接続話 - 過去と未来 -
ティグに新しい家族が増えたのは、魔工の修行を終えてから間もなくの事である。
エリシアの出産は、二人目ながら夕暮れ前から深夜にまで及ぶ、なかなかの難産になった。産気づいたエリシアに気づいたクリスが、大声で家中に触れ回ったのがその始まりだった。
エリシアの出産が近いという事で雇われていた、産婆の経験がある手伝いの女性がすぐに部屋まで飛んで行く。ティグとクリスは手分けをして、他の産婆への連絡や諸々の手伝いに駆け回った。
残業を放り出して駆けつけたオーグが、出来る限り邪魔にならないようにしながら出産の場に立ち会うと、エリシアは苦しい中でも気丈に笑みを見せていた。
家の中で一番落ち着きを見せていたのがボルドである。自分が焦ってもどうにもならない、そんな事を十分に理解して実践できるのが、この老人であった。興奮気味の子供達を宥めすかして、食事を共にし、しっかりと寝かしつけられたのは、ボルドの平静さに安心感を与えられたからだろう。
翌朝、寝ていたティグを起こしたのは、太陽の光ではなく赤子の泣き声だった。
部屋を飛び出しエリシアの所へ向かう途中でクリスと鉢合わせると、お互いに笑顔を向け合って意思疎通を完了し、一目散に同じ方へと駆け出した。
部屋に入ると、疲労の色を残しながらも、優しげな表情で赤子をあやすエリシアと、それを支えるように寄り添うオーグの姿があった。産婆達は夜の内に帰っていったらしく、部屋には他に誰もいない。
「おはよう、ティグ、クリス、さあ顔を見せてあげて」
入ってきた二人に微笑みかけたエリシアからは、普段にも増した優しさと力強さが感じられた。
招かれるままに二人は寝台の脇に立つ。
エリシアに抱かれた小さな生命は、未だこの世界に馴染みきれていない事を伺わせるような、たどたどしく小さな動きを繰り返していた。
「ミレイヌだ、お前の、お前達の妹だぞ」
「ミレイヌ、ミリィじゃな!私はクリス、ミリィのお姉さんじゃ、よろしくのぅ!」
クリスが元気よく挨拶しミリィの手を取るが、挨拶された方は何が起きているのかも分かっていないだろう。
「僕はティグ、君の兄さんだよ、よろしくね」
クリスが離した手に、今度はティグがおずおずといった感じで手を伸ばした。その手が小さな手に触れようとした瞬間に、ミリィが大泣きを始める。
驚いて手を引っ込めた後、ティグは自分が何かしたのかとオロオロしてしまう。
「赤ん坊はの、何もなくても泣くもんじゃて、そんなに慌てんでもよいぞ」
ティグの頭に手を置いて笑ったのは、遅れて現れたボルドだった。
「元気な子じゃのぅ、どれ、抱かせて貰ってもええかの?」
「ええ、お願いします」
大泣きする赤ん坊を気にする事もなく、ボルドがゆっくりとその身体を受け取った。渾身の力を泣くことだけに向けているようなミリィを、それでも嬉しそうに抱きかかえるボルドを見て、ティグがその裾を引っ張った。
「僕にも、抱かせて」
ボルドは大きく頷いて、その場にしゃがんでティグの行動を待つ。
首をしっかり固定する様にという助言に従って、今度はしっかりと両手を伸ばし、ティグがミリィの身体を抱え込んだ。耳が痛いくらいの泣き声に負けず、腕の中にある生命を確かめるように持ち上げた。
そこに感じる重さと温もりこそが、小さな生命の一端なのだと実感できた。
私も、とクリスが近づいて来て、ミリィを挟んでくっつくように抱きかかえる。
止む事のない泣き声と、絶える事のない笑顔がその空間を満たしていた。
そんな妹ミリィの誕生から二週間後、ティグはジルムベイグ領主のお膝元であるアクニアの町にいた。領主から直々の招待によるものである。
この地から輩出された将来有望な魔工に一目あっておきたい、と言うのが招待の理由であり、それがエオイーヴの紹介であるとも知らされていた。
あの師がわざわざティグを紹介するなどとは、一体どんな理由があってのことか。修行中に辛く当たった罪滅ぼし、などという事は絶対にないだろう。ティグに良き後ろ盾を用意して、その成長を促すため、という事も有り得ない。おそらく、さっさと名を上げて自分の売名に貢献しろと、尻を叩いているのだろう。
