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第1話 - 誕生と魔法 -

 太陽が中天に輝く昼日中、街道をゆく隊商(キャラバン)に抱かれるように配された、一際大きい幌馬車から産声が響いた。新しい生命の誕生に大小様々な歓声がこだまする。

 赤子を抱く年若い女性の顔には、色濃い疲労とそれを上回る達成感が見て取れた。それは紛れもない母親の表情だった。その傍らで、膝をついて肩を震わせている青年がいた。鎧を身に付け剣を帯いた姿は、明らかに場違いではあったが、咎める者はいない。

「よくやった、本当に、よくやった」

「うん、頑張ったよ……ほら、男の子」

「ああ、男の子、だったら名前はティガウルド。お前は、オーグルド・ホグタスクとエリシア・ホグタスクの子、ティガウルド・ホグタスクだ!」

「よろしくね、ティグ」


 それが最初の記憶で、与えられた名が馴染むのに時間はかからなかった。しかし、過去の知識と経験が自身の中にあることは解っていても、それをいくらかでも活用できるようになるのには、少なからぬ時間を必要とした。身体の扱いから思考の働きにいたるまで、過去のものとは明らかな違いがあったからだ。

 身の内に流れる血液とは異なる何かが、確かな違和感となってあらゆる行動を阻害した。おかげで、生まれ出てから違和感に馴染むまでの1年は、ただの乳幼児と大差ない時間を過ごすことを余儀なくされた。しばらく後に、その違和感の正体が一般に魔力と言われる物だと理解する。

 その1年の緩衝期間の為なのか、それとも生まれ直しという現象によるものか、はたまた全く別の要因か、彼は過去の自分との確かな隔たりを感じていた。一つの大部屋が薄い布で仕切られていて、出入りは自由だが間違いなく境目がある、そんな感覚だ。しかし、問題はなかった。その大部屋を構成しているのは間違いなくかつての刀工であり、同時にティガウルド・ホグタスクという人間であったから。もどかしい程の情熱が、狂おしいほどの渇望が、過去と現在を固く結びつけていた。


 五十台の荷馬車を引き連れて、大陸南沿岸部の街道を行く中規模の隊商。幾人かの行商人が中心となって組織された集団の中でティグは生まれた。ティグの両親は隊商の護衛を担う為に雇われた冒険者の夫婦だったが、この集団に深い縁を持っているわけでもない。辺境の探索をしている内にエリシアが身篭るも、若い二人にはどこかの町で居を構える程の蓄えはない。そこで比較的規模の大きい隊商に雇われて出産するという手段をとったのだ。隊商の旅路というのも決して心安いものではなく、身重の冒険者という事で最初は敬遠されたのだが、最終的に雇ってもらえたのは彼らの実力が確かだったからだろう。

 そこに参加してしまえば、過酷な旅の道連れは家族のようなものである。経験豊富な女性陣が何かと世話を焼いてくれるし、少人数の旅と比べれば身の安全も保証されていた。

 最初の旅でその腕を見込まれた両親は、出産後も隊商に参加することが出来た。旅程で生まれたティグに少なからぬ愛着を抱く者がいたのも一因である。

 そのまま1年、2年、3年、隊商の中でティグは成長していった。


 最初に、超常の片鱗に気づいたのは年長の女性だった。ティグが一歳の誕生日を迎えた頃に、母親のエリシアが我が子と会話をしている事に気づく。

「かあさん、これはなんとよむのですか」

「これは魔法と読むの、いろんな魔法があるからいつかティグも覚えましょうね」

「まほう……ぼくは火のまほうがつかいたいです」

「あらあら、でも危ないからもう少し大きくなってからね」

 女性の経験ではその年頃の子供が、それだけの会話をこなせるというのは驚愕と言っていい出来事だった。エリシアに話を聞けば、数ヶ月前には話が出来るようになっていたと言う。しかし、子育ての経験がないエリシアには、なんの違和感もない事である。

「ティグはお利口なのね」

「そうねぇ、将来が楽しみだわ」

 結局その話はそれで終わる程度のものだった。子供の成長が早いからと言って、誰が困るわけでもない。比較対象が多く嫌でも目立ってしまう町中でならいざ知らず、ここは長い旅路を行く隊商の中である。むしろ、手間がかからないのは重畳な事なのだ。

 こうしてティグは、誰はばかる事無く伸び伸びと、その頭角を現していく。


 ティグが三歳を迎える頃には、十歳を越える行商人みならいの小僧達と遜色ない様な働きを見せていた。行商先で客がティグを目にすると誰もが目を見張るのだが、隊商内では既に勝手知ったる身内の話である。

「あの子はなんだい、えらく小さいのによく働く」

「ああ、ワシの孫みたいなもんだ、よく出来てるだろう」

 驚いた顔の客に当然のように返す初老の行商人、客はそんなものかと愛想笑いを返す、行く先々でよく見る光景だった。そんなティグの異才に慣れきっている隊商内でも、年に何度かは驚きを隠せないような事が起きる。特に今回はとびきりだった。


