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第14話 - 冒険者 -

 弟子入りを志願した十代半ば程の少年はコウトと名乗った。そして、自分は先日、オーグ達一行を襲撃した野盗団に所属していたのだと告白した。襲撃の時に見たオーグの戦い振りに心を動かされたのだという。

 弟子入りして冒険者を目指そうと心に決めて、野盗団を抜け出してきたとの事で、手土産として野盗団のアジトを教えるから、後顧の憂いを断つためにも、野党団を壊滅させて欲しい、と、そう語った。そこには野盗団が溜め込んだ財宝がある、どうせ汚い金だから横取りしてやろう、とも。

 罠だな。

 罠ね。

 罠じゃのぅ。

 大人達三人は一瞬の目配せで、意思の疎通を完了した。

 まず、その不自然さ。襲撃があったあとすぐに、オーグ達を追いかけて来ていたのだとしても、今日この宿の前で声をかけてくる事がありえない。コウトの話が本当ならば、追っ手を気にしてすぐにでも助けを求めてくる所だろう。宿の前で出待ちなどするはずがない。

 さらに、野盗団の壊滅を依頼するのもおかしい。いくらオーグ達が手練とはいえ、少人数の子供連れに依頼する内容ではなかった。

 そして、最後にチラつかせた財宝の存在だが、財宝と呼べるほどの蓄えがある者が、わざわざ野盗などしている訳がないのである。あの程度の実力の集団が出来る事と言ったら、少人数の行商に不意打ちをかけるか、より弱い同業者から巻き上げるくらいだ。蓄えが出来る程の大仕事など出来るはずがない。

 他にも、数え上げればきりがない程に穴だらけの内容を見るに、思慮も経験も足りない頭目辺りが、面子でも気にして急遽ひねり出した策なのだろう。

 随分安く見られたものだが、良い点もある。罠と分かって付き合う必要もないが、条件さえ合うのなら、状況を上手く利用して、この野盗団を本当に壊滅させてもいいのだ。

 一見して小物だとは思っていたが、藪をつついて毒蛇にかまれる類の輩だったらしい。

 オーグはもう一度ボルドの方を見る。視線を受けたボルドはニヤリと笑い、小さく頷いた。

「それじゃあコウト、宿の方で詳しい話を聞こうか」

「ふむ、話が長くなりそうじゃて、わしはちと所用を済ませてくるかのぉ」

 オーグ達がコウトを宿に招き入れる所で、ボルドがそう断って一人別行動をとった。

 宿に入ると、自己紹介もそこそこにオーグの質問攻めが始まった。

「それで、野盗は何人くらいいるんだ?」

「えっと、この間何人かやられたので、八人です」

 20人はいなさそうだな、とオーグは見当を付ける。

「野盗の中に魔法使いはいるか?」

「いえ、いません、あ、使ってる所を見た事がないだけですけど」

「何年くらい野盗団にいる?」

「二年ほどです」

「……両親は?」

「いません、ずっと前に殺されて、名も覚えてないです。

 その後は、野盗に拾われて売られずに育てられて、その野盗団が潰されて、潰した野盗に拾われて、そこがまた潰されて、そんな事を何回か繰り返してきました」

 大体の予想はついていた。辺境の治安の悪さは、いくらでもそのような子供を生む。コウトの話にしても、さして珍しいものではなかった。

「そうか……しかし、そんな子供の頃に引き離されて、よく売られなかったな」

「よく覚えてないけど、目端が利くと言われた覚えがあります」

「今は利かないのか?」

「いえ、弟子にして貰えるなら、役に立ちます!」

 ぬけぬけとそんな事を言うコウトをオーグが見やる。

 野盗団の中でも一段と若いであろうこの少年の扱いをどうするか。置かれた環境を考えれば、そう言う生き方を選ばざるを得なかったのは理解できた。

 このあと策を逆手にとって野盗団を壊滅させたとして、その一員として役人に突き出せば大した弁明もできず処刑されるだろう。主導的な立場であろうはずもないこの少年に、そういった末路を与えるのも少々気が引ける。