ティグとしても、それはそれで構わないのだが、問題は領主の方にあった。
ジルムベイグに初めて訪れた時に、ボルドから聞かされた領主の印象が、どうしてもティグの念頭に置かれてしまうのだ。
支援はしてもらったし、何かをされた訳ではないが、全幅の信頼を置けるかと聞かれれば、ティグとしては首を捻らざるを得なかった。
魔工として支援を受けるという事は、詰まる所その相手の紐付きになるという事だ。
オルベアの町を中心にして、より一層豊かになっていくであろうこの地の領主が後ろ盾になってくれるなら、最初に用意しなければならない魔力触媒や素材などにかかる莫大な費用の心配は必要なくなるだろう。しかし、その分だけ領主からの要求を無視できなくなるのも当然の話なのである。
その簡単には頭が上がらなくなるであろう相手が、今ひとつ信頼できないと言う事になれば、それは大きな不安材料になってくるのだ。
それらの利害を天秤に掛けても、明確な答えが出てこないのが、ティグの悩ましい現状なのである。
結局、領主に会ってから判断するしかない、そう考えてティグは領主の館へと赴いたのだった。
「お初にお目にかかります、魔工エオイーヴ・ボーティラスが弟子、ティガウルド・ホグタスクです、どうか以後お見知りおきを」
「招きに応じて貰い嬉しく思う、私がジルムベイグ領主スコース・ギドラッドだ。
君の話はエオイーヴ殿から聞かせて貰っている、素晴らしい才能をお持ちだとか」
「師からの過分な評価には恐れ入りますが、僕は未だこの道に踏み込んだばかりの未熟者でしかありません、買いかぶりなさらぬようご留意ください」
「若い、というより幼いと言っていい歳頃だろうに、中々に上等な事を言う。
それだけでも十分に、その才の一端が垣間見えると言うものだろう、気に入ったよ」
「恐れ入ります」
無難に挨拶を交わして見たものの、ティグにコウトのような人を見抜く目がある訳でもなく、判断材料に出来るような物は得られない。
「まあ、未熟という話も君の歳を考えれば言葉通りなのだろうね。
しかし、それならば尚の事、私は君の成長に少しでも携わりたいと思っている。
魔工と言うのは何かと入り用な物が多いはずだ。
私ならそう言った物を十分に用立ててあげる事が出来る。
私に君が魔工として活動する、その一助をさせてもらえないだろうか?」
領主の口から出たのは、早速の援助の申し出であった。
余りに直接的な話の運びなのは、ティグが子供と見て侮っているからだろうか。まあ、下手に交渉術を駆使されて、言質を抑えられたりするよりは有難い話だった。
だからと言って、二つ返事でお願いしますと言える訳でも無かったし、断らなければいけない程の不信感を持った訳でもなかった。
何か判断材料になるものが欲しかった。この話の後押しにでも、否定材料になるものでも、なんでもいいのだ。心中の天秤をどちらかに傾ける何かが。
そこで思いついた事があった。ボルドの話である。この土地の前領主であり、竜殺しの英雄だという、ボルドの古い仲間の存在。
ボルドの来訪を知り援助をしてはくれたが、決して顔を合わせようとはしていない人物である。
ティグの抱く不信の根も、元を辿ればその人物に行き着くのだ。
良い考えに思えた。上手く事が運べば、ボルドの心のつかえも解消する事が出来るかもしれない。
少し考えを纏めてから、ティグは領主の申し出に答えた。
「有難い申し出を頂き、感謝の言葉もありません。
しかし、ご存知かもしれませんが、僕は冒険者としても活動しているんです。
魔工の道を捨てようなどとは思っていませんが、もう一方で、冒険者としての生き方にも大きな夢を抱いています」
「ふむ、確かに先の大討伐にも君の名があった事は聞いている。
その活躍を聞けば、冒険者としても十分に有望な未来があるのだろうね」
「ありがとうございます。
それで、その、以前より冒険者として、一度でいいから竜殺しの英雄と名高い、前領主様にお話を聞いてみたいと思っていたのです」
「……私の父に会って話が聞きたい、と?」
