第8話 - 闘技大会 -
ティグが初めて経験する馬に乗っての一人旅は、その目的が人探しという事もあって想像以上に歩みの早いものであった。
道中で路銀を稼ぎながら、荷馬車を引いての旅であれば半年以上は掛かりそうな道のりを、たったの三ヶ月程度に短縮できたのだ。
道中で立ち寄った町でも、よほど好条件の依頼以外は参加せず、情報集めを最優先と定めていた事も幸いしていたのだろう。
その甲斐あって当初に想定していたより広い地域を訪ね歩けたのだが、それでもこの短期間でディマス・カスケウスの名に行き当たる事が出来たのは、その名を持つ者にそれだけの力があったればこそであろう。
「エイダムなんたらは知らないが、ディマス・カスケウスってのは聞いた名だな。
内地の貴族様が主催する闘技大会の優勝者が、そんな名前だったはずだぜ」
「おお、知ってる知ってる、去年見物に行ったんだが、ありゃすごかったね。
桁違いってのはああいうのを言うんだろうな、正に敵なしの強さだったぜ。
毎年出てるらしいし、絶対とは言わねえが、今年も参加するんじゃねえか?」
町の酒場で聞けたその話に、喜びはしたものの、ちょっとした疑念も感じていた。
ティグが事前に聞いていた程の実力があるのなら、辺境の奥地で活動しているものだろうと推測していたのに、辺境どころか貴族の領内で行われる闘技大会に毎年出場し、その全てで優勝しているのだという。
仕官したという訳でも無いらしく、どんな思惑があっての事か測りかねる所だった。
だからと言って、そんな事が理由で会いに行くのを思い止まる訳でもない。場合によっては一、二年の探索期間は覚悟していたこともあり、この降って湧いたような幸運をわざわざ後ろ向きに捉えようとは思わなかった。
その他にも闘技大会の開催場所や開催時期などを聞く事が出来た。この町から普通に行って一月程度かかる内地の町で、約三ヶ月後に開催されるらしい。
これ以上の事は、現地に行って情報を集めればいい。毎年優勝しているというのだから、現地に行けばそれに相応しい知名度と情報があるはずである。
話を聞いたその日の内に、ティグは旅支度を整えて町を出た。
目指すは闘技大会の開催地である。
町にはそれぞれの色がある。
その大きさや、重ねてきた歴史、そこに住まう人々の身分や職業、その表情、そんな物が絡み合い、町の色を織り成していく。
ティグにはこの大きな町のそれが、どこかくすんでくたびれている様に感じられた。
何か大きな不満があるでもなく、辺境にあるような予期せぬ危険とも無縁の、平穏な日々が約束されている。そして、そうであるが故に、ここに暮らす人々は倦み疲れずにはいられない。
贅沢な悩みではあるが、それを解消するのも権力者の務めである。
そういった物の一環として催される行事が、今回の闘技大会なのだ、と、暇を持て余していた老人が語ってくれた。
旅暮らしの上に経験の浅いティグにとっては、いまいち理解の及ばない話である。
ただ、話をしてくれた老人のように、この町の人々には余裕があるのだろう、話術に長けている訳ではないティグが話を聞いて回る分には、うってつけの相手だった。
無駄話も多いけれど、求めている情報もちらほらと手に入る。
ディマス・カスケウスという戦士は、この町の英雄である。
大剣を豪快に振るって対戦者を打ち倒すその姿は、溜まっていた町の人々の鬱憤を払い除け、大いに満足させたらしい。
主催者である地方貴族からの仕官の誘いは、年を追う事に好条件になっているのだが、それに一切なびかない姿勢も好感を呼んでおり、一昨年辺りからは主催者の方も無駄と分かりながら勧誘していると言う話だ。
聞こえてくる人物評の多くが好意的な物ばかりであり、総じて言うと大味ではあるがそれを補って余りある様な好漢という事らしい。
世評だけで本当の人柄が分かるものでないのは理解しているが、悪名が鳴り響いているよりは良い事だろう。
そんな話を収集している中で、それ以外の有用な情報も得る事ができた。
例えば、闘技大会出場者の町での滞在費は、主催者側が出してくれるというのだ。
ディマスと会うためには、まだ一月以上この町に留まる必要があり、冒険者としての稼ぎ口が殆どないこの町では、滞在にかかる費用も馬鹿にはならない所であった。
参加者にはもれなく奨励金が支払われ、大会の上位者には追加で賞金や仕官の口が用意されるらしい。
