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幼い頃、好きだった童話がある。
それは人の足を持たず、魚のひれを持つ姫の話。
彼女ははじめて知った外の世界で恋をし、夢を見た。人の足を持つ王子の傍にいるという夢を。
そしてその夢を叶えるために、彼女は自ら本来あるべき世界を捨てた。王子のいる世界に飛び出したのだ。
けれどその代償はとても大きかった。
声を引き換えにもらった足は、歩くたびに痛む代物。その上、王子と結ばれないと泡になるという。
それでも彼女は全てを受け入れた。海を捨て、陸に上がった。
きっと彼女は期待と不安で胸を膨らませたことだろう。
それが叶わぬ願いとも知らないで。
本当に神様はいつだって残酷だ。
これだけの代価を支払っても、夢を叶えてはくれないのだから。
空を見上げれば、雲一つない快晴。それでもまだ春ともいえないこの時期は少し肌寒い。やけに足先が冷えて、じくじくと痛む。冷え性だとまだまだ堪える季節らしい。
久しぶりに母屋に呼び出され、久しぶりに養母と対面した。きちんと数えたわけではないが、ここ数年は顔すら合わせもしなかったのではなかろうか。そもそも養母と呼ぶべき相手なのかもわからない。
対面の為に用意された部屋は広く、風がよく通るためか余計に寒く感じる。養母とは向かい合うように座っているもののその距離は遠く、まるでお互いの距離そのものだ。否、後者の間にあるもののほうがよっぽど遠い。
めでたいと思うこともない、17回目の誕生日でもあるこの日。養母から残りの在り方を突き付けられた。
一方的な言葉ながら、反論する気などとうになく。だからといってとても喜ばしいことだともいえない。いつものようにただ無言で従えばいい。俯きがちに、ただその言葉を聞く。
さほど期待した人生ではなかったし、今までも与えられたものに不満も漏らさなかった。漏らすわけにもいかなかった。
なのに今回ばかりはどうしてか、異常なほどに虚無感に支配されていくのを感じた。まるで虫が葉を食い破るように、心が穴だらけになった。
帰りたい。
無性にそう思った。