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第22話 - 戦いを終えて -

 新たに姿を見せた巨獣の咆哮は、先に倒した巨獣のものとは違う響きを持って轟いた。

 それは悲哀の嘆きか、はたまた復讐の誓いか。少くとも、疲れ果てた冒険者達にとっては、決して好ましいものでは有り得ないだろう。

 オーグとエリシアがそうであるように、ここにいるティグ以外の全員が、何らかの形で死地という物を体験して、そこを生き抜いた者達だった。

 目の前にある絶望的な状況を、如何に切り抜けるか、それぞれが模索している。

 逃げ出すのは最後の賭けになる。それも、どこまでも勝ち目の薄い賭けである。

 全員が固まって逃げれば巨獣を振り切る事はできないだろう。だからといって宵闇が迫るこの時に、散り散りになって逃げ出せば、町から遠いこの場所で、食糧もなく魔獣の脅威に晒されながら孤立してしまう。そんな状態でも生き残る事ができると思える者は、余程の楽天家であろう。

 そんな楽天家になりきれない者達は、どうにかしてこの巨獣を殺してある程度の集団を維持しなければ、生きた心地がしないのだ。

 誰かが逃げ出す素振りを見せれば、部隊は瞬く間にも散失していくだろう。そうなる前に、それが彼らに残された時間であった。

「油だ!油を投げろ!」

 グレオの声が響く。指示を出す事で、士気を繋ぎ止めようと言うのだ。気休めとは分かっていても、それに逆らおうという者はいなかった。

 巨獣の体に油がまとわりつき、残った魔法使いがそこに火を放つ。

 薄暗闇の中に、炎を纏った巨獣の輪郭が浮かび上がった。

 討伐すべき目標を明示する。目的は分かりやすい方がいい。理に適った作戦だ。

 一つ一つの小さな理由を積み上げて、萎えかける心を奮い立たせる。

 しかし、体力気力の消耗は隠しようもなく、攻撃に回る者より、味方の援護を優先せざるを得ない者が増えていた。


 初めて体験する絶望的な状況で、それでもティグは剣を手放しはしなかった。

 ここで逃げ出せば、両親もティグを守る為に戦場を離れるだろう。そうなっても、ティグ達が生き残るのが難しい訳ではない。信頼できる手練の戦士と魔法使いがいれば、なんとか一晩を凌ぎ切ることも出来るはずだ。