仕官の方に興味はないが、奨励金や賞金が貰えるならありがたいし、闘技大会自体にも興味があった。
腕のいい冒険者なら、喧嘩紛いの決闘騒ぎなどは起こさなくなるもので、そういう冒険者と手合わせする機会などそうそうあるものではないのだ。
ディマスを仲間に誘うにしても、互いの実力を知っておくに越したことは無い。
善は急げという事で、ティグは大会出場の登録をするために役場へ向かう。
そこで簡単な手続きを経て、最後に兵舎へと行くよう指示された。大会初参加の者は試験替わりに簡単な腕試しを行うらしい。たしかに、申請しただけで滞在費や奨励金が貰える筈もないだろう。
指示通りに兵舎へ赴くと、早速練兵場へと通された。
勝ち抜き戦の結果を見て、与えられる待遇が変わってくるのだという。
訓練用の刃引きの剣と短剣を受け取り、試験が開始された。
剣と盾、槍、斧、斧槍といった様々な武器を用いる兵士達を、十人ばかり倒した所でティグは待機を言い渡される。
しばらく待っていると、長めの槍を携えた巨漢の兵士が姿を現し、それが最後の相手である事を知らされた。
なるほど、今までの相手とは一味違う雰囲気を持っている。
開始の合図と共に踏み込んだティグの鼻先を、鋭く振り抜かれた槍の穂先がかすめていった。不用意な出足を咎められた形である。簡単には行かないらしい。
だからと言ってティグが怖じけるような事も無く、改めて槍の間合いに踏み込むと、今度は息を付かせぬような連続突きが押し寄せて来た。
その突きは避けにくい部位を的確に狙う事で、点での攻撃を限りなく面へと近づけている。それを避けながらの前進では、こちらが近づくよりも相手が離れていく方が早くなってしまうだろう。
その技も然る事ながら、人相手の戦いに慣れている事を覗わせる強敵だった。
一旦引いて敵の攻め手を待ってもいいが、それでは正面から崩せないと認めた様な気がして面白くない。
ティグは槍が引かれる一瞬に合わせて、大きく踏み込んだ。晒された胴を目掛けて迫る一段と鋭いひと突きを、身体に届く前に剣でいなし、そのまま槍の柄に沿い間合いを詰めていく。
ようやく自分の間合いまで迫ったティグだが、密着していた槍が薙ぎ払われた事によって身体が小さく浮き上がった。強引な力技だが、誰にでも出来ることではない。
強引に間合いを離される中で、ティグは山なりに短剣を放り投げた。
浮かされた足が地に着くと同時に、更にもう一本の短剣を投げつける。
頭上からゆっくり落ちるような短剣と、まっすぐ迫る短剣、そして、それに合わせて迫るティグ自身に対して、巨漢の兵士は槍の中央を持ち前方で回転させた。
二本の短剣は弾かれ、ティグの突進は止められたが、既に間合いは詰まっていた。
もう一度ティグをはじき飛ばそうと振るわれた槍を、くぐり抜けるようにして躱し、更に深くその懐へ潜り込んだ。
再び槍が振るわれる前に、ティグの剣が巨漢の兵士の胴を打ち、勝負は決した。
ティグの勝利が意外だったのだろう、周囲の兵達からどよめきが聞こえてくる。
「見事な腕前だった、私の完敗だ、大会までは好きに過ごすがいい」
剣を収めたティグに、巨漢の兵士が話しかけてきた。
聞けば彼は三年前の大会で準優勝して仕官した元冒険者で、現在はここの兵士長をしているらしく、彼に勝った参加者には最上の評価が与えられるのだという。
評価の段階によって支給される滞在費は増減し、トーナメント形式で行われる大会での配置等も左右されるらしい。
ちなみに試験でこの兵士長を倒したのは、ティグが初めてだったとの事だ。
兵士長の話を聞いて、気になった事を訊ねてみる。
「三年前に準優勝というのは、ディマス・カスケウスと闘ったって事ですか?」
「ほう、彼を知っているのか」
「いえ、名前以外は知らないようなもので」
「そうか、ああ、確かに闘って、そして負けた、強い男だった。
君が決勝に進めば彼と闘う事になるのか、大会が楽しみだ」
そう言って笑う兵士長に、どちらが強いか、などと訊ねるのは無粋な事だろう。
しばしの歓談を終えて、ティグは兵舎を後にする。
あの兵士長に勝る実力者、それが分かっただけで十分な収穫だった。
闘技場の四方に備えられた控え室、その中の西に位置する部屋で、ティグは大会の規定に従って準備を整える。
守りを重視した防具と、刃引きの武器を用いるとは言え、実戦形式で行われる闘い故に、場合によっては死者が出る事もあるという。