領主の表情が変わり、探るような目でティグを見る。その視線に対してティグは、出来る限り物語の英雄に憧れる少年という風を装っていた。
それが成功したかは分からないが、領主が口を開く。
「魔工エオイーヴから聞いた話でね、もし君が自身の名を名乗る前に、師の名を上げるようであれば、口約束といえど疎かにはしない者だと判断して良いとの事だった。
もちろん、君達が口裏を合わせた上での演出かもしれないがね」
領主が何を言いたいのか分からず、ティグは黙って言葉の続きを待った。
「ティガウルド・ホグタスクよ、もし君が私の父に会ったとして、そこで聞いた話を、
一切他言しない事を約束できるか?」
厳しい口調と表情が、そこに何かがある事を語っていた。
約束をしたならば、ボルドには事の真相を伝える事は出来ない。一度交わした約束を、軽々に破るような事はしたくなかった。
しかし、この機会を逃しては、もうそれが叶う事はないだろう。
「それが条件であるなら、間違い無く約束をさせて頂きます」
その答えを聞いた領主は、深く息をついて、ティグを見つめた。
「……分かった、父に話をしてみよう。
恐らく、君の様な者になら、父も会う気になると思う」
「そうですか、ありがとうございます!」
「まあ、それはそれとして、援助の話の答えを貰っていないのだけどね」
「それは、前領主様に話を聞いてから、ではダメでしょうか」
領主が少し目を細めてから、表情を消した。
「ふむ、もしかしたら、君の耳にも良からぬ噂が届いているのかもしれないな」
「いえ、そういう訳では……」
「いや、いいんだ、君にも何かしら思う所があるのだろう。
だが、一つ覚えておいて欲しい、父は、決して悪い人間ではない」
「はい、よく覚えておきます、すみません」
「父の了解が得られたらその旨を伝えよう。
それまでここに滞在して貰ってもいいが、どうするかな?」
「一度、家に戻ろうと思います」
「そうだな、しっかりして見えるがまだ子供だった、
来た時と同じように護衛に送らせよう、連絡もそちらに届けさせる」
「ありがとうございます」
こうして、領主との会談を終えたティグは、オルベアへと戻っていった。
それからしばらくして、領主からの使者が前領主への紹介状を携えて、ティグの元を訪れたのだった。
その日、ティグはボルドと共に、前領主エドバーズ・ギドラッドの暮らす小さな町を訪れていた。
ティグが前領主との面会の約束を取り付け、その場に保護者としてボルドを同行させようと思っている、その考えを聞いた時、ボルドは驚きを隠そうとはしなかった。
ジルムベイグに来てから三年以上が経ち、半ば旧友との再会を諦めていたボルドにとっては、寝耳に水の出来事だったのだ。
その時の心中は計り知れないが、ボルドは戸惑いも迷いも見せる事はせず、その提案を受け入れる。
「ティグ、ありがとうよ」
ただそれだけを言葉にして、ティグの頭に手を置いたのだった。
昼を過ぎた頃に訪れたエドバーズの屋敷は、竜殺しの英雄といった名声とは無縁の、質素で小ぢんまりとしたものだった。その門を守るのは、古くから仕えている事を感じさせる老兵だ。
ティグが紹介状を手渡すと、黙って頷き、自ら先導して二人を屋敷へと招き入れた。
「旦那様、客人がお見えです」
その呼び掛けは居間で待たされている二人にも聞こえていた。やはり見た目通り、奥行がある訳でもない小さな屋敷らしい。
ややあってから、老兵が居間に戻って来て、それに続いて一人の老人が姿を現した。
白髪の混じる金髪は、老人の纏うどこか疲れきった様な雰囲気を強調させているようにも感じさせた。実戦を離れて久しいのであろうその身体は、伸びた背筋にかつての戦士の面影を残す程度のものだった。
「私がエドバーズ・ギドラッドだ、面会の約束は一人のはずだが?」
「……わしはただの保護者ですじゃて、どうぞこの子に話を聞かせてやって頂きたい」
長い時を経ての再会は、ただそれだけの会話があっただけで、終わりを迎えた。
背を押されたティグの方が、動揺を覚えるくらいに、それは淡々としていて、そこにはなんの情動も見られはしなかった。
