第11話 - 野望 -
エイダムの滞在している宿の一室で、緊張した面持ちのコウトが椅子に座っていた。
日が落ちるにはまだしばらくは掛かりそうな時間帯である。
エイダムが丁度いい頃合だと言って、訪ねてきたコウトに少し待つよう告げて、お茶を入れ、菓子を添えてから卓へと持ってきた。
本人が用意しているという点を除けば、出された茶や菓子の質、そういう物で客をもてなす様な応対など、一々貴族然とした物腰が感じられる。
物心ついた頃から野盗として過ごし、ティグ達と出会ってからは一端の冒険者と成るべく生きてきたコウトとは、何一つとして共通点がなさそうな人物である。
このパーティの代表を名乗る事はないが、主導的な立場にある事は間違いない。
頭に超が付くぐらい一流の魔法使いであり、この四年間で全く頭が上がらなくなるくらい世話になっている、コウトはそんな相手との対決とも言える状況下にあった。
相手が抱く心情の機微を見抜き、それに応じて優位に交渉を進めるコウトのやり方は、手の内を知られている者と相対すれば、それを逆手に取られる事がある。
対するエイダムは、着地点を見据えた上で話の流れを組み立て、勝ち負けの定義自体を設定する事に長けていた。
コウトをよく知るエイダムが主導権を握り好きに話を展開できる現状は、コウトにとってはどこまでも分の悪い戦いだった。
まずは譲れない事、コウトの敗北条件とも言える所を定めなければいけない。
エイダムやコウトの思惑がどうであれ、ティグが自分の道を曲げる事はないだろう。
逆に言えば、その道筋を外れない限りは、どんな危ない橋だろうと全速で直進してしまいそうな危うさがあるのだ。
エイダムがそれに気づいているとしたら、いいように誘導されたティグが、気がつけば引き返せない場所に立っていた、なんて事にもなりかねない。
そんな事にならない様にするのが最低限の目標である。
幸いにも、先日再会を果たしたティグは、別れた頃と比べて自分の周囲を見渡す余裕が出来ているように思えた。
それならば、ティグの行く手を塞ぐ形にならない限りは、エイダムの誘導より、付き合いの長いコウトの言葉を優先する見込みは十分にある。
そんな決意を秘めたコウトを、特に気にする様子でもなくエイダムは自分で入れたお茶を飲んでいた。余裕の姿勢を崩さないのは、実際に余裕があるからなのだろう。
「さて、それじゃあ、何から話しましょうかね。
ただ一言で、これが私の野望です、なんていう事もできますが、
多分それでは納得も共感もして貰えるとは思いません。
ちょっと長くなりますが、昔話でもしてみようと思うのですが、構いませんか?」
エイダムの抱く野望とやらの背景を語るのだろう。
コウトはエイダムが中央大陸の貴族であるという以外の、詳しい話は聞いていない。なにやら厄介事がありそうなので、あえて触れない様にしていたという事情もある。
いい機会であった。この際、聞ける事は聞いておけばいい。四年以上もパーティとして行動しておきながら、相手の事を知ろうとしなかったのが間違いなのだろう。
知ってしまえば、その内容次第でコウトは彼らと共に歩めなくなってしまうかもしれない。それが怖かったのだ。
彼等の持つ圧倒的な力は、コウトに劣等感と同等以上の強烈な高揚を抱かせていた。
伝説の英雄達と共に在る様な、そんな充足感を手放し難い物だと思っていた。
「もちろん聞かせてもらうさ、それが必要だってんだろ」
あるいはそれが、別離の理由になるとしても。
「それでは、まず、これを見て下さい」
そう言ってエイダムは、懐から二つの装飾品を取り出した。それぞれに茶色と緑色の宝石がしつらえられた、銀細工の逸品である。
「これって……ティグに渡した、魔力触媒ってやつか!?」
「そうです、それぞれ土と風の力を宿した品物です。
それ一つで、コウトの魔力武器十個分以上の値打ちがあるでしょう」