武器は長剣と六本の短剣を選び、喉元まで保護された兜と鎖で編まれた鎧を着込む。
大会は休日を挟んだ二日間で行われ、前年の優勝者であるディマスは最終日に姿を見せるらしい。
今回の大会にディマスが参加しないという可能性もあった訳だが、これでティグがここに来た最低限の目的は果たせるだろう。
後はより良い結果を求めるのみだ。
まずは、ティグの力を相手に認めさせる。
仲間になってくれと言って、鼻で笑われてしまう様な無様は見せられない。
そして、相手の底を確かめる。
スケイズの評によれば、四年前の時点でティグに劣らないと言わせる実力だったのだから、現状がその時より劣っているとは思えない。
負けるつもりは無いが、ティグが挑む立場である事を忘れる訳にはいかなかった。
初日にティグが参加したのは三試合だった。
試験での高評価があったおかげで、トーナメントの配置は恵まれたものだった。
主催者側が実力を測った上での組み合わせは、後半になるほど盛り上がるように作られているのだろう。ティグが勝ち進んでディマスとぶつかるのは、決勝戦になる位置である。
そうである以上、前半で強敵とぶつかる事も無く、初日の三連勝はなんの苦戦もなく達成された。
休日を挟んでの二日目、ティグが二勝を上げれば決勝戦に進む事が出来る。
一方のディマスは通常の二戦に敗者復活の一戦を足した計三勝が必要らしい。
これはディマスからの申し出で実現した事であり、初日を免除された埋め合わせと、自身の戦いを、より多く観衆に披露するためなのだという。
主催者側としても、ディマスが行事を盛り上げてくれると言うなら、願ったり叶ったりなのだろう。
そう言った事に疎いティグからは出てこない発想ではあるが、なるほど、この町の住人達がディマスを英雄と呼ぶ理由の一端が分かった気がした。
たとえティグが四年続けて優勝したとしても、そう呼ばれる事はないだろう。
そして、この日最初に行われたのが、他の者よりも一戦多く戦う事になるディマスの試合であった。
相手は初日に敗退した者達から選抜された大剣使いである。
ディマスの闘いは圧巻の一言に尽きるものだった。
相手からの攻撃を十分に引き出し、その全てを捌ききった上で、ただ一撃の下に対戦相手を吹き飛ばして勝利したのだ。
それがディマスが持つ底の見えない実力を、分かりやすく観衆に知らしめるのに十分な演出であった事を、その後に上がった大歓声が証明していた。
一方的な戦いの中にも華やかさが感じられ、戦い方にも色々あるものだと感心する。
そうこうしているうちに、ティグの初戦が行われる時間となった。
相手は剣と盾を持った戦士で、流石に初日を勝ち上がってきただけの実力は備えていたが、それでも先日の兵士長程のものではなく、大した苦戦をする事もなく勝利を納める事が出来た。
その後も、ディマスが実力を見せる事はなく、次の一戦でティグが苦戦する様な事もなく、大会は進み決勝戦の時を迎えるのだった。
格式張った主催者からの前口上が述べられたのに続いて、ティグの名前が読み上げられたので、入場口より闘技場へと向かって行く。
観衆からの大きな歓声は、決勝戦におけるティグの善戦を期待してのものだろう。
そして、観衆の望む結末は、ディマスの登場で一斉に沸き起こった、割れんばかりの大歓声が物語っていた。
それが分かったからといって、素直に応える義理もない。
ディマスが大剣を掲げると、歓声がもう一段大きくなった。
正面に立つディマスの姿を、ティグは真っ直ぐに見据える。
掲げられた大剣は規定通りの物なのだが、その頭に兜はなく、身体に装備するのも鉄製の鎧である。特例として認められたそれらに、重量や材質等の面での優遇がある訳では無いらしく、それがディマスに似合いの格好である事を考えれば、演出の一環なのだろうと納得できた。
ティグより頭一つ以上は大きいその身体だが、それを覆う筋肉の厚みを含めれば、見た目の差は更に大きなものである。
方々に伸びた赤みのある橙色の頭髪と太い眉、彫りが深く骨ばった顔立ちは、その頑健な肉体と相まって、それを見る者全てに力強さを感じさせる事だろう。
熱気を残しながらも、徐々に歓声が静まっていく。
その機を待っていたかの様に、試合の開始が宣言された。
出方を覗うティグに対して、ディマスは片手で持った大剣を肩に掛け、大剣が持つ利を放棄するように、ティグの間合いまで踏み込んでくる。
