気になってクリスの方を見ると、偶然居合わせたのか、同年代の少女となにやら話し込んでいる様だった。

 ならばよしと、気兼ねなくこの一帯を検分する事にする。

 なかなか実りある一日になりそうな予感に、目を輝かせるティグであった。


 解っている。確かに原因は自分にある。自分の方が年上だし、この町で暮らした時間も長いのだ。だから昨晩は少し強引にでも町の案内を買って出たのである。

 おかげで昨日の夜はわくわくして寝つきが悪かった。

 正直に言うと、その時から幾らかの不安がない訳でもなかったのだ。それは、ティグと一緒にどこを見て回ろうと考えていた時の事である。

 考えてみれば、ここ数年のクリスというと、家から外に出るような事は殆どなく、偶に外出してもわざわざ町中を見て回ったりはしない。町並みに目を向ける度、色々と変わったなどとは思うものの、ただそれだけの感想しか抱かなかった。

 おかげで魔法使いとしての腕前はめきめきと上がっていった訳なのだが、その反面、同年代の少年少女が楽しく時間を過ごすための場所や行動など、まったく見当がつかなくなっていたのである。

 期待と不安が交錯する夜長に悶々としていたクリスだが、気がつけば差し込む朝日が彼女のまぶたを照らしていた。

 いつの間に眠りに落ちたか定かではないけれど、一つだけ解る事があった。クリスはこのまま付け焼刃の計画すら無しに出かけなければならないという事である。

「ここが役場なのじゃ、三年前と比べるとふた周りほど大きくなっておるの」

「ほんとだ」

「ここが守備隊の詰め所じゃな、オーグがここで働いておるぞ」

「うん、知ってる」

「ここが冒険者ギルド、たまにお爺ちゃんと来て依頼を受けるのじゃ」

「ここは前とあんまり変わってないね」

「ふむ、そうなのか?」

「冒険者ギルドの仕事はあの頃がピークだっただろうからね、

 わざわざ大きくする必要もなかったんじゃないかな」

「そうかもしれんの、魔獣は小さいのばかりで歯ごたえがないし、

 野盗共はすぐに逃げ出す腰抜けばかりじゃ」

「ふーん?……まあ、平和なのはいいことだよ」

「そうかもしれんがの、さて次は……」

 思案するそぶりを見せるクリスだが、実際はこの三箇所回っただけで案内できる様な場所は無くなってしまっていた。他にクリスが見知った場所といえば、家の近所で住人向けの日用品を売っているような店がせいぜいである。

 ここまでの道中で適当な軽食店でもあれば少しは時間も稼げたのだが、そんなものを事前に調べておく暇などなかったし、都合よく見つかるものでもない。

「中央の市場でも行ってみようかの」

 市場なら事前の知識が無くとも、案内など不要の賑やかさと華やかさがある。

 しかし、それはクリスに残された最終手段であった。そこへ行ってしまえば、それ以降は家に帰る以外の選択肢は無くなってしまう。

 そうなればティグの事である、昨晩の夕食時に言っていた通り工房へ篭り、そのまま一月くらい出てこなくてもおかしくは無いのだ。

 それがティグのやりたい事だとは解っているのだが、せめて今日の内に鍛冶の合間に息抜きをする位の約束を取り付けて置きたかった。

 それは未だ定かならぬ乙女心からだけの話ではない。以前刀造りに没頭するティグが見せた鬼気迫る様子が、まるで命から何から全てを注ぎ込んでいるようなその姿が、あまりに危うく不安でならなかったからでもあった。

 その思いはクリスがティグの姉貴分と自認する以前、二人が初めて出会った幼い頃の記憶に起因するだろう。人気の無い路地裏で死に掛けていたその姿は、クリスの幼心に強く焼きついている。それは、早々に逆転してしまった体格や冒険者としての実力など度外視して、ことあるごとに少女の保護欲を掻き立てて止まないのだ。

 とはいっても、当のクリスとしては、そこまで自身の心の推移を把握している訳でもない。現状のクリスの心情を要約すると、いつまでたっても放っておけないちょっと気になる男の子、といった感じである。

