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第4話 - 巣穴からの帰還 -

 採掘作業は予定通り一日で完了した。

 頑丈に作られた荷馬車には、この仕事の成果である魔力鉱石が、持ち帰る事のできるギリギリの所まで満載されている。その重量は往路とは比較にならない程のものであり、帰路の進行速度は急いだとしても早足程度にしかならないだろう。

 それ故に、後方からの追撃を食い止める殿の負担は、これまで以上のものとなる訳だ。その負担に耐え切れず、馬車を潰されるような事にでもなれば、直接の報酬減に繋がってしまう重要な役割だった。

 この後衛役を担当するのは八名で、その内六人がティグのパーティである。少しでも対応力を高めるため、舗装役の魔法使いを一人割いてまでこちらに割り当てられているのだから、この役割がどれだけ重視されているかが覗える。

 通路と採掘現場を隔てていた土壁が取り払われていく。先陣を切る事になる前衛達が、目前に迫った開通に備えて、その満身に戦意を漲らせていた。

 壁の厚さがあと僅かとなった所で、魔法使い達が集まって呼吸を揃える。

 魔法使い全員が土壁に手を添えて意識を統一した。

 残りの土壁が魔法使い達の前に集い、何本もの錐となって前方へと突き出される。

 共同の土魔法による奇襲は、壁の前に陣取っていた大型魔獣に痛撃を与えた。

 待っていたとばかりに、それに乗じた前衛達が飛び出していく。

 戦いが始まった。

 出口までの進路を切り開くのが前衛の役割だ。追撃の心配がない今ならば、全員が戦闘に参加する事も出来るのだが、ティグ達八名の後衛は二名交代で参戦しているだけだった。彼等は来たるべき殿役、言わば後半戦に全力を注ぎ込まなければいけないのだ。

 ティグもまっ先に前衛の援護に向かい、適当なところで切り上げて後衛に下がる。交代した他の後衛達も、身体をほぐす程度の働きをしただけで早々に退散して、体力を温存する事を優先していた。

 程なくして分岐した通路へと行き当たった。ここからがティグ達の本番である。

 通り過ぎる全ての通路を塞ぐ事ができれば簡単な話なのだが、無数にある通路に一々突破されないだけの壁を築く為には、時間と魔法使いの手が圧倒的に不足していた。

 人員が限られているので交代して休息をとる事もできず、ここから魔獣の縄張りを抜けるまでの距離を戦い通さなければいけない。

 通路の奥からは尽きる事なく魔獣が這い出てくる。どれだけ倒しても数が減るとは思えないのだが、放っておけば手に負えない圧力になってしまうだろう。

 全体の移動に合わせて移動しつつ、魔獣に対応して行かなければならない。そして、別れ道に差し掛かれば、前後に加え側面を守る必要が出てくる。進行速度を維持する為に、そちらに人を回すのは前衛から一人、後衛から三人となっていた。

 身を削るような消耗戦だったが、ここまで一人の脱落者もだしてはいなかった。


 事が起こったのは出口まであと半分程といった位置にまで進んだ頃だった。

 半分とは言っても、ここまで来たのと同じ時間で巣穴から出られる訳ではない。数時間を通して戦い続けた疲労と、致命的ではないにしても戦いの中で受けた無数の傷は、冒険者達の歩みを重いものにしていた。

 最初に気づいたのは後衛で戦っていた戦士である。

 それは光の届かない巣穴の深奥から響く足音であり、これまではただこちらへ押し寄せていただけの魔獣が見せた、何かに道を譲るような不自然な動きであった。

 嫌な予感はすぐに肯定される。

「気をつけろ、何か……いや、ぬしだ!ぬしが来るぞ!」

 喚起の声を上げた戦士は、巣穴の奥から迫るそれに気を取られてしまっていた。

 そのせいで近くにいた大蜥蜴からの一撃に、反応が遅れてしまう。彼本来の実力ならば、それでも十分に対応は出来ただろうが、ここまでの道のりで蓄積されてきたものがそれを許さなかった。