 だからと言って、意味も分からずオーグ達を罠に嵌めようとしている、という事もないのだ。罠にかかれば、オーグ達が無事で済むはずがない。

 コウトが子供達を巻き込む事を分かった上でやっていた事を思えば、気軽に旅に加えようとも思えない。同情心を出して持て余すくらいなら、そのまま放り出した方がいいだろうとオーグは結論づけた。慈善をやっている訳でもないのだ、懸念材料は少ない方がよかった。


 しばらくしてボルドが帰ってきた。その隣には先日護衛した行商人がいる。

「本日は良いご商談をいただきまして、ありがとうございます」

「まだ決まった訳では無いがの」

「そうだな、それで爺様、依頼は出てたかい?」

「うむ、まあやはり、大した額ではなかったがの、申請はしておいたぞ」

 そう言ってボルドは一枚の紙を差し出した。それは近隣の野盗討伐を受注した旨を示す書類だった。一般的な相場よりも少ない報酬額を見る限り、やはり小物の野盗団だったらしい。

「そちらとの話はまとまってるのか?」

「途中まで荷馬車を貸してくれるそうじゃ。

 その後は町に戻って報告を待つという事になったわい。

 終わるまで近くで待っててくれれば楽なんじゃがのぅ」

 そう言ってボルドが行商人の方に顔を向ける。

「私としても危険は避けたいですからね」

「いえ、ご協力に感謝してますよ、ちょっと地図を貸してもらえますか」

 条件は整った。普通ならこの程度の依頼は、アジトを突き止める手間や費用、降りかかる危険を考えれば、割に合わないと無視される類のものだ。

 しかし、今回は相手の居場所が分かるうえに、実力もたかが知れていた。ちょうど行商人にもつてがあったおかげで、野盗の持つ物資を引き取ってもらう段取りも終わっている。

 野盗などの討伐依頼は、特別な条件がない限り、慣例として討伐者が野盗の持ち物を接収出来るのだ。

 それだけの見返りがあるなら、今回の討伐は十分に身入りのいい仕事になるだろう。

 オーグに求められて行商人が地図を取り出した。

「さあコウト、野盗のアジトがどこか教えてくれ」

 あれよあれよという内に進んでいく話に、すでに置いていかれ気味なコウトは、話を振られて目を白黒させている。

「あ、あの、場所なら、俺が先導して」

「なぁに、地図があるんだから、場所を教えてくれるだけで十分だ。

 危ないから、無理についてこなくてもいいぞ?」

「い、いえ、ついていきます!」

「そうか、じゃあ場所を教えてくれ」

 地図を差し出され、やや逡巡した後、コウトは諦めたように場所を指し示した。そこはこの町から普通に行って、一日半程の林の中だった。コウトが回り道でも教えて、その道のりを二日程に引き伸ばすつもりだったのかもしれない。

 この場所で樹上にでも待ち伏せられて、一斉に矢でも射掛けられれば厄介な事になっただろう。

「あの、準備とかは」

「大丈夫、今すぐ出発できる、ですよね」

 そう言ってオーグが行商人に振る。

「ええ、必要な物は表の荷馬車に積んであります」

「この場所なら急げば一日で行けるな」

「い、一日ですか」

「こういうのは時間との勝負だからな!」

 野盗の準備が整う前に仕掛けられれば、仕事は随分楽になるだろう。


 やや早足で歩く馬が引いている荷馬車には、行商人と子供達が乗っている。大人三人とコウトはそれについて、軽い駆け足で目的地へと向かっていた。体力は使うが、今回は何よりも速さが肝要なのである。

 道中でのコウトは口を出すのを諦めたようで、口数少なく強行軍についてきていた。

 急いだかいもあって、一行は夕方頃に目的の林まで丘一つといった場所までたどり着く。この辺りの目立たない場所で早めに眠り、朝駆けを仕掛けるのだ。

 行商人は必要な食料を置いて町へと引き返す。こうすればオーグ達が失敗しても、行商人は被害を受けないで済むのである。うまい話には乗りたいが、できる限りリスクは負いたくない、その妥協点がここまでの同行であった。

 明け方までの間は、大人三人が交代で見張りを行う。万が一の奇襲に備えての事ではあるが、コウトが抜け出して野盗に知らせに行くのを防ぐ為でもある。もっとも、当のコウトは強行軍に疲れ果て、そんな余裕は残っておらず、明け方に起こされるまでぐっすり眠っていた。