ボルドを居間に残して、ティグは奥の書斎へと招き入れられた。
「君の話は聞いている、私に話が聞きたいそうだね」
「……はい、是非とも」
内心の動揺は収まりつつあるものの、釈然としない思いは残り続ける。
「聞きたいのはかつての竜殺しの戦いについて、でよいのかな?」
「はい」
「分かった、私も君のような未来ある者にこそ、この話を覚えておいて貰いたい。
英雄エドバーズ・ギドラッドとその仲間達が成し遂げた、竜殺しの物語を」
そう前置いて、老人は語り始めた、数十年その胸に秘め続けられた物語を。
そのパーティの名「勇壮な戦馬」は、それを率いる戦士エドバーズ・ギドラッドが守り続けた、強い思い入れのあるものであった。数え切れない出会いと別れを繰り返す中でも、その名だけは変わる事なく守られてきたのだ。
竜殺しに挑んだ仲間は八人。エドバーズを筆頭に、その全員が英雄と呼ばれるに相応しい力を持ち、互いを信頼し尊敬し生命を預けられる存在だ。
それは、十分な勝算を持って挑んだ筈の戦いであった。
しかし、竜の猛威を前にして、その見通しがなおも甘かった事を知らされる。
戦いの中で次々と倒れていく仲間達の姿に、エドバーズは嘆きながらも、最後まで剣槍を振るって戦い続けた。
仲間達は誰一人として犬死する事はなく、その身命と引き換えにして確実に竜の力を削り取っていた。
エドバーズの槍が竜の喉を貫いた時、生き残っていたのはエドバーズともう一人の傷ついた戦士だけだった。
残された二人は悲嘆に暮れながらも、勝利を手にしたと確信した。
翼を削がれ、四肢は満足に動かず、全身を切り裂かれ貫かれながら、それでも竜は死んでいなかったのだ。竜の最後の一撃は傷ついた戦士の生命を奪うはずだった。それで全てが終わるはずだったのだ。
エドバーズは迷うこと無く、傷ついた戦士を庇い、致命的な傷を負いながらも竜と刺し違える。
後に残ったのは、力無きまま生かされただけの男だった。
戦いを終えた男は、自分の名だけが残って行くことに耐えられず、自分の身代わりとなって死んでいった英雄の名こそを残そうと決める。
そんな事を死んでいったエドバーズが望む筈もないと知りながら。
「これが、英雄エドバーズ・ギドラッドの物語だ」
静かに語られた知られざる英雄譚は、それが老人にとってどれだけ重いものだったのかを、ティグに伝えるに十分なものだった。
「誰にでも話せるものではない、ともすれば、かの英雄が自らの名を守るため、死んだはずの戦士に、失政の汚名をかぶせようとしているとも取られかねないのだから」
英雄の名を輝かしい物にしようと奮闘した男には、為政者としての才は与えられていなかった。
男が失敗を繰り返す度に、自分を捨ててまで守りたかった英雄の名に傷をつける。それに気づいた時には、既に引き返せない所に来てしまっていた。
「結局、私が浅はかだったというだけの話で、今更その汚名を返上する事も叶わない。
ただ、さっきも言ったように、君のような者に知っておいて貰いたかったんだ」
なるほど、確かに今の話を聞けば、この老人が懸念するような誤解を受ける事もあるだろう。それはきっと、この老人にとって耐え難いことなのだ。
ティグは先ほどの老人とボルドの対面を思い出し、あの時の二人の対応がその話に起因するものだろうと理解する事が出来た。それがなくても、素直に信じていたかもしれないが、そうでないとも言い切れなかった。
「気休めにしかならないかもしれませんが、僕は貴方の話を信じます」
老人は黙って頷いた。自分が喋った事の結果は、どうでもいいのかもしれない。
苦しみ続け、疲れ果て、年老いて、せめてものはけ口をティグに求めた、ただそれだけなのだろう。
「ここに来る時、領主様と約束しました、何を聞いても他言しないと」
「そうか、そうしてくれるならば私も本望だ」
「それでいいのですか?」
「なに?」
ティグの言葉が思いがけないものだったらしく、老人はティグを見返した。
「あなたは死んでしまった仲間の為に生きてきて、その為に傷ついてきた。