 振り下ろされた前肢をまともに受け止めて、戦士の身体が激しく叩きつけられる。

 他の後衛が救援に来た事で、止めの一撃は避けられたが、これ以上前線で戦い続けるのが難しいような傷が戦士に刻まれていた。

 戦士は戦場から遠ざかろうと這う様にして進んで行くけれど、その速度は徐々に鈍っていき、結局先を行く荷馬車に追いつく事はできなかった。

 やがて戦士は、壁に背を預けて下を向く。

 僅かに遠ざかる事のできた戦場が、再びすぐそこにまで迫っていた。


 ティグ達は戦士を一人欠いた状態で、巣穴の奥から現れた巨大な蜥蜴との戦いを強いられる事となっていた。

 周りにいる大蜥蜴の三倍はあろうかと言うその巨体は、通路の半分以上を占有しながら襲いかかってくる。

 ただ逃げるだけでも苦労するであろう難敵を相手に、足止めをしながら出口に至るまで戦い続けなければいけないのだ。

 今までに倍する速度で荷馬車との距離が詰まっていく。

 どうにかその進行を遅らせようと戦うティグは、視界の端に先程まで一緒に戦っていた戦士の姿を見つけた。

 戦士は通路の壁に寄りかかったまま、その場を動こうとしていない。

「そこのあなた!早く後ろに!」

「ほっとけティグ!諦めた野郎に構ってる暇はねぇぞ!」

 戦士を気にかけたティグに答えたのはスケイズだった。

 その言葉には悪意もなければ嘘もない、当然の判断であり、揺るぎない現実だった。

「スケイズ、その人を馬車まで運んで!」

「あぁん!?何い言い出しやがる、血迷ったかティグ!」

「ここは、僕が止めるから、早く!」

 スケイズの返事を待たずにティグは主へと突進する。

 危地における冒険者としてスケイズが下した判断は、何一つ間違っていない。ただでさえ人数が減っている現状に加えて、目の前にいるのは今この場に倍の人数がいたとしても対処に苦慮するであろう大物だ。

 更に言えば、戦力にならない一人をこの場に置き捨てれば、報酬の分け前が一人分浮くという打算もあるだろう。

 それらの事が分からない程に幼くはないし、馬鹿でもない。

 しかし、ティグの取った行動は、愚かと罵られても仕方ないものであった。

 ティグを含む空間を丸ごと薙ぎ払った前肢は、すんでの所で見切ることが出来た。そのまま巨体の下に潜り込み喉元を切りつけるが、厚い皮に裂け目をつけただけだった。

 頭上から主の巨体が落ちてくる。身体の下に潜り込んだティグを、全身で押し潰そうというのだ。

 魔力の集中によって加速した事で、潰される前に空いていた壁側の空間に退避することは出来たが、主の巨体がそのままティグの方へ迫ってきた。

 前後左右を見回すが、逃げられる場所は見当たらない。続いて天井を見上げたティグは、唯一空いていた頭上の空間に活路を見出した。

 地面を蹴る第一歩に全力を注ぎ、激突しそうな勢いのまま壁面に向けて自分の身体を射出する。その勢いを殺す事なく複数回に分けて壁を蹴りつけ、身体を運ぶ力の方向を段階的に上方へと修正していったのだ。