 山の端が白むかどうかといった頃には、全員が目を覚まして林に向かう。野盗はまともに警戒もしていなかったのだろう。林の外から焚き火の煙が望めたので、容易におおよその位置を掴むことができた。

 宿営場所の様子もお粗末なもので、歩哨らしき男が一人座り込んで眠っており、他には誰もいないといった始末である。

 拍子抜けするほどの相手ではあるが、手強いよりは余程有難い事だった。

 仕掛ける前に、オーグがティグに耳打ちする。

「ティグ、コウトがお前達を人質にしようとしたら、遠慮なく斬り捨てろ。

 これは実戦だ、迷えば誰かが犠牲になる、そう思え」

 オーグの表情は、その言葉に嘘がない事を雄弁に物語っていた。

 ティグとクリス、そしてコウトをその場に残して、オーグ達は行動を開始した。


 眠り込んでいた歩哨の男は、そのまま永遠に目を覚ます事も無くなった。オーグが眠っている野盗達に忍び寄り、一人ずつ静かに止めを刺していく。エリシアとボルドは気づかれた時の事を警戒して注意を払っているが、この調子なら二人に出番はないだろう。

 見事なものだとコウトは感心する。予想よりも一枚も二枚も上手を行っていた。

 コウトがふとティグ達の方を見ると、ティグがクリスとの間に立ちこちらを警戒していた。三歳児が剣に手をかける様は、どこか滑稽だったが、それとは別に笑いが浮かんできた。やはり、コウトの正体もとっくにバレていたようだ。ここに向かう途上で、何となくは分かっていた事だった。

「別に何もしやしないさ、俺の負けだよ」

 コウトはその場に腰を下ろし、両手を上げた。こうなった以上抵抗は無駄だと分かっていた。頭目と取り巻きを合わせた何人かはまだここにいないようだが、彼らではまともな抵抗も出来ないだろう。実力が違いすぎた。

 それはコウトが初めて見た本物の冒険者の姿だった。経験に裏付けされた的確な判断と迅速で大胆な行動は、それだけを取ってもコウトが今まで見てきた野盗達とは、明らかに一線を画するものだった。

 コウトの語った過去、目端が利くというのは本当の事だった。それを活かして野盗達の中で生きてきた。的確な者に取り入り、言われる前に動き、どんな言葉にも従って、絶妙な瞬間に裏切った。

 だが、見た事のないものは判断のしようもない。だから、見誤ったのだ。オーグ達の実力を的確に判断出来ていれば、最初からそちらにかけていただろう。

 コウトはどちらが勝つのか分からなかった。だから、頭目の策に従い、オーグ達の所へ赴いた。オーグ達が策にかかればそれまで、逆ならオーグ達に取り入ればいい。

 上手くやる自信はあった。自身の境遇を前面に出し、反省を見せ、更生を誓う。それで今回も生き残る事が出来るだろう。

 だが、コウトの中には一つの誤算が生まれていた。

 それはおぼろげな記憶の片隅にある、いつか語り聞かせてもらった物語。コウトの置かれた現実は、それとは余りにかけ離れていた。だからそれに蓋をして、決して見ないようにして生きてきた。そんな物は夢物語だと自分に言い聞かせてきた。

 なのに今、目の前にそんな夢物語の住人が現れたのだ。襲い来る野盗を軽く蹴散らし、その復讐を難なくはね返す。目指すものに向かってまっすぐ進み、立ちはだかる困難を当たり前のように踏みしだく、そんな冒険者の姿がそこにあった。

 コウトは彼らと共に行きたいと思った。しかし、今までいっぱしのものだと思ってきた自慢の目端が、彼らの前では余りにも安っぽいものに思えた。彼らにしてみればコウトは罠を仕掛けた野盗の一員である。どの面下げて仲間にして下さいなどと言えるというのか。

