誰よりも己に素直な男の子
「えっ……?」
小陽はミコトの手を振り払うと、軽くその胸を押して距離を取った。この期に及んで小陽が庇ってくれると信じ込んでいる無垢な瞳を、精一杯の敵意を込めて睨み返した。
「今までの僕とイヨくんのやり取りは聞いてたよね? 僕は男の子だ……女の子じゃない」
「あ、はい……? えっと、それが……?」
「そっか、ここまで言ってもわかってくれないんだね……僕はね、ミコトくん。ヘルメットを被るのは君だって言ってるんだよ」
「え? ……えっ?」
安堵で緩み切っていたミコトの顔が、見る見るうちに強張っていく。突然目の前に怪物が出現したかのように、小陽を見つめる瞳が色を失っていく。
「え、えへ、えへへ……嘘ですよね? コハル先輩、そうやってぼくをからかってるんですよね? も、もう、からかっちゃ嫌ですよ!」
「冗談じゃ無いよ。ミコトくんもそろそろ必死になって、覚悟を決めないと……皆もそうだったでしょ? 誰かの為に女の子になる覚悟、誰かを女の子にする覚悟、もしくは誰も傷つけないように逃げ出す覚悟……ミコトくんはどうするの?」
「で、でもでもでも、だってっ……こ、コハル先輩が、庇ってくれますよね? ぼくのことは、コハル先輩が守ってくれるんですよね? そう言ってくれて、約束してくれましたよね……?」
「……そんなこと、言ったっけ?」
「い、言いましたよ! 昨日の自由時間、コハル先輩がぼくを誘ってくれました! ぼくのことを頑張ってるって褒めてくれて、マネージャーもしてて偉いってっ……それに、大好きだって言ってくれました! ぼくの味方ですかって訊いたら……もちろんだよってっ……あ、あれも、うそだったんですか……コハル先輩?」
ミコトの大きな瞳から、ぼろぼろと大粒の涙が零れ落ちた。小柄な身体を懸命に震わせて、今でも小陽を信じようとしてくれていた。
『コハル先輩……コハル先輩はヤヨイ先輩みたいに急にぼくをいじめたりしないですよね? 何があっても、ぼくの味方ですよね?』
覚悟ができていないのは自分の方だったと、小陽は突きつけられていた。昨日、小陽はミコトに優しくするべきではなかった。
(だって、どうせ……最後には女の子になってもらうんだから……)
小陽が男の子であることは、何があろうと揺るがない。身代わりになってあげられない以上、ミコトに希望を抱かせてしまった責任を小陽は取らなければならない。
「ごめんね、ミコトくん……あれ、嘘だったみたい」
「うそ……? うそって、それ……そんな……うそですよ、そんなの……あれ? う、うそって……何が、うそ……?」
ぼたぼたと涙を零しながら、覚束ない足取りで小陽へと縋ろうと歩み寄るミコト。
擦り寄ろうとするミコトを手で制しながら、小陽は明確に拒絶を示した。
「嫌いになってくれていいよ。恨んでくれたっていい。僕はミコトくんにあのヘルメットを被せて女の子にする……だって僕は男の子だし、わがままな君に男の子は渡せない」
ミコトは冷凍庫の中にでも居るかのように震えながら、両腕で自分の小柄な身体を抱きしめている。嗚咽が入り混じる乱れた呼吸は、今にも過呼吸で倒れてしまいそうだった。
自身が独りなのだと気づいたミコトの顔は絶望で真っ白に染まっていて……それでも小陽を見つめていた。涙で溺れかけている瞳に、仄暗い敵意を灯しながら。
「酷い……ひどいひどいひどい、ひどいひどいひどい……ひどいです、コハル先輩……。ぼくのこと、ずっと騙してたんだ……ずっと騙すつもりで、優しいフリをしてたんだ……」
「そうみたい……騙すつもりは無かったんだけど、そうなっちゃった……ごめんね」
「ふ、ふふ、ふふふふ……もう、いいですよ。コハル先輩なんて、もういいです……だって、コハル先輩が居なくたって、ぼくには優しい皆がいるもん……コハル先輩なんて、もう要らないもん……!」
ミコトはコハルに背を向けると、床に横たわるイヨの元へと駆け寄った。そしてその頭からヘルメットを取ると、イヨの肩を揺すって名前を呼び始めた。
「イヨくん、起きて! 起きて起きて起きて! 起きてよ!」
「ん……ミコトくん? どうされたのですか……そんなに泣いてしまって。それに、わたくしは……? わたくしは、ミコトくんに……」
ハンカチでミコトの涙を拭いながら自らの額を抑えるイヨ。何かを思い出そうと唸るイヨにミコトは一方的に話し始めた。
「ねえ、そんなことはいいからさ……イヨくんは、ぼくの味方だよね? 素直にぼくを助けてくれるよね? コハル先輩のこと、やっつけてくれるよね?」
「すなおに……はい、当然ではありませんか。わたくしは、何があってもミコトくんの味方ですから」
「そ、そうだよね! コハル先輩とは違って、イヨくんはぼくの友達だもんね! それから、ヤヨイ先輩も! ヤヨイ先輩も、ぼくの味方をしてくれますよね? 素直になってくださいね!」
「そう……ですね……。私は宇佐美君の味方をするべきなのでしょうね」
ミコトはずっと変わらなかった。合宿所に集められた時からずっと、ミコトは誰かに頼っていた。この局面においても、そのスタンスを崩さなかった。
ミコトは自分の男の子を守る為に、女の子になった皆に守ってもらうことを選んだのだった。
「それから、トオリ先輩とナナオ先輩も、素直になってぼくの味方になってください! クノエ先輩は……こ、怖いからいいです……。あ、あとジジくん……は……あんまり強くなさそうだからいいや……」
「ミコト? ……ミコト?」
ぞろぞろとミコトの元へと集結する生徒たち。取り残されているのは明確に拒否されたクノエと、いじけているジジと、そしてもう一人――
「む、ムツミ先輩! ムツミ先輩も、コハル先輩を倒すの協力してください! 素直に!」
「……うん、いいかな。ハル君のこと、やっつけちゃおうかな?」
「睦美? ……睦美?」
小陽を男の子だと認めてはくれているものの、絶対に味方をするという固い意志を持っているわけでは無いらしい。小陽の予想に反して、睦美までもがミコトの陣営に加わってしまった。
悪びれも無く洗脳を利用して、ミコトは瞬く間に圧倒的な数的有利を作り上げてしまった。それは小陽には到底真似できない、ミコトのわがままという強みを活かした作戦であった。
「うふ、うふふふ、ど、どうですか、コハル先輩? い、今更泣いて謝ったって、許してあげないんですからね!」
イヨはミコトの顔を拭い、弥生は引っ付かれ、桃莉は欠伸を漏らしていて、ナナオはミコトの頭に顎を乗せていて、睦美はいたずらっぽく微笑んでいる。統一感こそ無いものの、脅威なのは間違い無かった。緊張感こそ無いものの、小陽の敵であることだけは確かだった。
小陽に裏切られ絶望で泣いていたミコトは、皆に囲まれてすっかり立ち直っていた。
(何か……結局、優しくしてくれるなら誰でもいいんだな……それはそれで、ちょっとショックかも……)