 壁を駆け上がるようにして頭上の空間に身を投げ出したティグの足下に、あつらえ向きの足場が用意された。主の背中である。

 ティグを押し潰せたと判断したのだろう、主が前進を再開しようとする。

「そっちに行ってもらっちゃ……困る!」

 大上段から振り下ろされた刀が、主の背中を深く鋭く切り裂いた。その一撃で主にティグの存在を気づかせる事が出来た。

 背にある異物を振り落とそうと、主がその巨体を激しくくねらせる。

 立ったままでいる事が難しく、その場に両手をついて身体を支えた。

 目の前に裂傷があった。内側から燃やしてやろうと伸ばした手を途中で止めて、ティグは転がり落ちるように慌ててその場から退避する。

 ティグのいた足場がせり上がっていたのだ。

 主の背中が天井の岩盤に擦りつけられる。あのままあそこに留まっていたなら、原型を残さず磨り潰されていただろう。

 あの程度の傷をつけた所で、この巨大な主の生命を脅かすには及ばない。しかし、ティグは自身の吐いた言葉に違わない戦いを続けていた。

 決定的な傷を与えられないまでも、主の進攻を確かに押し止めて見せたのだ。


「馬鹿かお前は、なんで同じパーティでもない奴の為にあんな無茶すんだよ」

 それは、戦いが終わった後で掛けられたスケイズからの説諭であった。

「……僕は、強くて頼れる仲間が欲しいんだ。

 例えばあんな状況でも、迷わず動いてその上で生き残って見せるような人がいい。

 そんな人がどうやったら見つかるのかなんて、さっぱり分からないし、

 その人が僕を仲間と認めてくれるかだって分からない。

 ただ、僕自身がそうじゃない癖に、他の誰かにだけそれを求めるなんて間違ってる。

 いつか僕がそんな人と出会った時に、胸を張って仲間に誘いたいってだけだよ」

 ティグの答えたそれは、後から取って付けただけの子供っぽい言い訳である。

 今この場でティグを突き動かした衝動は、もっと単純なものだった。

 ティグの心に根付いていた冒険者の姿が、そんなものだったというだけの話である。

 もちろん、オーグ達がこんな危険な現場にティグを放り込んだ事などはない。ただ、オーグやエリシア、それとボルドに加えて、話に聞いただけの竜殺しの英雄の姿をこの場で思い描いた時に、彼らが保身や目先の利益を優先する所を想像できなかったのだ。

 エリシア等はそんな危険を冒すなと言うかもしれない。けれど、彼女がここに居合わせたとしたら、きっとティグと同じように動くだろう。

 オーグは笑って褒めてくれるだろうし、ボルドなら我が事の様に喜んでくれる筈だ。

 その予想の当否は置いても、ティグの中ではそれが正解であり、同時にそんな理由で他人を納得させられるとも思わないが故の言い訳であった。


 主が進もうとすれば、そこを斬り付ける事で自らの健在を知らしめる。

 壁や天井、周囲の魔獣や主の身体までをも足場にして、限られた通路の空間を縦横の区別もなく、文字通り所狭しと駆け巡っていた。

「野郎は馬車まで運んだ!もういいから、一旦下がれ!」

 スケイズの声は天佑だった。

 今のように全力で逃げ続けていては、あと二十分も持たなかっただろう。

 隙を見て主の脇を抜けたティグが、陣形を整えていた後衛の後ろに逃げ込んだ。

「ティグ、お前は後で説教だ!」

 すれ違いざまにスケイズが複雑な表情でそんな事を言う。

 ティグの孤軍奮闘は、傷ついた戦士を助けただけでなく、主の襲来で浮き足立っていた後衛の面々に、態勢を整える猶予も与えていた。

 この事態も想定した上での危険な殿役なのである。いかに凄腕とは言え若造一人がやってみせた事を、数人がかりでこなせないともなれば冒険者の名折れである。

 主の左右前方に戦士が二人ずつ、やや距離を置いた正面にスケイズと魔法使いがそれぞれ陣取っていた。

 主が進もうとすれば左右から揺さぶり、そのどちらかを集中して攻撃しようとすれば他方が注意を引く。魔法使いは魔力切れ直前まであらゆる援護を行い、スケイズがそれを護衛していた。

 荷馬車との距離を一定に保ちながら、これ以上の戦力を損なう事なく戦い続ける。

 前肢の分厚い皮を少しずつ削いでいき、やがて刃がその肉に達するようになる。今まで主が気に止めていなかった攻撃にも、徐々に反応を示すようになっていた。

「スケイズ、ごめん、ありがとう」

「休憩は終わりか、この悪ガキめ」

「おかげで十分休めたよ」

「ならいい、行くぞ俺は左でお前は右だ、戦ってる片方と交代するぞ」

 ティグは一つ頷いてから駆けて行き、右側で戦っている戦士達に合流した。

 消耗が激しい方の戦士と交代し、今度は魔法使いの護衛に付くように伝える。主の間近で立ち回るよりは、身体を休められるはずである。

 慣れてしまえば恐る事はない。狭い通路の中で主の脇を抜けて近づいてくる魔獣は、その巨体による無差別な押しつぶしを避けきれず潰されていく。主一匹に集中できると考えれば、そこまで負担が増えたとも言えない。気を抜いたら即死する、という点を除けばの話だが。

 命懸けというだけで否応なしにティグ達の集中力は増し、その分消耗も激しくなる。

 再び護衛と休憩の順番が巡ってきたティグが、交代で荷馬車の方向へ下がった。

 一息ついてみて感じた予想以上の疲労にティグは驚いた。体力にもひと方ならない自信を持つ自分でも、これだけ消耗しているとなれば、他の者達のそれはどれほどのものであろうか。

