自由時間1:甘え上手の男の子
小陽とミコトは外の運動場を歩いていた。
「外に連れ出しちゃった後に聞くのもなんだけど、ミコトくんは今日は勉強はいいの?」
「だって、教室に誰も残って無かったですし……それに、気になってたんです。コハル先輩っていつも何してるのかなぁって。だから、今日はいっしょに過ごせてとっても嬉しいです!」
小陽の腕にしがみついて無邪気に喜ぶミコト。学年はたった一つしか違わないのに、小学生でも相手にしているかのような気分だった。
「もしかして、ミコトくんって末っ子だったりする?」
「ええっ!? どうしてわかったんですか? すごいっ、すごいですよコハル先輩!」
見るからに甘えん坊の末っ子体質だから、とは小陽には言えなかった。
「ぼく、年の離れたお姉ちゃんがふたりいるんです。ぼくが生まれた時点で高校生と中学生だったんですよ? ふたりとも優しいんですけど、いたずらしてからかってくることも多いんです! 困っちゃいますよね?」
ミコトのように大袈裟に反応してくれるのであればからかいたくもなるだろう、とは小陽は言わないでおいた。
「お姉ちゃんたちは勉強も運動も凄くて、いたずら好きを除けば自慢のお姉ちゃんなんです! ……でも、ぼくはそんなふたりとは真逆で……勉強も苦手で、運動もへたっぴで……。中学に入って勇気を出して野球部に入ってみたんですけど、やっぱりダメで……頑張ってはみたんですけど、半年も経たない内にマネージャーになっちゃいました、ぼく……えへへ」
両手の人差し指を合わせながら、ミコトは切なく微笑んだ。
苦手だとわかっていても、勇気を出して挑戦して。向いていないとわかっていても、奮起して頑張ってみて。それでも報わなかったミコトに、小陽は何て声をかければいいのだろうか。
小陽の表情に気付いたミコトは慌てて手を振って、明るい声で話し始めた。
「で、でもでも、マネージャーも悪く無いかなって……。だって、こんなぼくでも皆に褒めてもらえるんですよ? 球拾いも、ボール磨きも、誰にでもできる雑務ですけど……でも、進んでやりたがる人なんていないですから。だから、ぼくは皆の役に立てるマネージャー業も割と気に入ってるんです……って、ちょっと情けないですかね……?」
誤魔化すようにおどけるミコトの頭を、小陽は無意識に撫でていた。
「へ? こ、コハルさん? どうしたんですか?」
「ミコトくん、頑張ってるんだなって思って。勉強が苦手だって言いながら、自由時間にまで勉強してることとか。運動が苦手ってわかってるのに、勇気を出して野球部に挑戦してることとか。自分にできることで皆のサポートをしてることも……ミコトくんは、頑張ってて偉いね」
「コハル先輩……えへ……えへへ~……」
炬燵で溶けている猫のように表情を蕩けさせるミコト。それは撫でている小陽まで気持ちが良くなってしまうような、そんな無邪気な喜び様だった。
「ふへへ……ぼく、優しいコハル先輩のこと大好きです……コハル先輩はどうですか? ぼくのこと、嫌いじゃないですか?」
「うん、僕もミコトくんが大好きだよ。ミコトくんは頑張り屋さんだもんね、きっと嫌いな人なんて居ないよ」
大好きだなんて気恥ずかしい言葉も、ミコトに対しては躊躇無く言えた。まるでサンタクロースを信じる子供の前ならその実在を心の底から願えるような、そんな心地だった。
「にへへ……嬉しい……。ぼく、この合宿はあんまり好きじゃないですけど、コハル先輩と会えたのはとっても良かったなって思います。コハル先輩は優しいし、勉強も教えてくれるし……イヨくんとジジくんもそうです! ふたりともクラスが違くて、今まで話したことは無かったけど、今はもう一番の友達なんです! あ、でもヤヨイ先輩は嫌いです……優しいと思ってたのに、意地悪してくるんですもん!」
満面の笑顔から一転して、ぷくぷくと頬を膨らませながら不平を漏らすミコト。
弥生のミコトに対する態度には小陽も思う所があった。小陽の抱く弥生への印象は、誰もが思い描く理想の生徒会長だ。夜の話し合いに置いても他者を思い遣る姿勢が強く出ており、その性根の優しさは疑いようも無い。
しかし昨日、弥生はミコトに対して意地悪とも言える態度を取っており、勉強を教えなかった。ミコトをからかって反応を楽しんでいた可能性も無くはないが、小陽にはそうは思えなかった。
「きっと、弥生くんにも考えがあったんだよ。単純にミコトくんが嫌いで意地悪したわけじゃ無いと僕は思うな」
「考えって言われても……それじゃあ、どんな考えでヤヨイ先輩はぼくに意地悪したんですか?」
「それは……わかんないけど」
「コハル先輩はヤヨイ先輩を誤解してるんですよ! あの人は鬼です! 悪魔です! ぼくをいじめて楽しむいじめっ子なんですよ! コハル先輩……コハル先輩はヤヨイ先輩みたいに急にぼくをいじめたりしないですよね? 何があっても、ぼくの味方ですよね?」
弥生がミコトをいじめているなんて小陽には思えなかったが、ミコトはそうではないらしい。ミコトはヤヨイをいじめっ子だと思い込んでおり、同時に心の底から小陽を頼っている様子だった。
全身全霊で縋りついてくるミコトに少し気圧されながらも、小陽はミコトに宣言した。
「う、うん……もちろんだよ。僕はミコトくんの味方だから、守ってあげるね」
「やったー! えへ、えへへ……約束ですよ、約束!」
ミコトの小さな小指に指を絡ませ、指切りをする小陽。指切りなんてしたのは何年振りかと、その胸に言いようのない懐かしさが広がった。
その後、ふたりはサッカーボールを使ってリフティングを楽しんだ。ミコトは失敗してばかりだったが、小陽と一緒に遊べるのが嬉しいのか、転がったボールを追いかけるだけでも楽し気だった。
小陽自身もミコトがほんの少しずつでも上達する様を見守るのが楽しく、日が暮れるまで充実した自由時間を過ごしたのだった。