 この世界の身体はよく動く。3年の時間の中でティグが実感した事である。生まれたばかりの頃に彼を悩ませていた違和感だが、それが身体に馴染むにつれて身体能力は飛躍的に向上していった。いつしか違和感は体感できる何かに変わり、書物で得た知識がそれに名前と裏付けを与える。

「魔力は万物に宿りその働きを助ける」

 書物に書かれたその一節が何を指しているのかをティグは直感した。それが過去にはなくこの世界にある力であり、彼が求める物の一端であるということを。

 以来ティグは魔力の存在を強く意識する事になる。歩く時に踏み出すその足に、何気なく動かす指先に、遠景を望むその瞳に。魔力はそれらの全てに、その他の全てに影響していた。そして理解する、それが扱いうる技術であると。

 その理解は、魔法の入口だった。そして通常ならばその理解を得るのは、どれだけ早熟な才人であっても十歳より前という事は無い。生まれた瞬間から魔力の存在を意識できていたティグであるが故の境地だった。


「ティグ、この世界には魔力というものがあるの」

「はい、かあさん」

「魔力は何にでも備わっているの、木にも石にも水にもティグの体にもね」

「はい」

「それを感じて、思い通りに操るのが魔法なの」

「はい」

「あなたの身体にある魔力を感じられる?」

 隊商の皆が口をそろえて成長が早いと称賛する我が子に、ついつい期待してしまうのは母親ならば当然の話である。それならばと、英才教育の真似事を施そうとするのも無理からぬ親心である。しかし、心のどこかでそれが馬鹿な親の過剰な期待だとも解っていた。だから、ティグがはっきりと返した答えに耳を疑った。

「はい、わかります」

「えぇ?うふふ、本当に?」

 いくらなんでも、子供の見栄か空返事だろうと思った。魔法の才があると評されたエリシアが、十二歳でたどり着いた魔法の入口に、まだ三歳になったばかりの幼子が到達しているなどと。でも、あるいは、もしかして、それはもはや期待というよりも好奇心が勝っての行動だった。

 水を張ったバケツにティグの小さな手を差し入れる。

「水にも魔力があるの、わかる?」

「……わかりません」

 素直に答える我が子に笑みを向けたエリシアは、その手に自分の手を重ねる。二人の手が差し込まれているバケツの水が渦を巻き始めた。現象の操作は魔法の最初歩である。エリシアがゆっくり手を上げると、バケツの水もその手に引かれるように持ち上がった。渦巻く水球が二人の手を覆っている。

「いまここで水の魔力がぐるぐる回っているの」

「……わかる、ような気がします」

「そう、じゃあティグ、今度はあなたが水を回してごらん」

 ティグが口を閉ざして水球を見つめる。その手に触れているエリシアには、魔力の動きが伝わっていた。確かに魔力が流れているのだ。こんな幼子が、自分の意志で魔力を扱っているのだ。

「手を、離すわよ」

 集中したまま答えを返さないティグの手を、エリシアはゆっくりと離す。そのまま水球からエリシアの指先が抜き出された瞬間、水球はその場に留まらず、形を失って地面に飛び散った。大きな息が吐き出されたのはエリシアの口からだった。

「かあさん、難しいです」

 肩を落とすティグをエリシアは慌てて抱きしめる。

「いいえ、何も気にする事はないわ。あなたには才能がある、かあさんよりもずうっとすごい才能が、ほらティグならこんなことだって、すぐに出来るようになっちゃうんだから」

 そう言ってエリシアがバケツの上に手をかざす。その手からは水が溢れるように流れ出て、あっという間にバケツを満たした。触媒を用いず現象を生み出すのは上級の魔法である。そして、ティグにかけた言葉には慰め以上に確信が含まれていた。

「かあさん、それはどうやるのですか」

「さすがにまだ難しいけど、でも、いいわ。水を知りなさい、深く深く、水に身を任せ、自らが水になると思う程に感じれば、その本質が見えてくるの。そうすれば、そう、自然にそれが出来るようになるわ」

「本質を、知る」

「そう、あなたならきっと出来る」

「かあさん」

「なあに?」

「出来ました」

「え?」


 刀を造る傍らには、常に燃え盛る炎がある。身を焦がすような距離で微細な温度に気を配り、機械よりも正確に炎を操る。それは理解がなければ到底不可能な業である。その業が異世界の神をも魅了するものならば、炎の本質を知らずには成し得ない。


 ティグは自分の手の上で燃える炎を見つめる。力強く懐かしい、それはまさに火床(ほど)に息づく炎であった。その炎は、エリシアが呼び出した大流水が浴びせられるまで燃え続けた。



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