第10話 - 契約 -
無事に合流を果たした翌日、再び酒場に集合した四人は、昼食を取りながら今後の活動についての打ち合わせを行う事になった。
その為に必要な事柄を確認したいとの名目で、エイダムが新しくパーティ加わったティグに質問を始める。
その事については、昨日の別れ際に言われた通りなので文句もなかった。
最初に、これまでにコウトから聞いていた事前情報の確認が行われる。
七歳にして剣と魔法を使いこなし、独力で見事な刀を造り上げ、魔工に師事したという、傍から見れば胡散臭いとしか言い様のない経歴を、ティグは全て肯定した。
剣技に関しては昨日ディマスが言っていたし、魔法に関しては火の魔法を見せただけで、技術面はともかく、その理解に関してはエイダムに勝るものであると驚かれた。その後で火竜の吐息を凌いだ事も伝えると、今度は呆れられてしまった。
「聞きしに勝るとはこの事ですかね、言葉もありませんよ。
刀に関しても、見れば分かりますね、見事なものです。
それで、魔工の技術に関してはどんなものなんです?
やはりそちらの方も相当な腕前なんですか?」
その問に対して、ティグは首を横に振る。
「いや、それは必要最低限の基礎を学んだだけで、実用には程遠いんだ。
師から才能があるとは言われたけど、まだそれを磨ける段階にも至ってないよ。
僕の旅にしても、その為の準備っていうのが一つの目的だからね」
「ほう、それはそれは……」
「エイダム、なんか悪そうな顔になってるぞ、自重してくれ」
ティグの言葉に興味を示したエイダムに、コウトが釘を刺す。
「人聞きが悪いですね、私はただ、何か力添えが出来るかと思っただけですよ。
言うなればアレです、善意の現れというものです」
「あんたの善意には色々別のものがついてくるから厄介なんだ」
「まあ、コウトの冗談は置いておくとして」
別に冗談じゃない、というコウトの主張を無視して、エイダムが改めて問う。
「ティグ、その旅に出た目的というのを聞かせてもらえますか?
それも踏まえた上で、我々が何処へ行き、どう動くかを決めたいと思います」
そう聞かれれば、ティグに隠し立てする様な理由もない。
「当面の所で一番の、という事になるけど、僕は仲間が欲しくて旅に出たんだ。
良い冒険者の側には、強くて頼れる仲間が居るものだって、皆が教えてくれた。
僕もそんな仲間が欲しいと思ったし、そんな仲間になりたいと思ってる」
「はっはっは、いい心掛けだな、期待しているぞ」
「ありがとディマス、頑張るよ。
それで、もう一方の目的として、結構な額のお金を稼がなきゃいけないんだ。
魔工としてどうしても必要な道具に、魔力触媒ってのあるんだけど、これがまた信じられない値段らしくて、手に入れられるのはいつになるか分かんない位なんだ。
他はまあ、見聞を広げたり、魔力素材を集めたいとか、そんな所かな」
その話を聞いたエイダムが、思案顔をしてティグを見る。
「ティグは、魔力触媒を手に入れられるつてがあるんですか?」
「つて、って言われても、商人から買えばいいんじゃないの?」
ティグの返答に、エイダムが首を横に振った。
「どうも知らないみたいですね。
お金も必要ですが、中央大陸にでも行かなければ、魔力触媒は買えませんよ。
それも、中央の貴族連中との繋がりがなければ、正規のルートでは手に入りません。
非正規ルートで買うとしても、そういう方面でのつてを探さなきゃいけませんし、
何より、要求されるのも相当割増された金額になってくるでしょう」
