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第5話 - 竜害 -

 雨が降っていた。大陸の内地にあるこの辺りでは、珍しい天気である。

 辺境であるこの土地では、畑が少なく治水もそれほど進んでいないので、住人達にとっては恵みの雨というよりは、不吉にすら感じられるものであった。

 冒険者達にしても、わざわざ雨天を選んで働こうとする者はいない。どうせ直ぐに止むだろうし、止まないのなら河川の氾濫を警戒して、余計に動く事を控えるだろう。

 そんな厄介者である雨の日の昼下がり、ティグ達のパーティは酒場に集まり打ち合わせとも、暇つぶしともつかない話し合いを行っていた。

 先の大仕事を終えてから二ヶ月が過ぎている。あれだけの内容の仕事がそうそうある訳でもなく、手近で手頃な依頼をこなす日々には、ある種の弛緩さえ感じる程だった。

 そんな平穏とも言える日常が破られたのは、酒場に飛び込んで来たある一報によってである。

 酒場に駆け込んできたのは、頭からローブを被ったずぶ濡れの男だった。男は足早に店主に近づくと二言三言話をしてから、何かを押し付けてそのまま外へと出て行った。

 薄暗く湿気の多いこの日の気候と相まって、それが吉報であると予想するような者は皆無だっただろう。

 店主は緊迫した面持ちで受け取った物を確認すると、手をつけていた仕事を中断して店内の掲示板に向かっていく。その手にあるのは貼り紙だった。

 先に貼り出してあった依頼を無視して、一番目立つ場所に貼り出されたそれに何が書かれているのか、目敏い者達がそこを中心にして人集りを作り始める。

 そこにはスケイズの姿もあった。パーティを代表して、ではなく、変事があれば取り敢えず顔を出すのがその性分らしい。

 程なくして戻ってきたスケイズが、貼り紙の内容を全員に伝える。

「竜が出たらしい、あれは竜害の報告と、討伐隊の募集だな。

 さっきの男は役人だろうな、こんな雨の中で走り回らされて、気の毒なこった。

 まあ、人の集まるのが遅れりゃ、それだけ被害はでかくなるんだから仕方ねぇか」

「スケイズ、竜害ってなに?」

「ああ?何言って……って、そういや、お前は駆け出しなんだったか。

 てか、まだ十歳だったな、すぐ忘れちまうよ、顔だけ見れば確かにガキなんだがな」

 そんな茶々と前置きを入れながらも、ちゃんと説明はしてくれた。

 竜害とは北部大陸特有の、竜が引き起こす災害である。

 数年から十数年といった単位で、若い竜が縄張りを求めて辺境領土に出没し、縄張りと定めた範囲に住む人々を襲うのだ。

 放っておけば一年と立たずに、人の住める環境ではなくなってしまうらしい。

 もちろん領主がそれを許す筈もなく、大々的に募兵を行い討伐軍を編成する。

 討伐軍の人数はどれだけ少なくても百人を下る事はない。

 当然命懸けの任務になるため、報酬も相応のものが用意される。

 竜の遺体は領主の所有となるが、討伐軍の規模を考えると、その売却益だけではとてもではないが採算が合う事は無いだろう。

