妊娠願望
それは遥か昔から数百億と繰り返されてきた、ありふれた奇跡。女性だけが担える、生命の揺り籠。
少年は、そんな当たり前の神秘に憧れていました。母親の大きくなったお腹にぴったりとくっついて、妹の胎動を全身で感じたあの日から。
それは、少年にとってかけがえのない願いとなったのです。
お腹の中で赤ちゃんを育てるなんて、お母さんって凄い。
お腹の中で赤ちゃんが動くって、どんな感覚なんだろう?
大きくなったら、ボクもお母さんになりたいなぁ。
無垢な少年の抱いた願いは決して叶うことはありません。男性と女性では担える役割が異なります。
男性として生まれてしまった時点で、その身に赤ちゃんが宿ることはありません。しかしそれを知っても、願いは色褪せませんでした。
叶わぬと理解しているからこそ、純粋に憧れることができる。いつまでも叶わないからこそ、いつまでも想い続けられる。届かない願いは少年に闇を落とすことは無く、輝き照らし続けていたのです。
ボクは男の子だから妊娠はできないんだ。
仕方ないよね、だってボクは男の子なんだもん。
でもやっぱり、妊婦さんに憧れるなぁ……いいなぁ。
少年は男の子だったから、その願いを諦めながらも抱き続けられました。男の子だからこそ、憧れだけを享受していられました。
しかしある日、少年は女の子になってしまいました。
そして、憧れ続けるだけだったはずの願いは、諦めきれない呪いへと変わりました。
どうしてボクは女の子なのに、妊娠できないの?
他の女の子は妊娠できるのに、どうしてボクだけはできないの?
ねえ……どうして?
それはね、君の身体が男の子だからだよ。
そんな当たり前の答えに、少女は当たり前の質問を返します。
ボクの身体が男の子……?
それなら……それなら、どうして?
どうして……ボクの心は女の子なの?
それは遥か昔から数百億と繰り返されてきた、ありふれた奇跡。その奇跡が少女の身に降り注ぐことは絶対にありません。
どれだけ胸の内で嘆こうとも、少女が報われる日は未来永劫訪れることは無く――
――呪いに成り果てた願いは、少女の心を蝕み続けるのでした。




