嫉妬/羨望
少年は母親に憧れていました。
大きな舞台に立って、たくさんの人に囲まれながら堂々と歌う母親。
父親はそんな母親を心から誇っており、歌劇団の大人たちも口々に褒め称えていました。
幼い少年を育んだ環境は、その幼い憧憬を助長するのに十分過ぎたのです。
オレもお母さんみたいに舞台に立ちたい!
たくさんの人の前で堂々と歌劇がしたい!
そうしたら、お父さんとお母さんも褒めてくれる?
目をキラキラと輝かせる少年に対し、両親は頭を撫でながら優しく教え諭します。
桃莉は無理してお母さんの真似をしなくてもいいんだよ?
世の中には他にもたくさん素敵なことがあるから、色々とやってみよう?
お父さんとお母さんは、桃莉が本当にしたいことをして欲しいからね?
その声は我が子への思い遣りに溢れていて――
その微笑みには親としての優しさが込められていて――
――それは、少年の求めていたものではありませんでした。
ふたりは、オレに舞台に立って欲しくないんだ。
オレは、舞台を目指しちゃいけないんだ。
それならオレは、何をすれば褒めてもらえるんだろう?
ピアノを始めてみました。両親も褒めてくれました。しかし、その声からは熱意が感じられませんでした。
モデルにスカウトされました。両親も驚いてくれました。しかし、その瞳からは期待が感じられませんでした。
少年が何をしようとも、両親からの反応はどれも空虚でした。その頃にはもう、少年には妹が居たのです。
幼い妹は少年の膝に頭を預けて、涙声でお兄ちゃんに甘えます。
お父さんとお母さんは、どうして私にばっかり厳しいの?
ふたりとも、お兄ちゃんには優しいのに。
お兄ちゃんが羨ましいなぁ……私が男の子だったら良かったのに。
妹の頭を撫でながら、少年は妹に同調します。妹の心を慰める為に。己の醜い嫉妬心を慰撫する為に。
そんな長い苦しみの時間を耐えて、少年はめでたく少女になれました。これでもう、嫉妬に狂ってしまうこともありません。
舞台に立つことは叶わないけれども、少女は誰もが認める女の子なのですから。同じ女の子である妹に嫉妬する理由がありません。
悪いのは全て、その身体で生まれついてしまった自分自身。運が悪かっただけなのですから、大人しく諦めることができますね。




