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第21話 - 大討伐 -

 ティグの討伐作戦への参加に対する両親の意見は、慎重論が先行していた。いくらティグに実力があるとは言っても、子供であることに変わりはない。明らかに危険だとわかっている作戦へ参加させるのにはどうしても及び腰になってしまう。

 ティグの意見は違った。ティグの参加は断るという方向で纏まりかけていた大人達の議論に、真っ向から反論したのだ。

 理由は今回の作戦で得られる巨額の報酬であった。その額は大人三人だけの報酬を合わせただけでも、この町に自分達の土地と邸宅を得られるくらいのものだった。

 それはオーグ達の一つの目標であり、新たな生活への第一歩となるものである。

 だが、ティグにはそこに一つ付け加えたいものがあった。自分の工房である。ティグが作戦に参加する事で得られる報酬さえあれば、それが手に入るのだ。

 近年、ティグは身体の成長に合わせて、扱う武器を一回り大きい剣に変更していた。その成果は著しいもので、今まで足りていなかった攻撃力が飛躍的な向上をみせたのである。その成果は、同時に、武器への不満も顕在化させる事になった。

 ティグの手に真になじむ獲物は、ただ一種類しか存在せず、そしてそれは、この世界には影も形も存在してはいなかった。

「僕には欲しい物がある。それは、僕にしか作れないものなんだ」

 この時、ティグは初めて自分の目標を言葉にした。秘め続けた想いが、一度口上に載せられれば、燃え上がるような熱を帯びて溢れ出していく。

 ティグは語った、五分か十分か、それ以上か、とにかくティグの話は大人達が相槌一つを差し挟む暇もない程の大熱弁であった。

 弁が立つという訳でもないティグの言葉は、途中から支離滅裂と言われても仕方がない内容になっていたが、その熱意だけは確実に伝えられていた。

 オーグ達はそれで納得した。納得せざるを得なかった。ティグが希に見せる事のあった魔法や魔工に対する強い興味の全てが、たった今語られた話に繋がっていると知らされたからだ。それも、かつてない程の熱情と共にである。

 オーグ達の不安や懸念を理屈で説いたとしても、ティグの想いを押し止められるとは思えなかったし、そうしたいとも思わなかった。

 大きな期待を寄せている我が子が、初めて示して見せた明確な目標を、後押しこそすれ、押さえつけるような事をしたくはなかったのだ。

 こうして、ティグの討伐作戦参加が決定した。


 大討伐、そう呼称される一大作戦は、町の開拓史に大文字で記される事になるだろう。

 選抜された腕利きの冒険者総勢六十三名と指揮を取るグレオ以下衛兵十名がこの作戦に従事する。参加者は誰をとっても、間違い無く各パーティの主力と言える者達だった。

 人員は六つに分けられて編成された。

 グレオと衛兵で固められた指揮隊、一八人で構成される三つの前線部隊、同一パーティのみで編成されたそれぞれ四人と三人の遊撃部隊である。

 ティグ達は遊撃隊の一つとして動くことになった。

 前線部隊が消耗に応じて入れ替わりで戦い、指揮隊は予備戦力として動く。遊撃隊は各自の判断で自由な裁量を任されていた。

 同一のパーティから四人も抜擢されたのはティグ達だけであり、そう言った意味でもティグの作戦への参加は大きな意味を持っていた。

 単純な距離ならば一週間で到達できる巣穴への移動だが、最終的には九日の時間を必要とした。巣穴に近づくにつれ、魔獣との遭遇が頻発するようになったからだ。この陣容ならば恐る事もなかったが、行軍はどうしても遅くなってしまう。

 移動中にティグ達の出番は無かったが、魔獣との遭遇回数が増えるに従って、臨戦の心構えが固まっていくのを感じていた。


 グレオの指揮の下、巣穴の入口に向けての進攻が開始される。向かう先には殺気立った魔獣が群れをなしていたが、そんな物に臆する者は一人もいない。

 先鋒を任された者達は、彼らがこれまで培ってきた自慢の技に満身の戦意を乗せて、魔獣の群へと殺到していった。

 乱戦が始まる。

 合同訓練を行った訳ではないので、前線部隊の連携は現場の者達の機転に依る所が大きい。とはいえ、いずれも熟練の冒険者である彼等は、短期戦ならば正規兵もかくやと思わせる成果を上げていく。

