第2話 - 儲け話 -
「魔力触媒ってお前、あんなたっかいもん買おうってのか!?
そりゃ、そんなもんがありゃ、実戦で魔法はガンガン使えるだろうけどよ、
そんな使い方してりゃ、その内壊れちまうって話だぞ?
止めとけ止めとけ、消耗品に金をかけるにしたって、武器とか買うならまだ長持ちするし、その方がよっぽど実用的ってもんだ。
ああん?魔工の道具として使う?お前、冒険者としてそんだけの腕があんのに、いまさらどっかの魔工に弟子入りするってのかよ、もの好きだなぁ。
え?もう弟子入りは済ませた?マジでか!?どんな経歴だよ!
ああ、でもまあ、金がいるってんなら話は早いさ、俺も金は嫌いじゃない。
それより欲しいのが、冒険者としての名声ってやつだけどな。
そのうち詩人の詩にでも名前が出てくる様な業績でも残したいと思ってんだ。
なに、それもやった?オルベアの大討伐?あーどっかで聞いた事あるかも。
っていうか、生き急いでんだなー、いやいや、正直驚いたとしか言えんねまったく」
スケイズ・ベルクードはよく喋る男である。新しい仲間との親交を深める為という理由を差し引いても、人並み以上に物を言う質なのだろう。
そして、次に目を引くのがその向上心の強さだった。スケイズはティグの父親であるオーグと同じ程度の年齢だが、比べてみると野心的とも言える気質が際立っていた。
聞けば、あちこちから腕の立つ冒険者をパーティに引き入れているのだという。
「それで毎回あんな風にお金を渡しているんですか?」
「なんだ、知ってたのか、まあ割とよくやってるな。
どこのパーティだって、優秀な奴を無断で引っ張っていかれちゃ面白くないだろ?
実際それでひと悶着起こした事があってな、まあ予防線みたいなもんだよ。
それで悪い気分にさせちまったってんなら謝るよ、悪かったな」
チラリと移籍金の件に触れてみると、悪びれる事も無くそんな答えを返してくる。
スケイズにとってそれは、自分の目標に向かう道なのだろう。偶然の出会いを求めるのではなく、自分から進んで人材を獲得していく姿勢は、違った意味で仲間を求めているティグにとっても見習うべき点があるように思えた。
「まあティグよ、お前さんがでかい稼ぎを必要としてるってのはよく分かった。
それなりの実力を見せてくれれば、そういう話にも心当たりはある。
パーティの中にも、もっと稼ぎを上げたいって奴が他にもいるしな」
出会ったばかりで詳しい人となりは分からないし、気が合うかどうかも分からないけれど、先輩冒険者としては中々頼りになりそうな人物だった。
ティグがこのパーティに参加して最初に受けた依頼は、内陸の町に続く街道近くで確認された、大型魔獣の討伐だった。
対象は結構な規模の群れであるらしく、話を聞く限り以前のパーティでは達成は困難な依頼だろう。
スケイズ達パーティの人数はティグを含めて六人、前衛が三人、後衛付きの遊撃役が二人、後衛の魔法使いが一人といった編成であり、ティグはその前衛を務める。
冒険者の組むパーティは、多くても10人を超えるような事はない。巣穴の掃討の様な多額の報酬が得られる依頼がままあるわけでもなく、あまり多すぎる人数で並の依頼報酬を分けていては、満足な分け前が得られないからだ。
今回の依頼は、巣穴の掃討より危険度は高く、得られる報酬が少なくはなるのだが、町から現場への距離を考えれば、実力のあるパーティならば割に合うといった内容のものであった。
そんな現場に初めて行動を共にするティグを連れてくる辺り、たとえティグが戦力にならなくても十分に依頼をこなせる自信があるという事なのだろう。
腕が鳴るというものだ。これが手始めと言うのなら、その先にはもっと大きな仕事を見据えているという事になる。スケイズがティグの加入で戦力の増強を果たしたと確信出来たなら、危険ではあるが更に身入りの良い仕事を受ける事になるのだろう。
