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第3話 - 魔鉱採掘 -

 最寄りの町を出てから三週間、参加者全員が集合した町を出た日から数えれば、約5週間が経過していた。

 先導者があえて入れたであろう道中の無駄を改めれば、到着までの時間を一週間は短縮できた様に思うが、持てる情報の秘匿という観点から考えれば仕方ない事なのだろう。先導者が知るその情報だけでも、間違い無く千金の価値があるのだから。

 この日の移動は夕暮れ時が訪れる前に切り上げられた。予定より少しだけ早く目的地の近辺に到達したらしく、簡単な宿営地を築いて休息に入る。

 ここから望める山々の内一つに、冒険者達の一団が目指す大型魔獣の巣穴、魔力鉱石の採掘場所があるのだと言う。

 この宿営地を拠点として作戦が行われるという事で、ここで各員の役割分担が話し合われる次第となった。ここに至るまでに何度も行われた魔獣との遭遇戦で、各人のある程度の実力は周知されていた。その実力に応じて、与えられる役割の重要度と最終的な分け前の大小が決定される。

 ちなみに先導者は巣穴には入らず、この宿営地で荷物の番を受け持つ事になる。当然危険度に応じた報酬は最低額になるが、情報提供分の報酬を考えれば危険を犯さず十分な額を手に出来るという訳だ。他にも数人が荷物番を受け持つ訳だが、こちらはここまでの道中で、実力不足と判断された者が押し付けられる役であった。

 そんな中で最高の評価を受けたのがティグである。本人としても、最大限の取り分を確保するために、道中で張り切った甲斐があったというものだった。そうなると担う役割も選び放題な訳で、先行調査要員、進入時の先鋒役、撤退時の殿役という、危険度が最も高い三役の全てを請け負う事が出来た。これによってティグが受け取る報酬は、基本額の倍以上にも達する程だった。

「相変わらず生き急いでんな、頼むから張り切りすぎて息切れしないでくれよ」

 ティグの選択を聞いて苦笑いしながらそんな感想を述べたスケイズも、パーティの他の四人と共に高い評価を獲得しており、撤退時には全員がティグと並んで殿を務める事になっていた。


 翌日から、ティグも参加する作戦の第一手が開始された。

 事前に分かっている採掘場所が間違っていないか、そして、そこに巣食う魔獣がどんなものかを確認するための強行偵察任務である。最精鋭で編成された部隊が、ひたすら前進して現場を確認した後、そのまま帰って来るという形になる。

 事前の情報では主に大型の蜥蜴が生息しているという事であったが、それも一年以上前の情報である。最新の情報があるに越した事はないし、なによりも、採掘現場に目的の魔力鉱石があるかを確かめる必要があった。

 万が一、そこが何者かに掘り尽くされていたり、あるいは、巣穴の崩落などで内部構造が変わっていたりすれば、作戦を一から練り直さなくてはならない。

 ティグの他にこの任務を担当するのは、選りすぐりの前衛役戦士五名だ。後衛や魔法使いがいないのは、無事に生きて帰る事のできる体力が最優先された結果である。

 居残りの四人を宿営地に残して、一八名が山腹にある巣穴を目指して進んでいく。突入する六名以外はやや離れた位置で待機して、偵察完了の合図で突入班を出迎えるという手はずになっていた。

 予定の地点まで到達し、短い休憩を挟んでから、更に巣穴へと近づいていく。

 山肌へと続く林に入れば、そこはもう魔獣達の縄張りだった。

 突入班以外はこの地点を中心にして、少しでも魔獣達の注意を惹きつけるための陽動を仕掛ける。陽動班が魔獣達を十分に引き付けた所を見計らって、突入班が集団から飛び出していった。

 二列縦隊を組んで駆けていくティグ達の前に、大型魔獣が次々とその巨体で立ち塞がる。事前の情報通り、大蜥蜴が多くを占めているようだ。

 先陣を切って走るティグは、進行方向にいた大蜥蜴の足を狙って斬りつける。隣や後ろを行く戦士達も、魔獣の足元や目を狙って攻撃し、出来る限り後ろから追われる危険を減らす戦い方を心がけていた。

