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第15話 - 変わりゆく町 -

 外壁に囲まれたオルベアの町の中心部は、官舎を中心にして南北に大別されている。その官舎はかつての兵舎を増改築した建物を流用しており、守備隊長であるオーグもそこに勤めている。

 壁の南側にある正門から官舎まで伸びる大通りは、馬車が二台並んでも楽々とすれ違える広さを持っており、その大通りに面した市場の盛栄は、見ているだけでちょっとした大道芸などより楽しめそうな賑わいである。

 官舎から南側は開拓時代からある街区だが、再開発によって冒険者相手の繁華街は幾らか鳴りを潜め、商人達が集まる大きな市場へと様変わりしていた。以前からある酒場などはそのまま残っており、各種のギルドに所属する職人達が多く暮らしている。

 ちなみに、公営施設の多くは北側に設置されているのだが、半公営である冒険者ギルドだけは昔のままこちら側に残っていた。

 壁の北側にも外へと続く門はあるのだが、市場から距離がある事もあって商人達が好んで使うことはない。そのため、門や通りの大きさも馬車がやっとすれ違える程度のものでしかなく、そこを行き交う人の数などは比べるべくもない。

 そんな町の北側は、役場や住宅地を中心とした市街地になっており、整然とした真新しい町並みが広がっていた。こちらには商人向けの少し値の張る宿や、町の住人に向けた商店などが軒を連ねている。

 ティグの家があるのもこちら側だ。


「それでは、ここで一旦別行動にしましょう」

 エイダムがそんな提案をしたのは、正門を抜けてすぐの事だった。

「あれ、一度家に来るんじゃなかった?」

 このまま全員で家に向かうつもりだったティグは、エイダムの提案を意外に思って聞き返した。

 エイダムは大通りを賑わす喧騒の中で、足を止めることなく進みながら、自分の意図してる所を説明する。

「そのつもりですが、挨拶だけして帰るというのも愛想の無い話ですし、

 今の時間ではお父上も仕事から帰っていないでしょう?

 晩餐にお邪魔するにしてもまだしばらく時間がありますし、

 それならそれで、手土産の一つも用意しておかないと失礼ですからね」

「そうだな、それに、久々の再会に水を差すのも無粋だろう。

 俺達は適当な時間に訪ねていくから、家の方にその旨を伝えておいてくれ」

 確かにまだ日も高く、今から二人を連れて行ったとしても、無為な時間を過ごさせてしまうかもしれない。それに、折角気を使ってくれているのだから、その言葉に甘えておくのがいいだろう。

「わかった、そういう事なら僕達は先に帰って待ってるよ」

「んん?おいおい、僕達って、俺も数に入ってるのか?

 俺だって親子水いらずに割って入ろうなんて図々しい事しないぜ」

 コウトが慌てて口を挟むと、ティグは何度か瞬きをした後で、その言葉の意味を理解して眉根を寄せた。

「あのねコウト、ここまで一緒に帰って来たのに僕だけ家に行って、

 コウトは後から来るよなんて言ったら、皆何事だって心配するに決まってるだろ。

 変な気つかってないで、さっさと行くよ」

「まったく、困った奴だ、妙な所で抜けているな」

「コウトの場合、周りはよく見えてても、大抵は自分の事が見えてないんですよ。

 まあ、それが無いと色々引っ掛けづらいですからね、そのままでいて下さい」

「……あれ?」

 コウトは目を白黒させて二の句を継げずにいた。本人としては大人な対応を見せたつもりが、思いがけない集中砲火を浴びて面食らってしまったのだろう。

 そんなコウトの手を引いて、ディマスとエイダムに別れを告げたティグは、自宅のある町の北側へと向かっていくのだった。


 大討伐が行われた五年前を頂点として、この町で活動する冒険者の数は年々減り続けていた。当時はひっきりなしに冒険者が訪れて、次から次へと依頼を出していたこの町の冒険者ギルドも、一時期は一部の顔なじみを相手にするだけの場所になっていた。

