第17話 - 辺境の領主 -
辺境領土ジルムベイグ領主のお膝元であるこの町の名をアクニアと言う。四十年ほど前に前領主がこの一帯を縄張りとしていた竜を倒し、直近の地方貴族と協議した上でこの土地の領主となった。
辺境領土の管理は面倒事が多く、積極的に関わりたがらない地方貴族も多い。そこに戦利品である竜の死骸を取引材料の軸として交渉し、領地を手に入れるというのが一般的な流れである。
新たな土地と権利を得た領主の最初の仕事は、開拓と治安の維持である。地方貴族の援助があるとは言え、まさに一から国を作りあげるが如き大事業なのだ。
その数十年に渡る積み重ねの、端的な成果がこのアクニアの町であった。活気のある商店は日々人が絶えることはなく、職人達は競うように技術を磨いて様々な物を作り出している。人手を求める呼びかけが尽きるは事なく、今だに成長の余地が失われていない事を伺わせる。
それも当然の話である。竜の縄張りであった土地には手つかずの資源が溢れている。一度開拓が軌道に乗れば、そこはまさに一攫千金の辺境へと早変わりするのだ。人が集まれば需要が生まれ、それを満たすために多くの商人が動く。この土地は今まさに好循環の只中にある、活きのいい町だった。
そんな町の活気に当てられたのが、クリスとティグの二人である。二人ともそれぞれの旅暮らしの中で、ここより大きな町を訪れた事は何度かあったのだが、これほどの活気が満ち溢れる町は初めてだった。特にクリスの方は宿も決まらない内から待ちきれない様子で、今にもティグを引っ張って飛び出しそうな勢いだった。さすがにこの規模の町で子供二人を放任しておく訳にはいかず、その時々で手の空いている大人が付き添う事になる。
初日に二人の面倒を見ることになったのはエリシアだった。ボルドは役所への申請があり、オーグとコウトは訓練後に連れ立って情報収集へと出かけていった。
この日エリシアは、全力ではしゃぐ子供達の恐ろしさを知る。普段は静止役に回るティグが、この日ばかりは積極的にクリスに付き従ったのも大きかった。原因はあちこちで散見される魔工の手による作品群や、多様な魔法素材である。高価でおいそれと購入できる物ではないが、ただ見るだけでもティグはその目を輝かせた。
とにかく興味を引かれた物には節操なく飛びついていき、少しすると落ち着く暇もなく別の物に興味が移る。そんなだから、少しでも目を離すと、あっという間に見失いかけてしまい、気の休まる暇がない。腰紐でも付けておけば多少はましにもなるのだが、子育て経験の浅いエリシアでは、そんな事を思いつくはずもない。そこに、子供達には色々な物を見せてやりたいという親心が手伝って、休む間もなく町中を駆け巡る事になったのだ。
結局、町中で力尽きて眠ってしまった二人の子供を前後に抱え、精も根も尽き果てたといった様子で宿に帰り着くエリシアであった。
「それじゃ明日の子供達の面倒は……」
「私、ちょっと予定があるの!」
「お、おう、わかった」
その晩の打ち合わせでは、いつにない剣幕で主張するエリシアに、何事かと面食らうオーグだったが、翌日子守の担当になってみてその意味を理解した。
「魔獣の群れでも相手にしてた方が楽だった……」
「この歳であれは堪えるのぅ、いやホントに」
「まともに情報集められなかったです、これはちょっと凄いですね……疲れた」
役目が一巡して、全員が本気を出した子供二人の恐ろしさを体感できた頃、ようやく子供達に落ち着きが戻ってきた。
「この町すごいね、賑やかで面白くて、すっごい楽しい!」
「うん、話で聞いてたのが、沢山あったんだ、小さいお守りとかその材料とか、父さんの剣みたいなのまで、本当に沢山!」
大人達の苦労などに気付きもせずに、満面の笑顔を見せる子供達だった。
満足いくまで魔工に関する商品を見て回って落ち着きを取り戻したティグは、改めて今まで集めた情報を整理してみる事にした。
この町に来て一週間、ここでもコウトの手引きによって、今までにない量の情報に触れる事ができたのも、そう思い立った理由である。
まず、魔工の所在だが、確実に彼らのいる場所が中央大陸である。そこでは有力な貴族がお抱えの魔工を侍らせ、競うように作品を作らせているのだという。中央の都で年に何度か開かれる品評会で好評を得る事が、一流の貴族としての箔となるらしい。
しかし、これらの魔工に会うのは至難の事である。絶対数の少ない魔工の引き抜きを警戒して、貴族達は半ば軟禁するような扱いで彼らを囲っているのだ。一介の冒険者、ましてや子供であるティグが面識を得ようとするのは事実上不可能だった。
そうなると、ティグが求めるのはどこにも所属しない流れの魔工という事になる。そう言った者も確かに存在するのだ。そして、誰もが抱く魔工が変わり者という印象も、そういった流れの魔工によって作られた物であった。
