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第16話 - 資質 -

 コウトに対する第一印象は、胡散臭い奴、であった。登場のしかたから、話す内容、頼りない物腰まで、ティグの周囲にいる者たちと比べると、どうにも信頼できる点が見出せない。

 だから、オーグに事あらば斬り捨てろといわれた時も、難しくはなさそうだ、としか思わなかった。

 その後の問答を経て、コウトが旅に加わる事になっても、不安も不満も覚えず、そんなものかと受け入れた。たとえこの人物が豹変しても、脅威になるとは到底思えなかったのだ。

 それからしばらくの間は、その評価が覆ることは無かった。

 初めて手合わせをした時も、件の魔力切れ間近な状態を維持したままで、難なく完勝を収める事ができた。その他の武器の扱いにしても、ティグより優れた資質がある様子でも無い。

 とはいえ、ティグは自身の特異性を棚に上げるほど浅慮でもなく、その歳としては標準的な能力なのだろうと理解していた。

 秘密特訓の練習相手になってもらうには丁度いいかもしれない、その程度の存在だった。ちなみに最近、オーグ相手に魔力無しで手合わせすると、後日ボルド経由でティグが訓練で手を抜いていて辛い、そんな愚痴を言っていたと聞かされるのだ。あまり落ち込ませたくないという思いもあり、オーグ相手では秘密特訓がはかどらないのである。直接ティグに言わない辺り、そこまで計算してボルドに愚痴を言っている可能性にも思い至ったが、あえて考えないことにしていた。


 ある日、そんなコウトに対する低評価が一転する出来事が起こる。

 きっかけはティグがオーグから出されていた、魔工の事を自分で調べるという課題である。それは秘密特訓に余力を削られ、頭の隅にはあったものの、おろそかになっていた事柄だった。

「コウトは魔工というものを知ってますか?」

 剣の訓練は、がむしゃらに向かってくるコウトをティグが軽くいなし、返す刀で勝負を決めるというのが日常だ。魔力無しで極端に持久力が落ちているティグと、常に全力で向かってくるコウトの体力は拮抗しており、どちらとも無く休憩に入るという事がよくあるのだ。

 その質問も、そんな訓練の合間にティグの口をついて出た、何気ない言葉だった。コウトが魔工について詳しく知っていると期待していた訳でもなく、天気の話をするかわり、程度のものでしかなかった。

「魔工ってのは、あれか、オーグさんの剣みたいのを作ってる職人な」

 案の定コウトはたいした情報を持っていなかった。むしろ、ティグが今まで聞いた話を語っただけでも、初めて聞く話に感心しているくらいのものだった。

「ティグは随分と魔工ってのにご執心なんだな」

「はい、さしあたっての最大の課題です」

 そう答えたティグを、コウトが興味深そうに眺めていた。その日の出来事はそれだけだった。


 その頃には秘密特訓に余裕も出てきており、旅の途中で町に立ち寄れば、町中を回って話を聞く事もできる程にはなっていた。とはいえ、ティグが一人でどこかへ行こうとすれば大抵クリスがくっついてくる。憎からぬ少女の好意に対して、邪険に扱うなどできようはずも無く、結果として調査は進まない。そうでなくとも見知らぬ三歳児が、魔工について何か知りませんか、などと聞いても取り合ってくれる人はいないのである。

 ティグは途方に暮れながらも、地道にやるしかないかと考えていた時のことだった。

「よう、ティグちょっといいか?」

「あーコウトだー、なんだー練習サボりなのかー」

「違うよ、休憩だよ、オーグさんには言ってないけど!」

 声をかけてきたコウトにクリスが絡む。誰に対しても好意で向き合うのがこの少女であった。

「なにか御用ですか?父さんなら依頼を見に行くといってましたが」

「いや、ティグに用事だよ、魔工の事聞いて回ってるんだろ?」

「そうだけど、言いましたっけ?」

 そんな事を誰かに言った覚えは無いのだが、オーグにでも聞いたのだろうか。

「なんだー知っているのかーかくしだてするとようしゃせんぞー」

「いやいや、俺が知ってるんじゃないって、やめて、叩かないで」

「クリス、やめてあげて」

「うん、今日のところは、このくらいでかんべんしてやる!」

「ありがと、うん、別に聞いた訳じゃないけど、ティグを見てたら多分そうだろうなーって思ってな。

 この間も熱心に話してたし、大事な事なんだろ?」

「確かにそうですけど、それがどうかしたんですか?」

「ティグの知らない話を聞けそうな人がいたんでな、案内しようと思ってさ」

 ティグは驚きを隠せなかった。ティグがほぼ1日をつぶしても話を聞けなかったのは仕方ないにしても、何故コウトがその人物を見つけられたというのだろうか。

 ティグが町に出た時に、コウトは確かにオーグに指示された訓練をしていた。日頃の姿勢を見ていれば、訓練を途中で放棄して町に出てきたとは考え難い。となれば、コウトは2・3時間で結果を出した事になる。

「ぜひ、紹介してください」

 疑問は尽きないながらも、断る理由はない。ほかに当てがある訳でもなかったティグは、コウトの申し出を受け入れた。連れて行かれた先では、恰幅がいいだけでどこにでもいそうな中年の女性が家事をしていた。

「おや、あんたまた来たの?