決勝の場で、ティグを相手にしても、そのやり方を貫くつもりらしい。
それが相手の挨拶ならば、相応の礼を持って応じてやろう。
魔力を足下に、目の覚めるような速度でディマスの脇を通り抜けるが、その胴を払う剣には加減が加えられている。
高速の踏み込みを見たディマスの反応は、目を見張るものだった。あるいは、加減などしなくても対応されていたかもしれない。ディマスの肩にあった大剣が瞬時に胴を払う剣の軌道上へと動かされ、ティグの一撃は受け止められていた。
後方へと向き直ったディマスが見たのは、剣を肩に乗せながら、大剣の間合いに立って向き直るティグの姿だった。
大きく目を見開いたあと、苦笑いを浮かべたディマスが距離を取る。
「どうにも俺は、礼を欠いていたようだ、謝ろう」
「いえ、結構なお手並みです、あれで終わっちゃ皆納得がいかない所でしょう」
「非礼ついでに、お前の名を聞かせて貰えるか?」
「ティガウルド・ホグタスクです、覚えておいて下さい」
「承知した、俺はディマス・カスケウス、存分に楽しもうじゃないか」
一連のやり取りを目撃した観衆から、再び大歓声が巻き起こる。
暗黙の中で仕切り直しが成され、今度は互いに武器を構えての対峙となった。
ここからが本番である。
前面に構えた剣を相手に向けて背筋を伸ばしたティグの構えに対して、ディマスは左足を前にして外向きに足を開いた半身の体勢で、腰より低い位置で構えた大剣の先をティグへと向けていた。
大柄な身体で溜めを作ったようなディマスの構えからは、気を抜けば圧倒されてしまいそうな威圧感が発せられていた。
それに構わずティグが足を踏み出すと、息を合わせる様にしてディマスもじわりと前進し、広く空いていた距離が縮まっていく。
後一歩で大剣が届くという距離で、ティグが一気に前に出た。
下方から突き上げられた大剣を左方向に動いて躱す、ディマスの正面側だ。
高く突き上がった大剣がティグを追って振り下ろされた。
上方から迫る大剣を、今度はディマスの背中側へと動いて回避した事で、ティグの身体は斜線を描く大剣の軌道とは逆方向に移動した。
ティグを追って大剣を切り返すにしても、制動の際に隙が生まれる。それはティグの間合いの内に晒された、ディマスの腕を狙うには十分なものの筈だった。
左下方向から大剣が地を打つ音が響く。
それに不吉な予感を覚えたティグは、腕を狙って切りつけた剣の軌道を咄嗟にそちらへと転じさせた。
振り下ろされたティグの剣と、跳ね上がってきた大剣がぶつかって、金属同士の激しい衝突音が鳴り響いた。
ディマスは大剣の平を地面に叩きつける事で反動を生み、それを利用してティグの想定を越える切り返しを見せたのだ。
正面からぶつかれば、質量、腕力共に勝るディマスに軍配が上がるだろう。
力勝負になる前にティグは大剣の勢いを上方へそらそうとしたが、ディマスがそれを許さなかった。
ティグの動きに応じて力の掛かる方向が変化していき、結局鍔迫り合いに持ち込まれてしまう。
体勢は入れ替わり、上背のあるディマスがティグを押し潰す格好での睨み合いだ。
通常ならそのまま地面に押し付けられてしまう様な体格差だが、ティグの身体は幼い頃から特殊な方法で鍛えられた特別製である。
押し込まれながらも鍔迫り合いを維持したまま反攻の隙を覗い続ける。
傍目には単純な押し合いに見える状態だが、その内実は大剣を受け流そうとするティグと、決してそれを許さないディマスの、高度で緻密な主導権の奪い合いである。
十秒にも満たない間に繰り広げられた、膨大な力の応酬を制したのはティグだった。
ディマスが大剣に力を込めるのを見計らい、絶妙の加減でその力を流してのける。
生じた隙は一瞬だったが、ティグが攻勢へと転じるのには十分なものだった。
近接した間合いを保ったまま全力で動き回り、次々と剣撃を打ち込んでいく。
この距離ならばティグの優勢は動かない。
猛攻を捌きながら、それでも要所要所で反撃してくるディマスには驚かされるが、ティグもそれ以上の事は許さずに攻め続ける。
距離を取ろうとするディマスに喰らいつき、反撃の機を与えない。
優位を保ち攻め続ければ、遠からず綻びが生じてくる。
そこに勝機が存在しているのだ。
下方から大きく振り上げられた大剣をやり過ごすと、ディマスの懐に半歩分の空間が生まれた。
それを制する事が出来れば、勝利への足がかりになる事は疑いない。
