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第13話 - 故郷への道 -

 抜ける様な快晴の空の下、のんびりとした速度で進む荷馬車の上に在るティグは、喜悦に満ちた心の内を満面で表現しているようだった。

 その笑顔の源泉は、小さな荷馬車の半分ほどを占めている魔力素材である。

 ジルムベイグへ向かう途中に、保管されている町に立ち寄りそれを受け取ったのだ。

 これから刀を造るにあたって持ち出した物なのだが、使うのはずっと先の事だと思っていた手前、思いがけず訪れたこの機会に、期待と喜びを感じずにはいられないのだ。

 これがどの様な性質の金属で、どんな配合にすれば刀に適した合金になるのか、そういった事を一から探り当てなければならない訳だが、ティグにとってはそれ自体が生きがいとも言える事であり、胸を膨らませるに足る工程なのである。

「魔工と言うのは変わり者が多いと聞きますが、なるほど、納得の事例ですね」

「昔からそういう所があるのは知ってたが、ここまで露骨な反応をするとは……」

「うむ、楽しそうで何より、まるで悪巧みしている時のエイダムの様だな!」

「いや、あんな分かりやすくはないでしょう……ないですよね?」

 そんな感想を言いながらも、時折鉱石を見てはニヤついているティグに文句を言わないのは、歳相応と考えてか無害ゆえの事なのか定かではなかった。

「しかし、結構な量ですね……品質も申し分なさそうだ。

 中央大陸に持っていけば、貴族連中に相当な値で売れるでしょう」

 エイダムが品定めする様に魔力鉱石を眺める。

「うん、でも、当面は換金する必要が無くなったからね、全部材料として使うんだ」

「そうなんでしょうね、よければ一部を買い取らせて貰えれば助かります。

 刀造りをお願いするにしても、適当な材料を用意するのはひと手間ですから」

「うん、元々は売り払う事も考えてた物だし、必要なら言ってくれれば融通するよ。

 スケイズに会えれば、同じ様な仕事を紹介して貰えたかもしれないんだけどね」

 ティグは半年程前に別れた仲間の事を思い、彼方の空を見やる。

 別れた町に滞在していないかと探してはみたのだが、既に町を離れていたらしく、再会する事は叶わなかった。

 パーティを組んでいた時間こそ長いものではなかったが、スケイズのおかげで得難く貴重な経験を積むことができたのは事実であった。

 竜との対峙はもちろんだが、未開地での魔力鉱石採取なども、そう簡単にありつけるような仕事ではないとコウトが話していた。

「コウトならそういう仕事とかも見つけられるんじゃないの?」

「どうだろうな、まず情報を持ってる人がいない事には始まらないし、見ず知らずの奴が一枚かませてくれなんて言っても、いい返事は貰えないんじゃないかな。

 そのスケイズって人は、向こうから声を掛けられたんだと思うぜ。

 そういうのも含めて、冒険者としての力量ってもんなんだろうな」

 冒険者として培った人脈や信用があってこその仕事なのだろうという事らしい。

 残念だ、と言った様子のティグを見て、コウトが言葉を続ける。

「まあ、そう言う意味では、面識のあるティグがいれば口利きに有利かもな」

「そっか、僕が案内役だった人を探して聞いてみればいいのか」

「でも、その案内人は中央大陸に行くと言っていたんでしょう?

 それなら、単純に行って帰ってで一年近くは掛かると思いますし、

 もしかしたらそこで得た利益で、中央大陸に永住したりするかもしれませんね」

「ああ、確かにあの案内人の人、荒稼ぎしてた感じだったかも」

 思い返してみれば、相当乱暴な上前のはね方をしていたはずだ。あの時はそこまで考えなかったが、そういう腹積もりがあったのかもしれない。

 望みは薄そうだとティグが肩を落とした所で、ディマスが声を上げた。

「それならば、俺達でそういう場所を探すというのも面白いかもしれんな。

 未開の地で大型魔獣の巣穴を見つけ出す、中々やりがいがありそうじゃないか」

「いやいや、何言い出してんの、そんなもん見つけてどうすんだよ」

 突飛な提案にコウトが慌てて反応する。

「そうですね、確かに得られる収入を考えれば、悪くなさそうな話かもしれません」

「なんで乗り気になってんだよ」

「俺達だけでも荷馬車2台くらいなら引っ張っていけるか」

「いや、突入前に魔獣を狩ってしまえば、もっと余裕を持っていけるかもしれません」

「なに具体的な検討に入ってんの!?しかも作戦がおかしいよね!?