 依頼が少ないという事は、厄介事が少ないという事であり、それは町の情勢が安定している事を示す指標でもある。故に、ここ一、二年で増えてきた野盗討伐の依頼は、それがそのままこの町が抱える問題だと言えるだろう。

 依頼が増えれば、町に留まる冒険者の数も増えて、そこに消費が生まれたりもする訳だが、だからと言って諸手を挙げて喜ぶ者はいない。冒険者への依頼が増えるということは、常駐兵力である守備隊の手が足りていないという事なのだ。

 兵力が不足しているからと言って、すぐにそれを補強できる訳ではない。人を集め、時間をかけて訓練し、常識と規律と叩き込んで、ようやく一人前の兵士として前線を任せられるのだ。

 しかも、ここは辺境である。訓練した兵士達の中でも腕と気概のある者は、兵士を辞めて冒険者に転身してしまう事も少なくない。そして、そういう場合は、仲のいい者を何人か引き連れていってしまうのだ。

 そういう若者を無理に止める事も難しく、思うように兵力は増えてくれない。

 これは急速な町の発展に起因した事態であり、避けては通れない問題だった。

 町中で仲間達と別れたディマスは、そんなオルベアの冒険者ギルドを訪れていた。

 屋内には職員の他に、幾人かの冒険者達が待機している。手続きを待っているのか、あるいは依頼の協力者でも見繕っているのかもしれない。やはりこの規模の町としては、冒険者の数が多いように思えた。

 まっすぐ窓口に向かったディマスは、現在出されている依頼を確認する。事前の予想通り、依頼の大半を近隣に出没する野盗の討伐が占めており、その他には商人や隊商の護衛か小から中型魔獣の討伐が散見されるといった程度だ。

 その野盗討伐の依頼にしても、大規模な集団相手ではなく、木っ端な零細野盗が標的になっている。その被害を軽視する訳にはいかないだろうが、正直ディマス達が受ける依頼としては役不足と言わざるを得ない。

 一先ずは依頼の内容を確認をしただけで、何も請け負わず帰ろうとしたディマスに、一人の冒険者が声を掛けてきた。

「あんたあまり見ない顔だな、この町に来たのは最近か?」

「うむ、そうだ、今日ようやく通行許可が下りて壁の中に入れた。

 その言い方を聞くと、お前さんは古株という所か」

 そう答えながら、ディマスは話しかけてきた男を観察する。

 年齢はディマスと同じか少し上といった所だろう。自分ほどでは無いが、ティグやコウトよりがっしりとした体つきを見れば、男が中々の実力者であるように思われた。

「ははは、別にそこまで強調していう程の経歴じゃあないさ。

 まあ、それでもここ一年程はこの町で活動しているがね。

 俺はウォード、ここで何か分からない事があれば、答えられる程度には馴れている」

「ディマスだ、何か世話になる事があるかもしれん、その時はよろしく頼もう」

 先達として縄張りでも主張してくるのかとも思ったが、どうやらそれは思い過ごしのようだった。

 少し話してみてもその物腰は落ち着いたものであり、実力者と言う最初の印象を裏付けるようでもある。一目見ただけで相手の実力が分かる、などといった都合のいい眼力は有していないディマスだが、ウォードの器量を推し量ること位は出来た。

 しかしそれだけに、そんな実力の者が一年もこの町に滞在している事が、意外といえば意外な事だった。とはいえ、ディマスにしても仲間の動向に合わせてこの町を訪れた訳であり、相手にも相応の事情があるのだろうと納得する。機会があれば聞いてみるのもいいかもしれない。

「ところで、あんたは長く滞在するつもりなのか?」

「どうだろうな、仲間がこの町の出身らしくてな、そいつ等次第といった所だ」

「へえ、そうなのか……ここは中々いい町だし、そいつ等が羨ましいよ」

 ディマスの話を聞いて、ウォードは目を細めて言葉を選ぶようにそう言った。何か思う所があるのかもしれないが、踏み込んで聞くような間柄でもない。気付かなかったふりをして、ディマスはさりげなく話題を変える事にした。