貴族による保護下で、万全の援助を約束されながら創作活動が出来るという立場を蹴って、自分の思うままに活動を続ける者達である。中にはその腕を見込まれ、中央大陸全土で指名手配までされていながらも、決してその下に参じようとしない魔工もいるというのだから、その人柄は推して知るべしといった所であった。
そう言った魔工は主に辺境を巡り渡り、ふらりと立ち寄った先で地方貴族や大商人に話を持ちかけ、高額な報酬と引き換えに作品を仕立てるのだという。そしてその報酬で魔法素材を購入し、好きな物を作り上げて商人に売る。そうして世に出回ったのが、オーグの持つ剣であり、商店に並ぶ作品なのであった。その値段はどれだけ安くても、大人一人の生活費一年分は下らない。
魔法素材に関しても、良質の物を中央大陸に持ち込めば、有力な貴族が金に糸目をつけず買い取ってくれるのだから、値崩れすることもなく常に高い価値を維持し続けている。それを専門に狙って活動する冒険者が後を絶たないのも頷ける事であった。
とにかく、ティグが求めるべき相手は、その変わり者達に他ならない。その人数が極少数である事を考えれば、出会う事すらも困難ではあるのだが。
「道は遠いな」
ここ一週間に町で見た魔工の手による様々な作品は、ティグの心を奮い立たせずには置かなかった。今が雌伏の時とは理解しながらも、自由に動けない我が身にもどかしさを感じてしまう。
求める刀は未だ遥かな存在だった。
ティグがそんな思いに悶々としている頃、ボルドの方にも動きがあった。申請から一週間、ようやく領主との面会が叶うのである。
「古い友人に会うだけなのに、随分と待たされるもんじゃわい」
そんな憎まれ口を叩きながらも、やはり期待は隠しきれないボルドであった。
面会の当日、ボルドは一人、領主の館へと赴いた。前もってこの土地に前領主がいない事は聞き及んでいたので、壮年の領主に迎えられるのは想定内だった。
「貴方が父の古い友人のボルド殿ですね、お初にお目にかかります。
私はエドバーズ・ギドラッドの息子、スコース・ギドラッドと申します。
遠い地から父を訪ねてくれた事の感謝と、待たせてしまった非礼をお詫びします」
年長者への礼を欠く事のない対応で迎えられ、ボルドは気の休まる思いだった。古い仲間であるエドバーズの面影はその金色の頭髪に見て取れたが、その人柄までも遺伝するとは限らないのだ。
「こんな年寄りに丁寧なお言葉をいただき、感謝の念に絶えませんのぉ」
「いいえ、お気になさらず、父の友人ならば相応の礼を持って当たるのが当然です。
ところで、ボルド殿は父に面会したいと聞き及んでいるのですが」
「ええ、恥ずかしながら、一身上の都合で昔のよしみを頼ろうと思い立ち、
老骨に鞭打ち遠路から恥を忍んでここを訊ねた次第ですじゃ。
所在を教えて下されば、このまま向かわせて頂こうと思っております」
ボルドの意志を確認したスコースは表情を曇らせた。
「心苦しいのですが」
そう前置きをしたスコースは、心から申し訳ないと言った顔で言葉を続けた。しかし、ボルドがそこに別の何かがあるように感じてしまったのは、伝えられた話の内容が、予想外の事だったからかもしれない。
「父はここ数年この土地で人との関わりを断ち、静かに暮らしております。
今回お待たせしたのも、父に事の次第を伝え確認を取っていたからなのです。
父は申しておりました、訪ねてくれた事は心より嬉しく思うが、自分にはもう人前に出られる程の気力も体力も残っていない。
再会を共に祝えないのは残念だが、どうか許して欲しい、と」
ばかな、そう叫びそうになったのをボルドは寸前で飲み込んだ。いくら老いたとは言え、共に死地を生き抜いた仲間同士、何を遠慮する所があるというのか。最早二人だけとなったあのパーティの名をこの土地につけた男が、何故に再会を拒むというのか。
「エドバーズは……」
「父はこうも申しておりました」
ボルドの言葉をあからさまに遮って、スコースが喋りだす。
「もし友人が自分を頼って来たのなら、できる限りの事をしてやって欲しいと。
失礼ながら、ボルド殿の現状を調べさせていただきました。
幼いご身内を連れて、さぞご苦労があったと思います。
私に手伝える事があればなんでも仰ってください。
及ばずながら、ご助力をさせて頂きたいと思っております」
一言もなかった。確かにボルドはエドバーズを頼ってこの土地に来た。だが、決してそれだけでここに来たわけではない。そこには、どれだけの時間を経ても、揺るぎない信頼があると自負していたからだ。
裏切られたとか、自分が浅はかだったなどではなく、ただひたすらに何故という疑問だけがボルドの頭に浮かび続けていた。
「ありがとうございます、身内と相談して、もう一度来させて貰えますかの」
ようやく絞り出せたのは、虚ろで今にも消えいりそうな台詞である。
「分かりました、いつでもおいで下さい、衛兵には伝えておきます」
淡々としたスコースの言葉が、面会の終わりを告げていた。