「そんなもん三つも隠し持ってたのかよ」
「使う機会がなかっただけで、隠してた訳じゃありませんよ。
見せびらかして回るような物でもないですしね」
確かに、そんな事をしていれば厄介事を呼び込むだけだろう。
「まあ、あんたが俺の思ってた以上の金持ちだってのは分かったよ」
呆れたようなコウトの反応に、エイダムは苦笑いする。
「その通りではあるんですが、言いたいのはそういう事じゃないんです。
コウトは貴族と言う物がどういう存在かご存知ですか?」
「どんな、って言われても、偉くて金持ちでたまに祭りとか主催したりする人達だろ。
中央のは知らないけど、地方貴族は資材収集の依頼とかも出してたりするよな」
「まあ、概ね正解ですけど、多分間違ってます」
「どう言う意味だよ」
「コウトの思い浮かべてる、偉いとか金持ちとかの規模の話ですよ。
私の家は伯爵家と言って、身分としては決して低くはありませんが、
殊更に上位という程のものでもありません。
権勢や裕福さで言えば、貴族の中では中堅所ですし、その家の三男ともなれば、
間違っても偉いとか、金持ちだ等とは言えない様な立場なんです。
あくまで貴族達の中では、ですけどね」
「で、どの辺りが規模が違うって言うんだ、金持ちは金持ちだろ」
「そうですね、例えば、今言った様な大して力がある訳でもない十代半ばの少年が、
特に何かをした訳でもないのに、記念だとか土産だとかいう名目で、
こう言った魔力触媒を三つも持てる程度の規模である、といえば理解できますか?」
そう言われてみて、コウトは息を呑んだ。
コウトが数年間命懸けで稼いでようやく購入できる魔力武器の、十倍以上の価値があるという魔力触媒を、そんな風にやり取りしている世界。
並みの冒険者が、生涯を懸けて稼いでも手が届かないような額の品物を、子供に与える玩具程度に扱っていると言うのだ。
「これから私が語るのは、そんな世界で生きていた私の昔話です」
アンティート伯爵家の三男として生を受けたエイダムは、後継者の予備の予備という立場で育てられ、いずれは他の家との婚姻を結ぶことで、大きな権力機構の礎となるべく生きていた。
十歳にして魔法を扱い、随所で才走った資質を見せてはいたが、それがエイダムや周囲の生き方に影響を及ぼす事もなく、本人としてもそれに不満を抱く事はなかった。
三千年の長きに渡って構築されてきた貴族社会の伝統が、一個人程度の有する才能や気概に左右される事などありはしない。
才気の有無に関わらず、何者が当主としての立場になろうと、なに一つ揺らぐ事なく運営されていく堅牢な社会構造の存在が、この統一王朝最大の支軸であった。
才あるがゆえに、その構造に組み込まれる以外の道を見いだせなかったエイダムは、やがて詩人達の語る叙事詩や英雄譚に傾倒していく。たまの機会を見つけては、王都や大公領等方々の博物館に赴き、雄大な竜の骨格や氷漬けの巨人を眺め、英雄達の物語に想いを馳せる日々を過ごすようになっていった。
その憧れはエイダムの才能を引き出し開花させる事にも繋がったが、それは貴族として不要な能力でもあった。貴族には貴族として在る事以外、何一つとして求められる事は無かったのである。
自分の生涯は、ただ貴族として在るしかないと理解するエイダムの、唯一抱く熱い想いこそが、物語に描かれるような英雄達に対する憧憬だった。
十四歳を過ぎて社交界へと顔を出すようになったエイダムは、そこで延々と繰り返される貴族達の“当たり障りのない”会話に、異常な忍耐を強いられる事になった。
貴族達は同格の者同士が寄り集まり、下位に属する者達を貶めては談笑していた。ただ自身の生まれだけを誇り、上位の者の目に止まらないように生きる。それに疑問を持つことは許されない。そう在る事こそが貴族の責務であった。
異様なまでに徹底された階級社会は、それ自体が、この世界に悠久の安寧をもたらしている根源の一つなのである。
