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第13話 - 旅の途上 -

 良い獲物を見つけた、そのはずだった。

 一台の荷馬車を引いた行商人の一団。

 まともな戦力は若い男女と中年の行商人だけである。仮に老人が魔法使いだとしても、あの歳になっても前線で稼がなければいけないと言うなら、腕の方もたかが知れていた。

 極めつけは、二人の子供だ。回り込んで人質にしてしまえば、親族であろう大人達はろくな抵抗も出来なくなる。

 まあ、こんな場所で10人を超える野盗団と出くわすとは、想定していなかったのだろう。そう考えると、野盗の頭目は笑いが止まらなかった。

 暴れるようなら男は殺し、積荷を奪い、女子供は売り飛ばす。女の方は売る前に十分楽しめそうな器量じゃないか。既にそんな皮算用が、頭目の脳内で始められていた。

 二人の部下を子供を狙う搦手として回り込ませる。


 昼間の林にはベタついた空気が漂っていた。湿気のせいだけではない、人の醸す独特の悪意を孕んで、そんな空気が出来上がるのだ。

「オーグよ、気付いとるかのぉ?」

「ああ、結構いるみたいだな」

 そんな空気を素知らぬ顔で受け流しながら、小声で確認し合う。

「まあ、滅多なことはないと思うがの、念の為、子供らにはわしが付いとくぞ」

「ああ、そっちは頼むよ爺様」

 数はそれなりにいるようだが、そこまでの危機感はない。血気にはやる新米の野盗団といった所だろうと、当たりを付ける。

 危険の大きい野盗団は、嫌でもその噂が聞こえてくる。慣れた行商人ならその動向をある程度分析、予測した上で旅程を組む。辺境を行く行商人の旅は隊商と違って、多少の旅順の変更は最初から組み込まれているのだ。

 オーグ達が護衛を引き受けた行商人も、十分に経験を積んだ人物だった。その人物が立てた旅程で野盗が出るなら、未だ悪名も上がっていない程度の駆け出し集団なのだと予想がついた。

 隊列を整え、武器に手をやって、その存在に気づいている事を知らせる、これで引いてくれるほど思慮があるとも思えないが、やらないよりはマシだろう。

 案の定、林の影から野盗達がゾロゾロと姿を現した。オーグよりも若い顔が多く、装備も不揃い、傭兵崩れという訳でもなさそうだ。一応、魔法使いの存在だけは警戒するが、この面子ではその恐れも少ないだろう。

「大人しく捕まるなら、命くら……」

 オーグの投げた手斧が、口上を述べ出した野盗の胸部に突き立った。この段に至って交渉の余地があるはずも無い。戦力で勝ると確信している野盗相手に、なんの譲歩を期待するというのか。

「この野郎!テメェら、ヤッちまえ!」

 奥にいる頭目と思しき男が声を上げた。さすがに、自身が先頭に立つほど馬鹿では無いらしい。残念だ。そう思うと同時に、実力の方も恐れる必要はなさそうだった。

 希に、手練の頭目が先頭に立って大暴れする盗賊団というのが存在する。そんなに実力があって危険を顧みないなら、冒険者にでもなればいいと思うのだが、まあ今は関係のない話だ。

 最初に向かってきた一人に一太刀いれて手傷を負わせる。そこを狙って左右から打ち込まれてきた剣撃の片方を、オーグは盾で受け止めた。

 もう片方はオーグの身体に届く前に、後方から放たれた魔法の水弾で、野盗の身体ごと遠くに吹き飛ばされた。信頼できる後衛がいれば、同時に複数を相手取る危険を冒さなくてよいのだ。そうなれば単純な実力勝負。オーグがそうそう遅れを取ることはない。

 オーグの前には四人の野盗が剣を揃えて出方を伺っていた。一斉にかかってくれば、多少は手こずりもするだろうに、そう思いながらオーグは黙って対峙する。

 最初に一人、切りつけて二人、水弾で吹き飛ばして三人。あと、二、三人も切り捨てれば、勝手に引き上げていくだろう。

 ボルドと子供達がいる荷馬車の後方で破裂音が二つ、その後に男の叫び声が続いた。

 破裂音には心当たりがあった。ボルドの得意とする風魔法だ。

 離れた任意の場所で空気を破裂させる技だと言っていた。十歩ほどの距離なら即座に精密な狙いがつけられ、事象の発生も一瞬なので燃費がすこぶる良いとの事だ。一撃で人を昏倒させるような威力はないが、不意打ちやかく乱にはもってこいらしい。

「若い頃はそりゃもう、切り裂く風の刃だの荒れ狂う大竜巻だのを好んだんじゃがな、

 そのうち、そんなもんは無駄に魔力を浪費してるだけだと気づいてのぉ」

 ボルドのそんな話を聞いて、なるほどこれが年の功というやつかと感心したものだ。

 その熟練の風魔法で怯んだところに、ティグが短剣でも投げたのだろう。

 こちらの方も、エリシアの仕込みが終わったらしい。とっとと片を付けよう。

 対峙していた四人の内、右端の野盗に向かってオーグが突っ込んでいく。驚いて闇雲に振るわれる剣を自分の剣で捌き、勢いそのままに盾による突撃をぶちかました。

 他の三人からの援護は無い。当然だ。エリシアの魔法で造られた土塊の腕が、残った野党共の足を掴んで離さないのだから。オーグにばかり集中していた野盗は、足を踏み出そうとするまでその事に気づいていなかった。

