自由時間1:続・勉強ボーイズ
小陽は菜々緒とふたりで散策する前に、教室に残っているふたりが気になったので様子を見ることにした。
「う~……ぜ、ぜんぜんわかんない……や、ヤヨイ先輩……?」
「そうですか。教科書を読んでいるのにわからないのですね。それはとても困りました……教科書を読んでも解決しない問題なんて、きっと私でもわからないに違いありません。ですから、そんな目で見られても力にはなれないと思いますよ?」
「そ、そんな~……うぅ~……」
教科書を睨みつけながら唸るミコトと、その隣に座ってニコニコとしているだけの弥生。ミコトの放課後の勉強に弥生が付き合っているようではあるが、どこかちぐはぐな奇妙な雰囲気だった。
「ヤ―ちゃんパイセン、何してんの? ミコンに勉強教えてあげてるんじゃないの?」
「それは少し違いますね。私は宇佐美君に勉強を教えているのではなく、宇佐美君の勉強にお付き合いしているのです」
「……それ、何か違うの? 結局はミコンに教えてあげるんでしょ?」
「いいえ、教えません。昨日から見ていて、宇佐美君には教えない方が良いと思いましたので。私はただ、困っている宇佐美君の隣でいっしょに困るだけです」
はっきりとそう言い切る弥生の微笑みは慈愛に満ちていた。その顔からは一切の意地悪や悪意は感じられず、それが余計に性質が悪いように思えた。
「えぇ~? それ、意味あるの? ってか、ミコンはそれでいいの?」
「良くないですよ~……ぼくは、ヤヨイ先輩に勉強を教えてもらいたかったのに、ずっとこの調子で……ナナオ先輩、コハル先輩、助けてくださ~い」
「アタシはパスで。勉強はあんまり自信無いし、一年生の範囲なのに間違えたりしたら恥ずかしいし? いけハルハル、キミに決めた!」
「その発言の時点でちょっと恥ずかしいよ、菜々緒くん……とは言いつつ、僕も間違えるのはちょっと恥ずかしかったり……」
「そんなぁ~……あっ。も、もしかして、ヤヨイ先輩もそうなんじゃないですか? 間違えるのが恥ずかしから、ぼくに教えてくれないんじゃないですか? う、うわぁ~、先輩なのに、なっ、情けないなぁ~。くっ、悔しかったらっ……ぼくに、勉強教えてくれてもっ、い、いいんですよ?」
おっかなびっくりという様子で弥生を挑発するミコト。弥生のプライドを煽って勉強を教えてもらう算段のようだが、慣れてなさすぎて愛らしいだけであった。
「そうですね、宇佐美君の言う通りです。教える立場で間違えたりしたら恥ずかしいので、一人で頑張ってください」
満面の笑みで、にべもなくミコトを突き放す弥生。席を立たないことから見捨てるつもりは無いようだが、寄り添うつもりも無いようだ。
弥生の意思は崩せそうにないと悟ったのか、ミコトは小陽に視線を向けてきた。学帽の鍔に隠れがちな瞳は涙で潤んでおり、小動物のようだった。
「こっ、コハル先輩っ! ぼく、偉くないですか? 自由時間なのに、自主的に勉強に取り組もうと頑張ってるんですよ? それなのに鬼のヤヨイ先輩にいじめられて、かわいそうじゃないですか? だっ、だからっ……たっ、助けてください~!」
小陽の腕に全身でしがみつくミコト。頑張ってるアピールや、弥生を鬼扱いするなど、その振舞いは幼稚ではあるものの、その幼稚さが小陽の胸に突き刺さったのも事実だった。
幼い容姿も相俟って、ミコトはかなりの甘え上手らしい。
「僕も助けてあげたいのは山々だけど……でも、弥生くんはそうしない方がいいって判断してるみたいだし……」
「私のことは気にしなくて良いですよ、朝比奈君。私が正しいという保証も無いのです。朝比奈君が正しいと思うことをするべきだと思います」
「そうですか? それじゃあ……ミコトくん、少しだけ教えてあげるね?」
「ほんとうですかっ!? あ、ありがとうございます、コハル先輩! ぼく、先輩のこと大好きです!!」
「わっととっ、そんなにはしゃがなくても……ミコトくんは大袈裟だなぁ」
それから少しの間、小陽はミコトの勉強に付き合った。
勉強を教わるミコトは打てば響くという様子であり、些細なことにも全身で喜びを表現してくれるミコトに勉強を教えるのは、小陽にとっても楽しい時間だった。




