男の子としての覚悟
苦しむ久野絵の手を、イヨはずっと握り続けていた。まるで恋人のように寄り添い続けていた。
やがて久野絵の漏らす苦悶の声が聴こえなくなると、イヨはヘルメットを取って、汗で張り付いた久野絵の前髪を整えながら質問した。
「お疲れさまでした、クノエさん。無事に女の子になれましたか?」
「……意味わかんねえこと訊くんじゃねえ。オレは最初から女だろうが」
「ふふ、そうでしたね。失礼いたしました……すぐに拘束も解いて差し上げますね?」
イヨはクノエの額の汗をハンカチで拭いてから立ち上がると、クノエの腕の拘束を解き始めた。イヨの態度はクノエを陥れた人物とは思えない程に献身的ではあったが、ペットの世話をしているような印象も受けた。
自由になったクノエは何度か手を閉じては開いてから立ち上がると、いつまでも寄り添っているイヨを睨みつけた。
「鬱陶しいな……まだ何か用があんのか? うぜえからあんまり近づくな……ってか、二度とオレの視界に入んな」
久野絵のイヨに対する好感度は変わっていないようだった。洗脳の影響が出ているのは間違いないだろうが、それでも変わらないものもあるらしい。
嫌悪感を露わに睨みつける久野絵に対し、イヨは堪えきれないと言った風に笑みを零していた。
「くふ、ふふふふふ……そのような思っても居ないことを仰らなくとも良いではありませんか。クノエさんの本心はちゃんとわかっています。さあ、その御心のままに……素直に、わたくしの手を取ってくださいませ?」
「あぁ? ……あぁ……まあ、そうだな……?」
久野絵の表情は、決して納得してはいなかった。その動きはぎこちなく、明らかに不自然だった。ただ事実として、久野絵はその右手でイヨの左手を握っていた。
人差し指と中指の第一関節に、辛うじて指先だけを引っかけるように手を繋ぐふたり。イヨの指が食虫植物のように久野絵の指を絡めとろうとも、久野絵は拒絶しなかった。
「では、参りましょうクノエさん。ヤヨイさんとミコトくんも、付いてきてください。女の子になったクノエさんの初めてのお着替えですから……3人で手伝って差し上げましょう?」
イヨは久野絵の手を引き、久野絵は手を引かれるままに朧げな足取りで付いていく。その背中を弥生は素直に追いかけて、ミコトも慌てた様子で追いかけた。
イヨは教室を出る直前、思い出したという風に振り返ると――
「おやすみなさい、コハルさん。どうか、良い夢が見れますように」
――呆然と立ち尽くす小陽を流し目で見ながら、イヨは教室を去って行った。
この時になってようやく小陽は気付いた。最初から敵は一人だけだった。小陽が男の子で在る為に立ち向かわなければならないのは一人だけ……朝比奈小陽を女の子にしようとしているのは、藤原伊予だけだった。
「ね、ねえハル君? ちょっといいかな? さっきのイヨちゃんの話なんだけど――わわっ?」
皆がぞろぞろと教室を出ていく中、近づいてきた睦美を小陽は抱き寄せた。小陽が男の子で在る為には、睦美の協力が絶対に必要だった。
「睦美、ごめん……今日はいっしょに寝てもらってもいい?」
「えっ!? う、うん……いい、かな……?」
睦美にお礼を言って、小陽はその手を強く握りしめた。強く、強く、睦美だけは守りきらなければならないという意思で。
残る男の子は3人。きっと、明日に全てが決まる。
(僕は、男の子として生まれたんだから……何があろうと、僕だけは男の子なんだ。僕は男の子じゃないとダメなんだ……その為に、ふたりには女の子になってもらうから……)




