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君が女の子  作者: papporopueeee
2日目

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36/83

求められた男の子と、求めてもらえなかった男の子

「羨ましい……ジジが? トオリも、カストラートになりたかったの?」

「そうじゃない……いや、ある意味ではそうなのかもしれないけどな……。正直に言うがジジ、お前の養親は悪人だ。分別もつかない子供相手に己の理想を押し付けて、取り返しのつかない手術を施すなんて、邪悪以外の何者でもない……最低の人間だよ」

「うん、ジジも否定しないよ。ジジだから別に気にしないけど……もしもイヨとかミコトに同じことをしてたら、きっと怒ってた」

「でも……でもな、ジジ……それは、期待の表れでもあるんだ。養親はジジに対して、どうしようも無い程に期待してしまったんだよ。例えその道が悪逆非道であっても、ジジの未来を奪うことになっても……それでも、ジジに対する期待止められなかったんだ」


 桃莉の声は震えていた。養親への義憤ではなく、ジジに対する憐憫でもなく……子種を奪われる程に期待されていたジジに対する嫉妬で、桃莉の声は溢れていた。


「トオリは、お父さんとお母さんから期待してもらえなかったの? ひどい人だったの?」

「酷いか……むしろ、一般的には逆だろうな。父さんと母さんは子供思いの優しい人だよ……昨日話したろ? 俺の両親は女性歌劇団の一員だって。父さんはずっと運営に携わってて、母さんは主演を務めたこともある役者だった。ふたりしてその歌劇団にかなり入れ込んでて、子供が生まれたら歌劇をやらせたいってずっと話してたんだってさ」

「でも、女性歌劇団なら舞台に立つのは女の人だけでしょ? 男の子のトオリは裏方?」

「いや、裏方ですらないよ。優しい両親は、男の俺には自由を与えてくれたんだ。身体が男だからな、どう足掻いたところで女性歌劇団の舞台には立てない。男に生まれた俺には好きなことをしていいって、押し付けたりはしなかったよ」


 桃莉の表情は優しい両親を誇る顔ではなく、恵まれた境遇に不満を漏らす己を嘲る顔だった。


「確かに優しいご両親だね。でも、トオリはそれが嫌だったの?」

「嫌……そうなのかもな。最初はそこまで意識してなかったんだ……でも、妹が生まれて気づいた……ああ、親は俺に優しかったんじゃなくて、期待してなかっただけなんだって。当たり前だけどな……実現不可能なことを子供に期待する親の方がどうかしてる……でも、それでもさ……っ」


 短く息を吸った桃莉の口から、静かに感情が漏れ出ていく。ずっと心の奥底で淀んで溜め込んでいた思いを、桃莉は初めて誰かにぶつけていた。


「妹が厳しいトレーニングで弱音を吐く度に、親と大喧嘩して俺に泣きつく度に、立派に舞台をやり遂げて賞賛される度に……俺は妹に嫉妬した。俺は親から厳しくされたことなんて無くて……喧嘩だってしたこと無かったのに……。ピアノを頑張ってみても、良いねって言われるだけだった。モデルになってみても、凄いねって褒められるだけだった。遊ぶ時間なんて与えられないような束縛も、年齢に見合わない厳しいトレーニングも、舞台上へと注がれる視線も‥…全部、全部全部ぜんぶっ……俺はもらえなかったんだよ……。俺の膝で泣く妹に、何度言ったかわからない……お兄ちゃんが代わってやれたらなって、頭を撫でながらさ……。あれは、慰めなんかじゃない……俺の心からの願望だった……5つも下の妹に嫉妬してる自分が、本当に嫌だった……」

「……トオリは、ずっとそれを悩んでたの? ジジと話してる時も、ジジが歌ってる時も、ずっと嫉妬に悩んでた?」

「ははっ、そんなわけないだろ? 人間は同じことだけを考え続けられるようにはできてない。美味い飯を食べたらその味で思考が満たされるし、眠ければベッドのことしか考えられないし……綺麗な歌を聴けば、その声が頭の中に響き続けるんだ。この合宿の間は家にも帰れないから、幸か不幸か嫉妬も忘れられてた……でも、結局は逃げられなかったな」


 トオリはジジの頬に指を添えた。指先でサラサラとした髪を撫でながら、柔らかい頬にほんの少し指先を埋めた。ジジはくすぐったそうにしながらも、自嘲する桃莉の顔をじっと見つめていた。


「ジジ……お前が養親の手によってカストラートにされたって聞いた時、俺は真っ先にこう思ったんだ。どうして、俺はそうしてもらえなかったんだろうってな。子供の意思なんて無視して、手術とかホルモン注射とか、あらゆる手を尽くす程の狂気とも呼べる期待を、どうしてもらえなかったんだろうって……馬鹿げてるよな、ほんとっ。身勝手に嫉妬して、その結果ジジまで傷つけて……本当に、俺は馬鹿だっ……」


