男の子たちが女の子であるその根拠
暗い濁った雰囲気を振り払うかのように、明るい擬音と共にサイドテールを揺らしながら手を挙げたのは菜々緒だった。
「でもさぁ、クノンパイセンの言うことも尤もじゃない? アタシ、そのLGBT……Q? っていう自覚無いんだけど! 女の子探すのはいいんだけどー、勝手にやってもらっていいですかって感じ。わざわざこんな所まで連れてこられる意味もわかんないし、帰っていい?」
菜々緒の言葉は、一時の静寂を教室にもたらした。気心の知れた仲など殆どいないのに、今だけは同じことを想っているのが手に取るようにわかる感覚だった。
誰もが目を見合して言葉を探す中、代表して口に出したのはジジだった。
「ナナオの恰好はどう見ても女の子に見えるけど……違うの?」
「それ、アタシが可愛いってこと? だったらありがと、ちょー嬉しい! ジっちゃんも可愛いよぉ、ハーフだけあって顔立ちヴィーナス系なのに、雰囲気は超ラブリーって感じで!」
「? えっと……ありがとう?」
「でも、アタシは女の子じゃないよ。確かにアタシはこの中で一番可愛い自信があるけど、むしろ逆なの。この中で一番男の子なのが何を隠そうこのアタシ……どう、ジっちゃんにはわかる?」
「? ……日本語って難しい」
自分勝手に話す菜々緒と、頭に疑問符を浮かべっぱなしのジジ。そんなふたりの間に控えめに、けれども明確に手を挙げて割り込んだのは睦美だった。
「そもそも本当に女の子が居るとして、探す必要ってあるのかな? 女の子が男子校に通ってたら問題かもしれないけど、あくまで心の話なんだよね? ……何か問題あるのかな?」
睦美の言うことは尤もに思えた。生徒たちの視線は自然と榎戸へと向き、無視されたので仕方なくえるへと向けられた。
「問題は大ありだよ、北条睦美くん。日本はLGBTQに関しては遅れてしまっているからそう考えてしまうのも仕方無いけれど、昨今の世界情勢では心の性別は身体の性別と同じくらい大切なアイデンティティとして見做されているの。心が女の子であるのなら、その子は身体が男の子であっても女の子なの。周囲からのサポートと配慮をしてあげないとなんだよ」
「配慮? 女の子扱いしてあげないといけないってことかな?」
「端的に言うとそうだよ。朝ぼらけ男子中学校の校訓『己の心に素直であれ』の通り、本人はその心に素直に、そして学校は素直になれる環境を用意するの。わかりやすい所で言うとトイレと更衣室、それから服装自由だけれど制服もちゃんと用意してあるからね!」
どうやら女の子として探し出されてしまった生徒は女子生徒として扱われるらしい。素直を重要視するならそれこそ好きにさせてくれと言いたかったが、えるの無邪気な笑顔の前では何を言っても無駄であろうことが窺えた。
「えるのLGBTQ判定の結果、ここにいる皆は心の性別が女の子である可能性が90パーセントを越えているの。絶対とは言えないけれど、君たちの隣に居る人が性の悩みを抱えている可能性はかなり高いんだ。それに本人の自覚が無い場合もあるから、自分は無関係なんて決めつけないで、もしかしたら自分のことかもしれないって考えてみて欲しいな。そのために、人の目を避けて自分自身と向き合える場所に来てもらったんだから」
えるは心が女の子の生徒がこの場に居るという前提で語っており、納得できるものではない。提示された90パーセントという確率も小陽たちからすれば根拠に乏しく、久野絵が再び噛みつくのも当然だった。
「勝手に意味のわからねえ判定を持ち出してんじゃねえ。AIだかなんだか知らねえが、機械なんかにオレの何がわかるってんだ? 何を言われたってオレはお前に従う気はねえし、何度だって言ってやるよ。誰に何と言われようと、オレは正真正銘のおと――」
久野絵の宣言はえるの言葉によって遮られた。有無を言わさない、どこか不気味な迫力を伴った言葉によって、かき消されてしまった。
後ろ手に両手を組んで、お辞儀をするように腰を曲げて、ディスプレイ上で生徒たちを見上げながら、無表情な笑みをえるは浮かべていた。
「本当にそう思ってる?」
流れるはずの無い風を感じ取ったかのように肌が粟立ち、勝手に身震いする身体。視線を隣に向ければ、睦美も右手で左手を抱くようにして堪えるように立っていた。
「ちょうど一か月前に学校全体で採ってもらったアンケート、憶えてるかな? 実はあれ、えるが用意したの。アンケートの内容と、ご家族を含めた近親者への面談と、学校生活を見守る先生方からの所感……90パーセントってね、何の根拠も無く出てくる数値じゃないんだよ? LGBTQに特化したAIであるえるが算出した結果なの……わかってくれたかな?」
「っ、ざっけんじゃねえ! 親が絡んでるってのか!? こんなふざけたもんにっ……っ……クソっ!!」
一度強く床を踏み鳴らした後、久野絵は急に大人しくなってしまった。両親に対して何か思うところがあったのか、反抗的な態度は鳴りを潜め項垂れてしまっていた。
えるの話が本当ならば、小陽たちは親に売られたようなものではないのか。自身の性なんてプライベートな話を勝手に学校にされるなんて、裏切りに他ならない。
皆が多かれ少なかれ驚きと落胆を露わにする中、弥生だけは何処か違ったように見えた。
「私の父に……母にも、話を訊いたんですか?」
その声はほんの少しだけ震えていて、いつでも冷静な生徒会長には似つかわしくなく、えるに縋っているようにすら見えた。
「うん、そうだよ。弥生くんだけじゃなくて、皆のご両親にもちゃんと話はしてあるの。そうじゃないと、誘拐になっちゃうもんね。きちんとLGBTQを取り巻く今のご時世について日本と海外を比較しながら説明して、親からの支援の大切さを説いて、理解を得られなかった子たちのお話もたくさんして……最終的には納得してもらった上で皆をお預かりさせてもらったの。弥生君も納得してくれるかな?」
それは、本当にただのお話だったのだろうか。えるは生徒たちの親に何を言ったのか……感情の籠っていない機械的にきらきらとしたえるの瞳からは、何も窺い知れなかった。
「……納得は……どうでしょう。でも、教えてくれてありがとうございます」
「いいんだよ、本当の自分と向き合うのは怖いもんね。この集まりも、その為のものだから。皆といっしょにじっくり、ゆっくり向き合いながら女の子を探そうね。理想は無理矢理に探し出すんじゃなくて、本人が自分から素直になれたらいいんだけど……それってとっても勇気が必要だから、皆で手を取り合って本当の性を認めてあげよう。そして、今よりも仲良くなって学校に帰ろうね!」
小陽はえるに反論できなかった。知ったような顔で仕切るえるに対して反抗心を抱きつつも何も言えず、多分それは他の生徒たちも同じだった。
きっと、心当たりがあるのだ。えるの言う90パーセントという高い数値に納得できてしまう何かを、小陽と同じく皆が胸の内に抱えている。それは、互いに向ける視線から感じ取れた。
『…………』
測り合うような、疑い合うような、湿り気さえ感じてしまうような粘ついた空気が頬に纏わりつく。
小陽たちは女の子を探さなければならない。男の子の心の奥底に隠れる女の子を暴き立てなければ帰れない。
それは生贄を差し出すかのようで、とても前向きになんてなれない行為だけれども、やるしかない。
(だって……僕は男の子だ)
自身が男の子で在る為には、誰かを女の子にしなければならない。今だけは、此処はそういう場所なのだ。