 しかし、これを放置すればそれ以上の被害が生じる事は間違いない事であり、頭を抱えながらも対応せざるを得ない事態であるらしい。

「そうなんだ、竜って言っても、百人も集めれば流石に倒す事は出来るんだね。

 それじゃ、僕達も参加してみればいいのかな、結構貰えるんでしょ?」

「ああ……まあ、そうだな、こないだのやつ程とは言わねぇけどな……」

 スケイズの返事にどこか歯切れの悪い物を感じるが、具体的に何がおかしいとも言えず、ティグがそこに言及する事はなかった。


 翌日も空が晴れわたる事はなく、厚い雲が日の光を遮る薄暗い一日になった。

 スケイズは昨日に続いて呼び集めたパーティを前に、一つの提案を打ち出した。

「今回の竜害を、俺達が中心になって解決したいと思ってるんだ」

 スケイズによる慮外の提案に、全員が顔を見合わせる。予想出来ていた反応だ。

 だからと言って、ここで引くわけには行かなかった。

「いきなりの話で驚いたのは分かるが、そんな無茶な話でもねえんだよ。

 俺達だけでやろうって訳じゃない、協力してくれそうな奴らの目星はついてるんだ。

 考えても見ろ、なにも有象無象含めた百人単位で集まらなくてもよ、

 俺達くらいのパーティがもう三つ四つ集まっちまえば、戦力としては十分なんだ。

 領主の用意する端した金より、ずっとでかいもんが手に入るんだぜ」

 普通に領主の募集に入ってしまえば、ただ他より報酬が大きいだけの依頼だが、スケイズが主導してと言うのなら話は違ってくる。

 竜害のものとは言え、竜は竜、倒してしまえば竜殺しだ。

 領地を得たりは出来ずとも、肩書きとしては十分以上のものとなるだろう。

 それはスケイズが更なる飛躍をする為の大きな一歩となる。

「お前らだって分かってるだろ?

 俺たちゃ一流の冒険者だ、一流には一流の仕事と報酬ってもんがあるべきなんだ。

 領主の募集に参加するだけなんて、そいつは二流のやる事じゃねえか」

 煽っている自覚はあるが、その言葉は決して嘘ではなかった。

 スケイズがこれまで参加してきた様々なパーティの中でも、今の面子は間違い無く最高のものだと断言できる。そしてそれは、パーティの全員が感じている事の筈だった。

 もうひと押しか、そう思った所で、戦士の一人が賛同の声を上げる。それを皮切りにして仲間達が次々と声を上げていく中で、一人だけが沈黙を保っていた。

「おいおい、どうしたんだよティグ、らしくねえな、上等な儲け話だぜ?」

 そう話しかけても、ティグはその幼い顔に似合わない難しい表情を浮かべたままで、何も答えようとはしない。

 スケイズの心中に確かな不安が首をもたげる。その正体は分かっていた。先の大仕事の後から感じていたものであり、今回の件を言い出した原因の一つなのだから。

 それは、焦りであった。

 仕事の後でティグの行った無茶を咎めた際に聞いた、ティグの思い描く理想の仲間達の姿は、現状のスケイズとはかけ離れたものだったのだ。

 冒険者の求めるものがそれぞれ違うのは当たり前の事であり、ティグの求めるものがおかしいとは少しも思わない。もしもそんな仲間に巡り会えるのなら、スケイズだってともに行きたいと思う事だろう。

