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第18話 - 開拓の町 -

 領主の館から帰ったボルドは、ティグの目には普段よりも随分と老け込んで見えた。心配そうなティグを見て、自分がどんな顔をしているのか気づいたらしい。

「なに、ちょっと疲れただけじゃよ、もういい歳じゃからのぉ」

 そう言って笑顔をみせる。そんなボルドに対してティグがかけられる言葉はなく、ただ頷いてその横に付き添いながら部屋へと戻ることにした。

 その夜ボルドは、館での出来事を皆に伝えた。冒険者としての仲間という存在に共感できるオーグとエリシアは、その話を聞いて言葉を失っていた。

 重い空気が漂い始めた所でコウトが口を開いた。

「それで、領主さんにはなんと言うんですか?

 本意はどうであれ、この土地の領主がなんでも言ってくれと言うんだから、

 クリスが一人前になるまでの援助くらいは引き受けてくれるんじゃないですかね?」

 コウトが珍しく空気を読まない事を言い出した、そう思ってティグはそちらを見た。しかし、その面持ちはボルド達の心情を全く理解していないといった風でもなく、それなりに気を使った上での発言らしかった。

 ボルドもそれを察したようで、気を取り直したように自分の考えを話し出す。

「そうじゃな、わしもそれは考えたが、止めておこうと思う。

 本人に会って言われたのなら、なんの遠慮もなくそう言えたじゃろうし、わしが冒険に出て稼ぐより、クリスの近くにいられる事を考えれば、そうするべきかもしれん。

 しかし、疑わしいと言う訳ではないが、領主殿が絶対に途中で手の平を返す事がない、と言える程信頼できる訳でもなくてのぅ」

「そうだな、ある程度は自分達で生きられる基盤くらいは確保しとかないとな」

「ボルドさんが隠居しちゃうと、私たちの戦力もガタ落ちですからね」

 オーグとエリシアは、それぞれの理屈で賛同を表明する。

「うむ、じゃからのぉ、辺境の町で拠点に出来そうな所を融通して貰おうと思っとる。

 他にもまあ、打ち切られてもなんとかなりそうな援助は頼んでみるつもりじゃ。

 首根っこを抑えられても面白いもんじゃないからのぉ」

 全面的な信頼を期待できない相手に対するなら、それが妥当な判断だろう。

 特に滞る事もなく意見の一致を得て、この日の打ち合わせは終了した。


 翌日、再び領主の館を訪れたボルドは、少し待たされただけで領主と面会することができた。

「昨日の今日で早速押しかけてしまって、申し訳ないですのぅ」

「いえ、いつでもおいで下さいとと言ったのは私です、気にしないで下さい」

「それでは昨日の話も合わせて、お言葉に甘えさせていただくとしますかの」

「ええ、もちろんです、父の大切な友人だ、お力添えさせてもらいますよ」

 領主との会話に白々しさを覚えつつも、ボルドは自分達の求める所を伝える。相手が快く援助してくれると言うのだから、私情などは割り切って話を通すのだ。実際の所、領主の援助が受けられなければ、この先の活動は困難なものになるだろう。

 ボルドが求めたのは、クリスを安心して預けられる環境がある辺境の町に、ボルド達一行の生活基盤を整えてもらう事だった。

「それだけでいいのですか?」

 金額にすれば結構な物なのだが、領主が言ったなんでもという言葉からすれば、それ以上の物でも応じる用意はあったのだろう。

 ボルドがそれだけで十分と答えると、領主は何かを言いたそうな素振りを見せたが、結局何も言わずに了承の意だけを伝えてきた。

 用意ができたら連絡をする、それまではこの町に滞在すればいい、滞在の費用は領主が持つ、それらの言葉にボルドが礼を言ってから別れを告げ、その場を辞しようとした所で、領主に呼び止められた。