そして、エイダム自身も生まれて以来ずっと、その恩恵に浸って生きてきたのだ。
エイダムは耐えるしかなかった。大切にし続けてきた憧憬の対象が、ただ貴族に生まれたというだけの者達から、見下され、侮辱され、汚され続ける毎日に。
仮にエイダムが声を荒げて反論しようと、あるいは、完璧な論理を組み上げて彼等を論破して見せようと、貴族達の意識が変わる事はない。逆に、周囲から分別の無い者と判断されて、貴族としての立場を失うだけの事だろう。
エイダムが何を言ったとしても、いや、現在の国王が同じ事を主張したとしても、淡々と排除されるだけで、その構造を揺るがす事は出来ないはずだ。
例え貴族の立場を捨てて出奔したとしても、それは社交界で耳を塞いで生きていく事と、なんの変わりもない生き方だろう。
それが、どうしようもない現実で、どこにも逃げ場のないエイダムの人生だった。
憧憬の念はあせる事なく、それ故に深く心を傷つけながら、貴族として生きるエイダムは十七の歳を迎える。
その年、大公主催で開かれた闘技大会を訪れたエイダムは、そこで人生の転機となる出会いを果たす事となった。
大会参加者の後ろ盾となった貴族の爵位によって、最初から大まかな順位が決まっているという、事情を知る者からすれば茶番のようなその舞台で、当日の飛び入りとして参加した一人の若い戦士が、そんな裏事情を無視した快進撃を見せたのだ。
その戦士こそがディマス・カスケウスであった。
上位に進むほど露骨になっていく妨害をものともせず、裏から回される懐柔策に耳を貸すこともなく、ただその力のみを誇示して勝ち進んでいく。
最初はただ、面子を潰されて悔しがる貴族達を見て、小さな愉悦を覚えていただけのエイダムだったが、大会が進むにつれてそんな些事はどうでも良くなっていた。
そこにあったのは、諦念に満ちる鬱屈としたエイダムの人生を、一笑に付すかの如き英雄の立ち姿だった。
気がつけば、貴賓席を離れ、その姿を間近で見る為に、舞台裏へと足を運んでいたエイダムは、渦中の戦士が襲って来た暗殺者を返り討ちする場面に遭遇する。
大柄ではあるが自分と歳の変わらないであろうディマスを前にして、エイダムは興奮を抑えきれないでいた。命まで狙ってくる貴族達からの妨害を受けても、怯むどころか何事もなかったかの様に闘技場へと向かう背中に問いかけた。
「あなたは何故、こんな事をしているんですか」
暗殺者などが来る前に、仕官や金銭を餌とした説得が試みられた筈である。貴賓席で囁かれていた話でも、そういった物の全てを拒否した事は聞いていた。
ディマスはゆっくりと振り返ってエイダムの姿を確認し、笑顔と共に答える。
「この身と剣で、何が出来るか確かめたいんだ」
馬鹿みたいな理由だが、そんな物が貴族達の慣習をねじ伏せているのだ。
再び背を向けて闘技場に向かうディマスを見送り、エイダムはその場を後にした。
大会の結果など見る必要もない。
街に出たエイダムは、旅支度を整えてから二頭の馬を手配して、伯爵家の三男という立場を生かして、今後に必要となりそうな情報を収集していく。
優勝をかっさらわれた上に囲い込む事も出来ない者が相手となれば、面子を気にした貴族の取る手段など目に見えていた。
翌日、闘技大会はディマスの優勝で幕を閉じ、閉会式まで見終えた人々が会場から引き上げていく。エイダムは昨日から集めていた情報を元に、別口から出てくるであろうディマスの姿を探していた。
後ろ盾がない以上、どこかの貴族に招かれる訳もなく、予想通り観衆とは違う通用口を通って出てきたディマスに声をかける。
「この街で他にやるべき事はありますか?」
「いいや、特に予定はないな」
布で顔を隠しているエイダムの不躾な質問に、ディマスは泰然とした態度で答える。
「ならば、このままご同行願えませんか、悪いようにはしません」
「そうか、別に構わんぞ」