 そうこうしている内に、若い男がウォードに声を掛けてきた。

「ああ、連れが来たみたいだ、この辺で失礼するよ、またな」

 ウォードが去っていくと、その後はディマスに近づいて来る者もいなかった。

 彼がこの町に滞在しているのは、若手に経験を積ませる為かもしれない。それなら大きな仕事でもあれば、誘ってみるのもいいだろう。

 とりあえずこの町の近況など色々聞けて、適度な時間つぶしをする事ができた。

 この後に何か予定がある訳でもないディマスは、建物を出て市場へと向かう。ティグの家に向かう前に、何か手土産を買わなければいけなかった。


 町のほぼ中央に位置する官舎の北側で、徒歩にして十分も掛からない場所にその家は建っていた。近隣の住人にとっては町の守備隊長の一家が住まう所であり、ティグにとっては約三年ぶりに訪れる、懐かしき我が家といった所である。

 この家が建てられた頃には他の住宅もまばらだったこの場所も、今では小奇麗な邸宅が建ち並ぶ閑静な住宅街になっている。

 当時なら目立つ事もなかったような旅装の冒険者といった出で立ちだが、最近ではただ立っているだけでも周囲の視線を集めてしまうらしい。

 しかし、いかに注目されようと、何か後暗い所がある訳でもない。ティグ達はただ真っ直ぐに家路を進んでいく。

「ホントに変わっちまってるんだな、ここがこんなにでかい町になるなんて、

 出て行く時は思ってなかったよ」

「うん、北の鉱床の埋蔵量が思ってたより沢山あったらしいよ。

 普通は三年もせずに掘り尽くされるって話しなんだけど、

 ここのは未だに出てきてるらしいからね」

 目玉となる商品がある限り人足は途絶える事なく、町は発展を続けていく。そして、町がこれだけ大きくなってしまえば、それだけで大きな需要が生まれる事になる。ここまで来れば、今後余程の事がない限り、この町の未来は開けていると言えるだろう。

 家族が暮らす辺境の町としては、これ以上ない様な環境かもしれない。

 程なくして二人は家の前に到着する。家の敷地を囲う簡単な塀にある小さな門を全開にすると、引いてきた荷馬車がなんとか通れるだけの幅があった。

 家の扉に備えられたノッカーを鳴らすと、すぐに中から返事が聞こえる。

「はーい」

 その声はティグにとって懐かしく、コウトにとっては初めて耳にするものだった。

 扉が内側から開けられて、幼い少女が二人を出迎える。母親と同じ明るい茶色の髪と、こちらを見つめる大きな黒い瞳に見覚えがあった。

 来客に対しエリシアやボルドではなく、この少女が一人で出てきたと言うのは、なんとも無用心な気もするが、それだけ治安が良いという事なのだろう。

 ティグがしゃがみこんで少女に目線を合わせた。

「ミリィか、大きくなったな」

「……??」

 少女は自分の名前を呼ばれても、キョトンとした様子でティグを見つめている。いくら兄妹とは言え、一緒に過ごしたのはミリィに物心が付くか付かないかの三年間だ。その上ティグは、依頼の為に家を開けている事がしばしばであった。