「そ、そうなんだ。
あ、でも、前に地元の領主さんが、何かあったら力になるって言ってくれたよ」
「領主というと、辺境領土のですよね。
あの人達は貴族じゃありませんし、その領主と繋がりがある地方貴族にしても、
中央貴族との繋がりは希薄でしょうから、中央貴族まで到達するのは大変ですよ」
「……そうなんだ、まあ、それなら仕方ないよね。
それに、うん、時間さえ掛ければどうにかなるみたいだし」
厳しい現実を突きつけられ気落ちするティグを見て、慌ててコウトが口を挟んだ。
「ティグ、そんなに落ち込むな、それじゃエイダムの思う壺だ。
いいか、よく聞け、あの人、ああ見えて中央の貴族だから。
絶対に後から、“善意”で正規ルートとか紹介してくれるから。
下げてから上げて、実際より多めに恩着せるつもりなだけだからな」
「え、そうなの?」
コウトからの意外な助言を受けたティグが、俯いていた顔を上げてエイダムの方を見ると、そこには不満そうな表情があった。
「まったく、コウトは酷い邪推をしますね、なんでそんなひねくれてるんですか」
「間違い無く、ここ4年程で培われた資質だよ」
「それに、場合によっては、そんな回りくどい事する必要も無いかもしれませんしね」
「他にもなんか企んでるのかよ」
「今日はいつになく突っかかって来ますね、別に構いませんけど。
ティグ、今から大事な事を聞きます、しっかり答えて下さい。
ちなみに、どんな答えであれ、あなたの不利益に繋がる事はないと約束します」
その言葉にティグが頷くと、エイダムも同じように頷き返した。
「あなたにとって魔工というものは、どんな位置付けなのですか?
単に興味と才能があったから手を出してみたのか、将来の生業として選んだのか、金や名声を得る為の手段なのか、それ以外の何かなのか、それを教えて下さい」
これまでのコウトの話や態度から、エイダムが一筋縄では行かない人物である事くらい察しはついていたが、その意図を推し量り、適当な答えを取り繕って返答出来る様なティグではない。
ましてや、これから冒険者として共に行こうという仲間に対して、隠し立てしなければならない様な事柄ではなかった。
「僕には、この生涯を賭してでも、やりたい事がある。
それは、胸を張って最高の物だと言える刀を造り上げる事だ。
僕にとって魔工の業は、その為に極めなきゃならない、必要不可欠な技術だよ」
ティグが言い淀む事なく断言した内容に、三者は三様の反応を示す。
コウトは驚いたあとで、少し笑って納得したように頷いた。
ディマスは面白いものを見つけたといった感じで、興味深そうにティグを見直す。
そしてエイダムは、なにやら含みのある笑顔を見せていた。あるいはこれが、コウトの言った悪そうな顔というものなのかもしれない。
「コウトじゃなくても分かります、その言葉に偽りはなさそうですね。
それならば話は早い、これを受け取って下さい」
そう言ってエイダムは、懐の道具袋から銀細工のお守りを取り出した。その中心には赤い宝石がしつらえられている。
「それ……魔力触媒!?」
「なんで持ってんだよ!?」
ティグとコウトが上げた驚嘆の声に、エイダムは淡々と答える。
「これでも中央貴族の端くれですからね、色々持ち合わせているんですよ。
いざと言う時に使おうと思ってたんですけど、今のところそんな機会もないですし、
ずっと温存しておくより、ティグが使う方が有意義でしょうからね」
「ティグ!落ち着け!これは巧妙な罠だ!
