いじわるな敵と、必死な男の子と、味方の女の子
「また、おふたりだけで行ってしまわれるのですか?」
自習時間を終えた直後のことだった。小陽は睦美を半ば強引に連れ出そうとしたが、イヨに声をかけられてしまった。
小陽の思惑はイヨに見透かされているのだろう。その意地の悪いニヨニヨとした笑みが、小陽の神経を逆撫でていた。
「おふたりが仲が良いのはわたくしも承知しておりますが、そのようにムツミさんを独占されるのはいかがなものでしょうか。朝はコハルさんにお譲りしたのですから、自由時間はわたくしにムツミさんとお話する時間をいただけませんか? わたくしも、ムツミさんとふたりきりで話したいことがあるのですが……ダメでしょうか?」
「ダメだよ。悪いけど、イヨくんに睦美は渡せない」
イヨの挑発を小陽は毅然とした態度で突っぱねた。周囲にどう思われようとも、今の小陽にとって睦美は生命線である。睦美が素直という言葉に逆らえない以上、イヨに差し出すなどできるはずも無い。
しかしそんな事情など知らない睦美からは小陽の強情さが不自然に見えているらしく、イヨのわざとらしい被害者演技に罪悪感を刺激されてしまっていた。
「ね、ねえハル君? 少しくらいはいいんじゃないかな? ボクとハル君はいつでもお話できるかなって……今日も、ボクと一緒に寝るんでしょ? それだったら、日が昇っている間はイヨちゃんと過ごしてもいいかなって……ダメかな?」
「ふふふ、ムツミさんはお優しいですね? わたくしとしては是非とも、そのお優しい心に素直に行動していただきたいものです」
「あっ……うん……素直に……それが一番大事かな……」
脱力した呟きを漏らすと同時に、イヨの方へとふらふらと歩いていってしまう睦美。小陽は即座に睦美の手を掴むと、力いっぱいにを引き寄せた。
「ダメっ……! ダメだよ、睦美っ……お願い、今だけは……僕から離れないで!」
それは小陽にとっても賭けだった。素直に従ってしまう睦美をどれだけ物理的に抑えていられるかなんてわからない。それでも精一杯、力一杯に小陽は睦美を抱きしめ引き留めた。
「えっ? えっ? ……えっ!?」
不意を突けたのが功を奏したのか、睦美の脳内ではイヨからのおねだりよりも困惑が勝ったらしい。睦美はイヨの方へと向かおうとはせず、されるがままに小陽に抱かれて動転していた。
ひとまずの窮地は脱したものの、事態は何も好転していない。むしろ嗜虐心を煽ってしまったのか、イヨは悪意に満ちた笑みを浮かべてふたりに迫っていた。
「そのように見せつけられては、わたくしも我慢ならなくなってしまうではありませんか。本当は夜まで取っておくつもりでしたのに……是が非でも、ムツミさんに素直になっていただきたくなってしまいました」
迫るイヨから遠ざかるように小陽は一歩引くが、睦美の足がおぼついていなかった。いまだ睦美は困惑のさ中であり、逃げるどころか睦美にもたれかかられて小陽は尻もちをついてしまった。
無様を晒す小陽を愛おしそうに見下ろし迫るイヨ。睦美を抱きながら必死に後退る小陽の視界に突然、揺れるサイドテールが映りこんだ。
「ちょちょちょい、ちょいちょい、ちょいちょいちょい。お待ちんさい、イヨラー。それ以上の狼藉はアタシが見過ごさないぞ?」
「狼藉だなんて、とんでもありません。わたくしはただ、ムツミさんと仲良くお話したいと思っているだけです。ナナオさんが考えていらっしゃるような邪な思いなど、微塵もありはしません」
「そんなドSな顔しながら言っても説得力無いってー。わかるよ? その気持ち、わかるし、わかっちゃうし、アタシだって同じようなことしてたし? ふたりってば幼馴染な上にベッタベタの純情系じゃん? つい揶揄いたくなっちゃうよねー……でも、今はダメだよ。だって、ハルハルが珍しく独占欲丸出しにしちゃってるんだから、これはもう静かに見守ってあげないとダメだよ。珍しく男の子なハルハルを見て、その内ムッツリンが性欲を抑えられなくなって押し倒すと思うんだよねー……多分、今日が山場かなかなかなってってってー?」
「菜々緒? 勝手なこと言わないで欲しいかな? ボクとハル君はそういう仲じゃないし、そもそも静かに見守るんだったら黙ってて欲しいかなって」
「とか言っちゃって―! さっきからくっついたまま離れようともしないくせにー? というわけなので、イヨラーはアタシとメイクしよー? イヨラーのナチュラルメイクも素敵だけど、アタシ好みのごってごての可愛い盛りも見てみたいんだよねー」
菜々緒に両手を握られたイヨは少しだけ悩む様子を見せた後、ニコリと微笑んだ。
「……素敵なお誘いをいただきありがとうございます。ナナオさんにそこまで言われてしまっては、断るのも無粋ですね。お邪魔してしまい申し訳ありませんでした、コハルさん、ムツミさん。それではまた夜に……ごきげんよう」
イヨは菜々緒と共に小陽の前から立ち去った。安堵の溜め息を小陽が漏らす一方で、睦美は落ち着かない様子でもじもじとしていた。
「は、ハル君? もう離してくれてもいいんじゃないかなって……皆も気になってるみたいかな……」
教室にはまだ他の生徒たちが残っており、イヨとのやり取りは注目を集めてしまっていた。
ミコトは頬を赤らめていた。弥生は母親のような顔だった。久野絵はいつもどおり不機嫌そうだった。桃莉は興味無さげだった。ジジはいつもの無表情で小陽と睦美に近づくと――
「あーめん……」
――何故か手を組んで祈り始めたのだった。