 足を止めず、傷を負わず、体力を温存しつつも速やかに。要求されるそれら全てをこなせなければ、生きて帰ることは難しい。

 魔獣達の僅かな隙間を切り開く様にして進んでいくと、やがて山の中腹にポッカリと口を開けている洞穴が見えてきた。目的の巣穴である。

 後続の二名がその場で足を止める。後を追ってきた魔獣を引きつけてから他所へと誘導するのが、彼らの役割だった。無数の魔獣に追われる危険な役目だが、巣穴に突入するよりはまだマシな仕事である。

 ティグを含む四名は、後ろを振り返る事もなく、そのまま巣穴へと侵入していった。


 暗い巣穴の中で、松明を持つ一人を中心として、その左右と後ろを固めて進む。

 ここで注意すべきは巣穴の主との遭遇である。巣穴の広さから見て、大討伐で戦った主ほどの大きさではないだろうが、今いる四人だけでどうにか出来る訳でもない。鉢合わせてしまえば撤退を余儀なくされてしまう。以前の仕事では主と遭遇はしなかったらしいが、今回もそうであるという保証はどこにもなかった。

 いくつにも枝分かれした通路を、教えられた通りに進んでいく。

 それほど広い訳でもない巣穴だが、魔獣達がひしめき合っているという程でもない。待ち構えているような魔獣達の合間を縫って、目的の場所までひた走る。

 巣穴の奥の壁面から仄かな光が見え始めた。松明とは明らかに異なる、魔力を帯びた鉱石の放つ薄明かりだ。

 そんな場合ではないと知りつつも、ティグの鼓動は高まっていく。他より強い光源がある空間が近づいてくると、刀を持つ手にも力がこもる。

 目的の場所に到達する寸前で立ち塞がった大蜥蜴を、勢い余ってその胴体の半ばまで両断してしまった。即座に絶命には至らなかったが、間違いなく致命傷だろう。不要な労力を費やしてしまったと反省しつつも、視線は魔獣の姿を通り越して壁面へと向かってしまう。

 壁のあちこちに、人の手によって削り出された形跡が見て取れた。間違い無くこの場所が魔力鉱石の採掘現場だろう。

 壁面から覗く鉱石が纏う、限りなく白に近い青色の光は、揺らぐ事も無く輝き続け、その内に秘めたる力を誇示していた。

 同行している戦士が、長居は無用とばかりに撤退の声を上げる。なんの間違いもない的確な判断なのだが、それがなんとも恨めしく名残惜しい。

 必ず戻ってくる、そんな当たり前の事を心に誓いながら、ティグは仲間達に続いてその場を後にするのだった。

 残す所は来た道を引き返すだけなのだが、ティグ達は道中の魔獣を引き連れるようにしてここに至った訳であり、帰り道に待ち受ける魔獣達は、来た時と比べて明らかにその密度を増していた。

「僕が道を切り開きます、後ろはお願いします」

 ティグが刀を握り直して前に出る。一刻も早くこの場所へと再来して、存分に鉱石を採掘する為に。

 道を塞ぐ魔獣をなぎ払い、襲い来る爪牙を叩き斬る。ティグの行く手を遮る魔獣は例外なく、手足や尻尾、目鼻や下顎といった何処かしらの部位を欠損する事になった。

 巣穴の出口にたどり着く頃には、流石のティグも疲労を隠しきれない様子ではあったが、陽動班や途中で分かれた二名の働きによって、巣穴の外で待ち受ける魔獣の姿は疎らなものになっていた。

 用意してきた枯れ木と燃料で狼煙を上げてから、陽動班との合流を目指してその場を離れる。しばらくすると進行方向のやや左手に立上る煙が見えた。ティグ達の狼煙に反応して、陽動班が狼煙を上げたのだ。

 ここまで来れば今日の仕事の九割方は終わったようなものである。

 この後は陽動班との合流を経て、速やかに宿営地へと帰還する。そこで現場の状況を伝えてから、再突入に向けた最終的な打ち合わせが行われるのだ。

 気を抜いて無駄な怪我を負わないよう心がけながら、ティグ達は狼煙に向かって真っ直ぐ駆けていくのだった。


 事前調査によってもたらされた情報で、今後の作戦に大幅な変更は必要ない事が確認された。

 5台の荷馬車に四日分の食料を分乗して採掘現場まで侵入する。採掘自体は一日で終了できる予定なので、余った食料を放棄し、換わりに魔力鉱石を積めるだけ積んで帰還する。

 今回の戦闘では魔法使いからの援護が期待できない。荷馬車の通り道を魔法によって整備しなければならない上に、鉱石の採掘に関しても、魔法使い達に依る所が大きい為、戦闘での消耗はどうあっても避けなければならないのだ。