 とにかく、そういった経緯で市場へと向かった二人だが、特に目的の品物がある訳でもない。暫くの間は賑やかな場所を渡り歩くように露店を見て回っていた。

 ちょっと目を引く小物を見かけ、何気なくティグがそれを買い求め、特に気取る様なそぶりもなくクリスに手渡す。そんな空想をするクリスの目の前を、ティグは小物に気付く事も無く素通りしていく。

「……ふん、まだまだお子様じゃからな、仕方あるまいの」

 などと、負け惜しみのようにぼやいている内はまだましであった。

 その内にティグが何かに誘われる様にふらふらと歩き出す。

 それがケチのつき始めになるとも知らないクリスは、ティグの後についていく。

 賑わいから少し離れた市場の一角では、およそ客商売とは思えないような愛想の無い商人達が、訪れたクリス達に興味を示す事も無く商品の手入れを続けている。

 そんな事を気にも留めていない様子のティグは、陳列されているあれこれを手に取ってみたり、質問をしたりし始めた。

 そんなティグの表情が、今日見た中で一番生き生きしている様に思える。そんなティグを眺めているのも嫌ではないのだが、クリスとしては少し歯がゆい気持ちになってしまう。自分と話している時も、平然としているのではなく、ああいう顔をしていればいいんじゃないだろうか。

 だからといって、そんな事を口にした所で仕方がない事くらいは解っている。おとなしくティグに倣って手近な鉱石へと目を向けた。

 金属を多分に含んだ石塊は、見方によってはちょっとした置物に見えなくもない。あちこちから覗く角ばった断面が、時折陽光を弾いてきらりと閃いて見せるのだ。

 少しばかり興味がわいて手に取り眺めてみようとすると、愛想の無い商人がじろりと一瞥をくれた後、何も言わずに他所を向く。

 許可を出したという訳でも無いのだろうが、咎められた訳でもない。クリスはおずおずと鉱石を手にとって眺めてみた。

 顔に近づけて観察すると、先程の様な光はなりを潜め、無骨で所々赤茶けた断面だけがその鉱石を彩っていた。

 それでもめげずに、幾つかの石を手にとって見てはいたのだが、余程の好事家でもない限りそんな事に愉楽を見いだせる筈も無い。

 店を冷やかすのに飽きてくると、今日の事が段々と面白く無く思えてきた。

 大体、町を歩くにしても肩を抱けとか、手を繋げとは言わないけれど、もう少しクリスを意識するべきではないか。年上の素敵な女性と並んで歩き、どぎまぎとした内心を隠すように平然を装うなら良い。しかし、ティグからはそんな気負いなど一切感じられず、全く普段通りといった態度なのだ。

 いくらクリスより年下とはいっても、いい加減そういった機微を心得られるようにならねば、将来が心配であった。

 やはりここはクリスが一肌脱ぐしかない、さてどうしようと考えてから思い出す。そういえば、無計画に事を進めたのは自分であったと。しかし、今からでも遅くは無い。時間はまだ十分にあるのである。

 ひとまず、楽しんでいるように思えるティグを見ると気が引けるけれど、どこか他所の場所に行く事を提案しようかと思い始めた時だった。


「やっぱりクリスちゃんだ」

 クリスに駆け寄ってきたのは、比較的近所に住む少女である。修行に専念する様になる前までは、他の子達と一緒になって毎日のように町を駆け回っていた間柄だ。

「おお久しいの、とはいえ、こんな所におるとは物好きじゃな」

「何言ってるの、市場でクリスちゃんを見かけた気がしたから探してたんだよ」

 言われてみれば、少女の息は若干弾んでいるようである。

「なんじゃ、用があるなら家まで訪ねてくればよかろうに」

「そうなんだけど、でも、クリスちゃんが頑張ってるのみんな知ってるからさ。

 けど、やっぱり気にはなってて、だから町でクリスちゃんを見かけたら、つい……」

「ふむ、なにかあったのかの?」

 クリスは本格的な修行を始める前に、何か困ったことがあったらいつでも力になる、そう町の子供達に伝えていた。その言葉は心からのものであり、助力を求められればいつでも駆けつけるつもりであった。