 このままでは遠からず犠牲者が出てしまう。

 それは、確信にも似た予感だった。

 もう一巡してしまえば、ティグ達の疲労は更に蓄積されている筈だ。

 何かを仕掛けるとしたら、この休憩の後が唯一の機会に思えた。

 狙うならば前肢だろう。幾度となく切りつけられ、突き刺されているその箇所に、決定的な損傷を与えられれば、この戦いの趨勢は大きくこちらへ傾くはずだ。そして、それを成せるのは、ティグと、その手にある刀を置いて他にはない。

 護衛している魔法使いにその考えを伝え援護を要請し、隣で護衛に付いているスケイズにも行動の概要を伝えた。

「また無茶な事言いやがる……が、何かしなけりゃジリ貧なのは目に見えてるからな。

 了解だ、こっちも出来る限り連携する、お前もきっちりやって見せろ!」

 スケイズがティグの肩を強く叩いた。

 配置の交代を終えてティグとスケイズが前線へ戻る。スケイズが向かった先の戦士に策を伝え、協力を取り付けた事を知らせる合図を送ってきた。

 ティグの方でも了承を得て、作戦が開始される。

 ティグ達は至近距離を保ちながらも、攻撃は控えて目立たないよう振舞う。逆にスケイズ達は前肢の届く範囲で、派手に動いて主を挑発した。

 しばらくすると主がスケイズ達に向けて、大きく前肢を振りあげて、その一帯をなぎ払った。その一撃を放つ為に地面に強く固定されてたもう一方の前肢が、ティグの眼前に据えられていた。

 ティグが万端の構えから、腰を据えての斬撃を放つ。前肢が纏う分厚い皮と肉を割いて、刀が一直線に通り抜けた。血が吹き出すよりも早く、返す刀でもう一太刀斬りつけると、大きなくし型に切り取られた肉片が、血に押されるようにしてこぼれ落ちた。

 控えていた戦士が手斧を振るい、大きく抉れた傷跡に突き立てると、ようやく主が苦悶の咆哮を吐き出した。

 スケイズ達に振るった片足で、その巨体を支えようと踏みしめた地面は、魔法使いによって脆弱な地盤に作り替えられていた。

 陥没する地面に前肢を取られて、主の巨体が傾いた。支えようにも、もう一方の前肢は深く傷つけられていた。それでも巨体を横転させて、深みから抜け出そうともがくのだが、冒険者達がその隙を見逃す筈も無かった。

 横転する為に寝そべった主の頭部は、地面に擦る程までに下がっていた。冒険者達にしてみれば、目の前に丁度良い狙い所が晒された訳である。

 頭骨を抉る程の攻撃は出来ないが、その両眼を潰してしまえば十分であった。多少の危険は顧みず、各々が武器を振るって攻撃を集中させる。

 止めは必要なかった。それで何が得られるでもないし、下手に手を出して事故が起こらないとも限らない。むしろ、のたうつ主の巨体が通路の一本を塞き止める事で、当面の間は魔獣の追撃が収まるので、ありがたいぐらいであった。

