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第9話 - 迷子 -

 父の血筋からくる紅い髪と、母から受け継いだ、希少な黄色の瞳を持つ少女は、すれ違った歳下の男の子を思う。

 入れ違いで隊商のテントに入っていき、顔役の男に親しく迎えいれられた男の子は、自分と同じ旅暮らしなのだろうと。

 一所に留まらず、故に親しく話す友人もいない。あの子も同じなのだろうか。もしこの隊商に参加できていたら、わずかな間でも親しくできていただろうか。

 隊商は明日この町を立つという。少女は忘れる事にした、もう会う事もないだろうから。


 その日、少女は一人で町を歩いていた。隊商が町を出た翌日である。

 どうせ直ぐに離れる町だ、友達なんか出来ないし、いらない。そんな事を思いながらふと視線を向けた先に、見覚えのある男の子がいた。

 二日前、隊商のテントですれ違った男の子だ。この町の子供だったのだろうか。その割には隊商の顔役と親しそうだったが。

 興味を引かれた少女は、男の子の跡をつける事にした。どうせやる事もなかったのだ。

 男の子は人目を避けるように路地を進んでいく。何かを探しているのだろうか。

 やがて男の子は路地裏の空き地に行き着いて、辺りを確認するように見回した後、その場で座り込んだ。

 見つからずに済んだ事に胸を撫で下ろしつつ、少女は好奇の視線を男の子に向けていた。いよいよ、何かする気だ。

 そして、少女は目を丸くした。男の子の差し出した手のひらに、真っ赤な炎が現れたのだ。

 魔法だ、自分より小さい子供が、魔法を使っている。

 少女の祖父は魔法使いだ。少女は祖父に連れられて旅をする傍らで、魔法の使い方を教えてもらっていたが、さっぱりわからなかった。

 祖父は、小さい頃はそんなものだと笑っていた。

 少女はただただ驚きの思いでその様子を眺めていたが、唐突に炎が消え去り男の子が地面に突っ伏した。

 何事かと駆け寄ろうかどうしようか迷っている間に、男の子は体を起こし、体勢を変えて、再び魔法を使う。しばらくして炎が消え、今度はカクンと頭が落ちた。

 少しして頭が上がり、炎を出して、それが消えて、頭がカクン。

 出して、消えて、カクン。出して、消えて、カクン。

 そんな事を何度も繰り返している。

 最初こそ驚いた少女だったが、いい加減飽きを感じてきていた。

 声をかけてみようか、そんな事を思い始めた時に、ふと気づいた。一連の動作の間隔が、だんだん短くなっている。

 なぜだろうか、聞いてみよう、何をやっているのかも。

 少女が歩み寄り声をかける。

「君はなにしてるの?」

 反応がなかった。そして、近づいてみて分かった、何かおかしい。

 男の子の頭は、もう殆ど上がっていない、それでも一連の動作は行われていた。

 その身体は小刻みに震え、時折小さく跳ねるような動きを見せる。

 両膝の間の地面には吐しゃ物が貯まり、糸を引く口元には泡が付着していた。

 過去にそんな症状を見た事があるわけでは無かったが、少女は恐怖を感じた。

 少女は踵を返し、全力で駆け出した。彼女が唯一、頼れる者の下へ。


 同道を断られた隊商が街を出た翌日、年かさのいった魔法使いは宿の一室で窓から町を眺めていた。若い頃は、こんな時間の潰し方が出来るなどと、思っていなかった。

 あの頃より手持ちの時間は随分減っているのに、その使い道は贅沢になった。

 悪くはない、そんな事を思っていた矢先、散歩に出ていた若さの固まりが、血相を変えて部屋に飛び込んできたのだ。

 男の子が魔法を使って大変だ、という様な言葉を並べ立て、とにかく急げと袖を引く。

 この歳でその若さに付き合うのは、正直骨が折れる思いではあったが、黄色の瞳に涙まで浮かべた、常にない孫の様子にほだされて、孫を抱えて案内を乞う。

 老いたとは言え、歳の分だけ魔力の扱いは熟れている。枯れた我が身に魔力を滾らせて、孫が一人で駆けるより随分速く走ってみせたのだが、それでも急げ急げと急き立てられた。