 ディマスとティグも、その手があったか!みたいな顔するのやめてくんない?

 出来ないからね?主とかいるからね?ありえないからね?わかってるよね?」

 その後もしばらくの間、様々な提案が出されていたが、コウトによる懸命の主張が取り上げられる機会は訪れなかった。



「なんだティグ、その戦棍が珍しいのか?」

「いや、こんな性質もあるのかと思ってさ、勉強になるよ」

 とある町の酒場にて、ティグがコウトの魔力武器を手に取って唸っていた。

 ティグが真剣に検分している所を見て、興味を示したエイダムが口を挟んでくる。

「確かその戦棍に付与されているのは、破砕力の強化だった筈ですが、

 その類の性質を武器に付与するのは、割と一般的な事だと思いますけど」

「へぇ、そうなんだ、僕の師は基礎以外の余計な事は一切教えてくれなかったから、

 そういう当たり前の事でも、知らない事ばかりになっちゃってるのかな」

 ティグの話は本人としては何気ないものだったのだが、それを聞いたエイダムは、やや不安そうな面持ちになっていた。

「……ティグ、特に聞いてもいませんでしたけど、

 あなたはどう言う性質の物を作れるんですか?」

「どう言う、って言われても、丈夫にしたり、切れ味を増したり、この破砕力っていうのもやろうと思えば出来るかな、そんな難しそうじゃないからね」

「もしかして、それだけなんですか?」

「うん、それだけだね」

 即答だった。その事がよほど意外だったのか、エイダムはしばらく黙って思案を巡らせた後で、コウトの方に声を掛ける。

「コウト、その槍もティグに見せてあげて下さい。

 ティグ、それがどういう性質を持っているのか分かりますか?」

「これは切れ味もあるけど……なんだろこの変な感じ、槍自体に影響してないのかな?

 ……もしかしてこの槍、持ち主の身体に影響してくる性質があるのか。

 ははぁ、こんなことも出来るんだね、びっくりした」

 初めて見た思いがけない技法を見て、ティグは目の開いた様な思いだった。魔工の業には、今まで考えていた以上に多様な可能性が秘められていると知れたのだ。

 本来ならば師であるエオイーヴから教わる様な知識なのかもしれないが、不思議とそこに不満を覚えるような気持ちにはならなかった。むしろ、机上でその事を知るよりも、実物に触れて学んだ事で、不要な枷が外され世界が拓けたような実感がある。

