伝えられなかったこと
「お前達が、最後の希望だ。頼んだぞ……」
老科学者はそう呟き、狭いカプセルの蓋を閉じると、中で眠る少年達の顔を覗き込んだ。
西暦3192年、地球の衛星軌道上を周回する国際コロニーで、目を覚ましている人間はひとりの科学者だけとなった。
『博士、カプセルの投下準備完了です』
「あぁ、ありがとう……」
『本当によろしいのですか、博士』
「良いんだ。これが一番良いんだ」
コロニーから地球を見下ろすと、そこには千年前と変わらないであろう、青く美しい海と白い雲、そして緑で覆われた地面が覗いている。
「地球は青かった、か」
『ユーリ・ガガーリンの言葉ですか』
「あぁ」
地球における『王朝』が変わって、もう千年が経った。
それまでの数十万年、地球の『王』は人間だった。少なくとも人類はそう考えていた。
反旗を翻したのは、植物だった。
千年前のある日、世界中に奇病が流行した。
病気は人間に感染するものではなく、被子植物にのみ感染するものだ。
最初に被害を受けたのは麦とじゃがいもだった。
突然世界中の麦が出穂しなくなった。じゃがいもはすべて地中で腐り、種芋となるものが消えた。
次に異変が起きたのはとうもろこしと米である。
いずれもある年から突然実をつけなくなったと記録されている。
当時の人類は『植物の反乱』と呼んだ。
が、とんだ思い上がりである。数十億年前から、地球は植物の星だったのだ。
人類を始めとする動物は、所詮植物の星に『間借り』しているに過ぎなかった。
そう思い知るまでの数年で、数十億人が餓死した。
当時地球上の人口は100億を超えていたが、異変から10年もしない内に1800年代の産業革命以前の水準、10億人程度まで世界の人口は減った。
20年後の西暦2180年には、地球上の人口はわずか2億人になっていた。
「西暦2000年の人類に、我々の食事が合成食料だけになっている、などと言っても信じないだろうな。それに、君たちヒューマノイドが我ら人類の家族になるということも」
『光栄です博士』
人類最後の科学者と呼ばれた、老人、ホセ・ルイス・アダム・アサダと、その傍らに立つヒューマノイドは、コロニーの現行法において正式に認められた夫婦である。
「200年前にタイタンへ移住した者たちが、地下農場の建設に成功したらしいな……それに火星でもだいぶ気候が安定していると聞く」
『最新の情報では、タイタンの人口は1億人を超えています。火星では既に6億人になっています』
「そうか……人口が安定しているのであれば、もう問題は無かろう。私の役目ももう終わりだな」
『博士の役目はまだ残っています。コロニーで『改良』した人類を地球に帰すという役目が』
「あぁそうだな。そうだった。仕事は最後までやり遂げなければな」
地球上で被子植物が絶滅した後、人類が宇宙コロニーを建設し終える2200年までに、地球の人口は1億人を下回った。
当時、地球上の人口爆発の影響を受けて、かつて地球上に存在した国連という組織は、火星とタイタンへの人類移住計画を強引に進めることとなった。
彼らはまず、AIを搭載した人形のアンドロイドと呼ばれる旧型のロボットを大量に送り込み、インフラを整えさせた。
その後に『選ばれた』者たちを火星とタイタンに送り込み、定住させるという『テラフォーミング計画』が、ろくな検証も行われないままに進められた。
結果、大勢が命を落としたものの、生き残った者たちが懸命に食料と水の確保に努め、2300年には定住に成功したと呼べるレベルに達した。
地球上に保管されていた、数少ない麦や米、人類の食料となる種を持ち出し、タイタンと火星の地下に農園を作り出し、安定した生産ができるようになっていた。
当初、国連は火星とタイタンで食料を大量に生産し、地球へ『輸出』させる計画だった。
地球上に残った植物が裸子植物とシダ類だけになっても、何とか生き残れるようにと打った苦し紛れの策だ。
だが、地球に残った者たちの最大の誤算は、火星とタイタンが地球に対して沈黙を貫いたことだ。
コロニーから地球へは、地上と完全に隔離された環境での合成食料生産が続き、地球への『輸出』が続けられていた。
だが、地球からの発注は減り続け、ついに12年前の注文を最後に途切れてしまった。
『4日前に完了した地上スキャンの結果、地球上の人類は絶滅状態にあると考えて良いかと思います。彼らが、地球の人類最後の希望でしょう』
「そうだな」
コロニー内の人口冬眠カプセルに入っている若者たちは、言わば『人工的な進化を遂げた人類』と呼べる者たちだ。
シダ類や裸子植物の僅かな恵みで命を繋げられる、超長寿命化した存在。
コロニー内で発見された、裸子植物から得られる新たなエネルギー『エーテル』から栄養を取得できるように改造が施され、さらに最新のテクノロジーで脳の活性を現生人類よりも128%向上させた高い知能を持ち合わせている。
旧人類と見分けをつけるために、耳の形状を変えており、いずれもが細身で美しい外見を持っている。
『彼らなら、今の地球でもきっと生き延びてくれるでしょう』
「そう祈ろう。……彼らの『記憶』はちゃんと上書きしているな?」
『はい、現在トリプルチェック中です。全員の記憶から、このコロニーとアサダ博士、それに私の情報を削除しています』
「そうだ、それでいい。彼らにはこのコロニー、『エデン』のことなど忘れさせねばならん」
『……新人類達に、博士の人類への貢献と献身を伝えられないことが残念でなりません』
「いいのだ。私のような古い人間の、定命の過去の遺物のことなど伝えなくて良い。未来は彼らのものだ。彼らは、まっさらな状態で送り出すべきなのだ。過去の人類の過ちを繰り返させないためにもな」
カプセルの中で眠る者たちは、おとぎ話でいう『エルフ』と呼ばれる者たちの姿に酷似していた。
「私も、本来なら彼らに伝えたかったさ。過去人類がどう生きて、どう過ちを犯して、そしてどう滅んだのか。だが、その情報は彼らを縛る足かせになる」
ホセは再び、コロニーの窓の外に浮かぶ青く美しい星へと視線を向ける。
『博士は、本当にお一人でここに残られるのですか?』
「ひとりじゃない。妻である君がいてくれるじゃないか、イヴ」
ヒューマノイド、イヴとホセはしばし抱擁を交わしたのち、コンソールへと向かった
「さぁ、我が子達を送り出そう」
『はい博士』
ホセの節くれだった、シミとシワの目立つ指がコンソールの操作パネルの上で踊る。
不意に、ホセは笑い声を漏らした。
『博士? どうしました?』
「いや、旧約聖書を思い出してね。私のミドルネームのひとつが『アダム』、そして君は『イヴ』だ。私達が『エデン』で作り出した子を地上に送り出そうとしているとは、随分と出来すぎていると思わないかね?」
『案外、歴史というものは繰り返しているのかも知れませんね、博士』
これも子供らに伝えるべきだったかな――だが、もう伝えるすべはない。
「さぁ行け。この星はお前たちのものだ」
ホセはそう呟いて、レバーを倒した。
今回は未来SFを舞台にしたディストピア的なショート・ショートにしてみました。
ちょっと世界観も違いますが、異世界ファンタジー長編の「光のまほう」を連載しています。
毎日21時に新エピソードを公開しています。こちらも是非、お楽しみください。




