第6話 - 竜の威 -
スケイズは自身の言った言葉通り、竜害の起こった土地の近隣に着くまでの間に、竜討伐に参加する人員を集めてみせた。
「腕の良い奴には前々から目星を付けてあったし、引き抜きが出来なかった奴らでも、
仕事に誘う分には問題ないからな、人を集めるのはそんなに難しい話じゃねえのさ」
謙遜してという風でもなくそんな事を言ったスケイズだが、領主の出陣に先駆けて竜討伐を行うなどと言う話は、並のパーティであれば受け入れることを躊躇うような案件である。そこを押してこの短期間で人数を揃えてみせたその手腕には、確かに目を見張るものがあった。
だからと言って、ティグの不安が解消されるという事もない。
ティグの懸念が杞憂であればそれでいいのだが、もしそうでなかったとしたら、集まった四パーティ二十五人の中で、一体何人が犠牲になるのだろうか。
その時は、以前のようにティグが身を挺して助けに入る事も難しい筈だ。ティグ自身が生き残る事が出来るかすらも危うくなるのだから。
どうする事が正解だったのか、未だ明朗とした解を得られないまま、決行の期日だけが近づいていたのだった。
竜討伐の手順は、ねぐらを襲うか、おびき出すかの二つに大別される。
前者の場合は場所の特定から始めて、ねぐらまでの長距離移動とそれに必要な諸々の準備が必要になる。しかし、少人数で討伐に挑む場合なら、十分に準備を整えさえすれば、奇襲を掛けたり、罠を仕掛けたりといった事も可能である。
竜は単純な罠にも掛かるのである。
神話に語られる竜の存在は、肉体や多様な魔法の吐息も然る事ながら、神々にも並ぶと伝えられる英知を持った生物なのだが、現実に存在する竜達は圧倒的な力こそ持つものの、伝説に語られる英知どころか獣並みの知恵しか持っていない。もし竜に人並みの知能があったとすれば、人の世の繁栄はあり得なかっただろう。
今回のティグ達程の人数になれば、竜に気取られずにねぐらに近づく事は難しいし、そうでなくとも、ねぐらの特定に時間を割く事は出来ない。もたもたしていれば、領主の編成した軍が到着してしまうからだ。
そういう訳で、今回はおびき出すという手段を取る事になる訳だが、かかる手間に関して言えば、こちらは非常に簡単である。
人が竜の定めた縄張りの中にいるだけで、向こうがそれを見つけて勝手に襲いかかってくるのだ。それが竜の習性なのである。竜の生態を詳しく調べた者はいないが、その習性だけは、多くの経験によって裏付けられた事実として知られていた。
その習性を利用すれば、地方貴族が専用の部隊を編成し、より多くの辺境領土を手にする事も出来るだろう。しかし、その後に数十年かけて開拓事業を行うような、強い情熱を持った者がそうそういる訳でもなく、そのような試みが成される事はなかった。
それはともかく、竜をおびき出す為には、その縄張りに踏み込まなければならないのだが、もちろんご丁寧に境界線が引いてあるという訳ではない。
現在明確になっている縄張りの中に入るために、ティグ達はとある町を訪れていた。
そこは、竜の襲撃を受けて壊滅した、人のいない町だった。
多くの家屋は倒壊しており、原型を残した物もあるが、盗賊にでも荒らされたのか、その内部は惨たんたるありさまである。
ここで竜にティグ達の存在を知らしめるべく、町の各所で火を炊き炊煙を上げる。あとは竜の機嫌に任せて、その襲来を待つだけである。
集まった冒険者達の表情には、緊張の色こそ浮かんでいるが、ティグの様に事態を悲観しているような者は一人もいない。
竜の討伐自体が希な事であり、その経験者などは一人もいないのだ。全員が多少の差こそあれ、魔獣討伐の延長線にあるものと捉えているのではないだろうか。
それは、ティグの想像するものとはかけ離れた認識であった。
「よう、ティグ、まーだそんな面してんのか、大丈夫だって言ってんだろ」
「スケイズにしても皆にしても、もう少し危機感持った方がいいと思うんだけどな」
「皆気は引き締めてるよ、油断なんてしてねえさ。
お前はあれだ、親達から聞かされた怖い話を真に受けちまってるだけなんだよ。
まあ、歳相応って言えばそうかもしれねえが、そんだけの腕があるってのに、
ありきたりな脅し文句にビビってちゃ勿体無いぜ。
まあ、その刀でズバっと一発斬り裂いちまえば、それで解決ってもんだけどな」
「……そうだといいんだけどね」
笑い返してはみたものの、それが快活なものにはなりようもなかった。
この町に来てから三日目の事である。
この日は朝から強い風の吹く一日だった。それを予感と称してしまうのは、おそらく言い過ぎだろう。不安は常にあったのだから。