 ああ、その子がさっき言ってた子かい」

「はい、話をきかせてやってください、ああ、その間は俺が洗濯物でもたたんで置きますから」

 そう言って、コウトは手早く女性の仕事を引き受けた。

「それじゃお言葉に甘えようか。

 それで、あんたは魔工の話が聞きたいんだってね、いいよ聞いていきな。

 そう、あれは私が二十歳くらいの頃かね……」

 そこで聞けた話は、核心的ではないものの、確かにティグが聞いた事のないものだった。

「私の知ってるのはこのくらいだね」

「ありがとうございました、すごく面白かったです」

「たすかりました、洗濯物はそこに並べておきましたんで」

「あら助かるわ、こちらこそありがとうね」

 笑顔で家から送り出された後、ティグが礼と驚きを口する前にコウトが先んじた。

「さあ、次にいこうか」

 次に連れて行かれたのは、町中の雑貨店で、そこでも既に話は通っているようだった。

「どうも、さっきの荷物、確かに届けておきましたよ」

「ああ助かったよ、で、魔工の事だったっけ?」

「はい、俺じゃなくてこの子に話してあげてくれますか。

 俺はちょっと用事があるんで、お先に失礼します」

 ティグに礼を言わせる暇もなく、そう言い残してコウトはそそくさとその場を後にした。

 そこで聞けた話も、確かにティグの知らない内容だった。


 話を聞き終えたティグはクリスを連れて宿に戻る。コウトはまだ帰っていなかった。

 先に宿で休んでいたボルドに今日の出来事を話してみた。

「ふむ、やるやるとは聞いておったが、そりゃまた結構な手並みじゃのぅ」

 いつものように笑って、そう感想を述べる。若者が何か成果を上げた話を聞くと、例外なく喜ぶのがボルドという老人であった。

「まあ、お前さんにとっての剣や魔法の代わりが、あの小僧にとってのそういったもんなのじゃろうなぁ。

 興味があるならついていってみるとええわい、わしが口で説明するよりよく分かるじゃろうて」

 いまいちピンとこないティグだったが、素直にうなずいてその話はおわった。

 夕食の前にコウトが帰ってきた。

「ボルドさん、さっき言ってた薬、ありましたよ」

「おお、よう見つけたのぉ、この歳で町中を探して回るのは骨が折れてのぅ」

「ついででしたからね、値切った分から手間賃ももらいましたし」

「そう抜け目がないと可愛げがないの」

「可愛げでこの子達には敵いませんからね、取り入るにしても別の道をさがしますよ」

「賢明な話じゃのぅ、ますます可愛げがないわい」

 笑いながらボルドは荷物を受け取る。

 二人の話が終わるのを見計らって、ティグがコウトに声をかける。

「今日はありがとうございます、おかげでいい話が聞けました」

「ああ、そりゃよかった、聞きたいのと違ってたら悪いなと思ってたんだ」

「いえ、僕じゃあの人達にたどり着けなかったと思います」

 正直な話、雑貨屋の主人はともかく、どうやったらただの中年女性に行き着けるのか想像もできない。そんな事を考えているティグを見て、コウトが口を開いた。

「そっかそっか、そんな助かったか、うん、よかったよかった。

 それじゃ、ちょっとくらいお礼を要求してもいいかな」

「お礼?」

 確かに、ティグには難しい事を手伝ってもらって成果も出た。しかし、ティグにだせる相応の対価など何があるだろうか。あげられる様な物もない以上、なにかをしてくれというのだろう。

「ああ、なに、ちょっとした事だよ、そんな難しく考えなくてもいいし、ほんとに大した事じゃない」

「分かりました、僕にできる事ならやってみます」

 ティグの返事にコウトは軽く笑った。

「簡単な話だよ、その言葉さ、止めてほしいんだよ」

「言葉、ですか」

「そうそう、そのですか、とか、とにかく、ですます言うのを変えてほしいんだ。

 できれば、クリスとかに話すみたいな感じでさ、そうしてくれると色々たすかる」

 何が助かるのか理解できないティグだが、それが礼になるというなら否もない。

「うん、わかった、これからは……そうする」

「そうそう、そんな感じで頼む、ありがとな」

「ところで、コウトが今度町に出るとき、一緒についていってもいい?」

「俺についてくるのか?別にいいけど、結構うごきまわるぞ?」

「あーわたしもいくーおいてくなー」

「クリスは、まあ、邪魔しないなら……」

「なんだとーこの口か、そんなこと言うのはこの口かー!」

「いたいいたい、やめて、やめてって」

「クリス、やめてあげて」

「にどとそんな口きくんじゃないぞ!」

「はい、反省してます」

「クリスはちゃんと僕が引き受けるんで」

「うん、そうして」

 ケラケラとクリスが笑っていた。

 その後戻ってきたオーグとエリシアに、コウトが近隣の野盗や魔物の出没情報を報告する。この情報を集めるついでに、ボルドの用事やティグの話を集めたという事らしい。

 後日、別の町にて約束通りコウトに同行して町を回ったティグは、ボルドの言葉に納得した。ティグの剣や魔法に替わるものが、確かにそこにあったのだ。

 町で交わされる何気ない会話から情報を得て、自然にその輪へ加わると、話を巧みに誘導し、目的の情報を手に入れる。手に入れる情報の種類には節操がなく、その癖まるで繋がりのないと思われた情報から、別の情報源を導いて、そこを訪ねて目的を果たす。時には何の意図もなく行動するクリスやティグをだしにして、会話を広げたりもして見せた。

 数時間で町で聞けるあらかたの情報は聞きつくしたのではないか、そんな事を思わせるほど的確で広範囲な行動だった。その日もティグは魔工の話を聞く事ができたが、それについてもコウトの言に偽りは無く、事のついでに入手した情報だった。

 ティグはオーグの言葉を思い出した。

 求める物を自らで調べ上げる、それもまた冒険者に求められる資質である。それが出来ないのは年齢のせいだと決め付けていた自分が、どれだけ浅はかだったかを思い知らされる。

 こうして、この日を境にティグはコウトの評価を大きく変える事になった。

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