第一印象は険悪に
「お前らアホやなー……身体測定受けたことないんか? 外見でわかるならわざわざこないな場所まで連れて来て探すまでも無いことくらい、ちょっと考えたらわかるやろ」
恥部を露出して見せ合った経緯を話したところ、榎戸から率直な侮蔑を受けることになった小陽たち。榎戸の言葉を信じ自分たちなりに早期解決を目指した結果だというのに、散々な言われようであった。
榎戸の言うことはもっともではあるものの、女の子が居ると言い出したのもまた榎戸である。小陽は矛盾に対する不満を抱きはしたものの口には出せなかったが、元生徒会長である弥生には気後れした様子は無かった。
「しかし、私たちの中に女の子が混ざっていると言ったのは先生です。そして確認したところ、私たちの中に女の子は居ませんでした。つまり、もう帰れるという理解で合っていますか?」
「探しとるのがほんまの女の子ならな。残念ながらそうやないねん。簡単には探せへんし、うちら大人が無理矢理暴くわけにもいかん。だから、お前らをこんな所までお前ら連れてきとるんや」
「ダメだよ、榎戸先生! その言い方、良くありません!」
榎戸を窘めたのは集められた生徒ではなく、その腕に抱えたタブレットに映っている男の子だった。小学生くらいに見える赤い短髪の男の子は胸の前で腕を交差して、大きなバツ印を作っている。
「性別に本物も偽物も無いんだよ。身体が男性であろうとも、心が女性であるならその子は正真正銘の女の子なんだからね」
男の子から榎戸への説教は、生徒たちにとって聞き捨てならない内容だった。その言い方はまるで、榎戸の言葉によって傷ついたこの場の誰かを庇うようだったからだ。
「……私たちの中に性同一性障害の疾患を抱えた生徒が居るということですか?」
弥生が口にしたのは、身体の性別と心の性別が一致していない状態に対して名付けれた性的マイノリティの一種である。生徒たちの身体の性別は先ほど確かめた。しかし心の性別なんて見てわかるようなものではなく、榎戸の簡単には探せないという言葉にも一致している。
弥生からの真っすぐな質問を受けた榎戸は数秒だけ無言で向き合ったかと思えば、すぐに流し目で躱してしまった。そしてまたもや割り込んできたのはタブレットの男の子だった。
「その呼び名も改めようね、如月弥生くん。それは古い言い方だから、今は性別不合、もしくは性別違和って呼ぶの。障害とか疾患じゃなくて、個性なんだよ」
「すみません、配慮が足りていませんでした。これからは気を付けますね」
得体の知れない男の子からの指摘も素直に受け入れる弥生。一方で、先ほどから不機嫌を隠そうともしない生徒も居り――
「どっちが不躾で失礼だって話だろうが……」
――特大の舌打ちと共に、フードを被った生徒が黒いマスクの裏で口火を切った。
「名前とか呼び方なんて些事だろうが。そんなの関係無い人間からしたらどうでもいい。それよりも、決めつけてる方が問題なんじゃねえのか? オレたちの中にオカマが居るってか? んなもんどうやって外から判断したんだ? どうせ偏見とかくだらねえ理由なんだろうが……そっちの方が、よっぽど気に食わねえな!」
フードの生徒は床を踏み鳴らしながら榎戸を睨みつけた。黒マスクで表情の殆どが隠れているが、その目つきだけで怒りと苛立ちがありありと伝わって来た。
今にも殴りかかりそうな雰囲気に小陽は唾を呑み込んだが、榎戸は微塵も動揺していなかった。それどころか、鼻を鳴らして嘲笑い始めていた。
「そんな凄まれてもなぁ、怖いどころか、チワワみたいに愛らしいだけやで。理解してへんのか? ……お前のちんちんがちっさいの、もう皆にバレてんやぞ?」
「てめぇっ――」
フードの生徒は足を踏み出したが、それは1歩目で止まってしまった。誰かに止められたわけではなく、その敵意の矛先が変わったからだ。
榎戸からの挑発に反応したのは一人だけでは無かった。桃莉の口から笑いが漏れ出ていたのを、フードの生徒は聞き逃していなかったようだ。
「おい、何笑ってんだ?」
「悪い、ついな……いや、別に俺は悪くないか。ただの生理現象だし、今のを笑うなって方が無理だろ。笑かせに来たお前と先生が悪い……まあとにかく、俺に悪気は無いんだし許せよ」
悪気が無いどころか謝罪ですらない桃莉の言葉は、フードの生徒が一線を超えるには十分過ぎた。
「そうかよ……じゃあこっちだって悪気はねえ。ただムカつくってだけで、もう殴らねえと止まれねえってだけなんだから、オレのことも許せよなぁ!」