 しかし、それをすれば部隊は壊滅し、開拓の町の活力は大幅に削がれるだろう。当然、報酬は受け取れないだろうし、下手すれば数年間はこの土地の開拓が滞るかもしれない。

 それは、ティグの目標への歩みが、大きく停滞する事を意味している。

 自分の逃走がそのまま目標からの乖離に直結すると言うならば、答えは簡単だった。

 不退転の決意を剣に乗せて、ティグは巨獣に向かっていく。

 とはいえ、戦況は芳しくなく、振るう剣には心意気程にも力が乗ってくれはしない。

 それでも戦線が崩壊しないのは、ほんの気持ち程だが、先に倒した巨獣よりも、目の前の巨獣が小さく、どこか動きが鈍いおかげであった。

 剣は厚い表皮を貫けず、炎はその表面を焦がすだけ。こちらはまともに直撃を受ければ即死を免れない事を考えれば、よくもまあこれだけ戦っていられるものである。

 決定的な一撃が欲しかった。オーグの剣であってもそこまでの威力は期待できない。

 ボルド達のやって見せたような、戦況を変えうる一撃が。

 ティグは巨獣の背に燻る炎を見て、先ほどの爆炎とボルドの言葉を思い出していた。

 いつだったか、冗談めかしながら、ボルドがティグに言った事があるのだ。

「お主の火に対する理解は、信じられん事に、わしを凌いどるようじゃ。

 これはちょっと凄い事じゃぞ、魔法使いの道に進んでもきっと大成出来るじゃろうよ」

 魔力切れを克服したとは言え、まだ実戦で使えるような攻撃魔法は習っておらず、魔法でどこまでの事が出来るのか、はっきりとは分かっていなかった。

 しかし、そう言ったボルドがあれだけやれるのならば、自分にも出来るかもしれない。

 ティグに出来るのは手から直接炎を発現させる事だけだが、それでも全力で魔力を注げば、相応の威力が引き出せるのではないだろうか。

「父さん、母さん、お願いがあります!」


 ティグの無茶な頼みを、今回も両親は受け入れた。

 なんらかの打開策を求めていたのは確かだったが、基本的には子に対する姿勢が甘いのかもしれない。また、頼られれば、応えたくなるのも親の性ではあるのだろう。

「オーグ、ティグをお願いね」

「ああ、絶対に、この……身にかけても!」

 剣に誓って、と言いそうになって、あわてって言葉を選びなおすオーグ。微妙な反応をされたら挫けてしまうかもしれない。

「あなたも無事でなきゃ、駄目よ」

「わかってるさ」

 短い抱擁を交わした後で二人は巨獣に目を向ける。

 やはり、動きは鈍い。これならばいける。

 ティグの手には短剣が握られている。準備は万端だ。

「行くぞ、ティグ」

「はい、父さん!」

 その応答を合図に、エリシアが魔法を発現させる。足元から真っ直ぐに伸びた土の大槍が、巨獣の皮膚にぶつかってその穂先を砕け散らせた。

 だが、その太い柄は土の架け橋としてその場に留まり、その上をオーグとティグが駆け上がっていく。

 巨獣がそれに体をぶつけて土塊に還す寸前に、二人は巨獣の背へとたどり着いていた。

 ティグは振り落とされぬよう、厚い背の皮に短剣を突き立てて握りを作ると、オーグの足にしがみつき、その足元を固定した。

 背に取り付いた人間二人など気にもとめなかった巨獣だが、オーグがその剣を振り下ろし、そこに深い裂傷を刻むと、たまらずその巨体をよじらせた。

 大きく揺れる足場の上でも、オーグは更に同じ場所を切りつける。三度切りつけ、四度目を、といった所でさすがに立っていられない程の揺れ方になり、諦めてその背にしがみつく。

 眼前では深く切り裂かれた傷跡から、止めどなく巨獣の血液が流れ出ていた。巨獣の背に剣を突き立て今度はティグの体を抱くように固定する。

 オーグの仕事はここまでだった。後はティグの底力に期待するしかない。

 オーグに覆いかぶさられるように抱かれたティグは、片手を裂傷の奥へとねじ込んだ。

 ティグの腕が肩口まで裂傷に飲み込まれ、ようやく最奥まで手が届いた。周囲の肉がその手を押しつぶさんばかりに締め付けてくる。

 全身の魔力を手先に集中させる。思い描くのは、ボルド達の見せたあの爆炎だ。

 ティグの中にある火への理解を、全てここに注ぎ込み、強く、この手に、発現させる。


 巨獣の背中で今までの炎とは違う、激しい火柱が上がった。

 それはさながら、突き立てられた炎の刃の如くであった。

 巨獣が苦悶の咆哮を上げる。

 荒れ狂う巨獣の姿は、その一撃が多大な効果を上げた事を知らせていた。


 決して離すまいと握りしめていた剣ごとまとめて、オーグは巨獣の背中から振り落とされた。その腕の中にはティグがいる。

 地面に叩きつけられる前に、身体が水の中を通過したのを感じた。エリシアが水球を作り出して、落下の勢いを減殺させたのだ。

「どうだ、やったか?」

 オーグの言葉に、駆け寄ったエリシアが首を振る。

 巨獣は未だ倒れてはいなかった。

「エリシア、ティグを連れて下がってろ」

 魔力切れで昏倒する事は無くなったとは言え、疲労の際での無茶である。戦いを継続できるだけの余力があるはずもない。

 オーグが巨獣に向かい足を踏み出した時、何かが落ちる音がした。そちらを見ると、手に持っていたはずの剣が地面に転がっている。手には何の感覚もなかった。

 オーグは剣を拾って握り直す。周りにいる者の誰もが、同じような状態なのだ、弱音など吐いてはいられない。

 あとひと押しで決着がつく、その一念がその場の全員を支えていた。

 その時、巨獣が動いた。しかし、その行動は予想を裏切るものだった。

 巨獣は冒険者達に背を向けて、巣穴に戻る訳でもなく、この場から離れていったのだ。魔獣が敵を残したまま縄張りである魔力溜りを捨ててその場を去る、そんな事を体験した事のある者は一人もいなかった。

「逃げた、のか?」

 その場の全員が決死の覚悟をしていた所に、肩すかしを食わされた思いである。だからと言って、追いかけて止めを、などと言い出す者もいなかった。

 完全な勝利よりも、この死地で生き残る事をこそ皆が望んでいたのだから。


 その日、宿営地に帰り着けなかった者は八名に上った。状況を鑑みればごく少ない犠牲者だと言えるだろう。破格の報酬はそういう結果も含めてのものではあるが、仲間を失った悲しみが慰められる訳でもなかった。