日が中天に昇りきる前に、甲高い警鐘が響き渡った。
警鐘の鳴り方から判断し、冒険者達が陣形を整えながら北東の空に目を向ける。
そこに望めたのは、大討伐の主ほどもありそうな巨体だが、それが放つ圧倒的な存在感は、比較するのも馬鹿らしい位に雄大なものであった。
竜はその大きな翼を広げ、こちらへ向けて滑るようにして空を進んで来る。
戦士は弓を手にし、魔法使いは何が起きても対応できる態勢を整えていた。
竜の巨躯がティグ達の直上を通り過ぎ、それに少し遅れて叩きつけるような突風が吹き抜ける。
そのまま大きく旋回した竜が、ティグ達の頭上に舞い戻り、翼を羽ばたかせながら上空にその巨躯を留めた。
大きな翼で羽ばたく度に巻き起こる風を受ければ、それだけでもその存在が規格外に位置するものだと理解せずにはいられない。
その全身を覆う薄く赤みを帯びた鱗が煌めく様は、凡百の宝石に例える事など出来はしない。そこにある輝きは、その身に宿る膨大な魔力の顕現なのだから。
堂々たる双角を誇る厳しい彫刻の如き頭部に据えられた、真贋を見極めると伝えられるその瞳が、遥か頭上からティグ達を睥睨していた。
生けるものの頂点に在るを示すその偉容は、ティグの中にあった畏怖と畏敬の念を確固たるものとするのに十分なものであった。
こんなものを狩ろうというのか。
今すぐに踵を返して逃げ去るべきではないのだろうか。
膝の震えを武者震いなどと強がる気はない。それは、ティグの深奥から来る、純然とした恐怖によるものだった。
隙間なく噛み合っていた刀剣の様な牙が上下に引き離されて、その奥にある竜の口腔が晒される。仄かな赤光を帯びていた咽喉が、瞬時に白熱した光を見せたかと思うと、そこからティグ達の立つ一帯を焼き尽くさんばかりの勢いで炎が吹き出してきた。
中空に現れた水の膜が幾重にも展開して、向かい来る炎を包み込んだ。魔法使い達が一斉に水の魔法を発現させたのだ。
炎の吐息はティグ達に届く事なく掻き消えた。
その結果を待たずに、戦士達が構えた弓から矢を放つ。狙うのは翼の皮膜である。
殆どの矢が竜の鱗や羽ばたきに弾かれる中で、一際目を引く大弓を携えた戦士の放った一矢が、狙い通りに竜の皮膜を貫いた。
竜は腹の底に轟く咆哮とともに、再び炎を吐き出した。
今度も魔法使い達がそれをかき消して、竜に矢が浴びせられる。自失から立ち直ったティグも矢を放ち、何本かの矢が皮膜に届いてそれを貫いた。
竜が羽ばたくのを止めた。空中にあったその巨体が地に落ちて、いや、降りて来る。
地面に着く前にもう一度だけ羽ばたいた後、その四肢が大地を揺るがした。
翼をたたみ視界に入る面積は小さくなったはずなのに、間近に在る竜の力感は、空に在った時の何倍にも膨れて見えた。
またも怖じけてしまいそうなティグを尻目に、他の戦士達は弓を置き、それぞれが自らの得物を手に取っている。
彼らは怖くないのだろうか、あの強大な存在が。そう思って戦士達の表情を見て、そこで漸く気づく事が出来た。
彼らもまた、ティグ同様に竜を畏れているのだ。その上で、戦おうとしている。
ティグは勘違いをしていたのだろう。自分と彼らの間にある差異は、竜に対する認識の違いなどではなく、この場にあっての覚悟の違いだったのだ。
それを資質の違いだとは思いたくなかった。重ねてきた場数の差から来るものなのだと、自分に言い聞かせながら、ティグは刀の柄に手を添える。
地上戦が幕を開けた。
冒険者達は、二手に分かれて左右から竜を挟み打つ。戦士が攻撃を担当し、魔法使いはそれぞれの後方に控えて、竜の吐く炎に備えていた。
竜の注意を分散させて、狙いを向けられていない部隊が攻撃を行うのだ。
踏みつけに来た前肢を逃れたティグが、素早く懐に踏み込んで刀を振るう。
不十分な体勢だったとは言え、その刃は通らずに、鱗の表面を滑っただけだった。
足を止めずに距離を取ろうとしたティグに向けて、竜の前肢が振るわれる。
避けきれない、そう思った瞬間に、四人の戦士が割って入り、長柄の武器を重ねてその一撃を受け流した。
「機を見て攻めろ、焦り過ぎると早死するぞ!」
「すみません、助かりました!」
一々自分の未熟さを痛感させられる。戦いに必要なものは、なにも武器や技だけではないのだ。これまでとは格が違う敵を前にして、生命を晒しながらも学べる事には、千金を積んでも得られぬ価値があるだろう。
分が悪いながらも維持できていた膠着が崩れたのは、少しずつ誘導された竜が、用意してあった罠の下まで達した時だった。