手を出すにしても条件を詳しく聞いてからにするんだ!」
コウトの言葉で、お守りに伸びかけていたティグの手が、ピタリと止まる。
「あなたが落ち着いて下さい、コウト。
無償でなんの見返りも求めない、なんて胡散臭い事を言う気はありませんよ。
むしろ、金銭面だけ考えれば私が得する条件で貸し出すつもりです。
魔力触媒を購入する必要がなくなれば、金銭面に執着する必要もないでしょう?」
「た、確かに、そうだよね……」
「いや、だから、せめて条件を聞いてからにしとけって!」
「コウト、仲間思いなのは結構ですが、気遣いも行き過ぎると過保護と言う物ですよ」
エイダムに少し厳しめの口調でたしなめられて、コウトは口をつぐんだ。自分でもいくらか思い当たる所があったのだろう。
「まあ、コウトの心配も最もな話ですからね、貸し出す為の条件を言いますよ。
私はこれからティグに、沢山の刀の作成を依頼したいと思っています。
特別な理由がない限りは、それを断らず全て請け負って下さい。
そしてその際に、一切の技術料を免除して頂きたいのです。
もちろん、忙殺されてしまう程の、無茶な数を押し付けるつもりはありませんし、
相応の金額を払って頂ければ、その時点で契約を終了しても構いません」
提示された条件は、今後エイダムの依頼からは、魔工として得られる所得を放棄しろと言っている様なものだった。
エイダムが言った“沢山”の度合いにもよるけれど、長い目で見れば、間違い無くエイダムが得をする条件だろう。
例えば、依頼されて造った物をそのまま転売するだけで、エイダムの懐には技術料分の利益が丸ごと入っていく事になる訳だ。
貴族の紐付きとして活動しても、そんな条件を出される事は有り得ない。
ただしそれは、ティグがただの魔工として生きるならば、の話である。
「僕が造るものに関しては、口出しされないと思っていいのかな?」
「場合によっては条件を付ける事もあると思いますが、事細かに口出しはしません。
依頼の際はこちらで材料を用意しますから、基本的に私達の間で金銭のやりとりは発生しないものと考えて下さい。
魔工としての腕を磨くという一点に関しては、これ以上ない条件だと思いますが?」
その言葉に偽りはないだろう。
高価な材料は用意して貰えるし、造る物にあれこれ口出しされる事もない。
この条件を飲めば、ティグが必要とする技術の探求は、十年単位で短縮できる筈だ。
ティグにとって金銭面での利益など、作刀の際に蓄積されるであろう膨大な技術や経験と比べれば、何の価値もない物だった。
コウトの方を見ると、難しい顔をしながらも、今度は口を挟もうとはしない。
ならば、断る理由はどこにもなかった。
「その条件、喜んで飲ませて貰うよ」
「それは良かった、断られたらどうしようかと思ってましたからね。
契約書は後から用意しますので、細かい条件はその時にすり合わせましょう」
エイダムからティグへ魔力触媒が手渡される。
「大事に扱って下さい、さすがに替えは効きませんので」
「師からは魔工の作業で壊れるような事は無いと聞いてるけど、うん、気をつけるよ」
利害の一致を見て、契約が交わされる。
ティグにとっては、思いがけず訪れた、目標への大きな一歩であった。
「話が纏まったところで、今後の方針はどうなるんだ?
俺としては、そろそろ辺境の奥へ進む頃合だと思っているんだがな」
一歩引いて成り行きを見ていたディマスが、話を本題へと引き戻した。
「ディマスには悪いですが、もうちょっとだけ待って下さい。
ティグ、それと材料があれば、町の鍛冶屋で刀を造る事は可能ですか?」
「絶対に無理とは言わないけど、本格的に作るならやっぱり専用の工房がいるよ。
工房は実家にあるけど、ここからだと結構遠い場所だね。
そんなすぐに造らなきゃだめなの?