ティグは逸る心を抑えながら、仲間達と共に現場へと至る街道を進んでいった。
噂は聞いていた。凄腕で魔法も扱える若い戦士がいるという噂だ。
火のないところに煙はたたず、実力もないのにそんな噂だけが一人歩きするなどという事もそうそうある訳では無い。
スケイズには大きな目標があった。それはティグに語ったように、いつか英雄と呼ばれるような偉大な業績を上げる事である。
自分の力が及ばないとは思っていない。いくつもの死線を越えて、同年代の中なら誰にも負けないと思える程の場数を踏んできた。
あと自分に必要なものは、目標に相応しい仲間だと感じていた。だからここ数年は多少強引にでも、力のある冒険者を探しては、自分のパーティに引き入れてきた。
そして今日スケイズは、新たに加わったティグの力を目の当たりにして、そこに確かな光を見出していた。
自作したという剣、「刀」を振るい、単身で大型魔獣を相手取り、苦戦するどころか、そのままあっさりと斬り倒してしまったのだ。
スケイズだって一人で大型魔獣を倒す事が出来ない訳ではない。しかし、それは1対1で時間をかけてなら、という話である。
更にもう一匹、ティグは大人五人分はありそうな六本足の大山猫と対峙して、繰り出された爪撃を事も無げに受け流し、刀を二度振るっただけで片側の足三本を切り落とす。倒れてなお暴れ回る大山猫の背を斬り裂き、そこに腕をねじ込むと、体内からの魔法の爆炎を発現させて止めをさした。
その刀が短い間だけ炎を纏うのが見えた。その炎で付着していた血や脂が瞬時に黒く炭化する。ティグがその刀を強くひと振りすると、それらが剥がれ落ちて、綺麗な刀身が姿を現した。
見せてもらった限りでは、確かに普通の金属で造られていたはずの刀だが、その威力たるや魔力を帯びた武器に劣らないようにすら思われた。
拾い物、いや、運命か、仲間と連携して大型魔獣を倒しながら、スケイズはそんな事を考えていた。
スケイズの集めた仲間達は、全員が一流を名乗っても恥ずかしくない冒険者である。
そこに今、これまで見た事もないような力を持った戦士が一人が加わった。
スケイズは鼓動の高まりを感じる。自分の夢が手の届く所まで来ているのだ。
ティグが深手を負わせた魔獣の頭にスケイズが剣を突き立てる。他の仲間達も、ティグの実力を確認すると、その場で戦術を変更して戦いの中心を移行させていった。
状況に合わせてそれぞれが最善の戦い方を選ぶことが出来るのも、このパーティがそれだけの力を有しているという証明である。
魔獣の群れは見る間にその数を減らしていく。
この日の依頼は、当初の想定よりかなりの時間を短縮して達成されたのだった。
「話ほどじゃないって事はよくあるけどよ、実物の方が断然凄いってのは初めてだ」
戦いを終えたティグに掛けられた、最初の言葉がそれだった。
そちらの方を振り向くと、上機嫌に笑うスケイズがいた。どうやらティグの働きは、彼の眼鏡に適ったらしい。
その内に集まってきたほかの仲間達からも上々の評価を受けられた。
ティグとしてもこのパーティの面々が、この一年間で出会ってきた冒険者達と比べて、その実力が頭一つは抜けているであろう事を実感できていた。
こうなると、スケイズに心当たりがあるという、稼ぎのいい仕事とやらにも俄然興味が湧いてくる。
成長した我が身で、打ち上げた刀と磨き上げた技を存分に振るう事が出来る、そんな場所をティグは期待していた。
スケイズがその話を持ち出してきたのは、その後パーティで簡単な依頼を二つやり終えた時の事であった。
「皆いるな、待たせちまったが、ようやく話がついたぜ」
招集を受けて酒場に集まったパーティを見回して、スケイズはややもったいぶった様子で仕事の内容について説明をはじめる。
「今回は今までにない大仕事になるし、当然それだけ危険は大きくなる。