 そんな中でも、ティグ達の遊撃部隊は一際の活躍を見せていた。

 大人10人分の重量はありそうな多角を有する四足獣の前肢一本を、オーグの振るう自慢の名剣が叩き切る。魔獣が体勢を崩した所に、勢いよく飛び出したティグの長剣がその腹を斬り裂いた。そこを狙ったように突如巻き起こった突風に煽られて、魔獣が倒れ込んだ先には土魔法で穿たれた大穴が口を開けていた。深手を負った魔獣はそこから這い上がることも出来ず、穴の中で止めを待つ事になる。

 流れるような連携は、即席の前線部隊では成し得ないものだった。

 ティグ達が五匹目の大型魔獣を倒した頃、前線部隊の入れ替えが行われた。それに合わせてティグ達も一時後退して態勢を整える。

「ティグ、大丈夫?怪我はない?」

 部隊の中腹に移動すると、まっ先にエリシアが駆け寄ってきてティグに声をかける。

「先は長いぞ、張り切りすぎるなよ」

「若い頃はちょっと無理するくらいが丁度ええもんじゃよ」

「無責任な事いうなよ爺様、無理なら俺がする」

 やや遅れてオーグとボルドも合流してきた。戦場の中で一時の憩いが訪れる。

 この攻勢ならば、前線部隊にも犠牲者は出ていないだろう。なんと言ってもまだ一日目なのである。魔獣の数を考えれば、この勢いを維持したまま、あと2日間はこの地で戦い続けなければいけない。

 オーグの言葉通り、先は長いのだ。


 魔獣の巣穴、そう呼ばれる場所では、この場所のように魔獣が穴を掘って巣を作っているとは限らない。大陸の各地に点在する魔力が特に濃い土地を好んで、魔獣達が集まっている。そういう場所の総称として巣穴という言葉が使われている。

 そういう魔力溜りには、魔力素材となる貴重な鉱物が埋まっているし、その土地で作物を育てれば、毎年必ず豊かな実りが約束される。

 開拓をする側とすれば、まさに一大拠点となる場所であり、その為に巨額の資金を投じて冒険者達を雇い入れるのである。この土地の開拓が進めば、ジルムベイグの名は豊穣の大地として近隣に鳴り響くだろう。


 ティグ達が三度目の出陣を終え、日が傾く頃になると、全軍に後退の指示が出される。この日ティグ達の遊撃部隊は、大型魔獣を十二匹と数え切れない程の中型以下の魔獣を駆逐した。成果は上々だった。

 巣穴から離れた場所で宿営地を築き、前線部隊が交代で歩哨を務める。夜中には当然のように魔獣の襲撃がある過酷な環境だが、音を上げるような者はいなかった。

 そんな陣中で聞こえてきた会話の中で、主という言葉がティグの耳に残った。

「父さん、主ってなんですか?」

「ああ、そりゃティグは知らないか。

 主ってのはあれだ、この巣穴で一番の大物だな。

 大型魔獣より更にでかいやつで、こいつを倒さなきゃこの戦いは終わらない」

「大型よりもでっかいんだ」

「うむ、多分ここの主はあれじゃ、何本も角のある四つ足の獣じゃろうよ」

 ボルドが会話に参加してくる。

「やっぱりアレですか」

「おそらくのう、今日見た中でもあの類の獣が一等多かったじゃろ」

「あれより大きいと、どうやって倒すんですか?

 父さんの剣みたいのがないと、肉まで刃が通らない気がするけど」

「だから長丁場になるんだよ、たぶん一日がかりで削る事になるな」

「まったく厄介な話じゃのぅ」


 二日目の戦いがそろそろ終わるだろうかといった所で、それが姿を現した。

 巣穴に突入していた前線部隊が、そこから追い散らされるようにして駆け出してきた。

「来たぞ!主だ!」

「距離を取れ、死にたくなけりゃ正面から当たるな!」

「雑魚を寄せるな!総力戦だ!」

 前線部隊の怒号が飛び交う中で、巣穴からゆっくりと姿を現した主は、大きかった。

 その姿を見上げるティグには、その表現しか出てこなかった。

 大型魔獣の一回りどころではなく大きなその巨体は、二階建ての家屋にも比肩する程のものだったのだ。

「ティグ!下がれ!」

 オーグに強く手を引かれる事で、自失から立ち直ったティグは慌てて距離を取る。

 こんなものが出てきたからには、戦力の出し惜しみなどしていられないのだろう。グレオの指示が飛び、予備戦力は元より、休憩に入っていた他の前線部隊も、主との戦いに駆り出されていく。