原型を止めていた背の高い建物の屋上には、事前に運び入れられていた大岩がある。機を計っていた魔法使いが仕掛けを作動させると、罠の真下まで来ていた竜の背を目掛けて、幾つもの大岩が転がり落ちていった。
落下する大岩に直撃されて、竜は這いつくばる様にして地面に押し付けられた。
魔法使いは土の魔法を駆使して竜の動きを封じる事に専念し、戦士達はここぞとばかりに竜に襲いかかっていく。
戦士達の一斉攻撃は確かな効果を上げていた。ティグの目の前でも、勢いよく叩きつけられた斧槍によって、竜の胴を覆っている鱗に亀裂が走った。
ティグは間髪をいれずにその亀裂を狙って刀を突き入れた。鍔元近くまで突き刺さった刀を、引き斬る様にして横に薙ぐと、肉を切り裂く手応えと共に埋まっていた刀身が姿を現す。内側から弾き飛ばされた鱗が宙を舞う。
その時、大きな何かが日の光を遮った。
思わず空を見上げると、ティグ達の上に陰を落としているものが、大きく広がった竜の翼であると確認できる。
翼が力強く大地を叩く。
ただそれだけで、形勢は逆転してしまった。
まともに翼で打たれた数人がその場で昏倒し、そうでない者も巻き起こった激しい風に飛ばされて散り散りとなる。
無残に崩れさった陣形では、竜の吐く火炎に対応出来るはずもなく、五人の冒険者達が炎に巻かれて、人の形をした炭へと姿を変えた。
竜の身体を縛めていた土石の牢獄は、身震い一つで元の土塊へと還っていく。
幾らかの手傷と引き換えに、昏倒している者も合わせれば、こちらの戦力は4分の1以上を削られた形になる。
そして、今与えた傷を十倍にしても、巣穴の主すら倒せるものではないだろう。
町の各所に仕掛けてある罠の事を考えても、とてもではないが、目の前の竜を殺しきれるとは思えなかった。
「スケイズ!これ以上は無理だ!」
ティグは一緒に戦っていたスケイズを探して駆け寄った。
「ティグ、い、いや、まだ、打つ手は……」
「あんた程の冒険者なら、無理なのは分かってるはずだ!
自分の失敗認める為だけに、あと何人殺す気だよ!」
「……っ、くそ!ちくしょう!」
スケイズが懐から警笛を取り出して、大きく吹き鳴らした。撤退の合図だ。
他の者達も無理だとは感じていたのだろう、その合図だけで、もしかしたらという淡い期待に見切りをつけるには十分だった。
各自の判断で全員が撤退を始める。
運悪く竜に追われた者には死が待っている、その筈だった。
「お、おい!ティグ、何つっ立ってるんだ、逃げるぞ!」
「空から追われたら何人も死ぬ!僕はあの翼を斬ってから逃げる!」
「馬鹿な事言うな!んな事してたら、お前が死んじまうだろうが!」
「僕がここに来たのはその為だって、スケイズは知ってる筈だ!」
その言葉で自分がティグを引き入れた手段を思い出したのだろう、スケイズは言葉を失ったまま、何も言わずに背を向けて走って行った。
そんな間にも、昏倒していた者は踏み潰されるか、焼き殺されるかしてしまい、この場に残るのはティグだけになっていた。
この場に残るという事は、生命を賭けて戦うという事だ。そして、ティグの選んだそれは文字通りの賭けであり、確かな勝算を含んだ選択だった。ただで生命を捨てるつもりはない。
空から追われるのでなければ、竜の巨体はそのまま足枷になる筈だ。地上から追撃されるだけならば、どこかの林に逃げ込むだけでも、十分に生き残る算段はつく。
一撃で致命傷となるであろう攻撃を躱しながら、ティグは機を覗っていた。
先ほどのような翼撃が来れば簡単ではあるが、期待は出来ないだろう。あれは苦し紛れの一撃だった筈であり、ティグ一人ではそこまで追い詰める事は難しい。
故に、ティグは竜の背に駆け上がり、直接翼を斬りつけるしか方法はないのである。
そんな機会が何度もあるとは思っていない。与えられる機会は一度だけ、その位の覚悟で挑まなければならないだろう。
近づき過ぎれば竜の攻撃を躱せなくなるし、離れすぎれば翼には届かない。
ギリギリの間合いを保ちつつも、ティグは賭けに出られる一瞬を待ち続ける。
竜は絶えず動き回り、前肢を振るうばかりでなく、踏みつぶそうと突進し、ティグがその後方に立てば大きな尾を叩きつけてくる。
全ての攻撃を避けることを考えながらも、意識は常に竜の口元へと向けていた。
やがてその機会が訪れた。
近からず遠からず、そんな距離に立つティグに向けて、竜が口を開いた。
白熱した炎が吐き出される寸前に、ティグは竜に向かって走り出す。
かつてボルドに言われた言葉が、今のティグが拠り所とするものだった。