 コウトの目には、彼らが余りにも眩しすぎたのだった。

 宿営地にいた野盗の殲滅を終えて、オーグ達が戻ってきた。座って両手を上げているコウトをみて大体の事情は理解したらしい。

「あそこには八人いたが、残りは何人だ?」

「それなら頭目と取り巻きを合わせてあと六人です。

 あと、町で俺の動向を監視してた奴らが二人」

「ああ、そいつ等ならわしが町でふん縛っておいたぞ」

 そうでしたか、とコウトは苦笑いを浮かべる。何から何まで見通されていたらしい。

「素直だな、観念したのか」

「ええ、そりゃもう、どうしようもないくらいに」

 今更抵抗する意味がない事は自明であった。夢の世界の住人に、自分のような小悪党が加わって、一体何ができるというのか。なんともおこがましい望みを持ったものだ、コウトそう思って自嘲した。

「お前は、これからどうする?」

「これから?」

 オーグのその言葉にコウトは顔を上げた。コウトをここで斬り捨てるつもりも、役人につき出すつもりも無いという事なのだろう。

 それが分かった瞬間に目が覚める思いがした。今この瞬間、コウトにはオーグの言葉の裏にある意図が見えたのだ。

 ただそれだけの事だが、それが自分の武器で、自分にはそれしかなかったのだと、思い出した。そして、その武器はまだ折れていないと気づいたのだ。ならばやれるだけやればいい、その武器を使って。自らの望む所を勝ち取って見せればいい。

 コウトの眼が周囲にいる一人一人を、つぶさに観察し始める。

 誰に発言力があるのか。誰が誰に影響力を持っているのか。余裕があるのは誰で、それが無いのは誰か。誰が何を警戒して、何を想定しているか。何をして欲しくなくて、何を求めているか。譲れないものは何で、そうでないものは何か。

 これはコウトの戦いであり、まだ終わっていない戦いだ。オーグ達は勝敗が決していると考えているが、それは違う。コウトの勝利は、彼らと共に行く事で、それは、必ずしも彼らの勝利とは矛盾しない。ならば、勝ち目は、ある。

 後の世に語られる北部大陸の英雄・屠竜王(とりゅうおう)。その傍らに侍り、竜の眼と(あざな)される稀代の眼力を持つ男の、若き日に見せた片鱗がこの戦いであった。

 その眼に力が篭もる。最初の一撃で、突破口を穿つ。真正面からの一撃だ。

「最初に言った通り、弟子にして下さい」

「悪いけど、いまいち信用できない奴を、仲間に迎え入れたくはないな」

 臆面もなく言い放たれたコウトの言葉は、難色をもって迎えられる。そうなる事は分かっていた。自分達を罠に嵌めようとしていた野盗の言葉である。

 そして、オーグの返答に対して誰からも異論が出ない以上、それが全員の総意だろう。だが同時に、今の言葉は完全な否定ではなかった。コウトに対して、いくらかの同情心は持っているし、完全な不信感を持たれている訳でもない。

 これは最初の一撃で見えた確かな隙であった。コウトは追撃を打ち込む。

「連れて行ってもらえれば、役に立ちます」

「役に立つ、か。剣か魔法か、それとも他の何かが使えるのか?」

「いえ、どれも大した腕じゃないです」

 そんなところで嘘をついても仕方がない。姑息の手段など信用を失うだけなのだ。

「それじゃなんの役に立つつもりだ?」

 オーグは首をかしげ、エリシアと子供達は黙って行方を見ているが、どうやらボルドは興味を示したように見える。追撃も効果は上げている。

 しかし、ここでコウトが下手を打てば、言下にでも道は絶たれるだろう。ただ一言の失言がコウトの敗北に直結する中でも、勝算はあった。

 オーグ達の抱える懸念は簡単に分かった。コウトの反抗や悪巧みなどものともしないであろう、一廉(ひとかど)の冒険者達がそれでも細心の注意を払う理由だ。

「子供達を、この身に替えても守ります。それを以て信用にかえてください」

 オーグは目を細めてコウトを見直した。警戒させてしまっただろうかと、コウトの心中に不安が浮かぶ。そこにボルドが言葉を挟んできた。

「なかなか賢しい事を言う小僧じゃがの。

 ただの言葉だけで信用しろと言うつもりかね。

 いざという時になって、子供達を放り出して逃げんとなぜ言えるのかのぅ?」

 ボルドのそれは、意地悪や警戒ではなく、コウトの問答に対する興味からくるものだろう。この一行の主導者はオーグではあるが、独裁的な立場というわけではない。色々な野盗団の頭目達の様に、口を出すな、と声を荒げたりはしないのだ。

