素直な女の子
「い、イヨくん……君は、久野絵くんが女の子だっていう根拠が他にもあるって言うの?」
「いいえ、わたくしは存じておりません。ですが、知っていそうな方に心当たりがあるのです……ねえ、ヤヨイさん?」
イヨは突然話し合いの外に居る弥生に視線を向けた。突然の指名に弥生自身も動揺しているようで、長い一つ結びの髪が揺れていた。
「わたくしの見立てでは、ヤヨイさんとクノエさんの仲の良さは相当かと。自由時間にもふたりきりで入浴を楽しんでいらっしゃいましたし、それはそれは仲睦まじく肩を並べて居たものですから。そんなヤヨイさんなら、クノエさんの秘密にも心当たりがあるのではと思っているのですが、いかがですか?」
「そう言われても……困りましたね。確かに織田君とは幾度か言葉を交わしてきましたが、私が一方的に話してばかりでしたから。藤原君が期待するような情報は持っていません……仮に持っていたとしても、勝手に話す訳にもいきませんしね」
弥生が人の秘密をべらべらと話す訳が無い。弥生の発言は小陽の予想通りであり、それはイヨもわかっていたはずだ。
イヨの意図がわからずに困惑する小陽。そんな小陽の顔をちらりと見たイヨはクスっと笑った後、再び弥生に視線を向けた。
「そんないけずな態度を取られては嫌ですよ、ヤヨイさん……どうかもっと、素直になってお話くださいませ?」
何度訊いた所で結果は変わらない……そのはずだった。
「……織田君は、ご両親に苦労させられていると言っていました」
「……え?」
小陽の口から間抜けな声が漏れてしまった。あまりの呆気なさに理解が及ばず、反応が遅れてしまった。
それはまるで、教師に当てられて問題の答えを述べるかのように。友人に明日の天気を訊ねられたかのように。何でもないことのように、ごく自然に、弥生は久野絵の秘密を暴露していた。
それはありえないことだ。弥生を知っている者であれば、誰もがそんなことをするはずが無いと断言する。小陽も、ミコトも、久野絵も愕然とする中……イヨだけは、弥生の裏切りを当然とばかりに受け入れていた。
「なるほど、クノエさんは家庭環境に問題を抱えていたのですね……お労しい限りです。それで、その問題とはどのような内容だったのですか? 他にも知っていることがあれば、全てを素直にお話ください」
「詳細は私も知りません。しかし、私の抱えていた問題と似ているのかもしれません。織田君は私の巻き添えで女の子になることを危惧していた様子だったので」
冷静に暴露を続ける弥生だが、その視線は定まっていないように見えた。まるで見えないものでも見ているかのようで、どこを見て話しているのかもわからない。
弥生は明らかに正常ではなく、その契機はイヨの言葉に他ならない。思い返してみれば、イヨの発言には過去のえるの発言を想起させる単語が混ざっていた。
『それはね、素直になれる教材動画を再生するための専用機器だよ。これから女の子として生きていく人の為にえるが用意したんだ』
素直になるということを、性自認を女の子に変える洗脳だと小陽は認識していた。しかし、もしも言葉通りだったとしたら――
――他者からの言葉に対して素直になってしまう洗脳なのだとしたら――それは――
(睦美も、隠し事ができなくなっている……?)
小陽の視線は自然と睦美へと引き寄せられ、対する睦美はムスっとした顔で小陽を見つめていた。
「それでは、ヤヨイさんが抱えていたという問題を教えていただけますか? おふたりの問題が似ているのだとすれば、ヤヨイさんのお話を聞くことでクノエさんのお悩みの助けになれるかもしれませんから……素直に、全てを詳らかにお願いいたします」
イヨには隠す気は無いらしく、ここまで強調されればキーワードは明らかだった。『素直に』と言いながらおねだりすると、洗脳された生徒たちは文字通り素直に従ってしまうらしい。イヨはその事実に偶然気づき、ここまで誰にも共有することなく黙っていた。
ターゲットと仲の良い者を裏切らせ、その口から告発をさせる為に。穏やかな物腰とは裏腹に、イヨは一つしかない男の子の席を誰よりも貪欲に狙っていたのだ。
イヨの毒牙に侵された弥生は求められるがままに、素直にその心の内の秘密を話し始めてしまう……その口を物理的に塞がない限りは。
「私は幼い頃、母からずっと――いたぁっ!?」
弥生の顔面に上履きが襲い掛かった。拘束されている久野絵は足だけを器用に振り上げて上履きを飛ばし、弥生の話を強引に中断してみせた。
「……」
久野絵は横目で小陽を睨むと、顎をくいっと動かした。口枷を外せと言っているように、小陽には見えた。
「えっと……久野絵くんのタオル、外してもいいよね? 外すからね……」
小陽は念の為確認を取ったが、誰も反対はしなかった。イヨは余裕のある笑みを浮かべたまま手で促してすらいた。
机に囲まれた中央に座る久野絵へと近づき、小陽はタオルの結び目を解いた。唾液の糸を引きながらタオルが久野絵の口を離れ、口が自由になるや否や久野絵は宣言した。
「さっさとオレにヘルメットを被せろ」
小陽も予感はしていた。久野絵ならば、弥生を庇うかもしれないとは考えていた。それがわかってはいても、久野絵の要求通りに口枷を外し、それを言わせてしまった。
「その発言は、クノエさんの自白と捉えてもよろしいのでしょうか? そうであれば、もっとはっきりと口にしていただきたいものです。わたくしも、女の子では無い方に無理矢理ヘルメットを被せたくは無いですから」
「そうかよ……それならはっきり言ってやるよ。藤原、てめえは男なんだろうよ。てめえはオレの大っ嫌いな男そのものだ……下半身で物を考えて、誰彼構わず腰振ることしか考えてねえ、寝込みを襲うのも厭わねえ……てめえと同じ性別なんて、こっちから願い下げだ。さっさとオレを女の子にしてくれよ……オレもようやく、この自己嫌悪から解放されるってもんだ」
「その下品な決めつけは不服ですが、異存はありません。わたくしは男の子、そしてクノエさんは女の子、全面的に同意いたします。ではめでたく女の子も見つかりましたので、まずはヘルメットを被せてしまいましょう。お着替えの為に拘束を解いて暴れられてもかないませんから」
えるに代わって仕切り始めたイヨを、小陽はただ見ているだけだった。当人である久野絵が受け入れていては何も言えず、真っ黒なヘルメットを持った弥生が久野絵の前に立った。
「それでは、被せますね織田君」
「ああ……さっさとしてくれ」
弥生が優しく、ゆっくりと、久野絵の頭頂部にヘルメットをあてがい……途中でイヨに阻まれてしまった。
「お待ちください、弥生さん。せっかくですから、その役目はわたくしにお任せください」
「あぁ? ……てめえ、何がせっかくだ? てめえがやりてえだけだろうが……趣味が悪い事この上ねえな?」
「そんなことはありません、わたくしなりにクノエさんの身を思い遣っているのですから……ああ、そうです。ジジさんと同じように、手も握っていて差し上げます。お膝、失礼致しますね」
イヨは椅子に座っている久野絵の膝に腰を下ろした。自然とふたりの顔が近くなるが、其処に仲睦まじい雰囲気など微塵も存在しない。
「てめえ……いつか後悔させてやるからな」
「いつでもお待ちしております……実はわたくし、受けの方が得意ですので」
「死ね」
イヨの手によって優しく、ゆっくりと、久野絵にヘルメットが被せられた。