ティグの火に対する理解の深さ、それは長い年月を重ねて深く魔法に通じた筈のボルドをも凌ぐものだと言う。そして、深く火に通じる者は、自らより理解の浅い者からの魔法に焼かれる事は無いのだと教えられた。
火吹きの竜と火の理解で以て比されるのは、刀に生涯を捧げた男のそれであった。
火とはその生き方と共にあったものである。目を焼くような輝きも、肌を焦がしたその熱も、望む所を成さしめるその力も、十全に理解している筈だった。
自らの足下に向けて火を吹いた竜は、その火に焼かれる事なく飛び出して来たティグに目を疑った事だろう。
火を吐く為にその巨体を固定していた竜の身体を、全力で以て駆け上がる。
ティグは竜の背に立ち、たたまれた翼の隙間に刀を通す。薄い膜を裂く手応えを感じながら、何度もそれを繰り返す。
竜はたまらず翼を広げてティグを振り落としたが、開かれた翼の片側はズタズタに切り裂かれ、見るも無残な様相を呈していた。
地面に放り出され、転がりながらもその様を確認したティグは、逃げる事だけに意識を切り替える。
ティグは崩れかかった建物の隙間を縫うようにして走り出したが、猛り狂った竜は建物を押し崩しながら一直線に追ってくる。この程度の障害では足止めにもならないようだった。
町の外で覚えのある林に至るまでは、幾らかの潅木があるだけの開けた平野が続いているはずであり、巨大な竜との追走劇に興じるには些かならず不利な状況だろう。
とはいえ、賭けには勝った。生き残れるかどうかは五分のはずだ。
「ティグ!こっちだ!」
「スケイズ!?」
目を向けた先には、馬に跨ったスケイズがいた。
何も考えず、そちらに向かって駆け出したティグを確認して、スケイズは少しずつ馬を走らせる。ティグが全力で加速して追いつき、スケイズの後ろに跨るのと同時に、後方の建物を破壊して竜が姿を現し追いすがってくる。
二人の人間を乗せてはいるが、それでも人が走り続けるよりは十分早くなるし、時折馬に掴まった状態でティグが下馬して走る事で、多少の加速をする事も出来た。
追ってくる竜との差も詰められる事はなく、竜が吐く炎もティグの魔法の炎で対応する事が可能だった。
しばらくすると、林が見えてくる。
ティグ達は木々の間に駆け込み、そのまま馬を走らせ続けた。
それを追って林に突っ込んだ竜なのだが、無数に生える木々を押しのけて進み続ける内に、いつしか追いかける獲物の姿を見失っていた。
「……助かったよ、スケイズ」
「こっちの台詞だ……すまなかったな、ティグ」
町に辿り着くまでの間、それ以上の会話がされる事はなかった。
最終的に八名の死者を出し、なんの成果も上げられなかった今回の仕事は、繕う事など出来ない様な大失敗である。
発案者であるスケイズの面目は丸つぶれだが、あえてそれを責めようとする者もいなかった。命懸けと知った上での参加であり、誰かに強制された訳ではなかったのだ。自分達の力量を理解し、その上で何をするかを定めるのも、冒険者に必要とされる大切な資質であった。
今回の事で、ティグ達のパーティからも二人の死者が出ていた。
所定の町で合流したティグ達は、場末の酒場に集合する。
長年の付き合いという訳ではなくとも、二人が欠けたこの場が、陽気な雰囲気であるはずもなく、静かな会話が続いていた。
この頃には、領主の軍が竜の討伐に成功したという話も聞こえている。
話が途切れたところでスケイズが話を切り出した。
「改めて言わせて貰う、今回の事は俺の浅慮が招いた事だ、済まなかった」
賛同も非難も慰撫も聞こえてこない。皆が淡々とそれを受け入れ、同時に自身の非も理解していた。
「責任を取るなんて偉そうな事は言わないが、今回の事で俺は引退も含めて、
今後の身の振り方を考えようと思っている。
だから、このパーティは、今日で解散ってことにして貰いたいんだ。
……勝手なことを言って、本当に申し訳ないと思ってる」
意外な話では無かった。この場にいる全員が、少なからぬ傷心を抱いているのだ。
スケイズの言葉に共感こそすれ、強硬に反対しようなどと言う者はいなかった。
その日、ティグ達は幾らかの酒を酌み交わし、それぞれが短い別れの言葉を告げて、一つのパーティが解散していった。
酒場に最後まで残っていたのは、ティグとスケイズだった。
「それじゃ僕も行くよ……じゃあね、スケイズ」
席を立ち帰ろうとしたティグをスケイズが呼び止めた。
「ティグ、お前には特に迷惑をかけちまった、本当に、悪かった」
「気にしてないよ、生き残れたんだしね」
「今回の事は、全面的に俺が悪い、その前提で、少しだけ話を聞いてくれないか?