 なんとも祖父使いの荒い孫である、などと思いながらも、ついつい求めに応じてしまうのは、祖父ゆえの甘さであろう。

 そんな事を考えている内に、孫があそこと騒ぎ立てる空き地に至る。

 そこでは、孫より幼い男の子が、死にかけていた。


 冒険者としての膨大な経験の中に、その例はあった。

 気のいい仲間達と、ほかならぬ我が身に与えられた辛苦の記憶。

 優れた力と増長は、常に薄皮の一枚で隔てられている。

 あの日、龍を狩ろうと言い出したのは誰だったか、止めようとした者がいなかったのだけは覚えている。

 龍を殺せば英雄だ。その縄張りはそのまま人の土地となり、その地には成果を上げたパーティの名が付けられる。その身は余す所なく世に流れ、対価は王侯にも並ぶ暮らしを約束するだろう。

 しかし、実際に得られた無謀の対価は、仲間四人の死と、生死の際を彷徨った経験である。

 生命の請求を免れたのは自分ともう一人だけだった。

 その四人の内一人の死に様が、丁度目の前にいる男の子と同じ様であったと、そう聞いた覚えがある。

 二人の魔法使いは、ひたすらに魔法を使い続けた。龍に手傷を与えるためでなく、誰か一人でも生き残らせる為だった。

 それは見事な成果をあげた。彼の龍の元から一つの遺体と、二つの命を持ち帰らせたのだから。

 自分と共に生き残り、この身ともう一人の魔法使いの身体を持ち帰ってくれた戦士が、後に語ってくれたことだ。

 二人の魔法使いが魔力切れの果てに、一人は死んで、一人は命を取り留めた。

 生き残った片方が、今この場所にいる。


 男の子の症状は、深刻な魔力切れからくるものだった。

 朦朧としながらも、未だに魔法を使い続けているのは、深い専心の賜物ではあるが、今はそれが故に致命の行為に繋がっている。

 こんな子供がなぜ、とは思ったが、一瞬でも迷想に時間を費やすのは、この子を殺すのと同義だった。

 炎を纏う手を握り、そこに集って顕現しようする魔力を散らす。事象が生まれなければ魔力は消費されない。

 老人の手を炎が焦がす。驚かずにはいられなかった。

 魔法使いが同じ魔法でぶつかれば、その事象により深く通ずる者が、その事象を制することができる。こんな幼い子供が、自分よりも炎に通じているというのだ。

 それでも、魔力の扱いには天と地ほどの差がある。魔力の流れを散らすのは容易だった。

 しかし、事態の悪化を防いだだけで、好転した訳ではない。男の子は着実に死へと向かっている。

 どこかの神話に、神の使徒が死に瀕した傷病者を、神聖なる魔法を以て癒したという逸話がある。出鱈目だろうと老魔法使いは思っている。

 この歳になるまでそんな便利な魔法には、終ぞ出くわした事はない。

 そんな魔法があるのなら、今ここにこそ持ってきて貰いたいものである。

 だが老魔法使いにはそれに代わる知識と経験があった。

 人の体は魔力に助けられている。熟練の戦士の中には我が身の局所に魔力を偏らせ、瞬間的に超常の動きを見せる者がいた。多用すれば戦士でも魔力切れを起こしかねない危険な裏業だ。

 これからするのはその応用、子供の身体に魔力を注ぎ入れるのだ。人の器に収まりきらない魔力は溢れ出ていくが、それでも僅かな時間は作用を強める。生き物の身体の作用は活動する事、それが強まれば息を吹き返すかもしれない。

 その対象が子供であることが幸いした。成人であれば、老魔法使いの魔力は瞬く間に底をついただろう。魔力の器は身体である。そうである以上、小さな子供の身体ならそれだけ長い時間、魔力を満たす事ができる。

 可能な限り魔力を注ぎ、自身の魔力が満ちるのを待ってまた注ぐ。老魔法使いの魔力が三度目の底を迎えようとした頃、ようやく男の子の容態が安定してきた。

「もうだいじょうぶ」

 心配そうに事態を見守っていた孫に、ゆっくりとそう伝える。強張っていたその顔から力がぬけるのが見て取れた。

「で、この子はどこの子なんじゃ?」

 孫は祖父の質問に首をかしげて答えた。

「知らない子」

 老魔法使いに降りかかった厄介事は、まだ終わっていないらしい。

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