やり方は間違ったのかもしれないけれど、それだけでこのまま一生傷つき続けるなんて、あなたの仲間達は、絶対にそんな事は望まないと思います」
「……そうかもしれん。だがな、今更どうしようもない事もあるのだ」
老人の心に起こったさざ波は、すぐに収まっていた。後悔の中で長い時間を過ごす間には、その程度の事は幾度となく考えたのだろう。
「それでも、前を向く事はできます……あなたが望むなら、ですが」
「どう言う意味かな」
老人が億劫そうな表情見せる。興味を示したというより、聞き飽きた自問を改めて聞くような気持ちなのだろう。
「今日、僕に同行して来てくれた身内の者が一人、居間で待ってくれています」
「ああ、確かに一人いたな」
「あの人は、ずっと昔、この地に名が与えられるよりも前に、冒険者としてジルムベイグという名のパーティに参加していました」
それを聞いた瞬間、老人の目が大きく見開かれる。
「あの人は、中央大陸から古い友人を訊ねてこの地にやってきました。
しかし、その友人は心に傷を負い、誰とも会えないような心境だったそうです。
もしかしたら、あなたをもっと深く傷つける事になるかもしれません、ですが……」
「わかった」
それ以上の言葉を老人が遮った。
「……わかった、これも巡り合わせというものなのだろう。
それが君の言う、前を向くという事ならば、もうこれ以上逃げるのは止めよう。
ここに、その人を呼んできてくれるかな」
「分かりました、ありがとうございます」
そう言ってティグは部屋を出る。
ティグのした事は、無遠慮にあの老人の傷に踏み込むような行為だったのかもしれない。ただ何も言わずに、物語を心に秘してこの場を去る事も出来たのだから。
しかし、黙ってはいられなかった。大切な仲間のために生涯を捧げ、その果てに傷つき、救われる事もなく死んでいこうとしている、不器用で頑なな老人に、何かをしたいと思ったのだ。
老人にとっての仲間という存在が如何なものかを語られて、ティグはそこに憧れさえも抱いてしまったのだから。
「おお、ティグ、話は終わったのかのぅ」
居間に着くとボルドが迎えてくれた。
「ボルド爺……エドバーズ、さんが、会いたいと言ってます」
やはり意外だったのだろう、返答に詰まるボルドをティグが黙って見つめる。
「ふむ……そうか、ならば否もあるまい、昔話しでもさせて貰おうかのぉ」
努めて明るく振舞いながら奥へ進もうとするボルドに、ティグが思いを告げる。
「エドバーズ・ギドラッドは本物の英雄で、素晴らしい仲間に恵まれていました!」
ボルドが少しだけ足を止めて、ティグの肩を軽くたたく。
「ティグ……ありがとう」
ボルドはそれだけを言って、屋敷の奥へと歩いて行った。
今度はティグが居間でボルドを待つ事になる。あの二人に、どんな小さなものでもいいから、救いが訪れる事を願いながら。
日が傾く頃になってから、漸くボルドが戻ってきた。
しんみりとした表情ではあったが、そこに負の感情があるようには見えない。二人がどんな話をしたのか、ボルドは語らなかったし、ティグも聞こうとは思わなかった。
翌日、ティグ達がその町を立つ頃には、領主への答えも決まっていた。
後日、再び領主の元を訪れたティグは、はっきりと援助の申し出を断った。
「僕はまず冒険者として、彼の英雄にも劣らない仲間を作りたいです。
前領主様の話を聞いて、そうしたいと思いました」
そう伝えたティグを、領主は残念そうに見返したが、責めるような事はしなかった。
「父から、君に礼を言っておいてくれと頼まれた。
私からも合わせて礼を言わせて貰おう、ありがとうティガウルド。
今後魔工として何かの力添えが必要なら、いつでも私の事を思い出してくれ」
「そのお心遣いに感謝します」
領主の言葉からは、あの老人の生き方に、何らかの好転があったのだろう事が推し量れた。これから進む道を示してくれた事への、心ばかりの返礼にはなっただろうか。
領主の館を辞したティグは、オルベアへと帰っていく。
その胸中に、まだ見ぬ仲間達との出会いを思い描きながら。
閑話はこれで終了です。
次から第2章がはじまりますので、よろしくお願いします。