なんとも怪しげなエイダムの誘いを、ディマスはあっさりと受け入れた。説得する為の方法もいくらか用意してあったのだが、拍子抜けしてしまう。
それでも気を取り直して、近くに繋いであった馬の所まで先導していく。
「宿などに大切な物があるなら、人を送って取りに行かせますし、
金銭で補填できる物なら、後ほどこちらで用意します。
ですから今は、私と一緒にこの街を離れて下さい」
「なんだ、お前さん刺客じゃないのか、違うなら俺とは関わらん方がいい。
多分俺は命を狙われるだろうから、一緒にいるとお前さんも巻き込まれるぞ」
どうやらエイダムの事を刺客だと思って同道していたらしい。ついて行って待ち伏せされている所を、返り討ちにでもする気でいたのだろうか。
無謀というか豪放というか、とにかく考えなしである事だけは間違いない。
「構いませんから、一緒に来て下さい、お願いします」
「もの好きな奴もいるもんだな、まあいいか、世話になろう」
そう言ってディマスは馬に跨った。エイダムもそれに倣う。
馬を走らせ街を出た二人が向かうのは、エイダムの実家があるアンティート伯爵領である。道中で襲って来た刺客を何度か返り討ちにすると、追っ手も途絶えたようで、目的地に着く頃には警戒する必要もなくなっていた。
闘技大会の裏事情は、一部の貴族達の間で勝手に取り決められていた事柄であり、国を挙げて手配されるような問題ではなかった。
しかし、エイダムがディマスに重ねた英雄の姿は揺らぐ事もなく、その後に続く生き方に多大な影響を与える事となった。
「と、まあ、そんな感じで、家に戻った私は、適当に金目の物を持ち出して、
そのまま冒険者としての道を歩み始めた、という訳です」
「えらく雑なまとめ方だな」
「必要な事は語りましたからね、これ以上は蛇足というものでしょう」
憎まれ口をきいたコウトだが、エイダムの話に驚きを感じていた。
エイダムの語った英雄への憧憬は、コウトの中にある冒険者への執着に通じるものがあるようにも思えたからだ。
そして、貴族達の通念に感じた不快感も、共感できるものがあった。
生まれ育ちや立場は違っても、似通った想いを抱くことがあるとは、なんとも不思議な感覚である。
「それで、昔話はいいとして、あんたの野望ってのはどこにいったんだ?」
冷めてしまったお茶を飲み干して、コウトがエイダムに続きを促す。
話自体には色々思う所もあったが、本題は別にあるのだ。
「少々長かったと思いますが、前置きは終わりです。
野望というのは、私が貴族の立場を捨てて旅に出た理由ですね。
あの国を変えるのは不可能ですし、貴族達の考えもまた然りでしょう」
その中で生きてきたエイダムには、コウトでは計り知れない確信があるのだろう。
エイダムの表情には、一抹の寂寥が浮かんでいたが、それはすぐにたち消えた。変わりに現れたのは、夢を語る子供のようにいきいきとした顔だった。
実際にその通りなのかもしれない。
そう思うくらい、エイダムの野望は現実離れしているように思えた。
「だから私は、違う国を創ろうと思ったんです。
貴族連中にはばかる事なく、英雄が英雄として扱われる、そんな当たり前で、
夢のような国があったら、素晴らしいとは思いませんか?」
「……それが、あんたの野望だってのか」
「そうですね、この北部大陸に英雄の国を打ち立てる、
生涯を費やす目標として、これ以上のものはちょっと思いつきません」
馬鹿げたような野望だが、しかし、それを語るエイダムの目には確かな理性の色が宿っている。本気でやれると思っているのだ。
「そんな事に、ティグを巻き込もうってのかよ。
出来るかどうかも分からないし、例え万が一にもそれが出来たとして、
そんな事になれば、王国との衝突だって避けられない筈だ、そんな事に……」
「別に、あなたがどうしてもと言うなら、ティグを巻き込まなくても構いませんよ」
「はあ?」
突然の提案に虚を突かれたコウトは、素っ頓狂な声を出してしまった。
