教室にて
放課後の3年生の教室に、2人の男子生徒が居た。
学帽を被った一年生が教科書とノートを何度も読み返しており、長髪の三年生がそれを傍らで見守っていた。
「あの……ヤヨイ先輩? ここって……どうすれば……。さっきから考えてみてるんですけど、全然わからなくて……」
「そうですか。そんなに考えてもわからない問題があるなんて、不思議ですね……もしかしたらとんちを利かせる問題なのかもしれません」
「そんなわけ無いじゃないですかぁ……これ中一数学の基礎問ですよ?」
「しかし、その前提が誤っている可能性もあります。その問題集が本当に中学一年生の基礎を問う物なのだとしたら、宇佐美君が解けないのでは話が合いません。問題集が想定している基準よりも宇佐美君の学力が低いのか、それとも要求しているレベルが高すぎるのか……現時点では答えは出せませんね」
「ぼくがバカに決まってるじゃないですか。そうですよ、ぼくはバカでアホで、運動も苦手な上に勉強も苦手で……自分のことダメダメなんだって認めるから、教えてくださいよぉ」
弱々しく机に突っ伏して助けを乞うミコト。しかし弥生はニコニコと笑みを浮かべるばかりで、救いの手を差し伸べるつもりは無いようだった。
「その発言は誤解を招いてしまいますよ、宇佐美君。その言い方ではまるで、私が君をイジメているようです。私は宇佐美君を馬鹿にして楽しんでいるわけではありません。単純に、教える気が無いだけですから」
「そっちの方がタチ悪いじゃないですかぁ。イジワルの方がマシなことがあるなんて知りませんでしたよぉ……。弥生先輩は教える気が無いくせに、どうしてぼくの勉強に付き合ってくれてるんですか?」
「教える気はありませんが、お付き合いする気はありますから。宇佐美君が勉強に付き合って欲しいとお願いしてきたので、私は宇佐美君に時間を割いてあげているわけです」
「うぅ、嫌味な言い方。普通、勉強に付き合うって教えることも含まれると思いますけど……」
「むしろ、私の方こそ宇佐美君に聞きたいですね。私と君の間に親交はありません……強いて挙げるなら、あの合宿のバスで同乗していた程度です。それなのに、どうして初対面の私を頼ったのですか?」
「それは……その……ぼく、生徒会に入ってみようかなって考えてて……」
もじもじと頬を染めながら上目遣いに弥生の顔を窺うミコト。やはり弥生の顔は微笑んでいるだけだった。
「なるほど、コネを期待したわけですか。残念ながら、その期待には応えられませんよ。私は来年の生徒会選挙の頃には卒業していますし、独断で宇佐美君を生徒会に入れられるような強い影響力もありませんから」
「そ、そんな直接的なズルは考えて無いですよ。ただ……何かアドバイスとか、もらえたらなって……」
「生徒会役員には学力は必要ありません。もちろん成績が良くて困ることもありませんから、全くの無駄ではありませんが。生徒会役員になりたいという目標から見つめ直してみるのはどうでしょう。個人的には生徒会はお勧めしませんよ」
「そんな……それなら、どうしてヤヨイ先輩は生徒会に、それも会長になんてなったんですか?」
「求められたからですよ。先生方に勧められ、先輩方に期待され、同級生にも背中を押され、そうして立候補して当選したというわけです。この学校で求められた役割が生徒会だったというだけです」
ただ求められるままに振舞っているだけだと、弥生は笑顔で語った。
ミコトはその言葉を受けて少し考える様子を見せてから、ぽつぽつと吐露し始めた。
「ぼくも、そうなってみたいのかも。自分でもわからないんですけど、甘やかしてもらうばっかりじゃダメなのかもって急に不安になって……だから、何か頑張らなきゃって。それで思いついたのが生徒会なだけで……ヤヨイ先輩みたいに誰かに求めてもらえたら、ぼくはそれが一番嬉しいのかも。何か……やっぱりダメですね、ぼくって。こうやって誰かに話を聞いてもらわないと、自分のこともよくわからないなんて。ただがむしゃらに頑張るだけじゃ、ダメなのは変わらないのに……」
しゅんと項垂れ落ち込むミコト。弥生はその頭を撫ではせずに、慰めではなく賞賛の笑顔を浮かべながら語り掛けた。
「私はそうは思いません。頭で考えるだけではなく、実際に頑張ってみた宇佐美君はとても立派だと思います。君が自分の願望に気付けたのも、とりあえず頑張ってみた結果です。誇って良いと思いますよ」
「そ、そうですか……? え、えへ、えへへぇ……ヤヨイ先輩って、思ってたよりも良い人なんですね。いつかもっとぼくが頑張れるようになって、人に頼ってもらえるようになったら……ヤヨイ先輩も、ぼくに頼ってくれてもいいですよ?」
「それは頼もしい限りですね」
「そ、その代わり……今は頑張る為にも頼らせて欲しくて、この問題を――」
「はい、頑張ってくださいね。隣で見ていてあげますので」
「どうしてそこは他人事なんですかぁ……もうやだぁー……」
求めてばかりだったけれども、求められたいという願いを少年は抱いた。
大言壮語を吐く幼い後輩を、少年はただ見守っていた。