 そして相手は主だけではなかった。まだこんなにも残っていたかと思うほどの大型魔獣が、巣穴から次々と姿を現したのだ。その数はゆうに三十匹を超えていた。

 冒険者達に緊張が走った。判断を仰ごうと指揮官のグレオに視線が集まる。一時の撤退も考えなければいけない状況だった。


「皆、下がれい!」


 戦場に大喝が轟いた。それは魔法で拡張されたボルドの言葉だった。

 魔法使いはいざという時に、迷う事なく全力で魔法を使わねばならない。それを理解はしていても、その機を掴み決断する事は、並みの者には出来ない芸当だった。

 瞬時にその意を汲んだ全員が、ボルドの前に道を開ける。何人かの魔法使いが、ボルドに遅れてその背後に集った。

「左右に土壁を!わしが風を起こす!それに乗せて炎を飛ばせい!」

 指揮官のお株を奪う仕切りを見せながら、ボルドは渾身の魔力を練り上げていた。大型魔獣の逃げ場を塞ぐように、土の壁が姿を現す。それを確認した他の魔法使いが、群に向かって炎の魔法を斉射した。炎の帯が魔獣を覆っていく。

 だが、それだけでは大型の魔獣を焼き尽くす事は叶わない。何匹かは炎を纏いながら、ボルド達魔法使いに向かって突進してきていた。

 大型魔獣の先陣が、爆ぜて吹き飛んだ。それに続いて、炎に巻かれた魔獣の群のあちこちで爆炎が連鎖する。

 それは正に経験の賜物だった。多くの魔法に通じているボルドが、中でも最も得意としているのが風の魔法である。それは深く風を理解しているという事だ。

 ボルドの巻き起こす風は、燃え易い空気を運び込み、火勢を弱める空気を放逐した。上級魔法でそれを生み出すのではなく、初級の魔法を応用することで、信じられない程の広範囲で炎の魔法を爆炎へと変えてみせたのだ。

 それをするのに、どれだけ深い風への理解と、いかに緻密な魔力操作が必要か、経験浅からぬ他の魔法使い達ですら見当もつかない、そんな業であった。

 群れの中で爆炎が上がる度に、戦士達の士気も燃え上がっていった。

 爆炎は群の大半を焼き尽くし、主の巨体にも大きな火傷をつけていた。

 不利と思われた形勢は見事に覆った。

「無茶しやがって!でも、よくやったぜ!」

「ここで寿命でも迎える気かよ、一杯奢るまで生きていやがれ!」

「あとで追加報酬でも申請しとけ、誰も文句なんて言わねぇからよ!」

 何人かの戦士達が口々にその業を賞賛しながら、魔力を使い果たしたボルドと数名の魔法使いを抱えて戦場を離脱する。

 オーグは戦場に残っていた。偉大な先達がやってのけた大業の幕引きは、自分こそが引き受けるべき物と確信していた。そして、その思いはこの場の全員が共有しているものでもあった。

 連戦の疲れも吹き飛んで、初日にも勝る攻勢が始まった。

 厚い巨獣の皮膚を何度も切り裂き出血を強いる。魔法で密度を薄くした地盤を作り出し、そこを踏み抜かせる。

 そんな事を繰り返し、時間をかけて、徐々に徐々にその体力を削り取っていった。

 日が遠くの稜線を紅く染める頃、ついに巨獣が膝を落とした。立ち上がろうとしたその足を、オーグの剣が深く切り裂いた。それを皮切りとして、次々と武器が突き立てられていく。

 末期の咆哮が戦場に響いた。

 勝利を納めた討伐隊の面々は、気力を使い果たしながらも、歓声を上げていた。

 後は掃討戦を残すのみだった。今日はもう宿営地に引き上げて、明日に備えよう。


 地響きが起こる。それは巣穴の奥からのものだった。

 全員がその方向に目を向け、その巨体を確認した。

 誰かがつぶやくのが聞こえた

「つがい、だったのか」

 討伐隊には、無傷で逃げられる体力は残っていない。

 犠牲を覚悟で背を向けても、日が暮れようとしている今、散り散りになれば無事に宿営地へたどり着けるかもわからない。そうなれば損害は計り知れなかった。

 そして、それだけの損害が出れば、この討伐で決着をつけるのは難しいだろう。

 冒険者達は武器を手に立ち上がった。

 それが、最も賢明な方法だと、理解するしかなかったから。

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