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第14話 - 帰郷 -

 街道に通じる町の入口には簡単な柵と検問所が設置され、多くの旅人や商人が列を成して順番を待っている。検問を避けたとしても、特に見咎められる事もなく町に入ることはできるのだが、堀と外壁に囲まれた中心部に立ち入る為には、検問を受けた後で、宿を取って許可が下りるのを待たなければいけなかった。

 多くの人と物が行き交うオルベアの町、かつてなら大仰に感じられたジルムベイグの心臓という異名も、今日ではその名に相応しい実を持ったものだと言えるだろう。

 そんな町を外から眺めて、ちょっと見ない間に発展したものだとしみじみ思う。三年程前にこの町を出たティグがそんな風に感じるのだから、それ以上の時間を開けて帰ってきたコウトがあっけにとられるのも仕方がない事だ。

「ふむ、随分と大きな町だな、お前達はここで暮らしていたのか」

「三年前はもう一回り小さかったんだけどね、検問とかも無かったし」

「俺が町を出た時は、あの堀とか壁なんかも無かったぞ」

「成長過程にある町なんでしょうね、他所にはない活気があります。

 しかし、検問が最近作られたというなら、大人しく列に並ぶしかなさそうですね。

 二人とも住人用の通行証なんて持ってませんよね?」

 ティグもコウトもそんな物は持ち合わせていない。下町の役所や冒険者ギルドを通せば住人としての確認が出来るかもしれないけれど、それにしたって即日対応される訳でもない以上、大人しく検問を受けて許可を待つのが妥当な所だった。

 あるいは、守備隊の長であるオーグの息子として押し通せば、手続きを省略できるかもしれないのだが、そんな事で多忙であろう父の手を煩わせるのも憚られた。

 逸る気持ちはあるものの、ここに至るまでの旅路を思えば、あと数日待つ程度の事にいちいち抵抗は感じない。ティグ達は検問の列に並びゆっくり進む事にした。

「案外冒険者らしい奴らも多いな、そんなに仕事がある訳でもなかろうに」

「辺境でこれだけ大きな町なら、その分行商人を狙う野盗も多くなるでしょうから、

 その護衛に雇われた方達なんでしょう。

 そう考えると、腕の方はあまり期待できない気がしますね」

 ベテランの腕が立つ冒険者が護衛や野盗討伐の依頼を受ける事は殆どない。相応の実力がある者達にとっては、割のいい仕事とは言えないからだ。

 人材を求めるエイダムとしては面白くないのかもしれない。

「これだけ人がいるんだから、きっと強い人だって混ざってるよ」

「ははは、そうかもしれませんね、ありがとうございます」

 いらぬ気を回したのに気づかれてしまったようで、軽く笑って礼を言われてしまい、差し出がましかったかと気恥ずかしくなる。

「そうだな、町に入ったらそんな奴がいないか見て回るとしよう。

 俺と違って、エイダムやコウトは色々忙しいだろうしな」

「そうですね、あと、一応依頼も見てきてもらえますか?

 多分野盗討伐くらいしか出てないでしょうけど、大きい仕事があるかもしれません。

 コウトはいつも通りお願いします、地元だからって手を抜かないように」

「へいへい、わかってますよ。

 でもまあ、中に入ったらまずは一度、全員でティグの家に行こう。

 みんなに挨拶したいし、二人の事も紹介したい、だろ?」

「うん、そうだね」

 ティグが本懐である刀造りを一旦置いてでも旅に出た理由が、冒険者として共に歩める仲間を得るためであった。まだまだ出会ってから間もない二人であり、本格的な信頼を築くのはこれからといった関係ではあるけれど、久しぶりに会う家族たちへ向けて、これが僕の仲間ですと、胸を張って言うに足る成果だろう。

「お前達の冒険者としての礎を育んだ者達か、会うのが楽しみだ」

「それに、この町の守備隊長というなら、挨拶の一つもしておくべきですからね」

 そんな話をしているティグ達の後ろにも次々と新たな人が連なっており、検問所へと続く列はしばらく途切れそうにない。

 そんな町の隆盛を物語る光景を眺めながら、久しぶりに会う家族を想うティグの顔には、自然と柔らかい笑みが浮かんでいた。



 オルベアの町に住む子供達の間では、伝説として語られる人物が二人いる。

 一人は町の石碑にその名を連ねる少年で、僅か七歳にして大人も顔負けの冒険者として活躍していたと伝えられている。その少年は、町の歴史に名高い大討伐を終えた後、新たな冒険を求めて町を離れたと言われている。