フードの生徒は身長差を物ともせずに桃莉に殴りかかったが、今度は弥生によって止められてしまった。弥生は荒事が得意なタイプには見えなかったが、上背があって桃莉同様にフードの生徒とは体格差がある。羽交い絞めにするだけであっさりと止めて見せていた。
「落ち着いてください、ふたりとも。挑発も、暴力も、大人げないですよ。上級生なんですから、後輩たちの目をもっと気にするべきです」
三年生が協力して作り上げた剣呑な雰囲気によって、一年生たちは寄り集まって怯えてしまっていた……ように見えたが、怯えているのはミコトと呼ばれていた学帽の生徒だけだった。ジジと呼ばれていたローブの生徒はミコトにしがみつかれたまま呆けており、残りの一人は励ますようにミコトに寄り添っている。
羽交い絞めにされたフードの生徒はしばらくは暴れていたものの、やがて舌打ちと共に大人しくなった。
桃莉は弥生からの窘めも気にしていない様子で、欠伸を漏らしていた。
「うんうん、弥生くんの言う通り。上級生は下級生の鑑であるべきだね。特に織田 久野絵くん! オカマという呼称は蔑称として捉えられる可能性があります! 今後は控えないとめっ、だよ! それと榎戸先生も、人の身体的特徴をからかうのはジョークじゃないんだからね! セクハラなんだから!」
タブレットの中で手を大きく振り回しながら力説している男の子。その説教が正しいのは間違い無いが、暴力未遂に対する注意が抜けているのはいいのだろうか。
榎戸は男の子が映るタブレットを教壇に置くと、大きく溜め息を吐いた。
「なんや話が逸れてもうたな。どこまで話したか……ええわ、後はえるに任せるから。ええ感じに頼むで」
榎戸はリモコンを操作すると、黒板をディスプレイに入れ替えた。そして教室の隅っこに椅子を持っていくと、そのまま座ってスマホを触り始めてしまった。どうやら、本当にもう説明をするつもりは無いらしい。
タブレットの中に居た男の子はディスプレイに移動しており、同時にその全身も露わになった。上半身には真っ白なブラウスとサスペンダー。下半身には短パンに短いソックスとショートブーツ。えると呼ばれた男の子はまるで、物語に出てくる貴族のお坊ちゃま染みた恰好だった。
えるは元気よく無邪気な笑顔を浮かべながら、大きく口を開いた。
「はーい! それじゃあまずは自己紹介。えるは文部科学省公認のLGBTQ Support AI、略してLSAI。名前っぽく呼ぶならエルサイだよ。えるって呼んで欲しいけど、呼び方は皆にお任せするね。えるは未成年の性的小数者の支援に特化させて教育を受けたAIだから、気軽に頼ってほしいな! お勉強はもちろん、性の悩みも大歓迎! 久野絵くんも、ぜひ仲良くして欲しいな」
「だから、決めつけんなって言ってんだろうが! 他のやつは知らねえが、オレはオカマじゃねえ! お前に頼るのもありえねえ!」
弥生に抑えられたまま吠える久野絵。そんな彼に声をかけたのはえるではなく、ミコトに寄り添っていた一年生だった。
「それはどうなのでしょうか?」
話し方は丁寧ではあるものの、久野絵に向けた流し目の視線は妖しく、口元は何だか挑発的で、小陽は慇懃無礼な印象を受けた。
久野絵は不快感を露わにしながら一年生たちを睨んでおり、ミコトは信じられないという顔を寄り添う一年生に向けていた。
「いっ、イヨくん!? なんで挑発してるの!? 止めようよぉ、ぼく怖いよぉ!」
「でもミコトくん、おかしいと思いませんか? 自分が違うとわかっているなら、堂々としていればいい話だと思うんです。それなのにクノエさんは、AIに少し言われたくらいであんなに大袈裟に否定していて……何か、必死ではありませんか?」
「っ……あぁ、そうかよ……そうならそうとさっさと言えよな。殴られて喜ぶドマゾ野郎だって知ってたら、最初からお前を殴ってやってたのによぉ……!」
それは久野絵の三度目の激昂であったが、やはり羽交い絞めにしている弥生との体格差はどうしようも無いらしい。イヨもそれがわかっているのか、わざとらしく怖がっては久野絵を煽っていた。
三年生も変わり者揃いだったが、一年生もクセの強い者が集まっているようだった。
「そこまでだよ、藤原 伊与くん! センシティブな内容で人を煽るのはとっても悪いことで、決して許されません! 久野絵くんに謝って!」
「そうですね……確かにその通りでした。オカマの方をオカマと呼ぶのは良くないですね。申し訳ありませんでした、クノエさん?」
「てめぇっ……後で覚えとけよ……」
AIであるえるには人の感情の機微がわからないらしい。表面上の謝罪ですっかり納得したのか、険悪な雰囲気が漂う中でうんうんと満足気に頷いていた。