「あなたは勘違いしているようですが、私が何より得難いと思っているのは、
コウト、あなたの持ってる才能の方なんですよ」
「な、何言いだしてんだよ、ってか、何企んで……」
「確かに魔工の業は有用ですし、活かせられれば大きな前進になります。
しかし、ティグの協力が無ければ無いで、お金を出せばどうにでもなるでしょう。
それに比べて、あなたの力は、あなた自身どう思ってるかは知りませんが、
私の野望達成への道で、欠かす事の出来ないくらい大きい位置付けなんです」
「お、俺の力って、良い武器つかっても、ディマスの足元にも及んでないんだけど」
訳も分からないまま、褒め殺しにされているようなものである。
「韜晦か卑下か天然か知りませんが、はっきり言いますよ、
私の国創りに協力して下さい、コウトの力が必要なんです、お願いします」
「い、いや、そんな事、急に言われても……」
予想外の展開は、コウトの思考力を奪っていた。
そんな様子を見て、エイダムは少し苛立ちながら畳み掛ける。
「大体ですね、あなたはふらふらし過ぎなんですよ。
ティグをご覧なさい、あの歳でしっかり目標を見定めてまっすぐ進んでます。
それに比べてあなたは、冒険者が俺のやりたい事だーとか言いながら、
その実、明確な到達地点を決めてる訳でもなく、他の道を考えてもいませんよね?
腕を磨くとか言いながら、地道な努力はしても、大きな一歩は踏み出そうとしない。
言ってしまえば中途半端なんですよ、いい加減腹を決めて下さい」
割と的確に痛い所を指摘され、何も言い返せずに半泣きになるコウトだが、それでも力を振り絞り反論を試みる。
「お、俺だって、ちゃんと考えてるし、今は、その、ティグの、巻き込んだりとか、
そういう話をしてるんで、ふらふらとかそういうのは……」
駄目だった。
「だから、ティグはいいって言ってるでしょう。
今のコウトは、人の事心配してられるような立場じゃないんですよ。
二十過ぎの男が弟分を言い訳にして、自分の進む道を誤魔化すとか有り得ません。
いいですか、確認しますよ、コウトは冒険者というものに誇りを持ってますね?」
「は、はい……」
「だったら貴族連中の考え方は許しがたいと思いますよね?」
「それは、もちろん、そう思うけど……」
「けど、とかいらないんです、そんなだからいつまで立ってもへっぽこなんです」
「そ、それは、関係ないんじゃ」
「次、ディマスは凄いですよね?」
「うん、まあ、すごいよ、ね」
「英雄というのはああいう人の事を指していう、そう思いますよね?」
「ま、まあ、そう、かな?」
「その偉業に立ち会えるのは、冒険者冥利に尽きる、そう思いますよね?」
「いや、まあ、そりゃそうかもしれないけど……」
「けどはいらないって言ってるでしょ、へっぽこですか、へっぽこなんですか。
……まあいいでしょう、これが最後です、きっちり答えを出して下さい。
私もディマスも、あなたの力を必要としています、これまでの四年間、
共に仲間としてやってきた私達に、その力を貸す気はありませんか?」
色々と限界のコウトだが、その問いを誤魔化せるとは思わなかった。
遥か遠い存在だと思っていた者達が、コウトの力を認め、必要だと言っている。
強引ではあっても、無理やりにではなく、共に行こうと言ってくれているのだ。
限界だった、涙がこぼれる。
「わかったよ、手伝うよ、一緒に行くよ……」
人生に関わる一大決心であったが、後悔はなかった。
その答えを受けて、エイダムは胸を撫で下ろす。
「そうですか、助かります。
……ティグの事は、後日改めて話しましょう。
今日はもう帰るといい」
返事をせず、頷いただけでコウトは扉へと向かった。
その背中に向けてエイダムが声を掛ける。
「改めて、これからも宜しくお願いしますね、コウト」
「……ああ、お手柔らかに頼むよ、エイダム」