 体力は限界に達していても、歩哨を立てずに眠るわけにはいかない。再編成された部隊が短い間隔で交代しながら歩哨に立った。

 そんな彼らの眠気覚ましの慰みは、今日の討伐での出来事を互いに反芻しながら、生き残れた喜びを分かち合うことだった。

 中でもよく語られたのは、熟練の魔法使いが見せた爆炎の合成大魔法、彼の少年戦士が使った炎柱の刃、そして深手を負って逃げ出した巨獣の行動についてだった。

 こと最後の出来事に関しては、皆が疑問を抱いていた事であり、様々な憶測が飛び交った。

 人伝いに一応の結論が聞こえて来たのは、夜が明けて三日目行軍が始まる頃だった。

「それじゃ、あの巨獣が身重だったって言うのか?」

「証拠は無いけどな、特に女連中がそうじゃないかって騒いでな」

「ああ、それで旦那がやられるまで巣穴の奥に引っ込んでたって事になるのか」

「動きも鈍かったしな、確かめようも無い事だがよ」

「しかし、今日の討伐でもう一匹出てきたらどうなるんだ?」

「……そりゃあれだ、間男かなんかだよ」

「馬鹿言ってろ」

 結局この日は、間男説が主張されるような出来事は起こらなかった。


「ティグ、気を抜くんじゃない!」

 オーグに怒鳴られて、ティグは我に返った。

 ここは巣穴の奥まった場所にある大部屋である。あの巨体が日々出入りし、生活していただけあって、巣穴の規模は相当なものだった。そして、この場所は、ティグが前線にいながらも、ついつい他所に気を取られてしまうような空間だった。

 壁のあちこちから除く、見たことも無い鉱物は、自ずから淡い光を放っている。つい、と指先で触れてみれば、その中にある溢れんばかりの魔力が感じられた。

 ここは、上質な魔力素材の鉱床だった。

 アクニアの市場で見かけた魔力素材の質と値段を考えれば、ここにある資源は財宝の山に他ならないだろう。

 どうしても目移りしてしまう。この素材で刀を作れば、いったいどんなものが出来上がるのだろう。どうやって加工して、どのように混ぜ合わせて、どんな形に仕上げたらいいだろう。

「だから、集中しろって!」

 オーグが大型魔獣を切りつけながら叫ぶ。

 ああ、ここに寝泊りしたい、そんな事をティグは思った。

「ええい、俺達はいったん引くぞ、後は任せた!」

「ええ、なんで!?」

 オーグの撤退の判断に抗議の声を上げたティグだが、身体を半ば抱えられるようにされながら、その場所から引き剥がされて行ったのだった。

 大討伐は既に仕上げの段階に入っていた。今日の掃討作戦が終われば、ティグ達は晴れて町へと凱旋できる。

 その後は領主直轄の兵士達が駐留し、直ちにこの土地の開発が始められるだろう。

「ああ、あそこにあったのは全部領主の物になるんだ……」

「当たり前だろう」

 変な気分を出すティグにオーグが淡々と応じる。

 今回の依頼では、現地報酬の類は一切認められていない。これだけの鉱床があるのだから、当然の話ではある。それは分かっていても、名残惜しさを感じずにはいられないティグだった。

「今度はちゃんと戦うから、もっかいいこう父さん」

「ダメ」

「ほんとにちゃんとするから!」

「絶対ダメ」

「お願いだから、ほんとにあと一回だけ!」

「アーアー、きこえなーい、悪い子の言う事はきこえなーい」

「……」

 ティグ達の行動如何に関わらず、作戦は滞りなく完了した。


 町に帰り着くまで、ティグはへそを曲げていた。


 町では領主からの振る舞いで、凱旋の宴が催される事になった。

 宴の中で、この開拓の町に名前が与えられる事が発表された。今後オルベアと呼ばれるこの町は、辺境の開拓の町から、巣穴の上に築かれる一大開発地の補給を賄う、要衝の町へとその役割を移して行くのだ。

 大討伐に参加した冒険者達の名は、漏れる事無く石碑に刻まれ、この町に伝えられて行くという。

 気の早い吟遊詩人が、冒険者達の間を巡って創作活動に精を出していた。出来がよければ大陸の各地で、オルベアの大討伐が語られる事になるだろう。

「冒険者冥利に尽きるというもんじゃのぉ」

 ほろ酔い加減のボルドが、笑っている。

「無事に帰ることができたのが一番ですよ」

「途中は生きた心地がしなかったしな」

 オーグとエリシアが寄り添いながら、ちびりちびりと酒を飲んでいる。

「ティグ、もっと話聞かせて!」

「俺が行ってたら、死んでただろうなぁ」

 クリスとコウトが隣にきて、ティグの拙い冒険譚に耳を傾けている。

 生きて帰った者達は、精一杯に今日の日を迎えられた事を喜ぶのだ。

 それが、明日をも知れない冒険者達の、哀悼の礼でもあるのだから。

 こうして、宴の夜は更けていくのだった。

次話からが、幼少期のラストエピソードになります。

色々とあると思いますが、仕舞いまで付き合ってやってください。

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