女の子からは逃げられない
「それならえるも認めるよ……えるは伊予くんに1票を投じます」
「ぼ、ぼくも、ぼくもイヨくんに入れます。だ、大丈夫だよ、イヨくん……ぼく、イヨくんがゲイでも友達だから! 気持ち悪いなんて、全然思わないからね!」
普段とは逆にイヨに寄り添うミコト。その顔は友達に向ける優しさには満ちていたものの、どこまでも他人事だった
イヨは震える手で寄り添うミコトの背に手を添えて……逡巡した仕草を見せた後、ミコトを押し退けて小陽に視線を向けた。
「コっ、コハルさんっ……た……たっ、助けてください! おっ、お願いいたします!」
綺麗に結ばれていた髪を振り乱して、机に身を乗り出して、絶望に染まった表情で涙を流しながら、イヨは必死に懇願していた。男の子でいたいと、女の子にはなりたくないと全身で叫んでいた。
「助けてって言われても……僕には何もできないよ。僕が投票できるのはイヨくんかミコトくんだけで、イヨ君にはもう2票集まっちゃってるから……僕の意思に関係無く、もう多数決は決しちゃってるんだ」
「わたくしが投票先を変えます! わたくしがミコトくんに投票すれば、まだ同票にはできます! お、お願いしますっ……わ、わたくしはっ……わたくしには……す、好きな男の子が居るのです……。その方の為にも、わたくしは、男の子でないとダメなのです……女の子にされてしまったら、わたくしのこの想いは……っ。だ、だからどうか……どうか、お慈悲をいただけないでしょうか……? どうか……どうかっ……コハルさんっ……」
イヨは四つん這いになって机の下をよろよろと這うと、小陽の足元に縋りついた。
いつだって余裕に満ちていた上品な風体はもう見る影も無い。人に踏まれ、雨風に弄ばれ、車に引かれ、虫に食われ、花弁もボロボロに散ってしまった花。
小陽の心は憐憫の思いに揺り動かされたが、それでも小陽は男の子だった。
「ごめん……僕には、イヨ君を助けてあげられない」
「そんなっ……そんな……いやっ……嫌です。やだ、いやだぁっ!!」
小陽に手を取ってもらえないと知るや否や、イヨは即座に駆け出した。教室の扉へと、この場から逃げ出さんと敗走を始めた。
その眼前に立ち塞がったのは、ウサミミの着いたフードを被った久野絵だった。
「みっともねえな、藤原……そんなに怖いなら、手でも繋いでてやろうか?」
「クっ、クノエさんっ……ど、退いてください! そこを退いてください! 素直に退いてください!!」
「素直ねえ……わざわざそんなこと言われなくても、オレは素直にくそAIの言うことを聞いてやってるだろうが……ほらよ」
素直というキーワードよりも、えるの意思の方が優先されるらしい。久野絵はイヨの言葉には従わず、代わりに黒い球体をイヨの胸に押し付けた。
「えっ……ひぃっ!?」
それが何であるかを理解した途端に放り投げるイヨ。その行為にえるが苦言を呈した。
「ああ! もう、ダメだよ乱暴にしたら……それは精密機器なんだからね。伊予くん、ちゃんと拾って、自分で被ってください!」
それは奇妙な光景だった。イヨは自分で放り投げたくせに、床を転がるヘルメットを拾いによたよたと歩き始めていた……えるの言葉のままに。
「やだっ、やだやだやだやだっ……ゆっ、許してっ……許してくださいっ……。おっ、おねっ、お願いしますっ……女の子にはなりたくありませんっ……わたくしは男の子じゃないとっ、ダメなんですっ……許してっ……やだっ、いやだぁっ……」
その言葉とは裏腹に、イヨは大事そうにヘルメットを拾い上げると、自ら頭に当てがった。あの時の睦美と同じように。
「ああぁっ……あああぁぁぁっ……嘘、うそうそうそっ……こんなのは嘘です……。だって、だってわたくしは、まだっ……この想いもっ……告げられて、いないのに……助けて……助けてっ――」
イヨの頭はすっぽりとヘルメットに収まった。呟いていた誰かの名前も、聞き取れない内に悲鳴に変わってしまった。