お前らの事は信用してるが、ヤバイと思ったら降りてくれても構わない、
でかい稼ぎにはなるだろうが、命懸けの仕事になるからな」
ティグはさりげなく仲間達の顔を見回すが、誰ひとりとして降りると言い出しそうな者はいなかった。望む所だといった彼らの表情に、ティグも共感を覚える。
「やるのは魔力鉱石の採集だ、他のパーティと組んで大型魔獣の巣穴に潜入する。
目的の巣穴は辺境奥地の未開の土地にある、殆ど手つかずの場所だ。
行き帰りと現地での作業を含め、かるく三ヶ月はかかるだろうが、
上手く行けば、この町で一年仕事するよりでかい稼ぎになるのは間違いない」
魔力鉱石と大型魔獣の巣穴、それを聞いたティグはかつての大討伐を思い出す。ああいう場所に潜入し、魔獣を退けながら鉱石を採掘するというのだ。確かに上手く行けば、並みの依頼で稼ぐのとは比較にならない儲けになるだろう。そして、それに伴う危険も、命懸けと言うに相応しいものの筈だった。
全員がそれを理解しているのだろう、余裕の表情を保っている者は一人もいない。
だからと言って、不参加を言い出す者もまたいなかった。
「降りるって奴は……いなさそうだな、だと思ったよ。
命懸けとは言ったが、俺達が揃ってりゃ、この程度の仕事をしくじる事なんて、
万に一つだってあるわきゃねえんだ。
ちょいとハードだが、割に合った儲け話さ、そうだろ?」
そう問われて、あえてそれを否定する者はいなかった。代わりに賛同の声が上がる。乗せられているとは思いつつも、ティグもその声に同調した。
相応の自信はあったし、虎穴というなら、この仕事こそがそれである。
全員の意思を確認したスケイズは、細かな作戦内容の説明に移った。
この仕事はどこかからの依頼ではなく、有志を募った共同作戦になるらしく、基本的な報酬は現地で採掘した魔力鉱石を参加人数で等分するのだという。ただし、担う役割の危険度に応じて、受け取る事になる取り分は増減するらしい。
参加人数は4パーティで22名、いずれも腕は確かだということだ。実際、力量不足の者が参加しても、生命を落とすだけの事だろう。
空の荷馬車を何台か率いて巣穴に潜り、鉱石の採掘出来る場所まで侵入する。採掘中は魔法で通路を塞ぎ魔獣を塞き止めて、その間に出来る限りの鉱石を荷馬車に積み込み帰って来る。それが作戦の概要だった。
説明を終えたスケイズが、改めてそれぞれの意思を確かめるが、やはり参加を取りやめるという者はいなかった。
最後になにか質問はと聞かれて、ティグがちょっとした疑問を口にした。
「大型魔獣の巣穴なんて、どうやって見つけたんですか?」
そんな物があれば、土地の領主が放っておかないだろう。
「この話の首謀者が、以前に自分達で探索して見つけ出したんだってよ。
それ専門の冒険者なんだろうな、よくやると思うよほんとに。
当然そいつは、情報提供者って事で多めの取り分を持って行く事になってる。
詳しい場所を特定できれば、今度は俺達で主導する事も出来るだろうけど、
そいつだって、そんな間抜けな事はさせないだろうな。
前にそこで仕事をした時は、19人参加して3人死んだそうだ」
実際に犠牲者が出ている事を聞いて、ティグが少し身を固くした。
「さっきも言っただろ、俺達なら問題ないってな。
お前の力は結構あてにしてんだから、そんなビビらないでくれよ」
「別にそんなんじゃないですよ、ちょっと気を引き締めただけです」
心外だという気持ちが顔に出てしまうティグを見て、そいつは悪かったとスケイズが笑った。面白くは無かったが、彼なりの気の使い方なのだろう。
ティグは自分の言った通り、改めて気を引き締める。
死ぬつもりなど毛頭ないが、間違っても簡単な仕事ではないのだ。
強い覚悟と、大きな期待を胸に、ティグは宿へと戻っていくのだった。