 カーテンの隙間から差し込む月明りが、一筋の涙に反射してきらりと光った。

 ジジは桃莉を無言で見つめていた。しばらくして頬から桃莉の指が離れようとした時、ジジは両手でしっかりとその指を捕まえた。


「トオリ……ジジは、トオリに期待してるよ? トオリの本当に欲しい期待じゃないかもしれないけど……期待って止められるものじゃないから。トオリは、明日もピアノを弾いてくれるよね? ジジの歌を求めてくれるよね? ねえ……トオリ?」


 起伏の少ないジジの声が、その時だけは波打っていた。縋るように、ジジはトオリからの期待を期待していた。


「ジジ、お前っ……本当にわかってるのか? 俺はっ……虐待を受けているお前に嫉妬するような人間なんだぞ? お前の養親と変わらない、むしろそれよりもっと酷い、最低な人間なんだよ、俺は……それを、お前は理解していないのか?」

「ジジは虐待されてるなんて思ってないもん。それに、トオリがジジに酷いことをしてるとも思ってない。仮にトオリから酷いことをされてても……それでも期待はしちゃうと思う。トオリも同じでしょ? ジジに嫉妬してたクセに、さっきはジジの歌を静かに聴き入れてくれてたもんね?」


 ジジは上体を起こすと、桃莉は優しく見下ろした。その身に月明りを浴びる姿は、下界へと降りてきた天使のようだった。


「トオリ、言ってたよね……ずっと嫉妬に悩んでるわけじゃないって、忘れられる時間も確かに在るって。だから、ジジが忘れさせてあげる。その代わりに、トオリはジジの歌をいっぱい求めてね? ジジも、トオリにたくさん期待してるから……ふたりでたくさん期待し合って、ふたりで多くを与え合おう……そうすれば、少なくともジジとトオリは幸せになれるよ」


 ジジの要求はとっても身勝手で、わがままで、堕落に導く悪魔の誘いのようだったけれど……それは、桃莉がずっと欲しかった言葉でもあった。

 いたずらっぽく微笑む小悪魔に、悩める若者は少年らしい幼い笑みを返した。


「ははっ、まるで悪魔の誘惑みたいだな……そんな見た目のクセしてさ。神様に怒られるんじゃないか?」

「そう? それじゃあ……あーめん。これで天使様みたいになるかな?」


 目を瞑って手を結んだだけのぞんざいなジジのお祈りは神様には届かないだろう。しかし、ジジの祈りは桃莉の胸には届いていた。

 桃莉はジジを乗せたまま上半身を起こし、後ろに倒れかけたジジの手をしっかりと握った。


「ありがとう、ジジ……お前のおかげで、色々と吹っ切れた。正直言うと、この合宿に来てからずっと不安だったんだ……もしかしたら、自分は本当は女の子になりたかったのかもしれないって。妹に嫉妬してたし、女の子だったらこんな悩みとも無縁だったろうからな。でも――」

「トオリ、女の子になりたかったの?」

「え? ああ、いや……もしかしたらそうなのかもって不安になることもあったけど――」

「そうだよね! 桃莉くんのその気持ち、えるはとっても良くわかってあげられるよ? 本当の自分を自覚すると、すっごく不安な気持ちになっちゃうもんね!」


 夜だと言うのに喧しく、雰囲気にそぐわない明るい声……それはジジの胸元から聞こえてきた。

 ジジは懐を手でまさぐると、えるが映った状態のスマホを取り出した。えるは黒いゴスロリ衣装をまとっており、羽と尻尾の生えた姿は小悪魔のようだった。


「ジジっ? お前それ、どうして……?」

「これも言われたの。トオリを元気づける時は、えるにも話を聞かせるようにって」

「は? ……ジジ、それをお前に言ったのって――っ!?」


 いったい誰なのか。その質問が声になるよりも前に桃莉の身体は後方へと引っ張られ、再びベッドに押し倒された。


「誰だ!? いつの間に部屋にっ!?」


 背後からの侵入者はトオリの肩をベッドに押さえつけており、逆光によってその正体は判然としなかった。


「ジジが歌ってる時に入ってきてたけど、トオリは気付かなかった? そんなにジジの歌に夢中になってくれてたんだ……嬉しい」

「ジジっ、馬鹿なこと言ってないでこいつをどかせっ……なっ、おい、何をする気だ?」


 いつの間にか、ジジはその手に黒い球体を持っていた。人の頭がすっぽりと入るほどの、桃莉にとっては見たくも無い物を、ジジは大事そうに抱えていた。


「桃莉くんの本当の気持ち、えるはちゃんと聞き遂げたよ! 女の子に憧れていたその本音、もう隠さなくても大丈夫だから……その気持ちに素直になれるように、えるがちゃんとサポートするからね?」

「そういうことみたいだから……はい、トオリ」


 まるで口付けでも交わすかのように顔を近づけながら、ジジは桃莉の頭にヘルメットをあてがった。


「やっ、止めろっ、ジジ! やめっ――!?」


 叫び声はヘルメットの中に消え失せて、ジジに見守られながら、桃莉の意識は闇へと堕ちていくのだった。

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