 あるいは、そこまでの効果を考えた上での指導だったのかもしれない。そんな思いすら抱いてしまう程に、その体験は衝撃的なものだった。

 目を輝かせる様にしてしきりに感心しているティグを見て、エイダムは片手でこめかみを押さえながら気重な声で語りかけてきた。

「その身体強化もよくある性質なんですけど、なんだか心配になってきました。

 本当にそういう事は教わらなかったんですか?」

「言われてみれば、加工の仕方だけしか教わってないね。

 でも、うん、これは凄いね、思ってた以上だよ」

 喜色満面といったティグに対し、エイダムはやや呆れた様子である。

「なんというか、その人の事、師匠と呼んで差し支えないんでしょうかね。

 まあその辺りの事は、ティグが構わないならいいんですけど。

 それで、その身体強化の方も扱えそうですか?」

「うん、できると思う、話しを聞くだけじゃ出来なかったかも知れないけど、

 目の前にこんなお手本があるんだしね」

「凄いのか頼りないのか、分からなくなってきますね、まあ前者なんでしょうけど。

 しかし、そういう事なら、一度……ああ、でも、難しいか……」

 そんな事を言いながら、エイダムは何やら一人で考え込んでしまった。

 その姿をディマスは面白そうに、コウトは不安そうに眺めている。

「なんだ、エイダムはまた悪巧みか?」

「どうもそうらしいけど、今度は何する気なんだか」

「そんなことよりコウト、弓の方も見せてよ!」

 その差はそのまま彼等の気質の違いであるようだった。



 ティグとコウトが固唾を呑んで注目する前で、横たわる丸太と向き合ったディマスが頭上に大剣を構えている。

「いくぞ!」

 ディマスの一声と共に大剣が振り下ろされた。唸りを上げる様な一撃だったが、大剣は丸太に届く前に引き戻されて、直接に接触することなく宙に留まる。

 それにも関わらず、大剣の先にある丸太は中程から割り砕かれていた。

 それは、闘技大会の決勝戦でティグがその身に受けた技だった。

「まあ、こんなものだが、やろうと思えばそこにある木の辺りまでなら届くだろう」

 ディマスの指し示した木までは5m程の距離があった。

「とはいえこの威力じゃ、人や中型魔獣位ならまだしも、それよりでかい獲物だと効果は薄いし、威力を高め過ぎたり乱発したりすればすぐに魔力切れになる。

 だからまあ、ここぞと言う時に剣撃と重ねて使うというのが普通だな」

「確かに凄いんだけど、具体的なやり方は解んないんだよな?」

 大剣をしまうディマスに向けて、コウトが残念そうな声で確認する。

「うむ、師匠から理屈を聞いた覚えはあるんだが、俺は物心つく前に出来ていたし、

 人に術理を説く事があるとは思っていなくてな、その辺りの事は全く覚えてない」

 悪いな、と言って笑うディマスを前にしては、それ以上何を言っても無駄そうだ。

 その技を教えて欲しいと掛け合い、あっさり了承を得られたまでは良かったのだが、ディマスには人に物を教えるという資質が完全に欠落していた。

「最初は師匠も俺を後継者にと考えていたようだが、向いていないと分かったのか、

 十三の頃に放り出されてしまってな、以来エイダムに会うまで一人旅だ。

 まあ、確かに俺が弟子をとっても、そいつに技を伝えられないだろうしな」

 遠い日を懐かしむ様にして、そんな事を語り一人納得しているディマスだった。

「魔力を使う技だって事は分かるんだけど、どうやったらああなるんだろ」

「魔法とは違うんだよな?ディマスはそっち方面全然ダメらしいし」

「魔力を使ってる以上は、通じる所はあると思うんだけどね」

 ティグとコウトが頭を捻ってはみるものの、簡単に答えが出るものでもない。使いこなせば間違い無く有用な技であるだけに、諦め難い所なのである。

「師匠に聞く事ができれば簡単なんだがな」

「そのお師匠さんってどこに居るの?」

「十数年前に南方大陸辺りで別れたきりだが、その頃は旅暮らしをしていたな」

「中央大陸縦断しなきゃダメな上に、手がかりも無しじゃどうしようもないだろ。

 その人って名の知れた人だったりとかじゃないのか?」

「俺が一緒にいた頃は、師匠を訪ねてくる人なんていなかったぞ」

 どうやら世捨て人のような人物らしい。

「そっちの方も無理そうだね。

 まあ、人が扱える技術なんだし、どうにかなるんじゃないかな」

「ティグはともかく、俺じゃ望みは薄そうな気がするぞ」

 結局、すぐにどうこう出来そうなものでもなく、ディマスの技に関する事はしばらくの間棚上げするしか無いようだった。



 そんなこんなの旅路を行きながら、四ヶ月の時を経て一行はようやくジルムベイグの地に到着する。

 移動に重点を置いて進んで来た為に、こなせた依頼の数こそ少なかったけれど、コウトという仲介役がいた事もあり、ティグがパーティに馴染むには十分な時間だった。

 そんな仲間を連れての帰郷は、ティグが思っていたより随分と早いものではあったのだが、別に悪い事ではないだろう。

 刀造りの高揚とは別の、どこか暖かい気持ちがティグの胸に生まれていた。

 目的地のオルベアは、もうすぐそこまで近づいている。

 懐かしい家族の姿を思いながら、ティグはオルベアへの道を進んでいく。

 そこに待ち受けるものこそが、心躍るようなティグの本懐であった。

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