 ボルドの質問は、いわゆる一つの試験なのだろう。その答えが、大きな判断材料になる事は間違いなかった。

 ならばと、コウトは最初の一撃で見出した隙に、狙いを定める。

「この野盗団は今日で壊滅するだろうし、俺には何の後ろ盾もなくなります。

 例えここで見逃してもらっても、長年野盗団にいた俺じゃあ、どこに行ってもいつ素性が割れるか、怯えながら生きる事になる。

 そうして町を追われれば、俺はまた野盗に身を落とすかもしれない。

 他に生きる道が出来たのに、またそんな生き方に戻るのなんてまっぴらだ。

 裏切って逃げるという事は、そう言う生き方を選ぶって事です」

 冒険者ならば、すねに疵を持つ者でも相応の結果を出す限り、それを理由に爪弾きにされる事はない。それはあえて言わなくても、オーグ達には分かるだろう。

 コウトの言った事は本心である。理屈と本心で、オーグの見せた同情心を煽る。現状でコウトが出せる最大の手札だった。

「ふむ、なるほどのぉ……どうじゃね、オーグ」

 ボルドからの反論はなく、オーグに話を振る。及第点は満たせたのだろう。

「話は分かった、分かったが、聞きたい事がある。

 なんで俺達について来て冒険者になりたいという?

 話しててお前の目端が利くってのはよくわかったが、それだけの器量があればさっき言ってた心配事くらい、難なくやり過ごせるだろう。

 危険を冒して、子供達の盾になるとまで言って、そこまでして冒険者を目指す理由はどこにある?」

 オーグの顔に遊びはなく、ただ真っ直ぐにコウトを見据えていた。

 戦いは終わった。コウトが望みうる、最上の結果を出せたのだ。問答を通して自分の武器を認めさせ、否定的だった意見を返答しだいという所まで引き寄せた。そしてなによりも、コウトの心情を聞きたいと思わせる事が出来たのだ。

 これ以上の駆け引きは必要なかった。後はただ、自分の思いを伝えればいいのだ。今ならば、この人たちにならば、それを真っ直ぐ受けて止めてもらえるだろうから。

 コウトは飾る事なく、隠す事なく、己が心情を言い連ねた。

 それは野盗に嫌気が差しながらも、抜け出す事のできなかった無力さであり、心の底に押し込めていた、遠い記憶にある憧れだった。突然目の前に現れた冒険者達に圧倒された感動を語り、自分を認めさせる為に弄した手練手管を明かした。

「だから俺はどうしても、あなた達の仲間になりたいんです!」

 最後にそう締め括られたコウトの思いの丈を、オーグ達はただ黙って聞いていた。

 熱を持った赤裸々な想いと言葉を、全て伝え切って上気したコウトの顔には、恥じ入る色どころか誇らしさすら漂っていた。


「わしは構わんよ、最後まで賢しい事を言うだけならば、反対しようと思っとったがのぉ」

 そう言って破顔するボルドの意見に対し、オーグとしても異論は無かった。返答が遅れたのには別の理由があった。

 コウトが熱っぽく語る想いの端々が、数年前のオーグ自身と重なって思えてしまい、そんなものを長々と聞かされたものだから、恥ずかしくなってしまったのだ。

 思えばオーグが冒険者を志して家を出たのも、この少年とさほど変わらない歳の頃だった。あの頃の自分に、これだけの事が語れただろうか。

 コウトが示してみせたのは、若いながらも確かな力の片鱗だった。それを目の当たりにして、そのまま捨て置くなどするべき事では無いだろう。

 上気した顔で裁定を待つコウトにオーグが告げる。

「ああ、わかった、お前の勝ちだコウト。

 望み通り、きっちり一人前に育ててやろう」

 コウトはその言葉を噛み締めるようにゆっくり笑った。

「よろしくお願いします!」

 こうして一行に、新しい仲間が加わる。冒険者見習いコウト、当面の役目は子守と雑用であった。

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