 もう一人は今もこの町のどこかで静かに暮らす少女で、ただ一人の力をもって町の子供達をまとめ上げ、その後は権勢を振るう事もせず、何も語らず第一線から退いて、町の行くすえを見守っているらしい。

 人伝てに広まっていく噂話は、話し手の誇張や勘違いが重なって、いつしかあやふやなものとなり、少しずつその実体を失っていく。

 もちろんその二人を直接知る子供も少なくないが、ここ数年でこの町に来た子供の数と比べれば、それはほんのひと握りと言っていい人数でしかなかった。

 そんな風にして生まれた伝説が、今この町に住まう子供達の間で語られるのは、その誰もが心のどこかで、伝え聞いた様な人物の登場を求めているからでもあった。


 そんな伝説の片割れである少女クリスティナ・ヴィノワズは、ここ数年の間ガキ大将を引退して、噂の通りにこの町で静かに暮らしている。

 とはいえ、静かなのは外面上に限った事であり、その心中では吹きすさぶ様な感情が渦を巻き、それに煽られる様にして魔法の修行に没頭する日々を過ごしていた。

 その感情の大元にあるのは、幼馴染であるティグに置いていかれた日に感じた、自分の無力さと不覚への憤慨であり、その想いが修行という方向へ向いたのは、いつか再会する時に、決して同じ事を繰り返さないためである。

 クリスには大きな後悔があった。思い起こしてみれば、ティグやコウトはクリスと過ごす日々の中でも、怠る事なくその心身を鍛えていたのだ。それに比べて自分はどうであったか、並べてみれば一目瞭然、置いていかれても当然の不甲斐なさである。

 その事を認識したのは、ティグを見送った日にひとしきり涙を流した後の事だった。

 かくして、一念発起し修行に挑むクリスの強い想いは、確かな成果へと結実する。

「クリスは凄いのぅ、いずれはわしを凌ぐ魔法使いになるじゃろうて」

 魔法の師である祖父ボルドがそう評したのは、唯一の血縁者である孫に対しての贔屓目ばかりでは無いだろう。

 クリスは、彼女の想いに応える形で教えられる事になった実践的な魔法の数々を、貪欲なまでの執念で我が物としていったのだ。それらは、ボルドが長年を掛けて培ってきた奥義の結晶であり、その全てを注ぎ込まれる様にして修行は進んでいく。

 風の魔法に偏った修行内容も、拙速に力を求める孫娘を慮ったボルドが考案した、他に類を見ない絶妙なものだった。

 実戦の場で一人の魔法使いが、異なる二つの属性を同時に発現させる事はない。消耗の激しさと、扱いの難しさ、それに対して得られる効果の希薄さを考えれば、不要の一言で済ませられてしまう技術なのである。

 多種の魔法を修めれば確かに便利ではあるけれど、言ってしまえばそれだけの事、それが長年にわたる経験からボルドが導き出した結論であった。それは、数多の成功と失敗を積み重ねて、魔法に関する様々な応用法までを極めた、老練の魔法使いであるが故に至った境地と言えるだろう。

 そんなボルドの指導の下で、クリスはひたすら修行に励む事となる。

 そしてその結果、クリスは弱冠十二歳にして風の上級魔法を修めるに至る。ティグの様な特異すぎる例外を除けば、史上稀に見る快挙と言って差し支えない事だった。

 十二歳といえば英才教育を受けた平均的な貴族の子女が、ようやく初級魔術を使い出すような歳頃であり、場合によっては最後まで上級魔法に至らない者がいる事を考えれば、クリスの例がいかに稀有な物であるかが知れるだろう。

 これは、クリスがその差に見られる程の、他とは隔絶した才能を有しているという訳ではない。そこにあるのは、単純で明確な目標に向かう揺るぎない意志の力であり、それに比べれば、才能や環境の違いなどは、あってないようなものでしかなかった。

 しかし、その快挙も、クリスにとってはただの通過点でしかない。

 クリスはティグと再会を果たし、彼が再び旅立つ時に、今度こそ置いていかれないだけの力をつけなければならないのだ。

 幼い頃からクリスは、いつでも冒険に出た家族達の帰りを待ち続けていた。それは忘れ難き原風景であり、そんな所に年頃の少女の仄かな慕情が加われば、大抵の無理はまかり通ってしまう事だろう。

 それが、ティグがオルベアを旅立って以来、クリスの過ごして来た日々である。

 そんなクリスが、近々十四歳を迎えようという頃に、再会の日は訪れた。

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