部室にて
あさぼらけ男子中学校にある唯一の和室に、男子生徒が3人集まっていた。
改造された学ランを着用しているサイドテールの2年生は、胡坐をかきながら興味深げに和室を見渡していた。
「えー、めっちゃいい部屋じゃーん。まさに茶道部って感じで、溜まり場には最適じゃない?」
リボンで髪をまとめている1年生は正座でふたりにお茶を出していた。
「気に入っていただけたのなら、是非とも使ってください。先輩方が受験勉強に入ってから、茶道部はわたくししか活動しておりませんでしたので」
「それじゃあ、イヨラーのお言葉に甘えまして……この和室はこれより茶道部部室兼、アタシたちメイク部の部室ってことで!」
フードを被り黒いマスクを着用した3年生が不満げに声を上げた。
「ざけんな、勝手にオレを意味不明な部活に入れてんじゃねえ。てめえらだけで勝手にやってろ」
「わたくしも、茶道部を抜ける気は無いのですが……掛け持ちは認められていたでしょうか?」
「そんなこと言わないでさー、合宿のバスで見かけた時から思ってたんだよ? このふたり……お化粧好きすぎかもって。男子校だと、お化粧の話できる相手なんていないじゃん? だからたくさん話したいこと溜まってるんだよー! イヨラーにとってはどこまでが薄化粧なのかな、とか。クノンパイセンはマスカラは興味無いのかな、とか。なんなら、お互いにメイクし合うのも面白そうだよねー。そういうのちょっとやってみたかったんだー」
「オレは誰かと仲良くする為に化粧してるわけじゃねえ。むしろ逆だ。てめえらみてえな奴に舐められねえように目力盛ってるんだよ。化粧の話がしたいって言うなら勝手にやってろ……オレを巻き込むんじゃねえ」
入室してから数分足らずで退室しようとする久野絵。それを見たイヨはくすりと、凛とした姿勢を崩さないままに笑みを零した。
「それはつまり、そのお化粧は全く意味を為していないという理解でよろしいのでしょうか? そもそも、どうしてクノエさんは此処にいらっしゃったのでしょう……。わたくしたちを嫌悪するような口ぶりをしておきながら、クノエさんはナナオさんと共にこの部屋に来ています。目は口ほどにとは言いますが、ここまであからさまに態度で示されては言及する方が野暮でしょうか?」
「えー、クノンパイセンってばツンデレってことー? ほんとはアタシたちと仲良しこよしになりたかったのー? 可愛すぎてドン引きー」
「ちっ、勝手な憶測で語ってんじゃねえぞ。オレはあの合宿が気になってるだけだ。いまいち憶えてねえが、何となく違和感が残ってんだよ……桜が何か知ってるのかと思って、ついてきただけだ。こんなくだらねえ話しかしねえとわかってたなら来るわけねえ……しかも、てめえみてえなオスくせえ奴の居室なんて真っ平御免だ」
イヨを睨みつけるクノエは一触即発の雰囲気を纏っていた。一方のイヨは突風を受けても咲き続ける花のような雰囲気だった。
「品の無い物言いですね。それに、忘れてしまったことを気にしても仕方がありません。わたくしもあの合宿の詳細は憶えておりませんが、その方が都合が良かったのでしょう。そんな小さなことを気になさっているなんて……クノエさんは余程女々しい方のようです。ああ、なるほど……そのマスクはそういう理由でしたか。クノエさんの女の子らしい可愛いお鼻には、男の子の匂いは刺激が強すぎるのでしょうね?」
「その撫でただけでも折れちまいそうなナリで人を挑発できるなんて、確かにてめえは男らしいみてえだな藤原よお。力じゃ勝てねえとわかってんのに吠えんのはよっぽど男らしいか、もしくは殴られてえだけの変態野郎に違いねえ。殴られてえだけなら、素直にそう言えや」
「素直に……不思議ですね。そう言われてしまうと、とことん反抗したくなってしまいます。クノエさんに先輩としての威厳が足りないせいでしょうか?」
「ああそうかよ、良く分かった。まずは口は災いの元ってことわざからその身体に教え込んでやる必要が……っておい! 何やってんだ桜! ちゃっかりオレのカバンを漁ってんじゃねえ!」
「クノンパイセンがどんなコスメ使ってるのか気になっちゃってー……あっ、これ明日発売のやつ! クノンパイセン早売りのお店知ってるの? いいなー、アタシにも教えてー?」
「それは……お化粧の特集雑誌ですか? わたくしの趣味ではありませんが……クノエさんはこういうのが好みなのですね?」
菜々緒はぺらぺらと勝手に雑誌のページをめくり、イヨは菜々緒の肩越しに興味深げに覗き込んでいた。
「別に好みじゃねえ。ただアイメイクの参考にしてるだけだ……ってか、てめえら勝手に読んでんじゃねえぞ。まだオレも読んでねえんだ」
「クノンパイセンのアイメイク上手だもんねー。でもアイメイクだけじゃもったいないし、こういうのも似合いそうじゃない?」
「わたくしとしては、クノエさんにはこういうのがお似合いかと……くすっ」
「どうせなら服も合わせて全身コーデしちゃおうよ。3人でお揃っちのコーデも楽しそうだし、ほらこの服とかいい感じに可愛いし……あぁ、でも首は出したいよねー。せっかく喉仏があるんだし、隠すのはもったいないっていうか……男の子たるもの突起は見せてなんぼ、みたいな?」
「突起だなんて、ナナオさんたらそんな急に……ふふ。それは例えばどのように見せるのでしょう、詳細をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「基本は関節というか、手、肘、膝の出っ張りだよね。男の子はゴツいって思われがちだけど、見せ方次第だとアタシは思ってるの。男の子の特徴を活かして、女の子には無い可愛さ攻めていきたいなーって」
「あぁ……突起ってそういう……奥が深いのですね」
雑誌と久野絵を交互に見てはあれこれと話す菜々緒とイヨ。その年相応の無邪気な様子に、久野絵は怒る気を失くしてしまった。
「うぜえ……」
男の子としての拘りを持つ少年は、今日も可愛いを追求している。
男の子だけの特別に縋っていた少年は、一時の平凡に身を委ねている。
男の子を嫌っていた少年は、男の子を楽しむふたりを眩しそうに眺めていた。