 先鋒による魔獣の駆逐と進路の確保、中衛に当たる魔法使いが荷馬車用の道を整備し、後衛は荷馬車の護衛と追撃の排除を受け持つ。

 当然ながら進行速度は遅くなり、対応しなければならない魔獣の数は多くなってしまう。さらに、偵察の時の様に脇を抜けて進むという事もできない以上、進路上で散らす事ができない魔獣は全て倒して行く事になる。

 如何に手練を集めた集団であろうと、苦戦は免れない作戦であった。

 偵察の報告と最終的な打ち合わせを終えて一日、そこからもう一日の休息をはさんでから、作戦は決行された。

 林の入り口から巣穴へと続く一本道は、林道というより獣道に近いものだったが、それでも荷馬車を一台通す事ができる程度の幅は確保できている。とはいえ、さすがに荷馬車を並べて進ませる事は出来ず、5台の荷馬車を縦一列に並べる細長い隊列を組んで進んでいった。これならば側面からの襲撃に気をつけなければいけないが、それなりの進行速度は維持できる。

 巣穴に入る前ならば、ある程度の魔獣を道の脇に誘導してから倒す事が出来る分だけ、不要な手間を省くことが出来た。それでも、やむを得ず荷馬車の進行を妨げる形で魔獣が倒れてしまうと、魔法使いの出番がやってくる。

 複数人の魔法使いが協力して、横たわる死体の下に穴を作り出し、そこに手早く死体を埋める事で荷馬車が通れる平坦な道に整地し直していくのだ。地味な作業ではあるが、細い林道に大型魔獣の死体が横たわってしまえば、荷馬車はすぐに立ち往生してしまう。荷馬車を率いていく以上、それは欠かすことの出来ない重要な役割だった。

 半日かけて林を進み、ようやく巣穴の入り口が見えてきた。ここまで来てやっと往路の半分といった所である。

 採掘現場までの距離だけを見れば、ここまでの道のりの半分にも満たないものなのだが、ここから先は出会う魔獣を全て打ち倒し、それらの死体を埋めながら進んで行かなければならないのだ。今まで以上に進行は遅れ、それに伴って追撃の圧力も増していく。

 唯一、側面からの襲撃が無くなることだけが救いではあるが、総合的に見れば全員の負担が増加するのはやむを得ない事だろう。

 とはいえ、ティグのやる事が変わる訳でもない。先陣を切って魔獣に突っ込み、手当たり次第に刀を振るう。むしろ、左右に散らす手間が無くなっただけ、やり易くなった位であった。

 誰よりも魔獣を斬り倒すティグの刀は、ともすればすぐに傷んで使い物にならなくなりそうなものである。しかし、元々の丈夫な構造の上に、彼の刀工が生涯を掛けて築き上げた、神業ともいえる技術の粋を尽くして造りあげられたこの刀である。並みの武器とは比較にならない耐久力を持っていた。その上で、その切れ味を鈍らせる刀身の汚れを逐一魔法の炎で焼き払うといった処置が、刀自身への損傷そのものを減じさせる効果を伴っていた。

 通常の場合、刀の切れ味が鈍れば、本来の撫で斬るといった用法ではなく、力任せに叩き斬るという形に近くなり、その分だけ刀身が被る衝撃も大きくなっていくものなのだ。つまり、その切れ味が鈍らない限りは、蓄積される傷みは並みの武器より遥かに少ないものとなる。

 そこにティグの業前が加わって、無尽とも見える程の強靭さが発揮されるのである。

 先陣に立つティグの群を抜いた猛勇は、否が応にも後続の者達の士気を奮い立たせた。無人の野を行く、とまではいかないが、それでも想定されていたより遥かに早く、巣穴の奥へと進む事ができたのである。