 余裕のある者は前衛に加わって、次の追撃があるまで進行を早める手伝いをする。

 分かれ道を過ぎれば、再び魔獣の追撃が始まるが、これ以降は物理的にも心理的にも十分な余裕を持って対応する事が可能だった。

 ここまで来れば、後は時間の問題といっても過言ではないだろう。

 冒険者達は皆一心に、出口を目指して進んでいった。


 宿営地に帰り着いたのは、日も落ちて辺りが暗くなってからだった。

 要した時間の正確な所は知りようもないが、全員が疲労の極みにある事だけは間違いようのない事だった。

 重傷者を一名出したものの、脱落者はおらず、荷馬車の被害も無い。

 その結果を見ただけでも、今回の作戦は成功の上に大が付くものであった。

 更に案内人が言うには、持ち帰った魔力鉱石は質量共に前回を上回るとの事である。

 その日は全員が満足して眠りについていた。

 翌日は、待ちに待った報酬の分配が話し合われる事となった。

 鉱石を積んだ荷馬車の数は五台で、参加パーティは四つである。単純に計算して、各パーティに荷馬車一台と活躍分を上乗せするのが妥当な分け前となるのだろう。

 一旦下ろされた積荷が、ずらりと地面に陳列されていた。

「それでは最初に、ティガウルド・ホグタスク、あんたからだ。

 好きなものを選んで、割り当てられた荷馬車に積み込みな。

 あんたが適当な量を積んだと判断した所で声をかけさせて貰う」

 案内人の男に指名されてティグが進み出る。

 目移りしそうな光景だが、最初に選ぶ物は決まっていた。全員が見守る中で、ティグが一際大きい魔力鉱石の塊を抱え上げて、荷馬車に乗せる。

 所々で声が聞こえてきた、やはりこの鉱石の価値は隠しようもないのだろう。

 後はどれだけ追加で手に入れる事が出来るかだ。

 ティグが更に二、三個の鉱石を選んだ所で案内人から声がかかる。

「なかなか良い目利きだが、そんなもんでいいんじゃないか?」

 ドキリとしたティグは手持ちの鉱石と、荷馬車にある一塊りに目をやった。

 量的には少ないが、あれの価値を考えれば妥当な所だろうか。

 案内人の目には鋭い光があった。男のやっている事を考えれば、相当な目利きであってもおかしくはない。

 もう少し要求してもいける様な気もするが、下手にいざこざを起こして禍根を残すのも得策とは思えない。

 ティグが黙って引き下がろうとした時だった。

「ずっとここで荷物番してたあんたじゃ分からんのも仕方ないだろうが、

 そいつがいなけりゃ荷馬車の一、二台は無くなってても不思議じゃなかったんだぜ」

 その声を上げたのは、特に親しくしていた覚えもない戦士だった。加担してくれるのは嬉しいが、何故わざわざ自分の取り分が減るような事を言うのだろう。そんな事を考えていると、男の周囲から次々と賛同の声が沸き起こった。

 案内人は面食らったようにそちらを見てから、ため息をつく。

「大した活躍だったみたいだな」

 そんな一言だけを言い残して、案内人はすごすごと引き下がっていった。

 後で分かった事だが、最初に声を上げてくれた戦士は、重傷を負った戦士のパーティだったらしい。情けは人の為ならずとはよく言ったものである。

 おかげでティグは、更に一抱えの鉱石を確保することが出来たのだった。

 苦労はしたが、手にした報酬は十二分なものである。これだけの魔力鉱石があれば、目標だった魔力触媒の購入にも目鼻がつくというものだ。

 ティグはそう思っていた。

 現実はそう簡単なものではない、そんな事をティグは思い知らされる事になる。


 一月以上かけて出発した町に帰還した一団が解散する前に、案内人から声が掛けられた。それぞれの取り分の鉱石を、この場で買い取ろうという申し出だった。

 町には案内人の協力者である商人が待機しており、この後は中央大陸に向かい、貴族相手に鉱石を売りさばく算段がついているのだという。

 なんとも周到な話であった。確かにこれだけの鉱石を個人で取引しようと思っても、それが可能なコネを持つ冒険者がどれだけいる事だろうか。

 その手間を秤にかければ、多少買い叩かれてでも、この場で現金を受け取る方が効率的というものなのだ。

 ここまでやって更なる利益を確保するのが、案内人の計画だったのだろう。

 試しにティグも取り分の鉱石をいくらで引き取って貰えるか訊ねてみたが、その価値を十分に理解している身からすれば、明らかに足下を見られた値段であった。

 そして、同時にそれは、ティグがそれらの鉱石を簡単に換金する事が叶わないという事も意味していた。

 この鉱石の価値を十分に理解できる者に、ティグが納得する値段で買い取って貰わねばならず。その値段はそう簡単に支払う事のできる金額ではないのだ。

 後に選んだ分はともかく、最初の一塊りに関しては、間違っても二束三文で売り飛ばせるような代物ではない。十分な値段で売る事が出来ないなら、いつか自分が加工してみたいという思いも手伝ってしまい、完全な自縄自縛に陥ってしまっていた。

 魔力触媒がなければそれを加工する事も出来ないのに、一番当てにしていた逸品は換金する事が困難というのが、ティグに突きつけられた現実である。

 結局ティグの鉱石は、安からぬ保証金を支払って、冒険者ギルドの貸し倉庫で塩漬けにされる事になってしまった。

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