 倒れ伏した野盗の頭を、剣ではなくあえて持ち替えた戦棍(メイス)で叩き割る。その一撃で戦棍についた脳漿を、足を取られて動けない野党達に向けてひと振りする。

 振り払われた肉片が野盗達の顔に飛び散った。気分は良くないが、脅しにはもってこいの演出だ。

 所詮はゴロツキの集まりである。そこまでされて、士気を維持する事など不可能だった。

「ま、まて!逃げるな!」

 逃げ出す手下に向けて叫ぶ頭目の声にも、恐怖の色が滲んでいた。

 結局、頭目の男も、覚えてやがれ!などと、なんともまあ、月並みな捨て台詞を残して、この場から退散していく。

 今のオーグ達の仕事は護衛である。ならば追い払う以上の事をして無駄な危険を冒す必要はない。一行は逃げる野盗達の背をただ見送るのであった。


 ティグ達が半年間滞在した町を出たのが二週間前。辺境に近い町へ向かう行商人に、護衛として雇われての旅である。

 野盗に襲われたのは、目的の町まであと二日といった場所での出来事で、今回の襲撃以外は特に何事もない旅路だった。

 町に到着して護衛の契約が終わる。報酬を受け取る時に、次の旅の護衛もやらないかと求められた。先だっての襲撃で、オーグ達の実力を評価したらしい。

 しかし、今回の依頼では子供連れという事を理由に随分足元を見られていたし、目指す方向もオーグ達とはややずれていた為、その申し出は丁重に断った。

 行商人はこの町にしばらく滞在し、積荷の仕入れや販売を行うらしく、別れ際に、御用の時は是非、などと言う辺りはさすが商売人だと感心してしまった。

 ティグ達一家の当初の目的地は、半年滞在していた町から北東方面へ進んだ地域であった。しかし、そこにボルド達が加わり、目的地が北西方面に変更となる。

 北東方面はオーグ達が冒険者時代に鳴らした場所であり、北西方面はボルドの旧知が暮らしている地方だった。

 そのどちらも辺境領土と言われる、冒険者が広く活躍している地域である。

 北部大陸・南西地域は、中央大陸との交易などもあり開発が進んでいる。隊商が旅するのも、この開発された領地の中での事となる。

 この地域を領地として所有しているのが、北部公爵といわれる中央大陸の大貴族である。その領地を分割し、そこに派遣された代官が地方貴族となり現地を治めている。

 辺境領土とは、地方貴族が統治する領地と未開の辺境の、緩衝地域を差す言葉で、多くの開拓集落が点在し、そこでは地方貴族や地権者から出される依頼が溢れているのだ。

 今の戦力ならば自分達だけで辺境領土を目指す方が、行商人に同行して移動するより旅足は早くなる。しかし、それをするには先立つものが不足していた。物資を運搬する荷馬車や、旅に必要な物資そのものも大量に用意しなければいけないのだ。

 今しばらくは、ゆっくりとした旅路を歩む他なかった。


 ふと思い立ったティグが、これからボルドの訪ねる人物について聞いてみると、ボルドは懐かしそうに、誇らしそうに、その人物について語ってくれた。

 彼はボルドが若い時分に苦楽を共にした戦士であり、仲間達と共に竜に挑んで、破れ、唯二人だけで生き残った人物であると。

 その後も共に冒険を重ね、やがてボルドが妻と中央大陸に渡った後も、その戦士は冒険者として一線に残り、終には竜殺しを果たし、辺境貴族として領地を得たのだという。

 竜を倒して得た土地には、その竜を倒したパーティの名が付けられるという。その土地についた名は、忘れもしないかつてのパーティの名前だった。

 それは正に、若い冒険者が見る夢のような話であった。

「こんな歳になってから、世話をかけに行くのも気が引けるんじゃがのぉ」

 そんな事を言いつつも、そこには消えることのない仲間への信頼があった。


 故に、町についたその夜に、酒場で激高したボルドを、責める事は出来なかった。

「もう一度言ってみい、この若造がぁ!」

 理由は、とある竜殺しの辺境領主にまつわる醜聞だった。何十年も昔に成された偉業の知る人ぞ知る裏話という、なんともいい加減な謳い文句の与太話である。

 それは、竜殺しを果たしたパーティで起こった悲劇だと言う。激戦を生き残った仲間たちを、一人の戦士が次々と斬り殺し、その栄誉を我が身だけに授かったのだと言う。領主となった戦士は悪政を敷き、領主がその子に代替わりするまで、長く領民を苦しめ続けたのだと言う。

「んなもん、あの地方に行けば嫌でも聞こえてくる話だよ!

 文句があるならそいつらに言えってんだ、喜んで話してくれるだろうよ!」

「なんじゃと、この!」

 その場はオーグとエリシアが押し止め、事なきを得た。その後、酒場を出て落ち着いたボルドが、不安そうなクリスを抱いて、仲間達に謝る。しかし、その顔には隠しようもない陰りがみえた。


 そんな事を翌日まで引っ張るほど、ボルドは若くなかった。

 宿で朝食をとった時には、あんなもんただのやっかみじゃよ、そう言って笑ってみせた。内心がどうであれ、もうそれをおくびにも出す事はなかった。

 食事を終えて、目的の地方へ向かう行商人を探そうと宿を出た所で、なんとも珍妙な客が一行を待ち受けていた。

「お願いします!弟子にしてください!」

 開口一番そう言って、オーグに視線を向ける一人の少年だった。

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