「遠慮する事は無いぞ、ほれ、言うてみい」

 クリスに再度促された少女はいくらか逡巡した後で、やはり不安が勝っていたのだろう、胸の内を語りだした。

 クリスが家に篭るようになってからも、二年程の間は平穏な日々が続いていた。その間も町の住人は増え続け、それに合わせて子供の数も増えていった。

 クリスの活躍していた当時の様に、町全体に友達の輪が広がっている、そんな状況は続きようも無かったが、それでも互いに反目するような事も起こらなかったらしい。

 例えば壁の内側と外側といった感じで離れて住んでいる子供達であっても、ある程度の交流が行われ、顔見知りとまではいかなくとも互いになんとなく知っている同士、そんな関係が保たれていた。

 しかし、ここ一年か半年程の間で、町では見かけるけれど一度も話した事が無いといった者が急に増えてきているのだと言う。

 他所から移り住んできた者達に言わせれば、これだけ大きな町なのだから、そういう事も普通にある事だろうとなるのだが、この町では少々事情が異なっている。

 在りし日のクリスが掲げていたみんな友達という理念は、ささやかながらも今日まで継承されており、この町の子供らの多くが、見知らぬ子とも積極的に交友関係を築いていこうという想いが強いのである。

 仲良くしようと言われ、あえてその手を払う者は中々いない。時には積極的に近寄ろうとしない者もいるにはいる。しかし、話に出た少年達のように、ろくに話も出来ないような事は、今まで一度も無かったのだ。

 かと言って、彼らの素行の悪さが目に付くという訳でもないし、実害があった訳でもない。だから、わざわざクリスの家まで尋ねはしなかったという訳らしい。

 その話をし終えた少女は、話す前よりも幾らか晴れやかな表情になっていた。心配事をクリスに聞いて貰えただけで、気持ちが楽になったのだろう。

 もう少し町に出た方がいいのかもしれない、などと考えながら、クリスは少女の話について思案を巡らせる。

 かつて、今ほど大きくなかった頃の町で子供達をまとめて見せた際も、一筋縄ではいかない相手というのは少なからず存在していた。そういう者達は、既に自分達の所属する集団を形成しているというのが常である。

 そうでない者、例えば町に来て間もない者の大抵は、仲良くしようという申し出を受け渋るような事は無かったように思えた。

 最近になって急にそんな者達が増えたというのは、確かに気になる話ではある。

 別の集団が出来つつあるのか、或いは全く埒外な何かがおきているのかも解らない。

 だからと言って、少女の不安を煽る必要も無かった。

「ふむ、まあ、だいじょうぶ、心配いらんじゃろうよ」

 そう言って、安心させてやると、少女は嬉しそうに頷いた。

 ここからあとはクリスの問題である。気休めで大丈夫などとは言ったつもりはない。そう言ったからには、事実を曲げてでもそうさせるのが通すべき筋なのだ。

 少なくとも、以前のクリスはそうしていた。そうやって町の子供達をまとめていた。あの頃より強くなったクリスが、そうしない理由は無いだろう。

 まして、今はティグがいて、コウトがいる。いつかのように窮地を救われるようなつもりは無いし、今ならどんな困難な事態も問題にはならない筈だ。

 久々に修行以外の事でクリスの心に火がついていた。

 そして、それ以外の事があっさりと捨て置かれてしまうあたり、クリスの春はまだまだ遠くにあるといえるだろう。


 その日の夜、自宅にて。

「と、言うわけで、コウトも手伝って欲しいのじゃ」

「え、いや、今はちょっと、色々やる事が……」

「事情を話したらティグも時間を作って協力すると言ってくれたのじゃが、

 やはりこういう事はコウトが頼りなのじゃ……ダメかのう」

「ああ、うん、まあ、協力したいのは山々なんだけどな」

「うぅ、やはり私の頼みなんぞのぅ……いくら家族とはいえ、

 コウトはもう遠くに行ってしまったんじゃものな、シクシク」

「いや、それ嘘泣きだよね」

「ティグはこれでいけたんじゃがの。でも、ほんとにダメ、かの……?」

「……」

「……」

「……ああ、まったく、もう!

 解ったよ、調べとくからそんな顔するなよ、ちょっとずるくないか!?」

「うむ、助かるのじゃ、お礼に何かおいしいものでも買っておくでの。

 あ、それとも、かわいい娘でも紹介した方がよいかの?」

「大きなお世話だよ!」

 かくして、コウトの情報収集に新たな項目が追加されるのであった。


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