造ったとしても、簡単に売れるものじゃないと思うんだけど」
実際の所、刀の品質に関しては自信を持っているが、だからと言ってこの世界に馴染みのないそれを十分な値で売りさばくとなると、簡単に行くとは思えなかった。
まずその価値を知らしめ、手入れや扱いを教示した上で、やっと適正な値段で販売する事が出来るのではないだろうか。
一目惚れして購入する者もいるかもしれないが、魔工の技術の未熟さを思えば、そういった事もあまり期待できない筈だ。
「いえ、売るのではなくてですね、一先ずディマス用に刀を造って欲しいんですよ」
「ん?俺用なのか?」
「この人、以前に魔力武器を買ったことがあるんですが、一年も経たずにダメにしちゃいましてね、費用がかさみ過ぎますから、それ以来普通の武器しか使ってないんです」
「はっはっは、そういえばそういう事もあったな!」
「丈夫さを重視して造って貰い、たとえ折れたとしてもティグが打ち直すなら、費用の事を気にしなくてもいい。そして、ディマスが魔力武器を持てば、それだけで相当な戦力強化に繋がる事でしょう」
「ディマスに魔力武器……」
思わず言葉を漏らしたのはコウトだった。
ディマスの力を最も強大に感じているのがコウトである。その上、自身が魔力武器の力を実感している昨今、ディマスがその恩恵を受ければどうなるか、想像しただけで身震いしてしまいそうだった。
「いつかティグを訪ねようと思っていたのは本当です。
コウトを通せば、なにかと融通が効くだろうと思ってましたからね。
まさかそちらから飛び込んできてくれるとは思ってませんでしたから、予定は狂ってしまいましたが、色々前倒し出来た事を思えば感謝の言葉しかありません」
「それは僕も同じだよ」
まさかこれ程早く、事が進むとは思っていなかった。
そして、仲間ができ、道具が揃ったのなら、次に来るのは、作刀への欲求である。
そんなティグを知ってかどうか、エイダムが今後の指針を提起する。
「という訳で、辺境に進むのは後回しです。
これから道中で材料を集めながら、ティグの実家を目指す事にしようと思います。
何か異存はありますか?」
「なんだ、また辺境はお預けか……まあいい、俺は構わんぞ」
ディマスは少し拍子抜けした様子だ。
「僕もそれがいい、やりたいことが山程あるんだ!」
待ちきれない様子のティグ。
「ジルムベイグか……久しぶりだな」
コウトは感慨深そうに呟いた。しかし、その表情にはどこか陰がある。
「問題ないようですね、それでは旅順を決めましょうか、今回は長旅になりそうです」
それぞれの思惑の下で話は進められていく。
次に向かう地はジルムベイグ、家族の待つ土地であった。
打ち合わせを終え、それぞれが宿へと戻った後に、コウトは一人でエイダムの部屋を訪れていた。
「なにか言いたい事がありそうですね、遠慮せず言って下さい」
微笑むエイダムに促され、コウトが要件を告げる。
「エイダム、あんた何を企んでるんだ」
コウトの言葉には確信があった。
ティグに出した条件は、一見すれば双方の利害が一致している物であった。
確かにティグは必要としている技術を磨く、絶好の機会が訪れたと喜んでいる。
だが、エイダムは違う。
今回の契約で金銭面での利益は莫大なものになるだろうが、コウトの知るエイダムはそんな物を必要とはしていなかった。
コウトへの貸付けにしても、利息で稼ぐつもりなどなく、危険な仕事への協力を要請する為の糸口として用いられていたのだから。
「深入りはしないつもりだったんじゃないんですか?」
エイダムは笑顔を崩すことなく応じる。
「そのつもりだったし、別に俺が巻き込まれる分には文句はない。
だけど、前しか見てないティグが、気づかない内に、あんたの訳の分からない思惑に巻き込まれるのを、黙って見過ごす訳には行かないんだ。
ディマスが言ってた、あんたの野望とやらに関係あるんだろ?」
「それを聞いてどうするんです、気に食わなければティグの邪魔をするんですか?」
「そうするかもな」
コウトは厳しい表情でエイダムを見る。
エイダムの事は尊敬も感謝もしているし、全体で見れば好意を向けるに十分な相手である。ろくでもない相手なら、四年も共にいる事はなかっただろう。
しかし、その四年間で得体の知れない思惑を感じていたのも事実なのだ。
今までなら、あえて踏み込む必要もなかったその部分なのだが、ティグがパーティに加わった事で、そこをぼかしたままにしておく訳には行かなくなった。
過保護と言われればその通りかもしれないが、ティグとその家族は、コウトにとって侵すことの出来ない聖域であった。
かつてコウトがいた夢も希望もないどん底の世界から、今いる場所へと導いてくれた存在なのだから。
「いいでしょう、コウトがそのつもりなら、私としても本望です。
あなたはいつでも慎重過ぎて、こちらに踏み込んで来てくれませんでしたから。
きっちり聞いていってもらいますよ、私の野望というやつをね」
エイダムはどこか楽しそうに笑っている。
いつか魔物の群れに放り込まれた事を思い出し、逃げたくなる衝動を覚えたコウトだが、危なっかしい弟分の事を思えば、その場に踏み止まるのも難しくはなかった。