 ティグ達先陣が魔力鉱石の薄明かりに照らされた採掘現場に到達すると、後衛全員が足を止めて通路で魔獣達を塞き止めた。

 荷馬車が採掘現場の空間に入りきるのを待って、今度は魔法使い達が今しがた入ってきた道を周囲の土を使って塞ぎ始める。見る間に築かれていく分厚い土壁の両脇には、人が通れるだけの通路が確保されており、壁の完成を知らされた後衛達がその通路を通って、封鎖された採掘現場に逃げ込んできた。

 大型魔獣は小さな通路を通ることが出来ず、採掘現場にまで追って来られない。

 全員の無事を確認が終わると、空けられていた通路も埋めていく。音や匂いも遮断して、ここまで引っ張ってきてしまった魔獣を少しでも散らすための措置だった。それでも通気用に最低限の小穴が確保されている以上、帰り道で待ち受ける魔獣の数は相当なものになるだろう。

 何はともあれ、朝から晩に至るまでを費やしての行軍は、彼らの気力と体力を削りきるのに十分なものだった。一人の脱落者も出なかった事を喜びながら、全員がこの日の疲れを癒していた。

 そんな中でティグは、むき出しになった魔力鉱石の前にいち早く陣取り、そこにもたれ掛かりながら目を閉じる。数年前のちょっとした懸想が叶い、ご満悦の様子であった。


 翌日は鉱石の採掘が行われた。

 魔法使いが鉱石の周囲の土を取り除いて露出させ、戦士達が取り除いた土を邪魔にならない場所に運び出す。露出した鉱石は、戦士達が振るう金槌やつるはしで砕かれて、質の良いものから順に荷馬車へと乗せられていった。

 通常の採掘とは違い、持ち出せる量に限りがある以上、質の良し悪しが直接彼らの報酬に関わってくるのだ。

 そしてティグはその選別作業に携わっていた。砕かれた鉱石から手早く、確実に良質なものを選び出して、より分けていき、時には手ずから低質な部分を削ぎ砕いたりもする。

 スケイズがその様子を見てを茶化してやろうと近寄るが、鬼気迫ったティグの作業姿勢に気圧されて、そのまま踵を返してしまうほどだった。

 そんなティグのすぐ目の前で、大きな鉱石の先端が姿を現した。魔法使いの手によって鉱石周辺の土が取り除かれ、ぼんやりとしながらも力強い光を帯びたその全容が晒されていく。

 一目見ただけで直感する。間違いなく最上級の質を備えた塊だった。

 それに触れてみると、その直感がたちどころに確信へと変わる。内包する魔力が他のものとは明らかに違っていた。市場にこれが流れれば、いったいどれだけの値が付くのか見当も付かない逸品だ。

 戦士がそれを細かく砕こうとするのを慌てて推し止める。そんな事をして、ひと欠片でも見失ってしまう訳にはいかなかった。人の胴体程ある鉱石の塊を抱えて荷馬車へと運ぶ。相当な重量ではあったが、鍛え上げた肉体がここぞとばかりに応えてくれた。

 ティグの活躍を考えれば、一番最初に報酬を選ぶ事が出来るはずである。この塊を丸ごと手に入れられるなら、この仕事はそれだけで大成功と言えるだろう。

 ニヤ付きながら大きな鉱石を運ぶティグを、周囲の者が変な目で見てくるが、そんな事は気にしない。むしろ、これの価値に気付かれていないのなら僥倖と言える位のものであった。

 荷馬車に塊を下ろしても、ティグはそのまま鉱石にしがみついたままである。今夜の寝床はこの上にしようと心に誓う。

「おいおい、そんなでかいもん運んで腰でも痛めたんじゃないだろうな」

「ややややや、やあ、ス、スケイズじゃないか!どうしたんだい!?」

「いや、お前がどうしたんだよ、大丈夫か?」

「もちろん平気さ!うん、平気!すごい平気!」

「ならいいんだが、明日もあるんだから根詰め過ぎるなよ」

「うん!そうだね!その通りだ!だから、ちょっとここで休んでるね!」

 どうやらこの鉱石の価値に気付いている者はいないようである。これなら、丸ごとティグの取り分にする事も不可能ではないかもしれない。

 期待に胸が膨らんでいく。取らぬ狸のなんとやら、そんな言葉も浮かんだが、妄想する位は良いだろう。

 荷馬車に乗せられた鉱石に腰掛けて、ティグは一時の安らぎにその身を任せるのであった。

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