「なんですかな?」

 疑問を浮かべるボルドを少し見つめてから、領主は思い切ったように質問する。

「ボルド殿は、父の……前領主としての評判を、どこかで聞きませんでしたか?」

 ボルドは目を見開いた。それが、心の隅にわだかまっていた物だったからだ。

「ええ、どこかの町で、下らない噂話でしたがのぅ」

「そうですね、本当に下らない話です。

 今でこそ、この土地は活気と力と希望に満ちていますが、開拓というのはそんな簡単なものじゃない。

 その苦労を考えず、万難に挑戦した末の失敗を、余人はただ無能と罵るのです。

 父は真面目な男でした、それらの言葉を正面から受け止めてしまう程に」

 苦々しく語られるのは、返答を求めての言葉ではないのだろう。ボルドは何も言わずに領主の言葉を聞いていた。

「竜を討ち取った時に、父は仲間と冒険者としての力を失ったのです。

 それでも父は守備隊を率いて荒野を拓き、民と土地を守護し続けた。

 しかし、それは人々が竜殺しの英雄に期待する活躍には程遠かった。

 そこに内政の失敗が重なり、それを見た者達の言葉が今だに父を苛んでいるのです。

 どうか、父を悪く思わないでください」

「下らん噂など間に受けてははおりませぬよ、わしはエドバーズを知っていますでの。

 気が向いたら、古い友人を招いて欲しい、そう伝えて貰えますかな?」

「必ず、そう伝えます」

 それ以上の言葉はなく、ボルドは館を後にする。

 領主の話を聞いて納得がいった訳ではなかったが、これ以上当事者でない領主に求める事もない。そんなボルドの疑念が全て氷解するのは、まだ数年先の話になる。


 三日後、領主からの使者がティグ達の宿を訪れた。使者は次の目的地となる辺境の町を伝え、領主からの紹介状を手渡す。そこまでの旅に必要な物資も、言ってくれればすぐに用意するとの事だった。

「至れり尽せりだな」

「もっと要求しても良かったんじゃないですかね?」

 オーグとコウトがそれぞれそんな感想を口にする。懐に余裕がある訳でない一行は、変な気を回す事もせず、それを好意として素直に受け取る事にした。

 目的の町は開拓に力を入れている場所らしく、防衛戦力が比較的多く配置されているらしい。紹介状はそこの町を取り仕切る防衛隊長宛の物だった。

 開拓に力を入れているという事は、近隣の魔獣や野盗の討伐といった冒険者への依頼の方も潤沢にあると予想できる。ティグ達にとって、まさにおあつらえ向きの町であった。恐らくは領主が心を砕いてくれた結果なのだろう。

 この町での滞在を伸ばしてたとしても、領主は嫌な顔もしないだろう。しかし、他に用事があるわけでもない以上は、長居は無用であった。

 その日のうちに荷物をまとめ、翌日に出立する事を領主に申し伝えた。


 アクニアの町を出てから二週間弱で、ティグ達は目的の町へと到着した。

 開拓中の町への旅だけあって、旅の途中で二度も魔獣に出くわした。山間を通った時には大型の翼獣が、森の近くでは四本牙の大猪が、それぞれに苦戦することも無かったが、いよいよ辺境へ来たのだという実感が湧いてきた。

 町の規模は当然の事ながらアクニアより小さいものの、アクニアとは別の活気に満ちていた。粗野というか、荒削りというか、人の心がむき出しにでもなっているかのような、そんな雰囲気の町だった。

 町を歩けばよく衛兵の姿を見かけるが、目の前で誰かが喧嘩を始めても、特に咎めることもなく通り過ぎて行く。そんな光景が、当たり前の様に見られるのだ。

「父さん、衛兵の人達は、なんで喧嘩を止めないんですか?」

「そりゃあれだ、冒険者の小競り合いに一々首を突っ込んでたら身が持たないしな。

 問題になるほど大事になれば、すぐに町から追い出されてしまうんだ。

 そんな時は冒険者に依頼を出されて、手配されちまうんだよ」

 なるほど、とティグは納得した。この町の空気を作っているのは、辺境に活躍の場を求めて集まった冒険者達なのだ。

「ええのう、まさに辺境の町といった感じじゃのぅ。

 年甲斐もなく血が熱くなってきたわい」

「喧嘩なんて始めないで下さいよ、ボルドさん」

「若いもんがなにを枯れた事言うとるんじゃ、そんな小賢しいこと言う暇があったら、

 ほれ、あそこの喧嘩にでも飛び込んできたらどうじゃ」

「絶対嫌ですよ」

 そんなボルドとコウトのやり取りを聞きながら、ふと視線を横に向ける。そこでは、クリスが緊張した面持ちで周囲に気を配っていた。町の雰囲気に気圧されているのだろう。ティグがその手を取る。

