敵的な?
長い自習時間の終わりを告げ、自由時間の始まりを告げるチャイムが教室に鳴り響く。
小陽はさっそく仲直りできた睦美に声をかけたが、申し訳無さそうに断られてしまった。
「ごめんね、ハル君。えるから菜々緒といっしょに榎戸先生のお手伝いをするようにお願いされてて……ボクもハル君といっしょに居たいけど、お手伝いはしないとダメかなって」
「先生の手伝い? 睦美と菜々緒くんが?」
小陽の疑問に答えたのは菜々緒だった。
「なんかー、この合宿所の運営のお仕事? みたいな? ほら、お洗濯とか、お弁当とか、施設のメンテとか、基本的には業者の人にやってもらってるけど、任せっきりにできない部分もあるじゃん? 今までは裏でせんせーがやってたらしいけど、今日からはアタシたちにも手伝えってさ」
「今日はボクと菜々緒が当番で、明日はジジちゃんと桃莉さんが当番みたいかな」
「そうなんだ……ふたりだけじゃ大変かもしれないし、僕も手伝おうか?」
「ううん、大丈夫かな」
「そーそー、アタシらに任せておきなって」
小陽の申し出をにべもなく断る睦美と菜々緒。運営の手伝いはえるに協力的であることが確約された生徒にしか行えないようだ。
ふたりを見送ると、既に他の生徒も殆どが教室から立ち去っていた。残っているのは小陽以外にはただ一人だけ――
「こ、コハル先輩? あ、あの……ちょっといいですか?」
――不安でいっぱいに瞳を濡らしているミコトが残っていた。
「ミコトくん、どうしたの? 今にも泣きそうになっちゃって」
「だっ、だって、ちょっとうとうとしてたら、皆居なくなっちゃってて……イヨくんも、どこに行ったのかわからなくて……こっ、こんな状況ですし、ひっ、ひとりだと不安で……」
「おっ、大袈裟じゃない? そんな殺人鬼の徘徊する廃校舎じゃないんだし、今はまだ日も落ちてないのに」
「でっ、でもでも、でもでもでもでもぉ! ナナオ先輩とトオリ先輩はいつの間にか女の子になっちゃってるじゃないですかぁ! 話し合いで決まったわけじゃないのにっ……こ、これって、ぼくの知らない内に、誰かにあのヘルメットを被せられてるってことですよね!? ぼっ、ぼく、こんなですから……一人で居たら、誰かに襲われるんじゃないかって不安でっ」
「誰かに……被せられてる……あのヘルメットを?」
それは、小陽には無かった発想だった。
詳細は定かではないが、えるはヘルメットを被るようにおねだりができる。睦美が被る姿は小陽がその目で見ているし、菜々緒も逃亡中にえるに見つかったと言っていた。
しかし、桃莉についてはえるが関与しているとは言い切れない。ミコトの言う襲撃者の可能性も否定できなかった。
「でも、でも……それって……っ」
その誰かが榎戸であるのならばいい。榎戸はそもそも敵のようなものだから。しかし、榎戸では無いのだとしたら、残りは生徒たちしか残っていない。
話し合いを経由せずに相手を女の子にすることができたのなら、この男の子サバイバルを勝ち残る上ではメリットが多すぎる。ルールを破る裏切り者の存在を否定することは、もう小陽にはできなくなってしまっていた。
「っ……考えすぎだよ、ミコトくん。あのヘルメットはあくまでえるが作った動画を流すAV機器のはずだよ。僕たち生徒はヘルメットを被せることはできても、動画の再生はできないよ」
「そ、そうですかぁ? でも、でもでも、ヘルメットを被ったら動画は自動で再生されるのかも……」
「ううん、自動再生じゃ無いことはえるに確認済みだよ。だから、そんなに不意打ちに怯えなくても大丈夫。安心して、ミコトくん」
「そ、そうなんだ……っ! さすがです、コハル先輩! えへへぇ、安心したらお腹空いてきちゃいました。夕食が待ち遠しいですね!」
ミコトを落ち着かせる為に、小陽は襲撃者の存在を否定する嘘を吐いた。動画が自動再生かどうかなんて小陽は知らない。えるに訊いてもいなければ、実際に試して確認できるはずも無い。
パニックに陥る寸前のミコトに事実を言っても不安を煽るだけであり、菜々緒のように早まる可能性もある。今はこれが最善なのだと、ぴょんぴょんと跳ねて喜ぶミコトを眺めながら、小陽は罪悪感の痛みを誤魔化していた。
「……ミコトくん、もしよかったら今日の自由時間は一緒に居ない? せっかくの機会だしさ」
「ええっ、いっ、いいんですか? ぼっ、ぼくっ、コハル先輩に誘ってもらえて嬉しいです!」
もしも本当に襲撃者が居たのなら、か弱いミコトは狙われてもおかしくない。守ってあげられる自信は無かったが、小陽を慕ってくれているミコトを安心させてあげたかった。
全身で腕に引っ付かれて歩きにくそうにしながら、小陽はミコトと共に教室を後にした。