 問題は、その資格がティグにはあっても、自分にあるとは言い切れない所だった。

 ティグがそんな仲間を求めて、このパーティから出て行かないとも限らない。

 そして、スケイズにはトラウマとも言える過去がある。

 数年前、有能な仲間を求めて色々な冒険者達に声をかけていた頃の事だった。

 偶然に居合わせた戦士と魔法使いの二人組に協力を持ちかけられ、一度だけ共に仕事をして、その力に圧倒された。

 全力を出していた訳でもないであろうその二人の本領は、想像するしかないけれど、あえて今比べるならば、ティグの力に勝るとも劣らないものであっただろう。

 当時のスケイズが躍起になって勧誘してはみたものの、良い返事を得られる所か、あっさりと袖にされただけであった。

 なんとか食い下がって彼らの名前だけは聞き出す事が出来たのだが、それはどうしようもない無力感をスケイズに植え付ける事になった。

 竜殺し、その実績さえあれば、あんな思いをする事も無い。

 あの二人を探し出し、今度は胸を張って共に行こうと言えるはずだった。

 今この時を逃す訳にはいかなかった、どんな手を使ってでも。


 今ティグの頭の中にあるのは、どうやってパーティの皆を思い止まらせるかという事だけだった。

 竜というものがどんな存在かを、ティグは良く分かっているつもりである。

 北部大陸だけに生息し、その生態系の頂点に君臨する超生物だ。その全身には高濃度の魔力を帯びており、遺骸は余す所なく希少で良質な魔力素材として扱われる。

 そして、遠い昔ジルムベイグというパーティを二度に渡って蹂躙した生き物だった。

 一度目はティグのよく知る偉大な魔法使いボルドが、四人の仲間を犠牲としながら、辛うじて生き延びることが出来たのだと言う。

 二度目はボルドの仲間であり、更なる研鑽を重ねた筈の英雄達が、七人もの命と引き換えに、漸くにして討ち果たした程の、紛う事なき化物であった。

 それはティグの大きな目標であると同時に、限りない畏怖の対象なのである。

「スケイズ、僕は反対だよ、大人しく領主の募集に参加しよう」

 それは譲れない考えだった。手近な冒険者を十や二十を集めた所で、敵う相手であるとは思えない。

 ティグだって今のパーティが強いという事は承知している。承知しているからこそ、スケイズの言うような、自分達と同じくらいのパーティが三つも四つも集まるとは思えなかったし、たとえ集まったとしても、無傷で竜を倒せるとは思えなかった。

 だからティグはそう主張した。あえて危険を冒す必要などないと。自分の知る限りの話を語って見せたりもした。

 しかし、ティグには弁舌で人を動かす才など備わっていない。ましてやそれは、強く名声を求めるスケイズの想いである、どうやって押し止れば良いと言うのか。

「ほんとにどうしちまったんだよ、慎重も行き過ぎると臆病にだって見えちまうぜ。

 俺達なら大丈夫だって、ティグはちょっと心配しすぎだ。

 竜にしたって、お前の話に出てくるような、縄張り構えた大物ってわけじゃない。

 これから縄張り探そうって言う様な若い竜なんだし、そこまでヤバかねえんだよ。

 それにあれだ、そうそう手に入るもんじゃない竜の素材が取り放題なんだ、

 魔工の卵としちゃ、この機会を逃す手はないだろ?」

 逆にスケイズがこちらを説得しようとしている程だった。

 話は平行線のまま進まない。長い時間をかけても、それは変わらなかった。

「分かったよ、仕方ねえな」

 スケイズのその言葉に、ティグは漸く想いが通じたのかと期待したのだが、続いた台詞は意外なものであった。

「戦力が落ちるのは残念だが、そこまで行きたくないってんなら無理強いは出来ねえ、

 俺達だけで行ってくるさ、後で武勇伝でも聞かせてやるから楽しみにしときな」

 その言葉の意味する所を理解して、ティグは愕然とする。

 ティグはこのパーティの中核である筈だ。それが過信だとは思わない。なのに、そのティグを欠いたまま、竜の討伐に赴こうと言うのだろうか。

「それじゃ話はここまでだ、他の面子にも声をかけなきゃいけないしな。

 領主の募集に先越されちまっちゃ、元も子もねえんだからよ、それじゃあな」

 そう言ってスケイズは解散を告げて背を向ける。

 皆が去った後、ティグはその場に取り残されたように、呆然と立ち尽くすのだった。


 翌日、ティグはスケイズに条件を付けた上での同道を申し出た。

「危ないと思ったら、何を置いても逃げる事を約束して欲しいんだ。

 でないと、必ず誰かが犠牲になる、そんなのは絶対に、嫌なんだ」

 ティグが一晩考えて出した結論がそれだった。

 ティグには関係無いと言ってスケイズ達を切り捨てる事が出来なかった。

 あの巣穴の中で、傷ついた戦士を見捨てられなかった様に。

「もちろん約束するぜ!ティグが来てくれるなら百人力ってもんだ!

 俺だって何も死にたい訳じゃねえんだからよ、心配すんなって、大丈夫さ!」

 楽観するスケイズに同調する事が、今のティグには難しかった。

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