「大丈夫だよクリス、皆そばにいるから」

「……うん!」

 クリスが手を強く握り返してきた。その表情は少し和らいでいる。そんな子供達の様子を、後ろからエリシアが優しく見守っていた。

 そこでティグは気がついた。大人達はさりげなくも、子供達を中心に置いて町を歩いているのだ。余裕を見せながらも、決して気を抜いてはいない。ここはそんな場所なのだと、ティグは改めて思い知った。

 いままで訪れたどの町とも違う、ここは冒険者達の町なのだ。


 一行は衛兵の駐在する兵舎を訪れた。門番に紹介状を示すと、その印を確認されてすぐに中へと通された。兵舎へ入ると待たされる事もなく、奥の一室へと案内される。

 簡素な造りながらも実を重視した応接室で、少し待っていると一人の男が入ってきた。

 やや後退した茶色い頭髪と、それに対抗でもしているかのように豊かな髭を蓄えた、オーグより一回りほど歳上の男だった。

「やあやあ、話は聞いているよ、ようこそ未だ名も無き辺境の町へ!」

 ニカっと歯を見せて笑う男の顔は、貫禄に満ちた力強いものだった。

「快い歓迎、痛み入ります、俺はオーグルド・ホグタスク。

 このパーティの代表を務めています、以後お見知りおきを」

「おう、聞いてた通り腕の立ちそうな面々だな、まあ、まだ若いのもいるが。

 俺はこの町の衛兵をまとめている、グレオ・アッサムトだ。

 俺も冒険者上がりでな、細かいことは言わん、頼ってくれれば存分に応えよう」

 立場に違わぬ自身と実力を感じさせる、気持ちのいい男であった。

 全員が自己紹介を済ませると、住居の場所を教えられた。グレオの自宅の近所らしく、冒険者の仕事に出るときは彼の妻が子供を預かってくれるのだという。

「二人とも妻と仲良くしてやってくれ!」

 どうも子供二人を預かるつもりでいるらしい。まあ、あえて言わなくてもその内知れる事だろうと、説明するのは後にした。

 挨拶が終わり、一行が教えられた場所へと足を運ぶと、そこには寄宿舎と思しき建物があった。そこの管理人に話を聞くと、ティグ達にはその一角が提供されており、一人に一室が用意されているらしい。

 当面は三部屋に別れ、一室は共用、残りの二部屋は未使用のまま置いておくことになった。部屋割りはオーグとエリシア、ボルドとクリス、コウトとティグである。まあ部屋割りといっても寝室の分け方であり、それ以外の厳しい取り決めをする訳でもなかった。

 次に向かったのは、グレオの自宅である。そこにはグレオと同じ程の年齢で黒めの茶髪を持った女性が家事をしており、彼女が妻のケーテ・アッサムトであった。

 ケーテは冒険者では無かったが、辺境の酒場で働いていた所を口説き落とされたらしい。すでに独り立ちした息子がおり、どこかで冒険者をしているのだと言う。

「とっととどこかで成果を出して、孫の一人でも連れてきて貰いたいもんだよ」

 そんな事を言いながら笑う所は、どこか旦那のグレオと似ているように思えた。


 これらがティグ達に領主から進呈された環境であり、冒険者にとって理想的なその場所で、ティグはこれからの幼少期を過ごす事になる。

もう少しで物語に一区切りがつけられます。

タイトルにもある刀も、もう少しで登場させられると思いますので、

その辺りまでは付き合っていただけると幸いです。

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