もしかしたら気を悪くさせちまうかもしれねえが、そんときゃ殴ってくれていい」
「なんの話?」
妙な前置きをされて訝しくは思ったが、あえて断る理由もない。
「お前は眩し過ぎるんだ、俺みたいな並の冒険者じゃ簡単に目が眩んじまう位によ。
そんなお前が、立派な信念掲げて動いてちゃ、それを利用しようって奴が次から次へと出てきちまうだろう……今回の俺みたいにな」
そうかもしれない。中途半端なティグの力が、スケイズの判断を狂わせた可能性を考えない訳にはいかなかった。
「だからって、お前の生き方に文句を言おうってわけじゃない。
むしろ、お前にはそれを貫いて欲しいと思ってんだ。
そいつは俺なんかには出来っこない、理想の冒険者の姿なんだからよ」
「スケイズ……」
「ああ、すまねぇ、俺の事は関係なかった、忘れてくれ。
俺の言いたかったのはな、お前に相応しい仲間を作ってくれって話だ。
お前が利用されるんじゃない様な仲間を、例え利用されるにしても、
お前も同じ位に相手を利用できる様な、そんな力を持った奴がいい」
「はは……そうだね、そんな人がいれば、確かに頼りになるかもしれない」
「ああ、そんな奴らがそうそういる訳じゃない。
だけど、俺には心当たりがある、もしよかったら、そいつらを探してみてくれ。
中身がどんな奴かまでは分からねえが、腕の方は間違い無く一級品だ。
それこそ、お前に劣らない位にな」
突飛な話ではあるが、わざわざスケイズが嘘を付くとも思えない。ティグは黙ってその話の続きを待つ事にした。
「そいつらは戦士と魔法使いの二人組だ。
名前はディマス・カスケウスとエイダム・アンティート。
今なら二人とも二十四、五になってるだろう。
もう四年も前の話で悪いが、そいつ等は東に行くと言っていた。
なんの当てもなく探すよりは、可能性があると思うんだ」
確かに漠然と仲間を求めるよりは、遥かに実のある目標である。
「ありがとう、それなら僕は、東へ行ってみる事にするよ。
なにか他に当てがある訳でもないんだしね」
「そうか、他人事で悪いが、頑張ってくれ」
疲れた顔で視線を逸らしたスケイズを見て、少し迷った後、ティグは口を開いた。
「前に話したの覚えてるかな?
一度竜に敗れて、仲間を殆ど殺されて、それでもまた竜に挑んで、
ついにはホントの竜殺しの英雄になった人の話」
「ああ、確かに聞いたな」
「凄いよね、僕は初めて竜を見たけど、本当に怖かったし、忘れられそうにない。
今は全然ダメだけど、でも、いつかは、僕もそうなりたいと思ってる。
そうしろなんて言えないけど、そんな人もいるって忘れないで欲しい。
僕は、スケイズが、並の冒険者なんかじゃないって思ってるからね」
「……ティグ」
「それじゃ、またね」
「ああ……またな」
スケイズの返事に笑顔を向けて、ティグは酒場を後にした。
旅の支度をしなければならない。
目指すは東、更なる辺境の土地である。
聞いた名だけを手がかりにして、まだ見ぬ誰かを思い描くティグだった。