 忘れられてしまったかな、そう思ったティグが名乗ろうとした時に、少女が大きく目を見開いてから背を向けて、家中に響くような大声を上げる。

「お母さーん!お姉ちゃーん!お爺ちゃーん!お兄ちゃんが来たー!!」

 絶叫と言っていい様なそれを間近で聞かされたティグは、中腰のまま思わずのけぞり、そのまま尻餅をついてしまう。

 そんな事お構いなしにミリィは階段の下まで駆けていった。

「お母さん!早く早く!」

 チラチラとこちらの様子を伺いながら騒ぎ立てるミリィが引き金となってか、上の階からドタバタする音が聞こえてきて、にわかに家の中が騒がしくなってくる。

「あの子がミレイヌか、元気そうな子だな」

「僕の覚えでは、もう少しおとなしかった気もするんだけど、三年程も前の話だし、

 クリス辺りにでも影響されたのかもしれないね」

 ティグが立ち上がりながら何の気なしにそんな事を言うと、その表情を見たコウトが少し表情を固くしながらため息をついた。

「……そう思ってても、クリスにそんな事言ったりするなよ?」

「え、なんで?」

「なんででも、だ」

 クリスも苦労しそうだな、などと呟くコウトの真意をいまいち理解できないティグだったが、それが忠告であるらしいと察して素直に頷いておいた。

「あらあら、ホントにティグなのね、大きくなっちゃってまあ、

 それに、後ろにいるのは、コウト?」

 階段の踊り場で足を止め、こちらを確認して驚いているのは、ティグの母親であるエリシアだった。ミリィに急かされながら階段から降りてきたエリシアは、そのままパタパタとティグに駆け寄ってその身体を抱きしめた。

「お帰りなさい、ティグ、それにコウトも」

 家を出た時はエリシアの方が大きかった身長も、今ではティグが追いつき、とっくに追い越しているのだが、扱われ方は以前と何も変わっていない。

「母さん、もう大きくなったんだから、こういうのは止めてよ」

「あら、ちょっと背が伸びたくらいで、私の息子じゃ無くなったつもり?

 そんな事言ってる内は、十年でも二十年でもこうしてやるんだから」

 抱擁から逃れようと身をよじるティグを、エリシアは笑顔でしがみついたまま離そうとしない。

「ほら、ミリィもいらっしゃい、お兄ちゃん達にお帰りなさいって、ね」

 少し離れたところでこちらを伺っていたミリィが、母親の言葉を受け、おずおずと近づいてきて、遠慮がちにティグの腰にしがみついた。

「お帰りなさい、お兄ちゃん」

「うん、ただいま、ミリィ、母さん」

 ミリィが挨拶を終えると、ティグはエリシアの抱擁から解放される。ミリィもそれに倣ってティグから離れていったが、さっき程遠くまではいかなかった。

「コウトも随分逞しくなったね、見違えたわよ」

「はは、あんまりそういう実感はないんだけど、ありがとうございます。

 はじめまして、俺はコウトって言うんだ、よろしくね」

 コウトはティグの横に並び、しゃがみ込んで挨拶する。母親が微笑みながら頷くのを確認してから、ミリィはコウトの方に向き直る。

「ミレイヌ・ホグタスクです……ミリィって呼んでください」

 たどたどしい自己紹介を受けたコウトが礼を言って微笑むと、ミリィの方も笑顔を返し、その後すぐにエリシアの後ろに引っ付いた。照れているのかもしれない。

「なんじゃ、二人して帰ってきたのか、世間は狭いという事かのう」

「お久しぶりですボルドさん、元気そうで何よりです。

 まあ、俺もこんな形で帰ってくるとは思ってませんでしたよ」

 階段をゆっくり降りてくるボルドにコウトが応じる。コウトの言葉通り、老齢を感じさせないしっかりとした足取りだ。

「ほんとにそうだね、コウトと再会した時は驚いたよ。

 ただいまボルド、まだまだ現役でいけそうだね」

「うむ、まだまだ若いもんには負けられんからのう。

 と言っても、最近はクリスの指導につきっきりじゃから、現場には出ておらんがの」

「そういえば、そのクリスは……」

 ティグがそう言いかけた所で、二階からドタンバタンといった音が響いてきた。

「うむ、お前さんが帰って来たと聞いて、途端に慌てだしての。

 あれでもなにかと複雑な年頃じゃからのう、ほっほっほ」

「あの子最近、部屋にこもりっきりでしたからね。

 ……まあ色々あるんでしょうけど、ちょっと呼んでくるわね」

 そう言ってエリシアが二階へと上がって行く。

「どうしたんだろ……もしかして具合でも悪かったのかな?」

 そんな心配事を口にしたティグを、コウトが呆れたように眺めていた。

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