「受けて見せろ!ティガウルドォ!」
懐に潜り込もうと踏み込んだティグの頭上から、喝破と共に繰り出されたのは、間違い無く勝敗を賭した渾身の一撃である。
これを捌ききる事が、そのまま勝利へと繋がるだろう。
正面からまともに受ければ敗北は必至、だからと言って横に避ければ、先程の跳ねて戻る切り返しが来る筈だ。
この一撃を受け流し、その勢いを削ぎながら、二撃目より先に剣を突きつけるのだ。
迫りくる大剣の平に、自らの剣を打ち合わせ、その力を流そうとした瞬間に、それは来た。
受け流す筈の衝撃が、ティグの剣を素通りして身体に達する。
大剣自体は届いていないはずなのに、激しい衝撃がティグの全身を襲い、その身体を地面へと叩きつける。
朦朧としたまま仰向けに倒れるティグに、ディマスの大剣が突きつけられていた。
決着が告げられて、観衆からは両雄に対する惜しみない賞賛が轟いた。
閉会式の間、ティグは会場の片隅で介抱を受けていた。
後に残るような傷はなかったが、未だ全身に痺れ残っており、全快まではもうしばらくかかりそうである。
会場の方では、ディマスが主催者から提示された軍団長への誘いを断った事で、大きな喝采を浴び、その後に今後の大会への参加はしない事を表明すると、今度は哀惜の大合唱が巻き起こった。
この日はその登場から退場までを通して、ディマスの一人舞台という感じだった。
こうして闘技大会は幕を閉じ、町を上げての後夜祭が催される。
大会の余韻に浸る人々が、ハメを外した大騒ぎを繰り広げる中で、ようやく復調してきたティグの元へ、大きな酒瓶を手にしたディマスが姿を現した。
「いよう、ティガウルド、調子はどうだ!」
「おかげさまで、そろそろ歩ける位にはなりましたよ」
「そうか、そいつは良かった!一杯どうだ、中々の酒だぞ」
「ありがとうございます、でも僕、酒は飲まないんです」
「そうか、それならまあいい」
ニヤリと笑った顔からは、ティグに向けられた親しみがにじみ出ている。
その場にドカリと腰を下ろしたディマスに、敵意や警戒心などは見て取れず、ならばとティグは気になっていた事を訊ねて見る。
「最後の一撃、あれはなんだったのか、聞いてもいいですか?」
「ああいう技だ、俺は師匠から受け継いだ、師匠はそのまた師匠からだな。
まさか人相手に使う事があるとは思っていなかったんだが、
期待している観客の手前、負ける訳にもいかなくてな、遠慮なくやらせてもらった」
「技、ですか……初めて見ました」
なるほど、過去では考えもしなかった魔法や魔工の業があるのだから、見た事のない剣技があってもおかしくはないだろう。
「そういえば俺も師匠以外の使い手は見た事はないな。
意識した事は無かったが、存外珍しいものなのかもしれん」
「それは、秘伝とかそういう類のものじゃないんですか?」
「どうだったかな、師匠と別れたのも十年以上昔だから、細かい所は覚えてないな。
まあ、そういう事で文句を言うような人でもなかったはずだ、問題ない。
ところでティガウルドよ、お前は冒険者なんだろう?」
「ええ、ディマスさんもですよね。
そして、お仲間にエイダム・アンティートという魔法使いがいる」
「ほう、あいつは俺みたいに名を売って回ってる訳でもないんだが、よく知ってるな」
「前にパーティを組んでたスケイズという人が、あなた達の事を教えてくれました。
すごく強い冒険者だと、本当にその通りでした」
「スケイズ……ああ、確か随分と向上心のありそうな男だったと思うが、
そうか、あの男から聞いたのか、今は何をしているんだ?強くなっていたか?」
「立派な冒険者でしたよ、多分今は休憩中でしょうけど、大丈夫です」
「そうか、まあ色々あったんだろうが、それは置いておくとしてだ。
偶々俺達の話を聞いていて、偶然ここで出くわした、という訳でもないんだろう?」
訝しんで、というよりは何かを期待する様なディマスの問だった。
ティグにも同じような思いはある。
ディマスが世間話をしにここに来たのだとは考えていない。
「そうです、僕は前大会の優勝者だというあなたの事を聞いてここに来ました。
僕が決勝で勝っていれば、仲間になってくれと言えたんですけど、
負けちゃいましたから、仕方ないですね。
実力は見せた通りです、僕を、あなた達の仲間にしてくれませんか?」
ティグの申し出に、ディマスは我が意を得たりといった風に笑ってみせた。




